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いざ、首都圏へ



 亜早紀に導かれるまま付いて行き、到着したのは四方市の駅前。そして彼女に言われるがまま買った切符は――東京行きだった。



「……これは日帰りとか無理だな」



 予想もしない遠出に、口をへの字に曲げてまるで愚痴のように言葉をこぼす頼人。思った以上に大事になってしまい、先行きがやたらと不安である。

 券売機の前で切符に虚ろな視線を落としていると、隣で定期を用意して待っていた亜早紀が、



「一応これから行く場所には泊まるところもあるから。――あ、家に連絡とかはしなくて大丈夫?」


「ああ、家族とは離れて暮らしてるから、それについては心配ない」


「そう、なんだ」



 一人暮らしをしているのは意外だったのか。亜早紀はわずかにぎこちない返事をする。

 学生が親元を離れ一人暮らしをしているのは珍しいため、彼女には何か要らぬ憶測でもさせてしまったのかもしれない。

 それはさておき、だ。



「まあ、この状況だと好都合だな。おかしな言い訳をしなくて済む」



 そう、もし家族と一緒に暮らしていた場合、頼人の家族関係上、面倒なことになったのは火を見るよりも明らかだったろう。まさか鬼に襲われたから帰れないなどと言えば、今度こそ入院は免れないはずだ。

 苦笑を浮かべつつ、そんなことを一人思っていると、亜早紀が不思議そうな顔をして訊ねてくる。



「でも水下くん、鬼って聞いてよくすんなり受け入れたわね」


「まあ、あれだけ色々あり得ないもの見ればな。それに角生えてたし。こう、にょきっと」



 両手の人差し指を伸ばして頭に付け、額から角が生えるジェスチャーをする頼人。すると亜早紀は、渋い顔を見せながら首を傾げて唸った。



「普通、『そんなわけない!』とか『鬼なんて非科学的だ』とか言って取り乱すのが正しい反応だと思うけど?」


「そうだな。言われてみれば確かにそうだ」



 頼人はそう言って、尤もな話だと今更ながらに手を叩く。そんな彼を見た亜早紀は額に手を当てて、疲労の呻きを口から出した。



「なんであなたはそんなに落ち着いてるのよ……」


「いやいや、取り乱して騒いだってどうにもならないだろ」


「達観してるおジイちゃんみたいよ?」


「人生なるようにしかならないって、すでに諦めてるんだ。しょうがない」


「変なの」



 坂村に言われたくないという反論は言葉は呑み込んでおくことにした頼人。そう、普段の生活よりも地獄にいる生活の方がはるかに長い頼人にとっては、この世の出来事の方が泡沫のようなものだ。無論メインは現世でのことだが、全体の割合として考えるなら、現世でのことは地獄にいる生活の中で月に数回ある一息つける時間とも解釈できる。


 そう考えれば、おジイちゃんは言い得て妙だ。精神的な年齢はそこらのお年寄りと遜色あるまい。



 頼人の態度にまだ納得がいかないか、亜早紀は眉をひそめたまま改札を通っていく。

 頼人は彼女を追いかけつつ、いまだ解消されていない疑問の一つを投げかけた。



「それで坂村のことなんだけど」


「私のこと?」



 訊ね返す亜早紀に、頼人はぎこちない笑みを浮かべ



「いや、鬼と戦ってたし、一体何者なのかって」


「詳しくは目的地に着いてから話すけど、私は鬼と戦う組織の……って、何その目?」


「あ、ああ……」



 頼人は気まずげに視線を逸らす。

 どうやら、話の途中から胡乱げな目をしていたらしい。突飛な単語を聞いて、自然と顔に出してしまったのだろう。だが、『鬼と戦う組織』などと聞いて、真面目な顔を維持できる人間がこの世にどれだけいるだろうか。



