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五話


 桶の底に乗ったまま、相も変わらすエンドレスなお菊様。

 瞳を見ると、うん。NPCだ。思考選択する。


『イベント『捕まったお菊様を救え!!』が完了しました』

『イベントクリア報酬: 光の玉石、帝釈天の盾(R)』

『イベント初クリア報酬: 聖観音の胸飾り(SR)、聖観音のビキニトップ(女性専用)(R)』


 あ、揃っちゃった。あぁ、揃っちゃったよ。

 そうかそうか。聖観音様はそんなに俺にすーはーすーはーして欲しいのか。


 し・ね・ぇ・よっ!!


 いや、脛当てに続き、盾は何と無く分かるわ。うん。スーパーレアが出たのも嬉しい。でも、ビキニトップが出ちゃったらもう、インパクトはそっちに持ってかれちゃうじゃんっ!?

 またもや防御力が三〇って!? 良い防具なのは認めるさ!! でも、男の俺が出しちゃダメだろ!?

 俺に、『これ、良い防具が出たから君に付けて貰いたいんだ』って、下着をプレゼントしろとでも!? どこのセクハラ親父だよ!! アホか!! 行動査定値が一瞬で反転するわ!?

 あー。橘から優香にでもプレゼントさせるか?

 あるいはミッチー彼からミッチー。

 マジな話、彼氏彼女でも無けりゃ、プレゼントとか不穏すぎるだろ。これ。


 まあ、その辺りはまた後だ。

 橘にイベント情報だけは流しておこう。


 じゃあ、帰るか。ウサギー、帰るぞー。


 どうもウサギはお菊様には近付かない様だ。

 じゃあ、やっぱり街は無理か?

 出口に向かうとウサギも付いてきた。やっぱ洞窟内は暗い。目を閉じて暗順応を待って、開く。二分程だが大分見える。

 帰りはウサギが先導しない様だ。足場を気を付けながら歩く。

 暫く歩くと先に光が見えた。出口だ。


「この辺には発掘ポイントは無いのかな?」


 発掘探知アイテムを手に入れたらもう一度来てもいいな。

 ふと気付くとウサギがいない。後ろを見ると、一〇メートル位後ろで壁をコツコツやっていた。


 ……なんて優秀なんだ、ウサギ。




//-------------



 俺は街の前に戻ってきた。あれから三回ほどウサギはコツコツやってくれた。

 アイテムは全て鉱石だったが、発掘探知アイテム以外では分からない筈の発掘が出来たのはウサギの功績だ。……ギャグじゃないよ。ホントだよ。

 で、ウサギなのだが、今も俺の足に擦り寄っている。

 街に入れるのか? しかし、入ったとして、他のプレイヤーに倒されてしまわないか? うーん。しかし、ここまで懐かれると、置いていってプレイヤーに倒されるのはかなり嫌だ。仕方無い。抱いて入ってみるか。

 俺はウサギを抱くと、街に向かう。門に近付いても嫌がらない。角は生え変わると言うから無くなっても問題無いかと、ウサギの角を門の中に入れてみる。平気だ。

 ゆっくりと門を通す。嫌がったり、苦しみ出したりしたらすぐに戻れる様に徐々に入る。が、俺の心配を他所に、のほほんと腕に抱かれるウサギ。


 全然余裕で入れました。


 んー? じゃあ、何で魔物は街の中に入らないんだ? と、ウサギを思考選択してみたら、理由が分かった。


『??? (ジャッカローブ)(飼い主: リョウ)』

『名前を付けて下さい: ???』


 あぁ、テイミングだ。ODOにもテイミングってあるんだ。

 あ。そう言えば、ナナクサにも一匹付いて行ってたよな。あれ、どうなった?

 うわ。掲示板見るのが怖い。

 今は午前四時近く。まだ、それほどフィーバーはしていないだろう。

 速効でクエスト終了して一回ログアウトしよう。


 と、言う事でやって来ました魔法店。

 早速お爺さんを思考選択する。


『『スライムの核』を10個渡しますか? Yes / No』


"Yes"を選択する。


『クエストが完了しました』のポップアップが表示された。


『『魔法薬を作る材料を取って来ておくれ』が完了しました』

『クエスト報酬: 魔法指南書(水)(初級:ウォーターボール)』


 やっと終わった。第三クエストまでだけど。後は、ガチャと最後の討伐だ。しかし、その前に一旦ログアウトしよう。

 あの痛みが長時間ログインの影響だとするなら怖すぎる。

 しかし、ウサギはどうなるんだ? ナナクサとフレンド登録しておくべきだった。掲示板に情報が載っているか?


