一話
「てな訳で早速始めようと思うのだが──」
コンビニで夕食の弁当を買い、自宅に帰ってきた俺は早速とばかりにVRギアのパッケージを開けた。
内容物としては、VRギア本体とよくわからんベルト。分厚い説明書と電源コード。その他、広告類。
その中からファーストステップなる小冊子を見付け出したのは、RPCすら持っていないIT機器音痴の俺としては快挙と言えるだろう。
しかし──。
「──解らん。意味が解らん。何から始めるのかが解らん」
そのファーストステップが踏み出せない場合はどうしろと言うのだろうか。
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『まず、電源を入れる前に内容物が全て揃っているか確認して下さい』
ファーストステップの小冊子を見つけた俺は意気揚々と起動の為の第一歩を踏み出した。最初の指示はさすがに分かる。全部揃っている。
『パーソンチップを本体パーソンチップ差し込み口に差し込み、外れない様にストッパーでしっかりと固定します』
次の指示は少し迷ったが、これも大丈夫。つーか、俺はパーソンチップ登録も電気屋任せにしていたから、既に内蔵済みだって事を思い出しただけだ。
『電源コードを本体下部に差し込み、ストッパーでしっかりと固定します』
ストッパーの使い方がかなり難解だったが何とか固定出来た。システムの都合上、横になってゲームするらしいので寝相で電源コードを抜いてしまう事があった為の措置なのだそうだ。
電源コードが抜けても内蔵バッテリーがあるので、すぐに電源が落ちる訳ではないが、VRギア単体だと三時間程しかバッテリーが持たない為、家でゲームをやる際には電源コードが必須である。
因みに、VRギアは突然の電源切断や頭部からの脱落にも安全対策がなされている。『神経接続されたままの脱着は危険です』なんて危険要素は存在しないのだ。おかげで昔流行ったデスゲーム物も下火である。
だって、自分では外せないものの、誰かにVRギアを頭から外して貰えばリアルに復帰できるのだから。
ま、それは良いとして、次だ次。
『VRギア本体に脱落防止ベルトを取り付け、頭部に装着した上で長さ調整をして下さい』
ファーストステップの小冊子に図解で載っていたからこれもクリア。
早速被って……、次の項目を見ていなかったからギアを外す。何故なら、VRギアを被ると視界はゼロだからだ。
バイザーか何かにして視界を確保するべきなんじゃね?
『安定して横になれる場所で横になり、本体下部にある電源ボタンを長押しして電源を入れて下さい。VRギアロゴが表示され、パーソンチップ登録者名が表示されます。パーソンチップ登録者名が違う場合は直ちに電源を落とし、"ファーストステップ-登録者名が違う場合"を参照して下さい。パーソンチップ登録者名が正しく表示された場合は"起動する"を選択し、そのまま起動までお待ち下さい。起動後は"初回セットアップ"が自動起動致しますので指示に従い初回セットアップを行って下さい』
長げえよ。電源ボタンの位置を確認して、ギアを頭に被る。脱落防止ベルトもちゃんと絞めて、ベッドで横になり、電源ボタンをロゴが表示されるまで押す。
前面モニタにロゴが表示され、その後にパーソンチップ登録者名が表示される。つまり、俺の名前だ。
『登録者名:長谷川亮太郎』
『VR起動を開始します よろしいですか? Yes / No』
一瞬、躊躇した。
これで俺のVRデビューが始まると思うと、興奮と共に不安も襲ってくる。
しかし、VRギアは脳波、思考によって操作される。俺の思考にとても正直だ。どうやら俺の思考は不安を期待が上回った様である。
一拍も措かずに"Yes"が選択された。
目を閉じていたという感覚の無いまま、目を開けると、そこは草原だった。
生い茂った草の匂い、土の匂いが鼻につく。
皮膚にあたる風まで感じられるそこは、"VR初期ホーム領域"というらしい。
何故わかる? だって、空に書いてあるし。
すっげぇ違和感だ。まさに第二のリアルと思える程に、恐ろしく精巧に作られた草原の空に、『VR初期ホーム領域』と文字が浮かんで見えている。
しかし、『それ』以外に違和感は全くない。軽く手を動かしてみても、歩いてみても、全く違和感がない。視線もリアルと変わらない。
「すげぇな。これ」
