天の川の見えない日
ザァザァと窓を叩く雨粒たち。
本日七月七日は七夕なのだが残念なことに雨だ。
これでは天の川が見えない。
織姫と彦星も逢えない。
憂鬱だなぁと空を見上げる。
どんよりとした分厚い灰色の雲が空を覆う。
本日何度目かわからない溜息を吐き出す。
ゴトンと目の前に置かれた植木鉢。
いや、なんで教室に植木鉢?
花瓶じゃなくて?
ふと視線を上げてその植木鉢を置いた人物を見る。
ワックスで整えられた黒髪の男で眉間に深くシワを刻んだそいつ。
「なぁに?」
植木鉢とそいつ…昴を見比べる。
可愛い花だなぁなんて考える。
小首を傾げる私を見て昴の眉間のシワはさらに深まった。
ずいっと植木鉢を押し出されて受ける形になる。
え、え?と首を傾げる私を尻目に「じゃあ」と言って教室を出て行ってしまう。
いや、待ってよ。
意味分からんと植木鉢の花を見る。
花は小さめだが何だか星みたいな形をしている。
可愛い。
って、何でこの花を置いていった!!
ガッ、と植木鉢を掴み教室を飛び出す。
「え?!」
たまたま廊下にいたクラスメイトが何事かと私を見たが気にしない。
昴は緑化委員会の委員長をしていて、園芸部にも所属していた。
その為学校には花壇がありよくその手入れをしている。
だから多分花壇か園芸部のガーデンだろう。
今日は雨だからガーデン、と勝手に決めつけて廊下を走る。
授業はサボることになるだろう。
後三分くらいで予鈴が鳴る。
植木鉢を落とさないように抱えて階段を駆け下りていく。
一階まで降りて渡り廊下を駆け抜ける。
渡り廊下を突っ切った一番奥に園芸部の部室があり、部室の中からガーデンへと行けるようになっていた。
予想通り部室の鍵が開けられている。
ノックもなしに部室へ入る。
なんだか良く分からない植物と肥料やら何やらが置かれていた。
「昴っ」
部室のさらに奥にある扉を開き声をかける。
だが私の足はその部屋に入る前に止まった。
ガーデンの中には昴が置いていった植木鉢の花が沢山咲いていたのだ。
「わぁ…綺麗」
素直に口から溢れた言葉。
それに反応するようにゆっくりと昴がこちらを振り向いた。
咲き乱れた花達に囲まれた昴はどこか儚げで綺麗だった。
その光景に目を奪われる私。
「スターフラワー。その名の通り、星によく似た形の花だな」
ふーっ、と息を吐き出しながら説明してくる昴。
それはわかったけれど…。
「じゃあ、これ何?」
ヒョイっ、と私は自分の持つ植木鉢を掲げる。
それを見て昴は「あぁ」と小さく頷いた。
「おすそ分け?」
小首を傾げる。
自分のしたことだろ、と突っ込みたい気持ちを抑える。
昔からこういう奴なのだ。
見た目はしっかりしててクールというイメージなのだが、残念なことに中身はボヤっとしたおかしな奴。
溜息を吐き出す私を見て昴はポン、と手を打つ。
そして一面のスターフラワーを指さした。
「天の川見れなくて落ち込んでるのかなーと思って」
は?と今度は私が首を傾げる番だ。
そんな私を見て昴は「だって、今日はずっと空見てただろ?」と言う。
少しだけ眉間にシワが寄っていた。
そういえばそうだな。
天気が悪いと青空が恋しくなる。
それに今日は七夕だ。
せっかくなら天の川は見たい。
「……まぁ、ありがとう」
笑った私を見て昴も笑う。
眉間のシワはなくなっていた。
沢山のスターフラワーに囲まれたガーデンは天の川のようだ。
そんな天の川で私達は笑い合った。