三話
『第二のクエスト 武具を装備しましょう』
『拠点登録は無事に終わったみたいですね!!』
『どうやらあなたは信心深い方の様で、聖観音様もお喜びでしょう!!』
『では、早速仕事を……って!? まだ武具を装備してないじゃないですか!! えっ!! 持ってない!? そんなのダメに決まってますよっ!!』
『仕方無いので地図をあげますから、武具店に行って武具を調達してきて下さい!!』
『クエストを受諾しますか? Yes / No』
お菊ちゃんの癖に偉そうだった。
次の観察は二倍増しに決定であるが、今は武具店に行かねばならない。
クエスト受諾時に貰った"幽玄周辺マップ"は優秀である。直ぐに武具店の場所が分かり、今は向かっている最中である。
大通りを南に向かって行くと、途中で何人かのNPCが、やはりお菊ちゃんと同じく声を張り上げていたので試しにジーっと観察してみたが、すぐにやめた。あれは違う。
暫く歩くと右側に大きな倉が見えてきた。白塗りの漆喰に小さく高い窓。黒光りした瓦が葺かれた屋根は周囲の家屋の倍の高さはあるだろう。
ここを右折して、また暫く歩くと、低いダミ声が聞こえてきた。
第一印象は、筋肉である。
『がははは、俺がこの幽玄一の武具職人、平次だ!! なんだぁっ!? その生っちょろい体は!? 傭兵稼業は鍛えてなんぼ!! 剣を振りたきゃ筋肉をつけやがれっ!! 鎧を着こなしたけりゃ、筋肉をつけやがれってなモンよ!!』
第二印象は、脳筋である。
頭に巻いた木綿の手拭いは乱れた髪の毛をひとつに纏め、太い眉に挟まれた眉間には修復不可能な皺が刻まれている。
筋張った太い首は鍛えられた僧帽筋に支えられ、着込んだ作務衣のはだけた胸元には厚い大胸筋が存在を誇示していた。
正直、あまりお友達になりたくないタイプではあるが、言っている事は正しい。武器や防具を十全に扱うには、筋力がいるのだ。
実は今、ゲームオタク達の間でトレーニングジムや格闘系ジムが大人気だ。何故なら、リアルで筋肉をつけなければODOで強くなれないから。
先程、廃課金が強くなる秘訣だと言った。そして、それを上回る存在もいると。
金の力さえも上回る、それが"プロ"だ。
圧倒的な破壊力を持ち、鋼の肉体を持つ、プロレスラー。
俊敏なフットワークで相手を翻弄し、目にも留まらない拳で攻撃する、プロボクサー。
寝技も立ち技もお構い無し、プロ総合格闘家。
その他にも、剣道選手、体操選手、野球選手、サッカー選手、ラグビー選手、水泳選手、エトセトラエトセトラ。
彼らは元々の運動センス、体幹が違う上に、自分の体をどう動かせば力が分散しないか、どう回避すれば衝撃を受け流せるか、子供の頃からそればかりやってきた存在だ。
どう考えてもそこらの一般人が勝てる相手ではない。
何故、彼らがODOをやっているのか。
それは、このゲームのシステムが自身のイメージトレーニングにピッタリだからだ。
リアルでは体を壊す危険がある為に試せない技を試すにはちょうどいいシステムである。
現在の自分が何処まで出来るのか、限界を見極めるにはちょうどいいシステムである。
自身の状態を完全に把握出来るこのシステムを、力にストイックな彼らが見逃す訳がないのだ。
しかも、格闘系統の人には嬉しい、魔物という実験体もいる。
二ヶ月前に行われたPvP大会。その上位三〇位迄が某かのプロ、或いは武道経験者で占められ、一〇〇位迄に入れた廃課金プレイヤーはたったの三三人である。いや、三三人"も"と言った方が良いのかも知れないが。
因みに、優香は無課金でありつつも一〇〇位圏内に食い込み、橘に至っては三〇位だ。巨大ギルドに発展した理由も分かる。
そんなこんなで少しでも"プロ"との差を縮めたい。そんな熱い心がジムに通わせるのだ。
筋肉は正義なのだ。
俺はそこまでハマりたくないが。
益体もない事を考えつつ、武具店の平次さんをジッと見る。
あぁ、この人も違う。なら、時間を掛ける必要も無い。