 苛立ちを湛えた亜早紀の視線が突き刺さる。



「なに? 私が嘘言ってると思ってるの?」


「だってさ、いかにもすぎて胡散臭いとかいうレベルじゃない。中二病とかそんなのを疑うレベルだ」


「だ、だって本当にそうなんだからそういう風に言うしかないじゃない!」



 彼女にも、荒唐無稽な話をしているという自覚はあるらしい。羞恥に顔を赤くさせ、焦ったように叫んでいる。



「そうだな、確かにそうか」



 鬼などという非現実を目の当たりにしたのだ。それが世の中に蔓延っていると言うのなら、それを倒す組織があっても何らおかしくはない。



「じゃあ、坂村は鬼たちと戦う組織の戦士とかそういうのなのか?」


「悪い?」



 先ほど茶々を入れたためか、亜早紀がギンッと睨むような厳しい視線を向けてくる。

 そんな彼女に頼人は感心した表情を見せ、



「いや、すごいなと思って」


「え、うん。そうかな?」



 頼人が亜早紀を褒めると、彼女は照れくさそうにもじもじする。どうやら面と向かって褒められたのが嬉しかったらしい。



 しかし頼人は、ほんのりと頬を染める亜早紀に向かって、意地悪そうな顔をして舌を出した。



「嘘。坂村って結構ちょろいな」


「~~~~!?」



 亜早紀は顔を真っ赤にして、言葉にならない声を上げた。どうやら意外と、おちょくると面白い相手らしい。そんなことをしていると、ホームに電車が入って来た。



>>>>>>>>>     



 四方市から電車を乗り継ぎ、首都圏に着いた二人は、そこから亜早紀の呼び出したタクシーに乗り換えた。

 ダイオードの灯火とネオンサインが眩しい街中を通ってやがて着いたのは、目を瞠るほど大きな洋風の屋敷だった。



 高さは二階、いや三階はあり、老舗のホテルだと聞かされれば素直に受け入れてしまいそうなほど豪勢な造り。屋敷は塀で囲まれており、その周囲にも空き地が広がっている。

 近くの民家に行くまでにも結構な距離があるだろう。



「でかい屋敷……なんだここ?」



 人口増加による果てなき建設ラッシュで、土地に喘ぎっぱなしの東京。そんなところに巨大な敷地を擁した屋敷がどんと鎮座しているところを見ると、意外以外の何物でもない。


 唖然としたままシートに身を預けた頼人が、隣に座る亜早紀に視線を向けると、



「…………」



 頬を膨らませたぶすっとした顔でむくれている。駅でおちょっくたのが尾を引いて、ここまで彼女とろくに会話をしていなかった。



「機嫌直してくれよ。俺が悪かったって」


「別に怒ってないわ」


「頬っぺた膨らませてるぞ」


「こういう顔なの」



 と言って頼人方を向き、更に頬を膨らませる亜早紀。怒りの表現の仕方がやたら子供っぽい少女である。

 だが、さすがにもう怒っているのもどうかと思ったらしく、もとの穏やかな調子に戻り、説明してくれる。



「あそこが。私たちの本拠地みたいなところ。ここに鬼を倒す組織のリーダーがいるの」


「は、はぁ……」



 組織、リーダー。何度聞いても右から左に抜けていく。話を聞いていただろうタクシーの運転手をチラリと窺っても、バックミラーに映るその顔は真面目そのもの。亜早紀が呼んだゆえ、専用のドライバーなのかもしれない。



 まだ自分の中に落とし込めない頼人が、懊悩を表情に出していると、



「信じられないって顔してる」


「別に信じていないわけじゃないが、話が突飛過ぎてついて行けないんだ」


「……そうね。気持ちはわかるわ。私も最初はそうだったから。でも、嘘は言ってない」


「だよな」



 それは、頼人もわかっていた。亜早紀の態度は、最初から真摯であり、とても嘘を言っているようには思えなかったのだ。ゆえに、しっくりこないのが本音ではあるが――

 やがて正門前に到着し、タクシーを降りる。そこには待ち構えていたかのように執事然とした初老の男性使用人が立っており、すぐに門を通された。

 屋敷を近場で見ると、やはりどこかの秘密組織の本拠地と言うよりは、金持ちが道楽で建てた豪邸と言った方がまだしっくりくる。立地的には、いかがわしいホテル感満載だが、それはともかく。