思わず独り言まで呟いてしまう位、違和感がない事に感動しつつ、辺りを見回して見ると、背後に大きな木が存在した。
風に揺れる葉の音がカサカサと耳に届く。
「木までリアルだな」
近寄ってみると、リアルとは言いがたい、普通の木ではあり得ない物体が幹に埋め込まれていた。
「初回セットアップ画面……」
……うん。
この木が『初回セットアップ』の自動起動らしい。
恐ろしく精巧に作られた巨大な木の幹にパネルが埋め込まれ、初回セットアップとデカデカと表示されています。
「……ま、まぁ、いいか」
自然物と人工物のミスマッチに若干の困惑を感じつつも、初回セットアップなるものを進めなくては肝腎のODOまで今日中に辿り着けないのだ。
此処に辿り着く迄に掛かった時間は一時間強。四時半に帰宅したのにも関わらず、現在六時近い。
「あ、飯……」
六時と言えば、もう飯時である。後で食べるつもりだったコンビニ弁当は、VRギアのセットアップに集中していた為に電子レンジに入れっぱなしだ。
「これが終わったら食うか」
ここで中断するのもアホらしいので、チャッチャと終わらせて飯を食おう。どうせならODOを起動した後に一旦ログアウトするべきだ。初心者クエストを終わらせるには時間が掛かるだろうし。
迷わずパネルにタッチして初回セットアップを開始する。
こうして、俺は最大の難関に直面したのだ。
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『ネットワークに接続します。通信方法を選択して下さい』
は?
『ご契約電話回線による接続』
『各種ネットスポットによる接続』
『ご自宅の無線LANによる接続』
『電話回線による接続はご契約内容によっては多大なデータ通信料が発生する可能性があります。各種ネットスポットをご使用の場合は別途ご契約が必要となる場合があります。ご自宅のネットワーク環境をご使用の場合は、ネットワーク管理をされている管理者にご確認の上、設定を行って下さい』
……知らん。
俺はRPCすら持っていないIT弱者な自覚があるのだ。
父が使っていた書斎に、何かでっかいパソコンがあるなあ? とか言っていたら、妹である優香に「あれはファイルサーバだよ」とか諭された位家の中でのネットワーク環境に疎いのだ。
どんな方法でネット繋ぐとか分かる訳無いだろ!?
契約なんて、今持っている古臭いスマートフォンから全部、着いて来て貰った母や優香任せにしてる俺がネットワークの接続方法なんて知る訳ないじゃろうが!? ──等と独りキレ芸を披露した所で何の意味もないので、初回セットアップは後回しで飯を食おう。
そうしよう。
巨大な木に設置されたパネルを操作してVRをスリープさせると俺の目の前には散らかったままの俺の部屋が映り出された。
VRを起動しなくても、通信機器としての機能は使えるらしく、前面モニタには外部の風景を背景に電話、メール等のアイコンが並ぶ。
VR起動中は内蔵バッテリーが三時間しか持たないので、電話機能とか付けても意味無さげに感じられるが、VRを起動しなければ一日以上バッテリーは持つ為に携帯する人も多いらしい。
また、VR起動中は外部の状況を完全に認識出来なくなる事から、外部と全く切り離された状態では何か起こった時に危険であると言う理由で、電話機能でゲーム中でも通話を可能としたらしい。
そのままVRギアを外すと、部屋の中は既に暗くなっていた。
前面モニタに表示された部屋は明るかったので、たぶん多少の暗視機能もついているのだろう。
夜の公園での使用は要らぬ誤解を生みそうである。
部屋の電気を点けると一階に行き、レンジからコンビニ弁当を取り出す。
ODOについては橘から色々と語られたし、情報を集めたからそれなりに知識はあるが、ネット接続とかについては全く分からない。分からないなら焦っても仕方がない。
コンビニ弁当はもう一度暖め直しても良かったが、暖め直しの暖め直しは水分でびちゃびちゃになるので好きじゃない。
そのままモソモソと頂く。
うん。普通に美味い。
凄く美味い訳では無いが、不味くもない。そんな味だ。優香の作った飯と比べる方がどうかしているのだ。奴は超人なのだから。
さて、飯も食い終わったし、現在六時三〇分。
もうそろそろ現実逃避も終わらせねばならないだろう。
どうするか? そんなの決まっているのだ。
「優香サマー。ヘルプミー」