俺はこのNPCに向かって思考選択を行った。
『派生クエストが発生しました』
視界の端にポップアップしたのは、完了では無かった。そう言えば武具を手にいれて装備しないとクエストは終わらないのか。
『第二クエスト派生 薪を集めて来い』
『おう、俺が武具店の平次だが、何の用だ? あぁ? 武具だぁ!? おめぇみてぇな生っちょろい奴に使える武具なんて家にはねぇよ!! 』
『あぁ? お菊様の依頼? じゃあ、仕方ねぇなぁ。この裏手の林で"薪になりそうな太い枝木"を集めて来い!!』
『それの対価で今のおめぇが装備出来る武具をくれてやるよ』
『クエストを受諾しますか? Yes / No』
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店の裏手に入ると、そこには小さいながらも林があった。ここは店の私有地なんだろうか。
取り合えず、足元にあった枝を拾ってみる。思考選択してみると、枝にポップアップが表示された。
『細い枝』
多分これでは駄目なんだろう。ちょっとした散策気分で奥に入る。
しかし、落ちている枝が多い。もっと掻き分ける勢いで探さなければいけないのだろうか。
目視で先程の枝より太そうな枝を見付けては拾い、思考選択。
『細い枝』
これを続けている内に、やっと一本見つかった。
『薪になりそうな太い枝木』
これで太さの基準は分かった。これより細くなく、太くもなければ問題ないだろう。
端から端まで、焦る事無く目を凝らす。
焦ると見える物も見えなくなる。焦ると無意識に物の影や隙間等、暗くなっている部分を見飛ばしてしまうのだ。
出掛けようとすると鍵がなくなる法則は大体これが原因である。そして、鍵が無くなった事で更に焦り、注意力が散漫になって事故を起こす。"鍵がなくなると事故を起こす"都市伝説の完成である。
焦ると良い事はないのだ。
一休み一休み。
と、目を凝らしつつも余裕を持って探していれば、『薪になりそうな太い枝木』も結構な量が集まった。探していない林はまだ半分位残っているが、クエスト依頼に書かれた本数は既に越えているので、本当の意味でただの散策になっている。
ふと、先の地面に光のエフェクトが掛かっているのに気が付いた。
今までの行程には無いエフェクトだ。
地面に落ちている枝を拾って投げてみるが、何も起きない。
足先で恐る恐る探ってみても、変化なし。罠の類いでは無さそうだ。
意を決して両足で踏んでみるが、何も起きない。
じゃあ、掘り返すのかと、エフェクトの中心辺りの枝を取り除き、枝で土を掘る。掘れるんだ? と感心しつつ軽く掘っていると、淡く光る三センチ程の石が出てきた。思考選択してみる。
『光の玉石』
うーん。また光属性か。これは多分、称号効果なんじゃあるまいか。
取り敢えず、これもアイテム箱に入れておこう。
アイテムの取得は、思考選択時に取得ボタンが表示されれば取得できるアイテムという事になる。取得ボタンが表示されなければアイテム箱に入れる事は出来ないが、手に持って移動する事は出来る。当然、自分の手に持てる物だけだが。
逆にアイテムに触った状態で、思考選択して取得ボタンが表示されるなら、どんなに大きく重くともアイテム箱に入れる事が可能である。
自分が高所にいる場合とか、これを使えば重量攻撃とか出来るかも知れない。
デカい丸石とか樽があればだけど。
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林の中は全て散策し終わった。
結局、『光の玉石』は最初の一つだけだ。
『薪になりそうな太い枝木』はあれからも、ちらほらと見付かり合計で一八本取得した。
再び筋肉の前に立ち、思考選択する。
『『薪になりそうな太い枝木』を10本渡しますか? Yes / No』
"Yes"を選択する。
『クエストが完了しました』のポップアップが表示された。