 使用人に導かれ、庭先を歩いていると、どこから来たのか小さな子供が二人、駆け寄ってきた。



「おっと」


「金陽!? 銀陽!?」



 亜早紀が叫んだのは、二人の子供の名前だろう。双子らしく、鏡で照らし合わせたかのように同じ顔が並んでいる。片方の髪は金、もう片方は銀。どちらも髪の毛はぼさぼさで、腰まである。



 格好は不思議なことに、二人とも平安時代の和装だった。確か、水干と言ったか。緋色の懸緒を一方は右肩、もう一方は左肩に提げ、袴も赤と青で別れており、見分けがつきやすい。

 ちょろちょろと入れ替わるようにすばしっこく走り回り、やがて前に来るとひまわりのような笑顔で、話しかけてくる。



「知らない男のひとだ~」


「男のひと~」


「亜早紀が男のひと連れてきた~」


「連れてきた~」



 高音を上げ、万歳をする少年たち。そこそこの背丈にしては、言動が心なしか幼いという印象を受ける。

 一方亜早紀はというと、『どうしていま出てくるのか』と言いたげな間の悪さに辟易としたような表情を見せ、頭を抱えていた。



「この二人は? もしかしてここの子か?」


「この子たちはね、えっと……どこから説明すればいいかしら……」



 頼人が訊ねると、説明に困る素振りを見せる亜早紀。腕を組んで唸り、渋い表情を見せている。



 すると少年たちが、



「お兄ちゃん血の臭いがする~」


「鉄の臭いもするよ~」


「肉の焦げた臭いも~」


「お兄ちゃんおかしい~」


「おいおい……」



 鼻をつまんで、「おかしい、おかしい」と穏やかに騒ぎ立てる二人の少年。血の臭い、鉄の臭い、焦げた肉の臭い。普段の生活をしていればどれも、らしい業務に従事していない限り縁があるとは言えないものだ。だが、頼人にはそのどれもが心当たりのある臭気である。



 そう、それらの臭いは全て、地獄にあるのだ。

 染みついたその臭いを嗅ぎ取ったのか、この二人は。

 頼人が驚きの視線を向ける一方、亜早紀がどこか不思議そうな視線を向けてくる。



 それを察したのか、子供たちは亜早紀の袖をくいくいと引き、笑顔のまま取り成してくれる。



「大丈夫。悪い人じゃないよ~」


「大丈夫大丈夫~」



 二人はまた笑顔を見せると、不意に屋敷の方に身体を向ける。その様がまるで呼ばれたかのような動きだなと頼人が思っていると、どうやら本当にそうだったらしく、



「呼んでる~」


「あっち~」



 そう言って、またちょろちょろと走りながら、離れの方に行ってしまった。



「あ、おい……」


「いいの。あの子たちは放っておいて。行きましょう」



 亜早紀の言葉を聞いて、気遣って止まってくれていた使用人が再び歩き出す。

 彼の後ろに付いて行き、屋敷に入ってしばらくすると、廊下の向こうから一人の男が歩いて来た。



 アロハシャツを着た、長身の男。首からいくつものネックレスを下げており、足取りはどこか浮ついた調子。何かを肩に乗せているなとよく見れば、それは驚くほど長大な刀だった。