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『全く兄さんときたら、バイクばかり弄ってないでいい加減最先端技術にも目を向けてみたらどうなのよ』
『リョウター。さすがにその質問は男子高校生としてどうなのかな? って僕は思うよー』
『リョウ兄ちゃんはほら、アナログな人だから』
『リョウさんって知識は広いのに結構弱点多いっすね』
「すんません。ほんとすんません」
家のテレビ電話から妹にヘルプ要請を掛けたら、すごい格好をした妹と妹彼、妹友、妹友彼に罵られたでござる。
つーか橘。お前、バイトどうした。
すごい格好と言っても変な想像はするなよ。単に光輝く金色の鎧姿(女性はヘソ出し)と言うだけだ。
優香のRPCは優香のVRギアと相互登録されているので、RPCに掛けても繋がらない時はVRギアに転送される。VRギアで着信を受ければ今の様にゲーム内で電話を受ける事になるのだ。
どうも、ミッチーの家に泊まって一緒にODOをプレイ中の様である。
ODO──オリエンタルドリームオンライン。
半年前、優香が橘からVRギアをプレゼントされた翌日に正式リリースされたVRMMOの名称である。
元々、橘はこのゲームのβテスターだったらしく、すぐにこのゲームに惚れ込んでいた。
βテスト時、いかにこのゲームがスゴいのか、橘から延々語られる事になった俺だが、聞いているだけでも面白そうなゲームである事は理解出来た。
そして、最愛の優香にもこのゲームをプレイして貰いたいと暴走した橘が、優香と俺にVRギアをプレゼントしたいと言い出したのだ。
俺は固辞したが、優香は好意を受け取り正式リリースと同時にODOの世界に入って、今ではドップリとハマっている。
まあ、その後はドップリとハマった優香から、ミッチー、ミッチー彼とリアル侵食を続けたODO。
気付けば橘と優香のパーティーはギルドとなり、ODO内でも有数の巨大ギルドと相成ったらしい。
金色の装備はギルドのイメージ色なんだそうだ。
ODOの装備はポイントによるガチャとドロップ、後は宝箱とイベントで手に入れられるのだが、装備品のデザインを自由に変える事が出来ると言う特徴がある。
手にいれた時点では、その外観は初期デザインのままだが、決められたフォーマットに従いデザインをデータ入力すれば自分の好きな外見に変えられる。
元々、キャラクターの能力は自身の能力と言う制限があるこのゲーム。生産者も存在はするのだが、全て自身のプレイヤースキルが必要になるという鬼畜仕様である。
リアルで営業をしているサラリーマンが突如として鍛冶屋になれるだろうか。一部の特殊例以外なれる訳がない。
しかし、生産もしてみたい。
そんな思いを持つプレイヤーが、この機能に食い付かない筈が無かった。
パーティー内でお揃いのデザインで統一したいプレイヤーや、気に入ったかわいいデザインを長く使いたいプレイヤーは挙ってデザイン屋を利用し始めた。
リリースから半年経った今、有名デザイン屋のデザインデータはリアルでの販売まで始まっている。
そんな中、各ギルドが自ギルドの特色を出す為に、色分けを始めたのは自然の流れなのだろう。
PvPや、GvGをやる時も分かり易くて好評な様である。
稀に色詐欺なるものが発生するらしいが。
俺もODOを始めたら、橘のギルドに入る事になっているので、金ピカ初心者の出来上がりだ。
ちょっと恥ずかしい。
『て言うか、放課後に買ってきてこの時間でまだ接続も出来てないって。明日の約束は大丈夫なのよね』
「接続できれば大丈夫だ。多分」
初心者クエストだけならそれ程には時間も掛からないだろう。
『全く。取り敢えず契約回線でもネット定額設定だから大丈夫だけど、無線LAN設定の方がデータ転送速度が速いから、そっちを設定して。今から設定方法をメールするから』
「サンキュー。頼れる妹を持って幸せだ」
俺の信頼を受けても顔色ひとつ変えない妹、優香。
逆に"白々しい"とでも思っていそうな表情だ。
ま、ここで真っ赤になってツンデレられては俺も困るが。
『じゃあ、リョウター。また明日ねー』
ニコニコと幸せそうな橘が画面いっぱいに手を振った。優香と共に居られる時間は奴にとっては天国なのだろう。
通話が切られ、静寂が増す。
電話というものはこの切れた瞬間が苦手だ。繋がっていた絆が切れた様な寂寥感。独り取り残された様な孤独感。