『『薪を集めて来い』が完了しました』
『クエスト報酬: 見習いの剣(C)、見習いの革鎧(頭)(C)、見習いの革鎧(胴)(C)、見習いの革鎧(腕)(C)、見習いの革鎧(足)(C)、見習いの革鎧(靴)(C)』
うん。無事に武具を手に入れた。
早速装備しようと、メニューから"武具を装備する"を選択する。
武器は両手に枠が存在するが、利き手に持たせないと腰に帯く時に鞘が逆になるので注意が必要だ。
見習いの剣は攻撃力が二〇だが、これは武器の持っているポテンシャルの数値だ。実際の攻撃では、これに筋力や遠心力、武器の使い方、重さ等様々な要因を加味した数値が攻撃力とされる。
力の乗ったいい攻撃が入れば攻撃力は四〇にも五〇にもなるが、刃を立てずに適当に振っただけの攻撃では、攻撃力は一〇に満たない事もあるのだ。
何処かで剣の振り方を練習した方が良いだろう。
鎧の胴はベストを外してシャツの上に着けるのか? 多分、胴の一番上の枠はマントとか、コートだろうし。
防御力は二〇で下着シャツと布のシャツを合わせると二四。着けていないよりはマシと言うレベルだが、初期装備なんてこんなものだろう。
腕も両腕毎に二枠あるが、左腕の内側の枠に装備すると右側の枠も埋まったので、これが正解っぽい。
腕の外側の枠は、多分プロテクター的な何かを追加装備出来るのだろう。
腕には下着シャツの恩恵はない。布のシャツの防御力二と、見習いの革鎧(腕)の防御力一五。合計で一七だ。
鎧の足はズボンの上に着けるみたいだ。鎧の下に帷子を着ける人もいるからか?
防御力は見習いの革鎧(足)が一五でズボンが二の一七。腰部分に関しては下着パンツがあるから二を追加で、一九。
両脛の部分にも枠があるが、もしかしてここって格闘用のプロテクター枠か?
靴は普通に木靴を外して履く。膝下までをカバーできるバックル式のブーツで、防御力は一八。ズボン混みでも二〇である。
最後に防御力一〇の頭を装備して、完成だ。
ふーん。なかなか様になってる……気がする。
しかし、やっぱり重いな。
いくら革装備だと言っても、革を何枚も重ね貼りして作る鎧は胴と腕だけでも一〇キログラムはあるだろう。装備詳細に重さが記載されている筈だから後で確認しよう。
足は、歩く分にはあまり気にならない重さだが、走ったり激しく動いた時には重さを感じるだろう。スニーカーを履き慣れた人が高い革靴を履くと足が重く感じるのと同じだ。
リアルでこの装備を着て一日行動したら、次の日の筋肉痛は確実だが、ODOではさすがに筋肉疲労は感じない。
まあ、だからこそ重い物はずっと重いのだが。
『クエストが完了しました』
あぁ、そうか。装備をしたからクエスト完了か。
メニューから"クエスト"の『武具を装備しましょう』クエスト完了を選択して、報酬を受け取ろう。
『『武具を装備しましょう』が完了しました』
『クエスト報酬: ガチャポイント5P、10000G』
じゃあ、次行くか……って、そう言えば、『光の玉石』って武具店でなんかイベントあるのかな?
アイテム箱から『光の玉石』を取り出し、武具店の平次を思考選択してみる。
これで"使う"ボタンや"渡す"ボタンが表示されるならイベントが起きるだろう。
が、結果として"使う"も"渡す"も、何も起きなかった。
これはここで使うものでは無さそうだ。
では、どこで使うんだろう。
保留でいいか。
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俺はまた、お菊ちゃん前に戻ってきた。
「行ってきました。クエスト完了です」
『最近街の外が物騒になっています。気を付けてくださいね?』
そう言えば、二倍増しの約束だった。
ジーっと見る……ってあれ?
『こんにちは!! 私、この始まりの街"幽玄"の案内役を努めるお菊と申します!! よろしくお願いしますね!!』
ジーっと見る……ううむ?