「あっ!! 見付けましたっ!!」


 ウサギを抱きながら検索に没頭していた俺に声をかけて来たのは、俺と同じ様にウサギを抱えた、サイドテールが印象的な金色の女の子、ナナクサだった。


「やっと見付けましたよっ!! 草原にも居ないし、この子ってどうやって──」


 ナナクサが必死な表情で俺に詰め寄ってくる。

 あ、厄介事だな。全てはログアウトした後の話だ。逃げよう。


「ナイスタイミングっ!! 俺は少しログアウトするっ!! こいつがどうなるか見ててくれっ!!」


 抱いていたウサギをナナクサに渡すと、メニューから"設定"を選択する。両手にウサギなナナクサが困惑している内に、とっととログアウトしよう。


「えぇっ!? いや、ちょっと待って──」

「じゃ、一〇分後に!!」

「えぇぇっ!?」


 こうして俺は、実に八時間ぶりにリアルに戻ったのである。



//-------------



 リアルでやった最初の行動は、トイレに駆け込む事だった。

 ヤバい所だった。完全に忘れていたが、自身の体との感覚共有調整とかやってない。これをやらないと、トイレとか、空腹とかをVR内で感じなくなってしまう。

 元々トイレが近い方では無いが、八時間ぶっ通しで全く行かないとかは自殺行為だ。つーか、よく漏らさなかったもんだ。

 ODOにログインする前にやっておかないと。

 しかし、流石に午前四時半を過ぎるとかなり眠い。このまま眠ってしまいたい願望に囚われるが、橘との約束があるし、なによりもナナクサに一〇分で戻ると約束したのだ。

 反故にする訳にもいかないだろう。

 さて、用も足した事だし、体を動かしてみるか。まあ、既にトイレまで走ってみたりしたのだが、さっきの俺は余裕が無かったので、頭がふらつくとか、そう言う感覚が尿意に塗りつぶされている可能性も無きにしもあらず。

 色々限界間際だった。


 先ず、背中の痛みがあるかどうか。次に頭がふらついたりしないか。最後に体に違和感を感じないか。

 ラジオ体操をしつつ確認していく。


 うん。問題無さそうだ。


 しかし、一〇時間も食っていないとさすがに腹が減る。何か無いかと一階の冷蔵庫を漁ると、牛乳とレトルトの魚介ピラフがあったのでこれを頂こう。

 袋に穴を開けてレンジへ投入、二分で出来上がりだ。

 皿に出すと洗い物が面倒だから、袋を開けてそのままスプーンで食う。美味い。

 カップに牛乳を注ぎ、飲む。美味い。


 優香が前に、「兄さんは作った物でもレトルトでも美味いと言うから作り甲斐が無い」とか言っていた事を思い出す。

 確かに丹精込めて作られた飯は美味い。

 しかし、それ以外を不味いと切り捨てる人生より、味は落ちるがそれなりに美味いと思っている人生の方が幸せだと俺は思う。

 大体不味いものを商品化とか出来る訳が無い。レトルトを不味いとか言う連中は、俺の舌は肥えてるんだぜアピールでしかない。他を貶めて、優越感に浸っているだけだ。イジメと同じ心理である。

 とか、持論をぶち上げるのも、優越感に浸っているだけだが。

 あの魔物との戦闘は、長時間ログインの怖さを身に染みて感じた出来事だった。長時間ログインすると、脳がVRの体に想定した状態以上に順応してしまうのだろう。それによって本来システムが管理し消している筈の痛みを、脳が勝手に錯覚して作り出してしまう。

 火掻き棒実験と同じ様なものか。

 暖炉の真っ赤に焼けた火掻き棒を被験者に見せた後、目隠しをしてこれから火掻き棒を押し付けると教える。そして、暖炉に入っていない冷たい火掻き棒を被験者に押し付けるとある筈もない熱さを感じ、火膨れすら体に現れると言う実験だ。

