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頼人の実力



 ――保乃が発案した水下頼人との立ち合いは、己にとって願ってもみない僥倖だった。

 昨晩白黒つけると言い放った手前、これはちょうどいいことでもある。

 だが実際この試合を押し通した自分の負けず嫌いなど、彼と戦うための建前のようなものだ。



 先ほど保乃は彼のことを、戦力に数えられるかもしれないと言った。力量を見る前に剣精を見ただけでそんなことを言うのは不思議だが、何か感じ取るものがあったのだろう。



 だが、たとえ剣の腕が立つからと言って、鬼退治は甘くはない。転生者が鬼と渡り合えるのは、偏にその者たちに邪を寄せ付けず、そして打ち破る力である『辟邪(へきじゃ)の武』が宿っているからだ。剣の腕が立つ、剣精を知るからと言って鬼と戦うことが出来るわけではない。

 ゆえに、囮役であっても保乃の言葉で調子に乗らないようわからせるのも自分の役だと思ったのだが――どうも自分のほうが彼のことを甘く見ていたらしい。



 頼人は基本的にこちらの剣を受ける方に回っているが、ふとした瞬間、転生者の自分も息を呑んでしまうほど鋭い剣撃を放ってくる。

 いまは静かに竹刀を構え、こちらの剣撃に応じる少年、水下頼人。学校では隣の席に座り、クラスではあまり人を寄せ付けず、どことなく浮いている男子学生だ。髪の毛は白いが、しかし端正な顔立ちで、なかなかどうして様になっている。性格はやたらと厭世的で達観した部分があり、まるで老人の様。まるで同じ歳とは思えないような雰囲気をまとっているそんな変わった少年だ。



 会ったときから不思議な相手だとは思っていたが、本当に一体何者なのか。鬼に襲われても素直に受け入れ、剣精を知るなどの事柄があり、次第に興味が湧いてきたが――



 剣撃と剣撃のつなぎの合間を狙って、頼人の竹刀が飛んでくる。

 腰を据えた、上段からの圧し切りの一撃だ。身長差を活かして、押し込むように打ちかかってくる。それを自身は、すぐさま左へと受け流した。



(重い……なんて打突)



 まともに受け止めはしなかったが、それでも腕に伝わってくるしびれはかなりのもの。受け方を誤れば、腕へのダメージは免れないだろう。

 だが、それも全力ではない。頼人は剣撃に込める力を加減しているような節があるし、打ち込むにつれ、剣撃の重みが徐々に増えていっている。どうやらムラを削ぎつつ、こちらの力量を確かめつつ打ち込んでいるらしい。



 遠慮しないでと言った手前加減されるのには腹立たしさがあるが、最初から全力で臨まれれば不意を食ったのは確かだろうとも思う。



 この剛剣、連続で打ち込まれればすぐに腕が悲鳴を上げるだろう。どこでこのような力を培ったのか。剣道はできないと言った通り、型は剣道のものではないが剣を扱う理合いはちゃんと持ち合わせている。



 頼人が離れるタイミングを狙って、肩口に向かって竹刀を繰り出す。だが、やはりよく見ているらしく、竹刀を寝かせて防御される。打った竹刀はびくともしない。腕が太いというわけでもないのに、どれだけの膂力があるというのか。この少年が理に敵わない力を持っているということはまず明らかだった。



 ふと、今度は頼人の方から絶え間ない剣撃が撃ち込まれる。竹刀は四方八方から、まるで蜘蛛の脚のよう。

 先ほどよりも重みが少ないため、受け流すことはさほど難しくなかった。



 だが、この技は――



「蜘蛛手……」


「知ってるのか?」


「知ってるって、私はあなたが知ってるのが驚きなんだけど」



 小さく驚く頼人に対し、自身も驚きをあらわにする。そう、いま頼人が振るった剣は知っている者も数少ないもの。平安時代からある剣なのだ。



 文献では、蜘蛛手(くもで)角縄(かくなわ)、十文字、とんぼう返りに水車(みずぐるま)とある。中でも蜘蛛手、角縄、十文字の三つは文を装飾する言葉であり、全て乱れ斬りや滅多打ちと同じものと解釈されるが、真実は微妙に違う剣の機微がある。獲物を威嚇する蜘蛛のように迫り、斬撃は蜘蛛が獲物に脚を絡めるかの如く左右斜めから剣を打つ。


 いま頼人が使った剣がそれだ。



 頼人の追撃を厭って後ずさると、不意に彼が口を開く。



「剣道じゃなくてもいいんだよな?」



 そう言った瞬間、ふっと彼の身体が沈んだ。



(脛斬り――)



 そんな予感が、稲妻のように頭の内を走り抜ける。脛斬りとは、古流に多い足もと狙いの技だ。それを頼人は、身体を相手の懐にもぐり込ませ、竹刀が一段先へ行くように打ってくる。脛斬りというよりは、脛刈りといった方が正しいかもしれないが――



 左足へのものだと一瞬で見切りを付けて、かかとで腿を打つように左足を跳ね上げる。足もと狙いの剣をかわす、定石だ。

 片足立ちのまま牽制に竹刀を振ったが、肉を打った感触はない。頼人は剣撃とともに後ろへ抜けたか。身を回転させると、そのまま進みきった頼人が反転して、静かに竹刀を構えていた。



「やるわね」


「多少は」



 どこが多少なのか。謙虚にうそぶく(おもて)の裏には、一体どんな表情が隠れているのか定かではない。剣技は素人のものから抜けきれないが、流れや型ができつつある。どの流派の剣でもなく、ふとした場面で太刀筋にらしさが垣間見える、我流剣士だ。それもとびっきりの強さを持った。



 しかし、



「まさか脛斬りなんて技使えるなんてね。それ古流の技よ?」


「これがあるとないとじゃ死活問題で」


「死活問題?」



 不思議な言いまわしの真意を問うと、しかし頼人は「何でもない」と笑って誤魔化した。



 ……ともあれ、ここまで戦えるならこちらも加減したままでとはいくまい。



「私も本腰入れるわ」


「え? いや、そこまでやる気になられても……」


「火をつけたのはあなたよ。何がお手柔らかによ。相当やるじゃない」


「いや、あはは……」



 頼人が力のない笑いを漏らす。



 それを耳にしつつ一瞬気を収め、再び闘気を解放すると、頼人は苦笑いを引き締め泡を食って後退った。





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