『この街に来たばかりの方はこちらで案内を承ってまーす!! 私を見て、"クエスト"と唱えてくださーい!!』
「違う。お菊ちゃんじゃない」
これは、ちゃんとしたNPCだ。
時刻は二二時五三分。もう寝たのか? そんな訳無いか。謎だ。
まあ、お菊ちゃんじゃないなら時間を掛けても仕方が無い。
素直に次のクエストを受けてしまおう。
俺は無機質な笑顔を振り撒くNPCを思考選択した。
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『第三のクエスト 魔法を覚えましょう』
『武具はちゃんと装備出来たみたいですね!! やっと傭兵らしくなってきました!!』
『あっ、ちゃんと余分な薪を用意しているのは良い事ですよ? 薪は色々な事に使えますからね』
『あれ? その鞄に入ってるそれっ!? 光の玉石ですかっ!? それは貴重な品ですから、大事に持っていた方が良いですよ!!』
『やはり、信心深い方の事は聖観音様が見守って下さるんですね!!』
『そう言えばリョウさんは魔法を使えるのですか? えっ、分からないんですか? でしたら一回魔法師さんに見て貰った方が良いですよ?』
『では、早速行ってみて下さい。魔法を覚えて貰えば、依頼の幅が広がりますから!!』
『クエストを受諾しますか? Yes / No』
やっぱりちょっと偉そうだ。
しかし、NPCに文句を言っても仕方無い。今度お菊ちゃんに会った時に纏めて返してやろう。
つーか、取得したアイテムによってクエストの文言が変わっているんじゃないか?
何かのフラグか?
ともかく、今は魔法店に向かっている。
初心者クエストは今回を含めて後三回。このペースなら橘達との待ち合わせ前に少し位は寝れるだろう。
お菊ちゃんが居なかったのは気になるが、初心者クエストを進めなくては。
"幽玄周辺マップ"によると、魔法店は武具店の真逆。観音像から北に進んだ大通り沿いにあるらしい。
この辺りは壁も木造の長屋風な建物が多いみたいだ。飯屋と思われる紐暖簾の前には着物姿の若い女性が客引きをしている。見世物小屋の台の上には男性が座って口上を述べ、公衆浴場前の長椅子では男二人が向かい合って将棋に興じている。
誰も彼もが決められた動作を一ミリの誤差無く繰り返し、無機質な瞳で空虚な笑い声を上げていた。
「佐渡金山のリアル版って感じだな」
珠にすれ違うプレイヤーは、俺の事を珍しそうに見て、すぐに興味を無くす。
称号効果によるエフェクトが目立つせいだろう。誰も見習いの革鎧にエフェクトが掛かる様なエンチャントを付けようとはしないからだ。
ガチャで良い防具を出すまでの繋ぎでしかないのが、見習いの革鎧だ。
下手をしたら、この初心者クエストの報酬ガチャポイントで防具が全種類手に入る事がある為、初心者クエストを過ぎたら要らなくなる可能性もある防具だ。
そんな武具にエフェクトが掛かるエンチャントをしたらそれは目立つだろう。
俺も他でみたら、二度見する自信がある。
実際には称号効果でエンチャントでは無いのだが、そこまで他のプレイヤーが分かる筈も無い。
まあ、目立った処で害が無ければ問題ないから良いけど。
さて、目的の魔法店は? と、周辺を見渡すと、プレイヤーが集まっている場所があった。そこだろうかと近寄ると、果たして件の魔法店の様だ。
『ふむ。儂が幽玄の魔法師、エイゼルじゃよ。こんな田舎に引っ込んではいるが、一応は大魔法師の称号を頂いておる。魔法の才は使えば使うだけ伸びる。どんどん使って、家で新しい魔法を買ってくれんかのう……』
こんな事を言ってるお爺さん。黒い鍔広の三角帽に白髪混じりの銀髪を詰め込み、真っ白に伸びた髭が口元はおろか、胸に付けた緋色のペンダントまで覆い隠している。痩せぎすな、しかし芯の通った体に着込んだ上等な黒ローブから覗く細い右手には、お爺さんの身長よりも長い、ペンダントと同じ色合いの宝石が上部に固定された金属製の杖を握っている。
見るからに"魔法職です!! "って感じのお爺さんはやっぱりNPCだ。いや、しかし、お菊ちゃんの例もあるから、もしかしたら時間によって……?