 脳が錯覚すると言う行為は恐ろしい事なのだ。

 もしかしたら、今の俺も、切られた場所の血管収縮や、高血糖、血小板の増加等の防御反応が現れているかも知れないのだ。

 優香はログイン超過について何も言って無かった。ログイン超過であんな事になるってわかっているなら、俺にも話すだろう。

 それ位には仲がいいと自負している。

 優香は知らないか、あそこ迄の症状が出ないのかもしれない。

 俺の思い込みが人一倍激しいって事だろうか。


 しかし、長時間ログインは危険だ。母が真面目な顔になるだけはある。一日の総ログイン時間を八時間にすると言うのは流石に今日は無理だが、一回のログイン時間は守って、小まめに休憩を入れておこう。

 さて、では腹も落ち着いた事だし、そろそろログインするか。



//-------------



「済まんかった」


 VRホームで内蔵感覚の調整をすると、俺はODOに帰って来た。

 どうやら再ログインはログアウトした場所から始まる様だ。周囲を見ると、不貞腐れた表情で俺を睨むナナクサがいた。

 あ、一〇分とか言いつつ、二〇分経ってる。


「酷いですよ。話し掛けてるのに無視して自分の用だけ押し付けて……」

「あー、ちょっと限界ギリギリだったんだ。本気で済まなかった。待っててくれてありがとう」


 ぷっくりと膨れて口を尖らせるナナクサに謝ると待っていてくれた事に礼を言う。


「あ、じゃあ、仕方ないですけど、ギリギリまで我慢するの、危険ですよ。膀胱炎とか」

「あぁ、気を付ける。で、やっぱりそっちのウサギもテイム?」


 何か勘違い……でもないが、違う方向で納得したのか、俺の心配を始めた。大丈夫だ。ベッドに地図は描いてない。

 俺はナナクサの足に絡み付くウサギ二匹を見付けて、聞いた。

 ナナクサは、あっと思い出したか──。


「あっ!! そうです!! 大変なんですよ!? テイムのやり方教えてくれとか勝手にスクショ張られたりとか!? 取り敢えずスクショに関しては運営さんに相談したら対応してくれるってなりましたけど!!」


 かなり大変だった様だ。テイムなんて夢が広がる技能が見付かりそうなんだし、祭りが起きてもおかしくはないか。


「いや、落ち着け。俺もさっき、街に入る時に気付いたんだ。だから、ログアウトした時にウサギがどうなるのかも分からず困ってた位だ」


 あ、そう言えば、俺がログアウトしてる間、ウサギどうなってたのかな。聞きたいんだが、ナナクサはかなり動揺している様だ。


「えぇっ!? どうするんですか? 凄い勢いで掲示板とかスレが上がってますよ? ギルドマスターに相談したらすぐ来てくれて、私が色んな人にテイムについて聞かれたり、教えてくれって泣きつかれたり、脅されたりしたのを知って、ユウカちゃんはユウジさんの隣で凄い顔して怒ってるし」


 あー。本当に迷惑かけたんだ。本当な済まない。済まないとは思うんだ。でも、そうか。優香が怒っていたか。


「そうか。怒っていたか……じゃ、俺用があるのでこれで……」


 逃げよう。今日はポンポンが痛いので約束は履行出来ない。ログアウトして寝よ。

 え? って顔して、呆けてるナナクサに手を挙げ挨拶すると、メニューから──。


「ほー。何処に行こうと言うのかなこのバカ兄は」


 地の底から漏れ出るイザナミの呪いの声もかくやと思える優香の声。低く響く美声に俺は凍りつく。

 お兄さん!? とか後ろでナナクサが驚いているみたいだが構っている余裕はない。


「優香さん? 話し合おうじゃないか。暴力はいかんよ暴力は」


 ニッコリと笑う優香。般若が笑ったらこんな顔であろう。


「暴力じゃないわ。"ツッコミ"よ? さあ、兄さん。今日初ログインから、私の友人に迷惑を押し付けた今までの経緯を詳細に!! 洩れなく!! 正確に!! キリキリ吐かんかい!? このボケがぁっ!!」


あぁ、この迫力はリアル以上だ……。

痛覚遮断判定が入るギリギリを狙う"ツッコミ"。まさか、初ODO初日に食らうなんて思ってもみなかったよっ!? つーか、痛いっ!! えっ!? これ本当に"ツッコミ"範囲!? いてっ!! いたたたたぁ!?