「感じすぎなんだよなぁ……っと」
俺の下らない妄想を吹き飛ばすかの如く、喧しく鳴るメール着信音。
タイミングの良さはさすがに妹という感じだ。俺の電話嫌いを理解している。
苦笑しつつ古臭いスマートフォンでメールを開くと、恐ろしいほど事細かに無線LAN設定の手順を説明する長文が表示された。
ドアまでの歩数まで指定してくるとは中々の上級者っぷりである。
「ふっ」
俺は鼻で笑った。
これは俺に対する挑戦であると。
まずはこのリビングの扉まで三歩で辿り着くミッションをどう攻略するべきか考えよう。
//-------------
結果として、妹からの全ミッションは完遂した。
まずは、この出来なそうでギリギリ出来てしまうミッションを考案した妹、優香に敬意を評したい。
"ギリギリミッション~妹は何故兄に試練を与えるのか~" とでも表題を付ければ、単行本数冊にも及ぶ小説が完成するのではないかと思われる濃密な時間が過ぎ、俺の目の前には一台の"ネット接続可能な"VRギアが鎮座していた。
「すげぇぜ妹。こんなにも俺を熱くさせるとはな」
まあ、やった事としてはルータとか言うトゲが生えた箱の上部にあるボタンを長押ししてLEDが点滅を始めたらVRギアの初回セットアップで『無線LAN設定を検出する』を選択するだけだったりするのだが、それを巨編スペクタルにまで発展させる妹、優香はやはり超人なのだろう。
つーか、これって電話切ってからメールが届く迄の短時間で書けるミッションじゃないよね。
俺、完全妹に行動を把握されていますか?
「まあ、奴の事は考えても仕方ない。今はODOを起動する事を考えよう」
態と声に出して言う。
少し声が震えたのは、誰も聞いていなかったから良しとしよう。
袋からODOのパッケージを取りだし、ラップを剥がした。手も何故か震えていたが、気にしない。
パッケージを開けると、長さが二センチ程の小さなカードとVRギアへの差し込み方法を記した一枚の紙。お決まりの登録商標等、ライセンス関連の紙が一枚。
手順通りにODOカードをVRギア側面のスロットに差した。
これで準備は万端だ。
俺は徐にVRギアを被り、電源を入れる。
『登録者名:長谷川亮太郎』
『VR起動を開始します よろしいですか? Yes / No』
もちろん、"Yes"だ。
//-------------
「あー……」
"VR初期ホーム領域"
俺は再びこの大地に立っている。
リアルでは既に午後八時を回り、外は真っ暗だというのに、燦々と輝く太陽と柔らかな風に揺れる木葉の囀りが今は昼だと俺を錯覚させる。
太陽の恵みと程よい湿気が草と土の匂いを引き立たせ、俺の臭覚を刺激する。
しかし、普段なら心踊る風景にも、今の俺は反応が出来なかった。
何故なら──。
「で……っけえぇぇぇっ!! なんじゃありゃっ!?」
目の前に巨大な漆黒の門が存在するから。
ネット設定をした時にはなかった存在である。
門以外の草や岩の大きさから考えると、俺が今立っている巨木脇から一キロメートル位は離れている筈だが、それでも見上げる様な巨大な門がその威容を見せ付ける。
これが何なのかと考えれば、当然考えられるのはひとつだけだ。
「あれがODOの入り口? 人間の力で開けられるのか?」
等と物理的な勘違いをしてしまう程の重厚感である。
しかし、圧倒されるだけでは何も始まらない。
取り敢えずは近付いてみよう。俺はゆっくり落ち着いて歩き出した。
靴の裏に感じる草の感触。流れる風景。俺はちゃんと歩けている。違和感がない事が違和感であるという矛盾を感じながら、徐々に速度を上げていく。
普段は感じる、突然走った時の間接の痛み等は感じない。
普通に歩いた場合、成人男性で時速四~五キロメートル。足早に歩けば門までは一〇分も掛からない。
程なく門の手前に到着した俺は、もう一度門を見上げていた。
近くで見るとさらに圧巻である。
どうすれば開くのかと門に手を添えれば、低く軋む音を上げて門が内側に開いていった。
//-------------
気が付くと俺は人混みの中で剣を握っていた。
周囲を見渡すと、武装した男達が目を血走らせて前方を睨んでいる。彼等の体が小刻みに揺れているのは、興奮からか、それとも恐怖からか。
不意に前方から雄叫びが発せられた。鬨の声というやつだろうか。
それで俺は理解した。これは戦争だ!!