まあ、いずれその辺も分かってくるだろう。今はクエストだ。
お爺さんを思考選択する。
『派生クエストが発生しました』
今回の第三クエストも魔法を覚えるのが完了条件だから、会っただけではクエスト完了にならないらしい。
お爺さんをもう一度思考選択すると、"クエスト"ボタンを選択する。
『第三クエスト派生 魔法薬を作る材料を取って来ておくれ』
『はい、いらっしゃい。新人さんかね。儂がこの魔法店の店主、エイゼルじゃよ。済まんが、いま、魔法書のインクに使う魔法薬の素材が切れていて、魔法書を書く事が出来んのじゃ』
『ん? 無い素材は"スライムの核"じゃが……ほう? 取ってきてくれるかね? では、最初の魔法書はタダで良いわぃ』
『ほう……お主、聖観音様に気に入られている様じゃな。お主の体に微量の神性を感じるぞぃ。これなら魔物相手に有利に働くじゃろうな』
『街を北に出てすぐの"始まりの草原"にスライムはいるが、スライムだからと言って油断は禁物じゃぞ? アレの溶解液はお主の貧弱な装備など一瞬で溶かしてしまうでな。気を付けて行ってくるのじゃ』
『クエストを受諾しますか? Yes / No』
"Yes"を選択して、クエストを受諾する。
しかし、色々な処で称号効果が見え隠れしているな。今回もまた、何か拾えるのかな?
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初の討伐クエストを完了すべく、街の北にある"始まりの草原"へやって来た俺な訳だが、一組のパーティさんが縦横無尽に魔法を飛ばし、リポップするスライムさんを片っ端から倒し捲っております。
試しに一匹、スライムさんを叩いてみたのだが、横殴りで倒された。
アイテムの所有権は削ったHPの値に準拠するので、これでは何時まで経っても『スライムの核』は手に入らない。
堪らず話しかけてみても、ガン無視って勢いである。
つーかこれ、無視っていうか、マクロなんじゃね?
リポップしてから攻撃する迄が異様に速いし、スライムがリポップする迄の時間不自然にチョロチョロ動き回っているし。
やべぇ、チーターかよ。
このゲームでのチート行為は恐ろしく困難である。何しろ脳神経の微弱信号で操作するVRなのだ。そこを弄ってしまえば脳にどんな影響が出るか分からない。
よってチーター達は考えた。
『脳信号を弄れないなら、情報送受信部分でバイパスしてあげればいいんじゃない?』
つまり、MMOである限り、データの送受信は必須である。この送受信されるデータはデジタル信号なので、そこを物理的にバイパスしてデータ解析、キャラクターの行動をマクロ化して、改竄する方法を確立したということだ。
これでもVRギアの物理的な改造が必要になるので非常に困難だろうが。
因みにこれ、脳に掛かる負担は半端無いらしい。
そりゃそうだ。やったつもりもない行動を無理やりやった事にされるのだから。このゲームでスキル制度を採用しなかった理由でもある。
また、無理やり動かすのだから、筋肉量が違うアバターに同じ技を一律に挙動させるのには無理が生じる。剣を振る速度だって違うのに、無理やりその体で二連燕返しとかさせられたらどうなるか、推して知るべしである。
そうまでしてズルをしたいチーター達の行動原理が俺には分からない。
しかしまあ、チーターなら近づかない方が良さそうだ。
不正行為をしていると思われるユーザー発見時にはGMか運営への報告義務があると規約にも記載されているので、メニューの"設定"から、"GMへの報告"を選択して、『始まりの草原で不審な動きをする二人組を発見しました』とだけ報告する。
フレンド登録すれば、思考選択で名前やHP等が閲覧可能だが、知らないプレイヤーは選択しても何も分からないのだ。
そりゃそうだ。見ただけでそのプレイヤーの全てが分かる訳ないし、プライバシー的にも宜しくない。気になるなら声を掛けて友達になれって事だな。
VRは第二の現実。決して非現実では無い。現実の人との関わり合いに、現実を求められるのは当たり前なのだ。
ま、今報告したばかりだし、対応されるにも時間が掛かるだろう。
幸いにして、彼らの行動範囲は草原の南側に集中している。
北に行こう。
魔法が飛び交っている真ん中を歩いて行ける筈も無く、大回りで草原の北へ向かう。
ゆっくりと風景を堪能しながら歩く。
快晴の空の元、サワサワと新緑の草が風に揺れる。
隣からドカドカと聞こえる魔法の攻撃音が風情を台無しにしているが、BGMとして聞き流す事にしよう。
うわっ!? あぶねぇっ!? こっちに流れ弾が飛んできた!!
