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金色の少女、鬼を斬る



 暗がりの建設現場に現れたるは、金色の髪を流す少女。

 辺りに(たか)っていた鬼を輝きによって斬り倒し、いまはこちらに対し、見たことのないほど鋭い眼差しを向けている。



 身にまとうのはジャケット、ブラウス、タイ、スカートで構成された学校指定の制服。髪には美しい宝飾のされた髪留めを付け、ツーサイドアップに。そしてその手には金色の輝きを放つ『何か』が握られていた。

 その眩い『何か』は、先ほどの推測が正しければ剣だろう。



 そしてその切っ先は蒼鷹(しらたか)の眼差しと同じく、真っ直ぐにこちらを向いている。



「さ、坂村? どうしてここに? それに、その手に持ってるものって」



 剣だろう。そして何故こちらにそれを向けているのか。そんな問いを含めた震え混じりの言葉をぶつけたが、しかし、彼女は呆れともつかないため息と共に、非情な言葉を投げかける。



「残念ね。まさかクラスメイトを斬ることになるとは思わなかったけれど」


「斬る? クラスメイトって、俺のことか!?」


「ここにいる私のクラスメイトは、あなたしかいないわ」



 そう、ここにいるのは自分と彼女以外は鬼どもだ。訊ねるまでもなく、それ以外を斬ると言えば、その相手は自分になる。



「ま、待て! どうして俺を!?」


「どうして? しらばっくれるつもり水下くん。いえ――鬼」


「鬼って、俺が!?」


「そうでしょ。そんな剣を持ってて、違うなんて言うつもり?」



 冷たい声の指摘、そして眼差しの先には、頼人が先ほど鬼から奪った蕨手刀(わらびてとう)があった。

 確かに、他の鬼どももこれを持っているが――



「こ、これは、その……」



 頼人がちょっとそこで奪い取ったんだという暇もなく、



「それだけじゃないわ。さっき、あなたは私の剣をかわした。普通の人間なら、いまの剣撃をかわせるはずがない」


「――」



 亜早紀の指摘を聞いて、頼人は言葉に詰まる。普通の人間がかわせるのかかわせないのかはともかくとして、先ほどの回避がまさか誤解の材料になってしまうとは。



「答え合わせはもういいわね?」



 そう言って、殺気交じりの剣気を身体から滲ませ、すり足で間合いを詰めてくる亜早紀。そんな彼女に、頼人は焦りながらも説得を試みる。



「待ってくれ、誤解だ! 坂村、俺の話を聞いてくれ!」


「時間稼ぎのつもり? 私にはそんな姑息な手なんて通用しないわ」


「だから――!」


「問答無用!!」



 頼人が口を開いたタイミングを見計らい、亜早紀は気合いと共に斬りかかってくる。踏み込みに、横薙ぎの一閃。彼女の剣撃を読んだ頼人が身を引きつつ、防御に蕨手刀(わらびてとう)を出すが、



「人の話を聞け――え……?」



 金色の閃光が目の前を通り過ぎる。気が付くと、蕨手刀(わらびてとう)が柄を残して消えていた。



「今度は峰じゃないわ」


「み、峰だって? それに峰もクソもないだろうが!」



 しれっと言って退ける亜早紀に、叫び返す頼人。確かに金色の輝きは剣なのだろうが、しかしその全貌は光に包まれ未だ判然としないうえ、先ほどは鋼管を難なく切断した切れ味を持つ。どう見ても、刃先と峰の区別などないように思えた。