「ひいぃっ!? "ツッコミ"と言う名の暴力表現反対ーっ!!」



//-------------



「すんませんっした!!」


 あの世界が狙えそうな連打の嵐を我が身一つで受けきった俺は、橘達に"始まりの草原"まで連れて来られた。内緒話は広い、隠れる場所が無い草原で行うのが普通なのだそうだ。

 そこで今までの経緯を語った。聖観音像に真言を唱えたら称号が貰えた事や、クエストに称号効果と思える付加要素が盛り込まれていたとか、なぜかウサギに好かれてナナクサも巻き込んだ事とか、新しいイベントを見付けた事だ。

 お菊ちゃんの事と、痛みに関しては話してない。あれは称号とかは関係無いみたいだからだ。だって、お菊ちゃん本人が何故バレたか知りたいと言ってたし。痛みは言ったら優香に怒られるし。

 で、ウサギを狩ろうと来ただろうナナクサにウサギを押し付けて狩れなくしたのは確かに俺だし、テイムに関しては、俺も街に帰って来て初めて知ったのでよく分からないと説明した。

 称号とイベントについては橘にその都度メールしていたから、橘も把握していたが、テイムまで可能になる称号となると、その扱いに困ってしまった様だ。難しい顔で悩んでいる。

 今、この場所にいるのは、橘と優香。ミッチーとミッチー彼。そして、ナナクサだ。

 俺はナナクサに謝る。

 話を聞くと、初テイムに成功したプレイヤーとして、掲示板にナナクサの無許可で大々的に晒されて、ナナクサのキャラクター名やアバターがかなりネットに流れたのだそうだ。

 しかし、ナナクサ自身はテイムした覚えもない。だから、困っていると、プレイヤー達は教えてくれても良いじゃないかと、ナナクサを非難し始めたと言う事だ。


「どうお詫びしていいか、本当にすみませんでした!!」


 俺のちょっとしたイタズラがここまでの被害を生むとは思っていなかった。


「あ、あのう、へ、平気ですよ? 運営さんも、ユウジさんも動いてくれるって言ってますし、そんなに謝らなくても……」


 そう、頭をあげる様に言ってくれるナナクサ。

 しかし──。


「事はそう、簡単な事では無いかも知れないわ。最初はテイムをした奴がいて、仮に兄としておくけど、そいつから小遣い程度の金と飯抜きでテイム方法を聞き出して、ギルドとして報告を上げれば済む話だと思ってたんだけど……」


 優香も悩ましそうに眉を寄せ、眉間に皺を作っている。

 そして何気に酷いなお前。


「現状のプレイヤーが取得出来ない可能性の高い称号が絡むとなると、話は別だよー? リョウタから称号の話を貰った時は、取り敢えず秘匿して他の取得方法を模索して、無ければ無いで報告を上げようと思ってたんだよねー。確かに希少な称号だけど能力的には他で代用出来ないモノでも無いしー」


 いつも通りのほんわかイケメンだが、次の言葉は真剣そのものだった。


「でも、テイムが絡んで来るなら、取得出来ませんじゃ報告は上げられない。称号は武具枠だから、下手に上げたら新人相手に称号の奪い合いが始まるよ。だから、秘匿するしかない」


 ミッチーと一緒にウサギと戯れていたミッチー彼が此方に顔のみを向けて言う。

 もういい加減ミッチー彼じゃ、可哀想か。

 榊 一也。我が、緑大二高の剣道部一年生エースである。髪の毛は短く切り揃え、キリッとした眉山の眉毛と大型肉食獣を思わせる鋭い眼光が、よく地元のヤンキーをビビらせてしまう、動物好きのお茶目な高校生である。


「でも、それじゃあテイムの説明は出来なくなっちまうっすね。いっそ、俺らギルド上層で秘匿してると公言しちまったらいいんじゃねぇっすか? 上からは何か言ってくるだろうがアイツ等だって秘匿の一つや二つやってんすから」