チーターならせめて全弾魔物に当てろよ。
ゆっくりしてもいられないらしい。
俺は用心深く走って、北に向かった。
//-------------
"始まりの草原"、最北端。
ここまで来る道にはスライムはいなかった。
この草原にいる魔物はスライムとジャッカローブというウサギである。
ウサギである。
双方共に、非アクティブでこちらから攻撃しなければ襲われない。
差し出した指に小さな口をモグモグ動かして甘噛みし、あまつさえスピスピと鼻を動かすウサギである。
確かに襲われないのだが、逆に人に懐き過ぎじゃね?
俺は今、地面に座り込んでウサギ達と戯れている。
どうしてこうなったかと言えば、何故か物欲しそうに俺の足に擦り付いて来て、座って撫でたら二匹目が来て、三匹目に軽く体当たりされて尻をついたら素早く膝に乗られ、四匹目が背中をカリカリ始め、三匹目の重さに膝が耐えられなくなって胡座をかいたら五匹目に三匹目の乗った膝と反対の膝を乗っ取られた感じである。
あ、ウサギだから羽か?
河鵜と鷺を総称してなんという? うさぎー。
いやいや、混乱している場合ではない。
つまり、どういう状況か分からないのは俺の方である。
両手両足背中にウサギ装備。しかも、結構デカイ鹿の角っぽい角が正直邪魔くさい。
もしかしてこれも称号効果? 動物系魔物に好かれるとか?
止めてくれよ、そう言うの。倒せなくなっちゃうじゃん。つーか、もう既にウサギは倒せなくなっちゃったじゃん。失敗した。途中にあった果物屋とか八百屋で何か買って来れば良かった。今から買って来るか? それには退いて貰わないといけないし、モフモフで暖かくて…………っはぁっ!? ヤバイ寝落ちしそうになった。
手に甘噛みしてくるウサギの背中を撫でつつ横目で見ると、スライムは何喰わぬ顔でうようよと動いている。
スライムは対象では無いらしい。良かった。いきなり初心者クエストを途中断念する羽目になるかと思った。
しかし、このジャッカローブって、皮とか角が良い金になる初心者御用達の魔物なんだよなぁ。
うーん。ジャッカローブ討伐のクエストは受けない様に気を付けよう。
で、何時までこのままだよ。
そろそろクエストに戻らないと本気でヤバそうな時間なんだけど。主に寝落ちが。しかし、こう気持ち良さそうに膝で寝られると起こすのが悪い気がしてくる。行動査定値に悪評価が付くんじゃなかろうか。
行動査定値とは、歴とした数値が存在している訳ではなく、俗に言うマスクデータである。
プレイヤーがPKやNPK、はたまたPC、NPCに対しての罵倒、セクハラ等々、そう言った悪行を続けていると悪魔化と言う変化が起きるのだ。
頭に角が生え、爪が伸び、肌の色が赤黒く変色する。光属性による回復は一切効かなくなり、街に入れなくなる。
ただ、ここ迄の状態になるのは、悪行を続けた場合である。
検証した強者によると、罪の重さにより数値と回復期間が違うのではないかと言う事だ。
その強者はNPCに対する暴言で試したらしいが、NPCに対し、二五回暴言を吐いたら悪魔化し、悪魔化した状態で五日間大人しく狩りをしていたら元に戻ったと言う。そのまま、また暴言を吐いたら二回程で再度悪魔化した。
また、五日経って元に戻った強者が今度は女性NPCにセクハラしてみたら、一回で悪魔化した。元に戻るには二〇日必要だったらしい。