 隣を見れば、亜早紀はまたもや先ほどのような表情をして頭を抱えている。

 前から来るのは、頭の痛いことなのか。人好きのする笑顔を見せているゆえ、人当たりの悪い者とは思えないのだが、それについては判然としない。



 やがて男がほど近い距離にくると、亜早紀は先ほどの懊悩など思わせないほど真面目な表情に変わる。



「お疲れ様です。大森さん」


「おっつー、坂村。今日もご苦労さん」



 亜早紀が口にした生真面目な挨拶に対し、大森と呼ばれた男が返したのはなんとも気安げな挨拶であった。

 すると彼は、頼人の存在に気付いたのか、回り込むようにして頼人のことを覗き込んでくる。



「おお? 男連れって金銀に聞いてたが……やっぱ彼氏か!?」


「違います」



 先ほどの挨拶もそうだが、やはり彼女の態度はむっつりである。だが、そんな彼女に気にした風もなく、大森某は軽い調子で訊ねる。



「じゃあどうしたん?」


「さっき彼を鬼から保護したんです」


「うぇっ!? じゃあ襲われてたのかい……そりゃまた」



 大森某は驚きつつ、頼人に近寄る。



「いやー、災難だったなー少年。俺っちは大森七彦(おおもりしちひこ)。で、こっちが俺っちの愛刀」



 そう言って、肩に乗せた大太刀で、肩をとんとんと叩く大森某。



「あ、愛刀……?」


「そう! だが名前はない!」



 と言って、大森某は自慢げに長さは二メートルを優に超える大太刀を掲げ、見せ付けてくる。名前がないということは、銘がないということか。そんな情報自己紹介には必要ないと思うのだが。



 そんな様子を隣で見ていた亜早紀は、難儀そうな顔をしていた。

 当然頼人も大森某の個性的な自己紹介に戸惑いは隠せなかったが、何も言わないでいるのも失礼なので当たり障りのない挨拶をする。



「ど、どうも。水下頼人と言います」


「水下……ライトな。よろ!」


「……よろしくどうぞ」



 不自然な調子で返答する頼人。ある程度のノリならば、彼とて合わせることもできるが、初対面でこの飛びぬけた軽さ(・・)に合わせろというのはさすがに無理があった。

 亜早紀は二人のやり取りを見かねたか、困窮している頼人に助け舟を出してくれる。



「大森さん、そちらはどうでした?」


「俺っちのほう? あーなんていうかな……」



 亜早紀はその歯切れの悪い態度で察したか、



「はずれだったんですね」


「そうだな。そうとも言う。無きにしも非ずでござんすよ大将軍殿」


「その呼び方はやめてください」


「じゃあお嬢で」


「普通に坂村でいいですから!」



 怒鳴る亜早紀に、しかし大森某は取り合わない。気にしない性質なのか、それともそれ以前に空気を読む能力が欠如した御仁なのか、



「つまらん! 実につまらんぞ坂村亜早紀!」


「つまらなくていいです。それよりも大森さん、保乃さんは執務室に?」


「おう、やっちんはおっしゃる通り執務室におりますよ」


「では屋敷にいるのは?」


「いつも通り。やっちん以外いるのはおれっちと安部(やすべ)のアキっちだけ」


「そうですか」


「そうなのですよ……てっ、ちょっとー!」



 気が付くと亜早紀は先に行っており、大森某に驚かれていた。



「行くわよ、水下くん」


 振り向いた亜早紀が声をかけてくる。見れば、いつの間にか使用人も先に行っており、頼人は大森と共にその場に取り残される形になっていた。



 このまま大森某と一緒というのも困りものゆえ、追いかける。



「あの人、いいのか」


「大森さんの話が終わるまで待ってたら夜が明けるわ。あの人の性格、いまのでわかったでしょ?」


「ああ……そうだな。確かにあの人に捕まったら長そうだな……」



 後ろを見ると、七彦が陽気に「いってらー」と手を振っていた。やたらと元気のいいお兄さんであった。



「あの人も……その、鬼を倒す?」


「ええ。剣士の一人よ」


「そうなのか……」



 頼人はもう一度振り返り、大森某の背中に目を向ける。奇抜な格好と大太刀以外は、どこにでもいそうな飄々としたお兄さん、という印象だ。一見して戦いを生業とする人間には見えないがその実、足取りはふらふらしているが体幹が歩きに左右されていないことと、周囲に油断なく気配を配っていることを、頼人はいまの接触で見抜いていた。



(それがわかるのがあいつ(・・・)のおかげってのが、気に食わないところではあるが)



 頼人は地獄にいるあの男(・・・)の顔を思い浮かべ、そんな愚痴を心の中で漏らした。





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