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Truth  作者: 雲居瑞香
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1.平和に研究させてほしいのですが

しばらくこの話を連載いたします。

設定が緩いので、ご了承ください。











「おーい、ユーリ」

 自分を呼ぶ声がして、彼女は顔を上げた。この研究室の室長が笑って手招きしていた。

「なんですか、室長」

 実験中の機器を置いて、彼女は室長に近寄った。彼は笑顔で彼女に言い放った。

「ああうん。言い忘れてたけど、君、年度が変わったら異動だから」

「……」

 室長の言葉が頭を貫かず、彼女は数秒沈黙してから、「はあ?」という不審げな声をあげた。

「異動ってどういうことですか。確かに私、魔法省所属ですけど研究員が異動するってこと、あるんですか。と言うか、もう三月下旬なんですけど!」

 穏やかな気性で知られる彼女もさすがに声を荒げる。夫も官僚のくせに何で教えてくれなかったんだ。いや、知らなかったのかもしれないが!

 しかし、怒っても決まってしまったのなら仕方がない。彼女はあきらめて「悪い悪い」と絶対にそう思っていない口調で謝る所長に尋ねた。

「で、年度が変わったら、私はどこに行けばいいんですか?」

 室長からの返答に、彼女は本日一番の衝撃を受けた。

「ああ。魔法医科大学付属病院だって」

 何それどういうこと?
















「今日付けで魔法心療科に配属されました。成原なりはらです」


 成原と名乗るのは新鮮だった。前の職場では、旧姓で通していたのである。単純に、名字変更の手続きが面倒くさかっただけであるが。

「同じく、魔法心療科に配属されました。村川むらかわです」

 病院配属になったのは一人だけではなかった。もう一人、同じく魔法省から移動してきた青年がいた。

 自己紹介の終わった成原なりはら悠李ゆうりはため息をついた。研究者である自分が、何故ここにいるのかはなはだ謎である。


 悠李は現在二十七歳。今年の六月で二十八歳になる。かなり長身のスレンダーな体系の女性で、中性的な顔立ちも相まって、きれいな顔の男性のようにも見えた。実際、二十歳を越えるくらいまではよく間違われた。

 今でもたまに間違われるが、髪を伸ばしたことと、出産を経て体つきが女性らしくなったこともあり、男性に間違われる機会は減った。顔だけ見たら、やはり男っぽいけど。

 彼女はかなりの美人だ。愛想がよいことで有名だが、今は戸惑い気味に顔がしかめられている。それを見て、ともに配属されてきた村川むらかわ章平しょうへいが笑った。

「珍しいですね、悠李さん」

「いや、だって意味不明だろう。普通に考えて。章平君、どっから配属されてきたんだっけ?」

「俺は魔法省魔法管理課魔法犯罪対策室から異動してきました。悠李さんは魔法研究課からでしたっけ?」

「そう。魔法研究課物理理論研究室」

「お互い、変なところにとばされましたねー」

「……やっぱりとばされたのかな、これ」

「悠李さん、旦那さんも家族も官僚じゃないですか。聞いて来ればいいじゃないですか」

「旦那に聞いたけど、知らないって言われた」

「……あの人なら言いそうですねー。どうせ、押し負けたんでしょう」

「悪かったね。押しに弱くて……」

 事務室の中に与えられた机は、悠李と章平で向かい合っていた。そのため、向かい合ったままの会話となる。


 そう。ここは病院だ。日本魔法医科大学付属病院。国が運営する病院とはいえ、何故、一応国家試験を突破して官僚になった自分が病院にいるのか。

 章平は悠李の高校、大学時代の後輩である。ふたつ年下で、かなり優秀な魔術師である。そして、なかなか顔立ちが整っている。悠李が知る限り、男性で最も顔立ちが整っているのが自分の旦那なので、なかなか顔立ちが整っている、と言う表現になったが、歩いていればスカウトされるくらいには美形だ。


「と言うか、魔法診療科にいるってことは、俺ら、医者の業務をしろと?」


 章平が言った。なんだか不思議な言い方だったが、言いたいことは伝わった。

「医師免許はないけど、特例魔法医療免許はあるでしょ。だから、私たちは直接医療にかかわらない補助医療なら行えることになっているんだよ」

 特例魔法医療免許。それは、魔法傾向が医療に関連する能力であり、魔法戦士ウィザード・ウォーリアとして政府に登録されている場合に取得することが義務付けられている資格だ。悠李も章平も、魔法傾向が医療に転送できる能力なのである。


 そして、二人とも魔法省に属している。この国で魔法省に属しているということは、魔法戦士であることを意味する。原則、魔法省は魔術師で構成されているからだ。まあ、中には魔法が使えない一般人もいるが。


 魔法戦士であると言うことは、同時に自衛隊員であることも意味する。日本には、官僚は文民でなければならない、という原則があるが、魔法省はそれに当てはまらない。なぜなら、世界中、どこの国を見ても、魔術師はたとえ軍人として登録されていなくても、その国家の戦力と考えられるためだ。どう考えても憲法を侵しているとしか思えないが、悠李は深く考えないことにしている。