そこで強者は検証をやめた。何と無く、悪魔化から戻れなくなりそうな予感がしたからだそうだ。
中途半端な検証と自嘲し謝っていたが、悪魔化から戻れなくなったら、武具の修理も出来ないし、ガチャも引けなくなる。これはかなりキツいペナルティである。
そこでやめて正解だったろう。
このゲームをやるに当たって橘ウィキや掲示板、ウィキペディアを読み漁ったが、悪魔化に関してはあまりにも情報が少ないのだ。PK、NPKして悪魔化したとかのある意味客観情報はあるが、ステータスはどうなるとかの情報はない。強者さんは魔物からのドロップ品でどうにか凌いでいたらしいが。
話が逸れたが、そんな訳で出来る限り悪行は積みたく無い。つまりウサギ達のベッドをやめる事は出来ないのだ。
決して"モフモフサイコーチョーシアワセ"とか思って無いんだぞ。
「えーと、こんにちはー?」
……随分とウサギに集中していたらしい。
プレイヤーが居る事に全く気付いてなかった。
「襲われて、無いですよね?」
一〇メートル程の距離で高校生位の女の子が俺に話掛けて来る。
ウサギ達は何の警戒もしていない様だ。
非アクティブだから、隣にプレイヤーが居たとしても警戒はしないのか?
「大丈夫です。襲われていません」
多分同じ位の歳だと思うが、礼儀として敬語(笑)は欠かせない。
ネチケットだよ。ネチケット。
「そっち行っても平気そうですか?」
「平気みたいですよ。警戒もせずに寝てますし」
ソロソロと近付いてくる女の子。
長めの髪の毛をサイドテールとか言うんだっけか、右サイドで結んでいる女の子はぱっちりとした黒目がちな目をした可愛らしい感じの子だ。
金色の鎧を着ているから、もしかしたら橘の処の子かもしれない。腰にはホルスターが付いているので、砲使いか。
あ、まだ挨拶返してないわ。
「こんにちは」
「あ、はい。こんにちは。あの、スクショ撮っちゃったんですけど、良かったですか?」
ん? 俺のスクショ? あぁ、ウサギのスクショか。
「大丈夫だと思いますよ。てか、今日初インなんでよく知らないんですけど、ウサギってこんな風に触れるもんなんですか?」
「いえ、私は触ろうとすると避けられちゃいます。皆、触ってみたいって掲示板とかで言ってますから、触った事無いんじゃないかな?」
俺が無造作にウサギを撫でていると、女の子は驚いていた。
しかし分かる、分かるぞ。その眼には自分も撫でてみたいと言う羨望と嫉妬が入り交じっている事が。
俺はニッコリと笑って──。
「撫でてみます?」
悪魔の申し出をするのだ。初心者クエストの終わった初心者プレイヤーがこの草原に来る理由は殆ど無い。あるとしたら素材集めだ。
「え……。はい……大丈夫でしょうか?」
期待半分、不安半分といった表情の女の子。俺は女の子をすぐ隣に誘導する。
「分かりませんが、大丈夫、なんじゃないかな?」
その言葉で決心が付いたのか、俺の膝に丸くなっているウサギに、震える手を伸ばした。
指先がウサギの柔らかな腹に触れる。
「うわぁ……、ふわふわ……」
全てを魅了するふわふわに一度でも触れてしまえば、もう逃げる事は出来ない。
更にウサギが追い打ちを掛けて来た。
「あっ。膝に乗って来ました……」
俺が右手で撫でていたウサギと背中をカリカリしていたウサギが、女の子の膝を狙っている。
仕方無いとでもいう素振りで、女の子は地面に座り込み、二匹に膝を明け渡した。ミッションコンプリート!!