ゲームスタートから早々に戦争スタートとか、どんな無理ゲーだよっ!!
周囲の男達も鬨の声に合わせるかの如く、走り出す。
このまま立ったままだと踏まれてしまう。仕方なく俺も走り出す。
まあ、所詮はゲームだ。死にはしない。
走り出した先には既に乱戦が始まっていた。
ある者は恐怖からか、敵に近付かれる事を嫌い狂った様に剣を振り回している。
ある者は止まったら殺されるとばかりに走りながら槍で敵を牽制する。
ある者は三人の敵を相手に大立ち回りを繰り広げている。
ある者は既に動かなくなった敵の腹目掛けて何度も何度も斧を振るう。
ある者は足から血を流しつつ、助けてくれと敵に懇願する。
地獄絵図の中に入り込んでしまったのかと一瞬躊躇したが、何もせずに殺されるのは勘弁だ。俺も手に持った剣で向かってくる敵に対する。
何故か、装備も対して違わない筈なのに敵が分かる。
俺は剣など振った事はない。型だとか、軌道だとか、そんなものは分からない。
ただ、走り回り、敵の正面には立たず、剣を突き出した体制で、背後や横から体当たりする。それだけだ。
当然、俺自身も傷付いていく。
しかし、それでも動く。一人でも多く敵を倒す。それがひいては国の為、村の為、残してきたあの子の為になるんだ。
脇腹に痛みを感じる。先程殺した相手の剣が掠めた様だ。意外と深く切れているらしく、血が流れ出ているのが分かる。
しかし、俺は気にしない。
一人一人確実に、体当たりしては横に流して剣を抜き、体当たりしては横に流して剣を抜き、何度も何度も繰り返している内に、俺は意図しないまま、敵の魔法師の真っ正面に無防備な姿を晒していた。
眼前に迫る真っ赤な炎の渦。
俺は願う。せめてあの村は戦禍に巻き込まれない事を。せめてあの子には、幸せな人生を歩める未来が訪れる事を。
炎の熱さも感じる事無く、俺の意識は途絶えた。
//-------------
「……って!? はっ!?」
気付くと俺は真っ暗な空間に立っていた。
さっきの戦争は何だ?
よく分からない使命感に囚われてがむしゃらに敵を倒して……。
あの子って誰さ。
先程の現象が何だったのか、いくら考えても分からない事に困惑していると、突然空間に風景が映し出された。
そして画面下から文字がスクロールされる。
『神帝暦一一二年。何の前触れもなく、突如として訪れた西からの軍団。彼らは暴虐の限りを尽くして我らの土地。"東方"の侵略を開始した。"東方"に属する国々は、侵略者達を"西方"と呼び、団結してこれを撃退しようと試みるが、初手の侵略地が"東方"の資源庫と言われる地域であった事により、豊富な資源を後ろ楯にした"西方"との戦争は長期化する』
「って、オープニングかよっ!?」
って事は、さっきのもオープニングデモ? 臨場感を出す為に思考の方向を変えてみたとかそんな感じ? 恐っ!! 洗脳じゃん!!