 話を戻す。とにかく、魔術師はすべからく戦力であるのだ。国家戦力は、魔術師の人数によって左右されるとも言える。つまり、戦争になった時、魔術師は確実に動員される。

 その時、通常の魔法医だけでは医療従事者が足りなくなる場合がある。そのための特例魔法医療免許だ。戦時中に置いて、医療行為を行えるという許可証になる。

 もちろん、今は戦時中ではない。だが、行えないのは医療行為であって、医療に順ずる行為はできる……と言うこじつけの元、悠李と章平は病院に派遣されたというわけだ。

「いや、でもやっぱり意味不明ですよ。俺達、どっちかっていうと、戦闘要員じゃないですか」

「……うーん」

 章平の指摘に、悠李はうなって苦笑した。実は、心当たりがないでもないのだ。

「あと、コンピューターの使い方がわかりません」

 結構切実な訴えだった。確かに、通常のコンピューターと医療用のコンピューターは違うので、慣れたものでも扱いづらいだろう。悠李も母が医者でなければ使い方を知らなかっただろう。

「わからないことは、その辺のやつにでも聞いてくれ」

 科長の投げやりともいえる言葉に、悠李と章平は苦笑した。








 この病院の昼食はローテーション式らしい。まあ、医師や看護師が全くいなくなるわけにはいかないので、当然だろう。弁当を持ってきている者もいるが、悠李は食堂で食べることにした。新任と言うことで、悠李と章平は一緒に行動だ。

「覚えることが多すぎて、頭がおかしくなりそうです」

 定食をつつきながら、章平がため息をついた。せっかくの整った顔も台無しのやつれ具合である。この短時間で相当こたえたらしい。

「確かにね。私も、母が医者じゃなかったらこんなにすぐ対応できなかっただろうし」

 何となく見知ったことも多かった悠李は、章平比べるとまだ負担が少ない。ただ、午後からは実際に診療に入らなければならないため、それを思うと胃が痛いが。

「そう言えば、そうでしたね……ドクター香坂は医者っていうより、研究者のような気がしていましたから」

「まあ、その通りだけどね」

 悠李は苦笑した。


 彼女の母親はドクター香坂と呼ばれている。本名は香坂こうさか智恵李ちえりといい、世界的に有名な魔法生態学の研究者である。研究に必要だからと言って、魔法医の免許を取ったよくわからない人だ。章平が味噌汁をすすりながら言う。

「そこを考えると、やっぱり悠李さんがここに派遣されたのはそんなに不思議じゃないですよね」

「あのね。医者の子が医者なわけじゃないよ。うちの家族に、母以外に医師免許を持ってる人、いないからね」

 医者の子とは医者になることが多いと思われがちだが、そうではない。少なくとも、香坂家には当てはまらない。今更であるが、悠李の旧姓は香坂である。

 悠李もうどんを引き寄せてすする。母は規格外なのだ。あれと比べられても困る。五十代も半ばなのに、未だにこの国最大の戦力、最強の魔術師と呼ばれているような人なのだ。

「というか、ここに私が来たのは、母より兄が関係している気がするしね」

 悠李の兄は防衛省に属している。一応文官扱いらしいが、やはり悠李の兄なのでとんでもない戦闘力を持つ魔術師でもある。しかし、母よりは悠李寄りの魔法を行使している。

「つうか、悠李さんの家族って、結構意味不明ですよね」

「自分でもそう思う」

 章平に指摘され、悠李は再びため息をついた。


 この病院はこの国で一番大きな魔法病院になる。魔法病院とは、通常の病院では対応できない魔法的疾患を見る病院のことだ。現在では、通常の病院の中に魔法疾患科があったりするのだが、やはり、設備が整ったこの病院に来る魔法疾患患者は多い。

 そのため、この病院で働く医師は魔術師だ。看護師の中には魔法が使えないものも多いが、魔法病院である以上、医師は魔術師免許を持たなければならない。ある意味エリートだ。医師も、魔術師も国家資格である。ちなみに、場合によるが、通常の怪我や病気なども診察する場合がある。

「俺も何度か魔法病院にはお世話になってますけど、まさか、診察する側で足を踏み入れるとは……」

「同感。魔法病院は患者さんも変わってるからね……」

 魔術師は変人が多いと言われるが、魔法病院に来る患者も変わっている人が多い。まあ、比較的、であるが。

「ああ……午後からどうしよう」

 嘆く章平に、悠李は尋ねた。

「章平君、指導医師は誰?」

早瀬はやせ先生です」

 早瀬医師は魔法心療科の古参医師だ。五十歳前後の男性で、優しく話を聞いてくれるので患者にも人気のある医師らしい。

「そう言う悠李さんは?」

「一応科長だけど、期待はしていない」

「あ、そうですね」

 章平が大きくうなずいた。まだ一日目だが、科長の適当なところはすでに感じられている。悠李は独自に勉強しなければならないだろう。幸いなのは、悠李自身が学ぶことが好きであることか。でなければ、研究者などしていない。


 食べ終わった食器類を返し、悠李と章平は事務室へ戻る。魔法心療科は今回、赴任してきたこの二人を含め、八人の医師がいる。全員、専門が微妙に違う。悠李と章平以外の六人はちゃんと医師免許を持っており、手術もできる。

 魔法心療科と言うが、実際のところは精神科に近い。その中で、悠李と章平の仕事はカウンセリングになるだろう。特に悠李の魔法は、そう言ったことに適した精神感応系の魔法である。

 果たして、元研究職と元事務職の人間が、病院でやっていけるのだろうか。微妙なところである。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


たぶん、そんなに長くならないと思うのですが……。


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