 ギルドに迷惑を掛けるのは不本意だが、その線しか無いだろうか。


「うん。それしか無いだろうねー。でも、この話はこのメンバー以外、ギルド内でも秘匿するよー。納得出来ずに離れるプレイヤーも居るだろうけど、大きくなり過ぎちゃったからねー。調度良いかもー」


橘は榊の案に賛成の様だ。そしてギルドの膿出しも兼ねている辺り、ちゃんとギルドマスターやってるんだな。


「リョウ兄ちゃんは初日から飛ばしてるねー。ねえねえ、本当にナナちゃんにやったみたいにして、相手にテイムさせる事が出来るのか、検証してみない? てか、あたしもウサギ欲しいー」


 ミッチーもウサギと戯れつつ話に入るが、こちらはマイペースに話をぶった切る。

 道成寺 祥子。

 榊に惚れて惚れて惚れぬいて、その愛を奪い取った強者である。

 優香の親友である彼女は、小学校からよく家に遊びに来ていたが、最近は榊との時間に忙しいらしい。

 中学時代は名字の通り、蛇に化身するのでは無いかと冷や冷やしていたが、無事に榊と結ばれて落ち着いている。

 もし、まかり間違って榊と優香が、なんて事になっていたら、多分家は焼け落ちていたに違いない。


「いや、そんな特殊な事はしてないぞ? こうやってウサギを撫でて、ミッチー隣で待機」


 俺は近くで様子を伺っていたウサギに近付くと、ウサギの前に屈んで撫で始めた。

 隣に座るミッチー。ナナクサと違ってその顔には好奇心しかない。


「で、俺が撫でてる間に一緒にウサギを触って、うん。じゃ、俺は離すから撫で続けてな」


 ミッチーが撫で始めると、俺は撫でる手を離す。


「あ、逃げない。柔らかぁい」


 ウサギの背中だけでは無く、腹や首筋等も撫で続けるミッチー。撫で方には遠慮がないが、それがウサギには気持ち良いのか、完全に横になって腹を見せている。


「座って膝に乗せたり、抱いたりしないとダメかもな」


 ナナクサの時にやった事を思い出して言ってみるが、答えは予想外だった。


「ううん。もうテイムされてる。所有者あたしになってる」


 え? 速っ!? ナナクサの時は思考選択なんてしなかったから分からないが、速くね!?


「そ、そんなに簡単に!?」


 あぁ、優香も驚いている。そうだよなぁ。もうちょい何か、儀式的な何かが欲しいよな。

 ボールを投げるとか、交渉するとかな。

 しかし、そうなるとちょっと検証したくなる。


「じゃあ、称号外してやってみるか」


 メニューから"武具を装備する"を選択して、称号を外す。武具から光のエフェクトが消える。

 そのまま他のウサギに近付いた。ぴょんと一つ飛んで逃げるウサギ。何か、傷付くわぁ。


「あ。逃げたっすね」

「まごう事無く、称号効果だねー」


 テイムされたウサギは逃げないので、俺のウサギに抱きついた。癒されるー。

 そう言えば、こいつの名前どうしよう。

 鹿みたいな角を持つ兎。かかくもっと。……カカ○ット!?

 いやいや、名前に伏せ字が入るってどうよ。

 じゃあ、かかと? 無いわぁ。


 こいつ角でコツコツやるの好きだよな。

 コツコツ兎。

 ココウだと、厨二臭くて嫌だから、ココとかどうだろう。早速名前を付けてみる。


『ココ Lv.5(ジャッカローブ)(飼い主: リョウ)』

『HP: 31』

『Atk: 25』


 名前を付けるとHPと攻撃力が表示された。


「じゃあ、あたしはテイムされたウサギで何が出来るのか検証するよー」

「あ、所有者がログアウトすると、テイムされたウサギも消えました。後、名前を付けてあげると、一緒に戦ってくれます」


 あ。そう言う事か。やるな。ココ。


「俺の方はドロップアイテムを集めてくれたな。後、発掘探知」

「えっ!? そうなんですか!? なんて優秀な」

「あー。それも秘匿ねー」


 発掘探知はそんなに驚かれる事なんだろうか。

 ナナクサは驚いて、頻りに自分のウサギを誉めているし、橘はもう諦め顔だ。一人ミッチーはうんうんと頷き──。


「りょうかーい。兎だから、周囲警戒とか、穴を掘ったりも出来そうだよね。他に考えられそうな幾つかを試してみるねー」


 ミッチーは自分のやるべき事を宣言すると、がんばろうねーごんたーっとかウサギに話しかけている。ウサギの習性と、魔物の習性を考えて色々やってみるみたいだ。ミッチーのウサギはゴンタか。


