金色の転校生
授業前、朝のホームルーム。頼人のクラスを受け持つ担任教師が連れてきたのは、果たして一人の女子生徒だった。
それも、とびっきりの。
その女子生徒が入ってきた途端、教室全体からどよめきが湧いた。
まず目を引いたのは、黒板の緑色を背景によく映える、金色の髪だった。
いくら頼人たちの通う学校が他校より規則の緩い部類に入るとはいえ、染め髪というのは基本NGだ。やはりと言うべきか困惑の声もちらほら聞こえたが、それにつてはすぐに教師から説明が入れられる。
染めているのではなく、どうやら彼女の地毛らしい。
長さは腰まであり、細い絹糸のように繊細で美しく、確かに下手に染め直しなどをするのは憚られる。
そして彼女の容貌も、美しい髪に負けず劣らず見目良く、美人であった。気の強さとあどけなさが同居したような顔には、ぱっちりとした目が埋まっており、彼女が反射した陽光に目を細めると、それは蒼鷹の持つようなきりりとした鋭い双眸へと変わる。
美人だ。誰もがそう思っただろう。それについては頼人も例外ではなかった。
担任の教師が黒板にでかでかと彼女の名前を書いたあと、簡単な紹介をして、彼女にそのあとを譲り渡す。
「坂村亜早紀です。よろしくお願いします」
転校生、坂村亜早紀は教壇の横で丁寧にお辞儀をする。第一印象から、もっと勝気な姿を想像したのだが、いまの所作からは随分と大人しそうなイメージを受けた。前後の嫋やかな所作も相俟って、どこぞの令嬢のようにも見受けられる。
そんな中、頼人はふと塁に視線を向けた。
転校生が女子と聞いて口笛を吹いていた塁は、いまは半笑いを作って彼女を見ている。可愛い女子がきたからだろうか。どことなく機嫌がいいようだ。
頼人がまた前に視線を移すと、担任が彼女の席はどこがいいかと迷っている最中だった。可愛い転校生とお近づきになりたい男子たちは、担任に期待の眼差しを向けている。
「じゃあ坂村の席だが……そうだな、空いているのは水下の隣の席か」
担任が席に就くよう指示すると、坂村亜早紀が歩いてきた。
彼女は自分に指定された席の横まで来ると、周りの生徒に挨拶をする。それは頼人にもであり、彼女はその麗しい顔から、ふんわりとした笑みを投げかけてきた。
「よろしく」
「……ああ、よろしく」
視線は一度合わせてすぐに離した。亜早紀は愛想のあまり良くない頼人を見て不思議そうに目をぱちくりさせるが、そのまま席に座った。
担任が転校生をよろしくしてやるようにと言葉をかけ、やがてホームルームを終えて退出すると、途端に女子たちが一斉に集まってきた。
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しかして、教室内を席巻したのは女子の声の嵐だった。やれ綺麗な髪だ、どこから来たのか、など。亜早紀の周囲にひっきりなしに飛び交っている。
そんな女子たちの質問攻めにうんざりとしたのは当の転校生ではなく、その隣にいた頼人だった。やかましいことこの上ないと、逃げるように席を外して教室の後ろの壁に避難すると、いつのまにか隣に塁が歩み寄ってきていた。
「なんかお疲れだな」
「さすがにあれはうるさすぎる」
「ご愁傷さん」
「他人事だと思って」
「だって他人だしな」
と言って、自分の席の方に顎をしゃくり、カラカラと笑う塁。席が離れているため難は一つもないという風にしている。その余裕綽々といった態度が妬ましい。
ふと気が付くと、塁は亜早紀に視線を向けていた。
「どうしたんだ? 塁」
「いや、お誘いでもしようかなってな」
「もしかして、転校生を?」
「このタイミングなら、それしかないだろ」
「お前が?」
「なんだ。俺が女の子誘うのがそんな変かよ?」
「そうじゃないが……遊びのお誘いか?」
「デート」
端的な塁の言葉に「は」と口から間の抜けた呼気を漏らす頼人。端正な顔を持っているくせに浮ついた話の一つも聞いたことがないそんな男が繰り出したまさかの発言に、頼人は口を閉じるのを忘れてしまった。
他人に深入りしない主義の男が、いくら坂村亜早紀が美人だとしても、転校してきたばかりの女子生徒をいきなりデートに誘うものなのだろうか。
「塁、お前どういう風の吹き回しだよ」
「どうもなにも、一目惚れってやつだ」
「マジかよ……」
言葉を失う頼人。あり得ないことではないので、それ以上は何も言わないが、意外だった。
すぐに『にぃっ』と、野性的だが快い笑みを浮かべた塁は、そのまま軽い足取りで転校生のところへ行く。彼が二、三言葉を掛けると、彼女はむっつりとした表情で返事をした。
やがて塁が、笑いながら戻ってくる。
そしておどけた笑顔を見せ、両手を挙げた。
「ヤバイ、大撃沈」
「…………」
なんとも言えない結果だ。塁ほどの男に誘われたなら、女子ならころっとなびいてしまうかとも思ったが、そうはいかず。頼人もいつも仲良くしてくれる友人の恋路ゆえ成功すればいいなと思ったが、作戦は失敗に終わったようだ。
すると、敢えなく撃沈した塁は、何故か気味の悪い笑みを向けてきて、
「頼人―。次お前行ってみろよ」
「遠慮しとく。というか何故俺なんだ」
「お前が成功したら、俺がそれを横からかっさらうのさ。どうよ? いい案じゃね?」
「なら余計やる気しない。それに、そこまで興味ないし」
「相っ変わらず根暗だなぁ。兄ちゃんは悲しいぜ」
「何が兄ちゃんだ。俺が根暗なのはわかってるよ。余計なお世話」
「学校一のイケメンが台無しだぞ?」
「はいはい」
その端正な顔でよくもまあそんな揶揄ができるものである。頼人は塁の言葉を適当に流して、人だかりが消えつつある自分の席へと戻っていった。