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放課後の怪


 放課後を報せるチャイムが鳴るなり頼人に声を掛けたのは、塁だった。



「よー頼人。これから遊びに行こうぜー」


「助っ人の準備の方は良いのか?」


「あれはなんとでもなる」



 と自信ありげに言って、塁は頼人に近付いてくる。そして、頼人の隣に目を向け、ウィンクを交えて、



「坂村も行くか?」


「ごめんなさい」



 お誘いの言葉からノータイムで、そうむっつりと拒否られた。どうやら唐突なお誘いをしたことで、塁は彼女から警戒されてしまっているらしい。



「なぁ頼人。お前からもなにか言ってやってくれ」


「俺が?」



 そう頼人が自分に指さすと、亜早紀がきょとんとした表情で首を傾げ、視線を向けてくる。そんな彼女に、頼人は、



「塁、君に一目惚れなんだってさ」


「えっ?」


「ちょ、おま、頼人テメェ!」



 目をまん丸くしている亜早紀の横から、塁が焦った様子で割り込んでくる。そんな彼の方を亜早紀が向くと、戸惑いを助長するようなまたなんとも言えない空気が広がった。



「そ、そうなんだ。でも、やっぱりごめんなさい」



 坂村亜早紀は赤くなって、朝と同様また頭を下げた。そしてバツが悪いと、その場からそそくさと退散する。

 残ったのは、頼人と、恨めし気に彼を見据える塁だった。



「ら~い~と~」


「悪い悪い」


「悪いと思っているツラかよ。まあいい。今日は付き合ってもらうぞ?」


「ごめん。今日はこれからちょっと用事があるんだ」


「ちぇ、そうかよ。……また病院か?」


「……まあな」



 と、頼人は素直に認めた。塁もそれについては知っている。どうして精神科に通うようになったのかは、当然伝えていないが。



「そうか。それじゃ仕方ないな」



 塁は頼人の言葉を粛々と受け入れると、背を向けて手を振り、教室をあとにした。


 そう思ったのだが、帰ったはずの塁が、ひょいと引き戸の外から顔を出した。



「頼人、気を付けて帰れよ。また吉井のヤツがこそこそしてるようだからな」


「……わかった」


 塁の忠告を背に受け、頼人は学校をあとにした。



>>>>>>>

     


「根暗か……」



 いつも通う心療内科への行き道で、頼人は塁に言われた言葉を思い出していた。



 確かに塁に言われた通り、自分は根暗だ。地獄へ行くことが関係しているのかどうかは知らないが、睡眠に怯える生活を続けていくうちに――いや、それを口に出すことを恐れるようになっていくうちに、いつの間にか自分の性格は、そう言われるものへと変わっていた。


 いろいろな人と関われば違うのかも知れないが、どうも気が引けてしまう。

 まあそんなことをぐじぐじ考えていること自体、根暗と言われる根拠の一つなのかもしれないが。



 電柱の下でカラスが回収されなかったゴミの袋を漁っている。燃えるゴミもそうでないゴミも一緒くたになった中身を、破けた場所からついばんで、腹を満たそうとしているのか。


 近づいても、こちらに小首を傾げカァと鳴くだけ。最近のカラスは人間など怖れない。

 ふと横を見ると、道路の向こう側に友人同士でふざけ合いながら歩く他校の男子生徒の姿が見えた。その楽しげな姿は、熟れた柿のように映える夕日に照らされて、どこか輝いているようで、少しだけ羨ましかった。



 そんなことを考えながら病院への道を歩いていると、ふいに目の前から近づいてくる影に気が付いた。

 雪駄が奏でるじゃ、じゃ、という粋な音を聞きながらに視線を上げると、和服を着た、長い黒髪を流す少女がいた。目が見えないのか、白杖を突いて歩いており、双眸を隠すように京紫(きょうむらさき)色の布が巻かれている。



 夕日を背にしてこちらに向かって来ており、まるで影が魔物のように伸び上っている。人通りの少ない場所であることと、夕暮れ時ということも相俟って、目に入ってくる影は少し不気味にも感じられた。

 頼人はふと、彼女の前に空き瓶が落ちているのに気付く。先ほどのカラスが格闘していた、仕分けのされていないゴミ袋から転がってきたのだろう。



 このままでは、彼女はそれを踏んでしまう可能性があった。もちろん、白杖で跳ね除けることも十分あり得たが、懸念は払い退けて置いておくに越したことはない。



 頼人は先に出て、空き瓶を拾い上げる。

 そして、どこぞのゴミ箱にでも捨ててしまおうかと近場のコンビニに目を向けると、不意に声が掛かった。



「――お気遣い、ありがとうございます」


「え――?」



 女の声は目の前から。盲目の少女。

 掛けられた言葉は、自分へのものとは思えなかった。近くに知り合いでもいたのかと頼人は背後を振り返る。しかし後ろを向いても、あるのはノスタルジックを感じさせる夕暮れの一景のみ。誰もいない。



「あなたに申し上げたのですが」



 頼人は自分に指を差す。わかるわけもないことにすぐ気付いたが、しかし少女は「はい」と言ってにこやかに頷いた。

 だが、頼人は困惑するばかり。



「だってあんた、目が……」



「見えなくても、大抵のことはわかりますので」



 そう言うと、少女は振り返らずに行ってしまった。頼人もそれ以上声を掛ける気も起きず、結局そのまま彼女の背中を見送ることにしたのだった。



「なんだったんだ……」



 じゃ、じゃという雪駄の音が遠のいていく。一体彼女は何だったのか。誰彼時(たそがれどき)の盲目少女。白杖に、椿の柄の赤い和服。そのうえ腰に般若のお面をぶら下げているなんて、珍しいを通り越している。どうも、狐に化かされたような気がしてならないが、ともかくとして。



 カラスが大きな鳴き声を上げて、羽ばたく音が聞こえる。このタイミングはまるで、歩いてくる少女から押っ取り刀で逃げ出したかのよう。

 頼人は脇の路地に入る。近くの建設中のビルを抜けていくのが、病院までのショートカットだった。





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