「もしかして、『金色の世代』の方ですか?」
ニヤニヤを隠しつつ、女の子に聞く。
金色の鎧を着ているから、多分そうだと思うんだが。
『金色の世代』は橘の作ったギルドの名称だ。由来は中学の時の担任の言葉だ。
『お前達の世代は恵まれている。俺達の頃は学校では勉強が自分の価値とイコールだった。お前達は自分の価値を自分の意思で選ぶ事が出来る。だからこそ油断するな。レールはもう無い。金色の世代になれるか否かは自分の意思の強さで変わってしまうんだ』
よく分からんが、多分、自分の好きな道を選ぶには意思の強さが必要って事らしい。
「はい。と、言っても二日前に始めて、まだぺーぺーですけど。……あの、敬語じゃなくて良いですよ」
まだ、入りたてなんだ。あのギルドはお友達ギルドから大きくなったから、誰かからの紹介じゃないと入れない。
まあ、マスターが橘だし、別に序列とかある訳じゃ無いだろうから、ぺーぺーとか気にしなくても良いのに。
「あぁ、うん。じゃあそっちも敬語いらないよ。同じ位の歳だと思うし。あ、俺、今年一七」
「いっこ下ですね。敬語は落ち着かないんで使わせて下さい」
「あぁ、体育会系?」
「……吹奏楽部ですから」
「なるほど」
魔の文化部か。なんで吹奏楽部ってあんな体育会系ノリなんだろうね。
つーか、さっきのぺーぺー発言もその辺りの影響か?
「それにしても、こんなの初めて見ました。びっくりですよ」
女の子が膝に乗ったウサギを撫でつつ、俺の現状を見ている。女の子に二匹移動して席が空いたからか、いつの間にか、右手と背中にウサギが増えた。
「俺もびっくりだけどね。何か知らん内にこうなった。まだスライム倒して無いのに」
そう、俺はスライムを倒しに来たんだ。忘れていた。ウサギは健忘症を誘発する恐れがあります。ご注意下さい。
「えっ? もしかして、初心者クエスト中ですか? でも、エフェクトが……」
あぁ、俺の装備、光ってるもんなぁ。
「あぁ、その辺は君のギルドのマスターに話した後で追々」
橘にどうするべきか相談してからじゃないと、下手な事は言えないし。この子は初心者クエストを終わらせてるみたいだから、俺と同じ条件では聖観音の加護は手に入らない。
「ギルドのマスターって、ユウジさんですか? お知り合い?」
「まぁ、そんな処。あ、リョウです。宜しく」
「あ、済みません。ナナクサです」
//-------------
「じゃまぁ、そろそろスライムを倒さなければ」
ウサギを愛でつつ、ナナクサとの会話はとても楽しかった。今日はタイチさん達にしろ、ナナクサにしろ、妙に話が弾む日だ。
小学校の頃に飼育委員をしていた俺は、ウサギ愛には少々の自信がある。ウサギに限らず猫も犬も鳥も好きだが。ナナクサも動物が好きな様で小一時間も話をしてしまった。
しかし、そろそろ日付が変わりそうだし、いい加減にスライムを倒さねば。
橘達との約束あるし。
俺は膝のウサギを一匹ずつ降ろすと、座り続けて固くなった体を伸ばし、立ち上がった。
「あ、はい。それじゃあ、ウサギさんもまたね」
ナナクサも俺に合わせて移動するのか、膝の上にいたウサギ達を下ろし立ち上がった。
「じゃあな。ウサギ」
二本足で立ち、つぶらな瞳で俺の顔を見るウサギの頭を一撫でして、ナナクサに聞いた。
「処で、何を狩るつもりだった?」
あっ!! と気が付き、苦い顔をするナナクサ。
「…………ウサギさんです……どうしよう、もう狩れない」
だよね。新人の収入源、ウサギの皮と角。だから、俺はこう言うしかない。
「正直スマンかった」