『また、"西方"は魔法という特殊な技能を持つ人間、魔法師の集団"魔法隊"を投入し、対する"東方"は暗殺に特化した集団"忍"を結成。戦況は泥沼化の一途を辿る事になる。長く続く"西方"と"東方"の戦い。街は焼け、草原は朽ち、田畑は荒れ、川は血に染まった。そんな中、一人の男が立ち上がった。男は"西方"の魔法隊を刀の一降りで蹴散らし、二振りで敵陣の大将を敵陣毎に討ち取った。こうして東西の戦争は終結し、男は伝説の龍の化身として祀られた。男の名は歴史に記されていない』
凄いな。凄く臨場感溢れる三Dアニメだ。
しかし、最初の戦争のインパクトが強すぎてあまり感情移入できないなぁ。
『東西の戦争から二〇〇年の月日がたった。戦争当初にあった西方との蟠りは徐々に薄れ、西方との交流が盛んに行われる現在。しかし、西方との蟠りは侵略された地方に根強く残っている。そんな時代にあなたは何を見て、何を成すのか。それはあなただけの物語である』
お。明るくなった。何か、映画を一本見終わった感じ?
ここは何処かの部屋の中っぽいな。中々広いけど、質素なベッドと木製の机しか無い。窓は閉められて木枠が見えるだけである。ドアもない。殺人事件が起きてしまいそうな密室だ。家政婦がどこからともなく覗き見してそうな密室だ。
さて、これからどうすれば良いのかと、部屋を見渡して、気付いた。
部屋の中央にキラキラと光のエフェクトが始まっている。次第に大きくなるエフェクトは見過ごさない為の予防処置か。
そんな益体もない事をつらつら考えている内に、光のエフェクトが終わった。
後には一本の柱が現れた。
ガラスの様な物質で出来たその柱には、"俺"が入っていた。
『キャラクターを作成して下さい』
どうやらキャラクター設定らしい。
なるほど。客観的にキャラクター設定出来る仕組みらしいが、これってなんか意味があるのか? アバターは弄れないし、装備だって初期装備しかない。選べるのは武器と魔法属性位か。
えーと、武器の種類は──。
『剣』
『槍』
『槌』
『斧』
『弓』
『砲』
『双』
『無』
魔法属性は──。
『火』
『水』
『風』
『土』
『光』
『闇』
あー。有りがちだよな。『双』ってのが多分双剣で『無』って言うのが無手、つまり格闘なんだろうな。
俺は多分、橘のパーティに入れて貰う事になるだろうから、あいつ等とあまり似通った武器じゃない方がいいんだろうな。
とは言え、『無』はない。
このゲーム、身体能力は全く補正が掛からないし、スキルなんてものも無いらしい。じゃあどうやって強くなるのかと橘に聞いたら、武具と魔法、それとプレイヤースキルだそうだ。
ODOでは、ガチャポイントという、課金で増やす事の出来るポイントがある。このガチャポイントでガチャを引き、強い武具を手に入れる事が出来るのだ。
敵を倒してもドロップするが、良い武具を手に入れる事は殆ど無いらしい。
では、何故敵を倒すのかと言えば、ドロップする素材アイテムと"翡翠の欠片"というポイントを手に入れる為だ。
ドロップする素材アイテムは、売ればゲーム内通貨になる。そして"翡翠の欠片"は、合成と言ういらない武具を使用した武具の強化に必要なポイントなのだ。
また、この"翡翠の欠片"を貯めるとガチャポイントに変換出来るので、プレイヤーは誰もが"翡翠の欠片"を欲し、敵を倒すのである。
ガチャをして強力な武具を引き当て、それをいらない武具で強化する。こうして強くなった武具を装備する事で強い敵に対応出来るらしい。
そして、魔法。
飛び道具としての使用は元より、武具を強化するエンチャントやバフ、敵からの攻撃を緩和する魔法障壁は、リアルな体力しか無いプレイヤーには必須の技能だ。
しかも、魔法は"翡翠の欠片"を使ってレベルを上げる事が出来る。
ODOでスキルと言えば、この魔法になるのかもしれない。
最後にプレイヤースキル。これが一番重要である。