「じゃ、俺は初心者クエスト以外で称号が出るか検証っすね。拠点登録が関係しそうなクエストで片っ端から真言ってのを試してみりゃ、なんか出るっしょ」


 榊も、自分に合った仕事を見つけて宣言する。一人でクエスト周りとか、榊なら余裕なのか?


「僕はネットの火消しかなー? 後、上とも話をつけるよ。リョウタは初心者クエスト終わらせてから、どんな魔物がテイム出来るか、テイムさせる……テイム委譲出来るか試してみてねー」


 橘は上との折衝か。マスター大変だな。

 さっきから出てくる上とは、ギルドを統括する(と自称する)ギルドで、名を『白竜騎士団』と言う、まあ、最大手のギルドだ。

 元々はギルド間のイザコザの仲立ち等をしていたギルドだったが、最大手になった事でギルドを管理している気分に浸っている連中だ。

 しかし、世話になったギルドが派閥を作り、『白竜騎士団』を持ち上げるものだから、それなりに力はある。

 橘率いる『金色の世代』は『白竜騎士団』の派閥には入っていないが、面倒事が起きても面白く無いと『白竜騎士団』の管理下に入っている。

 しかし、『金色の世代』には中、高校生が多く入っており、部活等での現役武道経験者も数多く、しかも師匠筋で"プロ"とも繋がりがあったりするので、力関係は『白竜騎士団』に勝るとも劣らない。暗に"言う事を聞いてやっている"スタンスらしい。

 もしかしたら、この件で力関係が変わる可能性もあるが、橘は気にしないだろう。そして、最善解を導き出す。そんな奴だ。

 しかし、テイム委譲とはよく言ったものだ。

確かにテイムした権利を譲っているって感覚だ。この指示は、未だにウサギしかテイムしていないが、もしかしたらそれ以外の魔物もテイム出来るかも知れないし、出来ないかもしれない。自分がテイム出来ても、委譲出来ないかもしれない。それを見極めておけと言う事だろう。


 それにしても、初心者クエストか。


「俺、まだ魔法取得アイテム使ってないんだ」


 ナナクサを含む、全員が呆れた顔をする。

 しょうがないじゃないか。本気で長時間ログインが怖かったんだよ。凄く痛かったんだぞ?