「観念しろ!」



 女の子にしてはあまりに雄々しい叫びを発して、剣を振りかぶる亜早紀。そんな彼女の後ろから、残っていた鬼が迫ってくる。



 先ほど頼人を追ってH鋼の梁まで昇ってきていた鬼どもだ。



「もう、うっとおしいっ!」



 視界外だが、襲撃の気配を察し、亜早紀はその場から飛び退く。そして蕨手刀を華麗にかわした直後、間を置かず踏み込んで鬼に詰め寄り、金色の剣撃を浴びせた。



 斬られた鬼は、断末魔の叫びをあげたあと、体液を身体から噴き出すこともなく、黒い砂になってその場に崩れてしまった。

 頼人がその様を驚きの表情のまま見詰めていると、亜早紀がキッと睨み付けてくる。



なまなり(・・・・)を使って私を倒すつもりだったの? ほんと往生際が悪い……」


「ち、ちがっ、どうしてそうなる!?」


「…………」



 頼人は叫ぶが、しかし亜早紀は答えない。



「だから俺は本当に俺は関係ないんだって! いい加減話を聞いてくれ! 頼むから!」


「もうあなたと話をするつもりはない」



 そう冷酷に断じる亜早紀。そんな中、梁から降りてきた鬼の一部が、頼人に襲い掛かってきた。



「くっそ! もう勘弁してくれ! どいつもこいつも!」



 亜早紀に誤解され襲われ、そのうえまだ鬼どもまでも襲い掛かってくるのか。口でも心の中でも泣き言を発しつつ、頼人は鬼の剣撃を後ろに一歩一歩退いて回避する。



 一方、それを見ていた亜早紀が、呆気に取られたような表情で、



「――え?」


「え? じゃない! 見てないで助けてくれ!」


「で、でもあなたって鬼なのに……どうして……」


「だから! 俺は! 鬼じゃないんだ! こいつらに襲われてっ! ここまで追い詰められたんだって!」



 鬼の剣撃を回避しつつ、頼人は亜早紀に大声で身の潔白を訴える。しかして亜早紀は頼人が鬼に襲われていることで、彼の言葉を信じる余地ができたか。困惑した表情で、訊ねる。



「じゃ、じゃあほんとに!? あなた鬼じゃないの!?」


「さっきからそう言ってるんだって! ――このっ! お前らはいい加減に!」



 鬼が大きく空振った。そのタイミングを見計らって、頼人は前蹴りを繰り出して鬼をぶっ飛ばす。

 頼人はかわした疲れよりも説得に上げた大声の方で疲れたか。ぜいぜいと息を上げながら、呆然とする亜早紀に訴える。



「俺が鬼だったら、そもそもこいつらが俺に襲い掛かってくるはずないだろ!」


「それは、確かにそう、よね……」


「ともかくわってくれたんなら、まずこいつらをどうにか……」


「わ、わかったわ」



 やっと斬らなければいけない相手が定まった亜早紀は、鬼たちのいる方向を向き、そしてすぐに踏み出した。

 そして襲い掛かってくる端から斬っていく。向かって来る鬼の懐に飛び込み一閃。その後すぐにその場から離脱し、他の鬼のもとへ。ひゅんひゅんと跳ね、飛び様に斬り付け、鬼を斬り付け倒していく。