合成や魔法で武器が強くなっても、当たらなければ意味は無い。当てる技能がプレイヤーに必要である。
合成や魔法で防具が硬くなっても、当たっていればいずれ負ける。避ける技能がプレイヤーに必要である。
だとすれば無手は無い。つーか、余程自身の格闘術に自信がある人以外、無手はいないだろ。まあ、無手とか言いつつも、ナックルとかは装備出来るんだろうけど。ナックルとか、防具に入りそうな気がするし。
橘達の装備は確か、優香が弓だった。今日の電話でもそれらしい武器を背負っていた。優香は中学から弓道部だから、弓が合ってるんだろう。
俺? 弓なんてやった事も無い。だから、兄の威厳を保つ為に弓は無し。優香の魔法属性は弓の飛距離向上特性のある風だ。
橘は槍だ。槍は使い勝手が良いらしい。種類も色々あって、棍とかも槍に属すらしい。
ただ、長物は結構プレイヤースキルが必要だ。
橘は小学生の頃から薙刀の道場に通っていたから下地があるが、俺では懐に入られた瞬間に死に戻りだろう。却下。
魔法属性は優香と同じく風。
βテスト時に取得した槍がかなり良い物だったらしく、風属性と組み合わせるとかまいたち攻撃が出来るそうだ。
ミッチーはメイスっぽいのを今日持っていたから、多分槌かな。魔法は光らしいので聖職者っぽいローブを着ていた。
金ピカだけど。
槌は無理。絶対無理。
だってあんなデカイの、振りかぶれないだろ。却下だ却下。因みにミッチーが持っているメイスは光属性専用の武器で回復効果にプラス補正が掛かるらしい。打撃も出来る杖みたいなものだろうか。
で、最後にミッチー彼。彼は双剣を使ってるっぽい。実は彼もバリバリ剣道部員だ。しかも、運動特待生だ。
中学時代に漫画の影響で二刀流にハマり、先生にダメ出し喰らっても意地でモノにしたとんでもない奴だ。
奴の双剣は意地で出来ているのだ。
後輩に鼻で笑われたく無いので却下。って、そう言えば彼、優香に惚れていたんじゃなかったっけ?
同じパーティに入って、優香達のラブ空間に耐えられるのか? もう、ミッチー一筋か?
彼の属性は火。双剣は手数の武器なので攻撃力を補う為に武器攻撃力増強幅が最大の火属性を選んだそうだ。
しかし、このパーティ武道経験者が多いな。まあ、ODO有数巨大ギルドのマスターパーティだし、こんな連中じゃなければやれないのかもしれない。
俺、こんなパーティでやっていけるかな?
残るは剣、斧、砲。
魔法は水、土、闇。
砲は鉄砲とかだろうけど、このODOには魔法がある。誰でも一属性は取得可能で遠距離攻撃は魔法で事足りてしまう。
唯一、攻撃魔法の無い光属性を選択した人が、遠距離攻撃力を得る為に砲を選ぶらしいが、ミッチーが持っている光属性を俺が選択する筈が無いのでメリットは無い。
斧は、槌と同じく却下だ。重くて振り回せないって。
最終的に残るのは剣だ。さすがは最メジャー。
しかし、この剣という武器も、かなりのプレイヤースキルを要する武器らしい。
間合いの取り方が難しいとミッチー彼が言っていた。
ここは斧で行くべきだろうか。
しかし、失敗したら俺もトレーニングジムに通わなければいけなくなる。それは避けたい。
やはり、剣一択だろう。
魔法は水を選択しよう。正直、剣はメジャーである為にどの魔法属性とも相性が悪くない。悪くない代わりに良くもない。どれを選んでも同じなのだ。だとすれば、趣味で選べば良い。
早速、武器と属性を選択する。
『キャラクターを作成して下さい』
『武器:剣』
『魔法属性:水』
『キャラクターの名前を入力して下さい』
む。名前か。まあ、いつも通りで良いか。
『キャラクターの名前を入力して下さい』
『キャラクター名:リョウ』
小学生の頃から使っている由緒正しいゲームキャラ名なのだ。某ゲットだぜゲームも全てこの名前である。
『あなたの戦争時キル数は三九人です』
『VRシステムシンクロ率八二%』
『それでは新しい世界をお楽しみ下さい』
…………えっ? シンクロ?