「私となずな……ナナクサは兄さんの見張りね。巻き込んで悪いけど、放っておくと、また何仕出かすか分からないから」

「ううん。大丈夫。今はユウカちゃんと一緒にいた方が安心だから」

「あぁ、済まない。速攻で終わらせるから」


 優香とナナクサは、俺と一緒に行動する様だ。ウサギを連れた俺達が、『金色の世代』の関係者だと知らしめる為だろう。

 護衛の意味もあるのかも知れない。


「じゃ、早く魔法取得してクエスト終わらせてよ」

「おう」


 早速アイテム箱から魔法指南書を取り出すと、手に持った。


「あ、リョウタ水にしたんだ?」


 橘とココが俺の手元を覗き込んでアイテムを見る。


「ああ。お前らと属性一緒にしてもつまらないし」


 ココが頻りに魔法指南書の匂いを嗅いでいる。二本足で立ち、前足を空に泳がせて魔法指南書を取ろうと必死だ。その様子に、動物嫌いのいない一同はほっこり顔だ。


「どうした? 持ってみたいのか? ほれ」


 ココに持たせてやると、ココはハードカバーの書籍程ある魔法指南書を胸に抱き、光った。


「は!?」


 光が収まると、そこに魔法指南書は無く、満足した様な顔のココ。アイテムを差し出したまま固まった手に、じゃれついている。


『クエストが完了しました』と目の端にポップアップが表示された。


 俺、魔法覚えて無いよね。

 誰が覚えた? 恐る恐る、ココを思考選択する。


『ココ Lv.5 MLv.1 (ジャッカローブ)(飼い主: リョウ)』

『HP: 31』

『MP: 45』

『Atk: 25』

『Matk: 30』

『ウォーターボール』


 あ、覚えてら。


「ココ、あの岩に向かってウォーターボールだっ!!」


 ココの鹿の角の間に水の玉が浮かび、ドンと言う音と共に勢い良く発射される。半壊する岩。


『『魔法を覚えましょう』が完了しました』

『クエスト報酬: ガチャポイント5P、10000G』


「ミッチー、一つ追加。ウサギは魔法を覚えられる」


 漸く動き出す俺の仲間達。しかし、最初の一言は一様に皆、一緒であった。


「はああぁっ!?」



//-------------



『こんにちは!! 私、この始まりの街"幽玄"の案内役を努めるお菊と申します!! よろしくお願いしますね!!』

『この街に来たばかりの方はこちらで案内を承ってまーす!! 私を見て、"クエスト"と唱えてくださーい!!』

『最近街の外が物騒になっています。気を付けてくださいね?』


 俺はお菊ちゃんの前に立っていた。あれから、皆が持っていた魔法指南書をナナクサとミッチーのウサギに試したり、皆のウサギをテイム委譲したりと忙しかったが、分かった事もある。

 まず、光属性は覚えられない。ウサギだからなのか、魔物だからなのかは分からないので要検証だ。

 しかしそれ以外、土と闇は仲間内に居なかったので分からないが、風と火の魔法は覚えられる様だ。中級が覚えられないのは、プレイヤーと同じく魔法レベルが足りないのだろう。

 光属性を覚える事の出来る魔物がいれば、回復無双とか出来て夢が広がるが、ナナクサとミッチーは微妙な反応だった。そりゃそうか。他の魔法に比べ光属性は攻撃手段がない補助魔法だ。

 しかし、回復役も必要だと態々取った光属性が魔物に代用出来てしまうなら、使い勝手の悪い光属性を取った必要性が無くなる。

 逆に魔物が光属性が覚えられ無いのだとするなら、プレイヤーの光属性習得率が大幅に増加するだろう。他の魔法は魔物が代用出来るのだから。

 そんなこんなで検証被験者にされたココ。今は榊と橘から譲ってもらった火属性のファイアボールと風属性の攻撃力増加を覚えている。俺よりも優秀である。

 だがしかし、このままサ○シ君ポジションにいる訳にもいかず、お菊ちゃんに相談しに来たのだ。

 噴水広場前。平日の早朝である。他の人は近くにはいない。俺一人だ。優香達には少し離れて貰っている。


「あのー。実はちょっと相談が……」


 瞳を見ると、瞳孔が絞られた。お菊ちゃんだ。


『こんにちは!! 私、この始まりの街"幽玄"の案内役を努めるお菊と申します!! よろしくお願いしますね!!』


 演技は止めない。近くにはいないが、全く居ない訳では無いし、当たり前か。


「初心者クエストの魔法クエなんだけど、ちょっと手違いがあって」

『この街に来たばかりの方はこちらで案内を承ってまーす!! 私を見て、"クエスト"と唱えてくださーい!!』

「俺が覚えずに、こいつが覚えちゃったんだけど、クエスト完了しちゃったんだ」


 一拍お菊ちゃんの動きが止まった。俺の顔をマジマジと見つめ、視線だけでココを見据える。


『……。プッ……最近街の外が物騒になっています。気を付けてくださいね?』


 吹いた。こいつ吹きやがった。

 俺は不安だって言うのに。


「これって大丈夫? 俺、魔法を覚えられる?」

『魔法店で買えばいいじゃない。魔法店で全属性買える意味を考えれば?』


 さっと周りを見回し、小声で教えてくれるお菊ちゃん。

 あ、後で買えるのを使えば良いんだ。

他の要素が何かあるのかと思っていたんだけど。


「あ、それでいいんだ。ありがとう。じゃ、次のクエスト受諾するよ」

『こんにちは!! 私、この始まりの街"幽玄"の案内役を努めるお菊と申します!! よろしくお願いしますね!!』


 お菊ちゃんは、もう相手にするつもりが無いと言う風に、再び決められた台詞を繰り返した。



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