 彼女の飛鳥のような美しい剣技の前には、鬼たちの覚束ない剣技などなんら脅威にはならなかった。



「これは……」



 金色の輝きが彼女の髪を照らしあげ、暗がりの虚空に金の流れを生み出していく。頼人がその美しさと剣撃に見惚れているわずかな間に、彼女は残りの鬼たちを斬るが。



「このっ……待て!」



 数匹、敵わぬと悟ったのか仮囲いを破り逃げて行った。亜早紀は追おうと踏み出したが、ふと頼人の方を向いて立ち止った。ここに一人置いて行くのを躊躇ったのだろう。



 一方で亜早紀に斬られた鬼たちは、着ていた服を残し、全て黒い砂に変わってこの世から消え去った。

 それを最後まで見届けた頼人は、やっと安堵の息を吐く。襲い掛かってきた鬼も全ていなくなり、誤解も解け、これでようやっと息つく暇ができたというわけだ。



 他に鬼が隠れていないか確認をしていたらしい亜早紀が、それを終えて近づいてくる。


 そして、目の前に来るなり、神妙な表情をして思い切り頭を下げた。



「ごめんなさい水下くん。てっきりあなたがこいつらの親玉かと……早とちりして斬りかかっておいて今更だけど、本当にごめんなさい」


 亜早紀の謝罪を、頼人は受け入れる。頭を下げ、真剣に詫びる亜早紀の姿を見せられては文句を言う気にもなれないし、結果的に助けてもらったことには変わりないのだ。


「わかってくれたんならもういいよ。……やれやれとんだ帰り道になったな」


「帰り道って、どうしてこんな時間に」


「五時限目にも言ったと思うが、病院に行ってたんだよ」



 そう息をこぼして、頼人はブルーシートがかけられた建設資材の上に腰を落とす。そして、いまは黒い砂となって消えた鬼たちのいた方を見て、亜早紀に訊ねる。



「で、さっきの連中は何なんだ? 坂村は知っているような口ぶりだったけど」


「…………?」



 頼人が訊ねると、亜早紀はしばし不思議そうな顔をする。それは先ほどのように、驚きが混じったような意外そうな表情。



「どうした?」


「あ、ううん。あんな奴ら襲われたのに、落ち着いてるなって思って」


「いろんな奴から斬りかかられて、随分と動揺してるんだが……」



 そう疲れた調子で言うと、亜早紀は眉をひそめる。「そんな風に見えなんだけど……」と呟きを漏らしているが、そんなことはどうでもいい頼人は問いの答えを促す。



「で? さっきの質問なんだけど」


「こいつらはなまなりよ。正確には鬼になる前の人間のことね」


「なまなり? 鬼になる前?」


「鬼は知らない? 角を生やして、牙や鋭い爪を持ってる怪物のこと」


「それは知ってるが……いまの奴らはよく絵本とかにある赤や青い色をした鬼とか、閻羅人とも違うし……」


「閻羅……水下くん随分マイナーな言葉知ってるわね」


「ん? あ、まあたまたま本で読んでさ」



 そんな風に適当に濁しておくことにした頼人。それに関しては人並み以上に詳しいが、しかし地獄に行く頼人でも、鬼というものを実際に見るのは初めてである。

 頼人が見ている獄卒の鬼である閻羅人(えんらにん)は、便宜上鬼卒などと呼び、悪鬼と称されることもあるが、実際は自分たちが本などで解するポピュラーな鬼と同じものではない。インドや中国から日本に伝わる過程で、恐ろしい形相をした化け物である閻魔の手下――獄卒、鬼卒、閻羅人、阿傍羅刹を呼ぶ際、日本では鬼という言葉を当てはめ、そう呼ぶようになったにすぎないのだ。現在ではだいぶ混同されているが、それはともかく。



 角があるゆえ鬼としたが、まさか本当に本物の鬼だとは。だが――



「それで、鬼になる前のなまなりってのは?」


「ちょっと待って」



 話しの途中だったが、亜早紀はそう言って携帯電話を取り出し、どこかに掛けだした。

 そして、電話の向こうの何者かと幾度かやり取りを交わしたあと、真剣な表情で頼人の方を向いた。



「水下くん。急だけど、あなたはこれから私と一緒に来てもらうわ」


「は? 急に、なんで? こいつらの説明とかは?」


「それはあとでしてあげる。だからいまは黙って私について来て。お願い」


「いや、坂村がどこかに行かなきゃならないんなら、別に俺は明日でも構わないんだけど」


「そうじゃなくて、水下くんに付いて来てもらわないとならなくなったの」


「なんで?」


「このあとまたなまなりに狙われるかもしれないからよ」



 狙われる。そんな不穏な言葉を聞き、頼人は顔を引きつらせる。



「……マジで?」


「さっき、何匹か取り逃しちゃったから。私の落ち度ね」


「あ……」


 頼人は間の抜けたような声を発する。そう言えば、亜早紀が鬼と戦っている最中、何人かが逃げて行った。奴らに顔を覚える知性があるなら、確かに襲って来る可能性は否めない。



 再度、ごめんなさいと謝罪する亜早紀の前で、頼人は力なく腕を垂らした。




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