五章 告発
「あ、うん。ちょっと待って」
映像を一時停止してモニターをOFFにし、入ってきた姉を迎える。
「おや、テレビか。わざわざ物置から引っ張り出してきたのか?重かっただろう。言ってくれれば手伝ったのに」
テーブルに飲み物の乗ったトレーを置きながら言う。
「手足に糸を付けたままの人が何言ってるのよ」飲むヨーグルトの入った紙パックを受け取りながら言う。一口飲んで「今日の晩御飯は何?」
「夏野菜のカレーライス。デイシー殿も食べて行くか?」
「わ~い!是非お相伴させて下さい~!」
諸手を上げて喜ぶ親友に姉は、期待に添えるよう、腕によりを掛けないとな……この笑顔、何としても私が守らなきゃ。
「では私は家事が残っているのでこれで」
「ありがと、お姉ちゃん」
パタン。
「本当に何も言ってないんだね~どうして?」
「後で説明する……取り敢えず続きを観て」
再び二つの機械のスイッチをONにし、映像を早回しにする。一周して再び一番カメラ。時刻も日付が変わって朝。監視室で偶然見た場面になると、隣で親友が拳を叩く。
「あ~、この人LWPだ!ボクサーさんって言ったっけ~?”赤の星”に住んでいたのを、クレオさんが迎えに行ったんだよね~」
無声会話を眺めつつ、記者はコーヒーカップを持ったまま椅子の上でゆらゆら。相変わらずマイペースだ。
「デイシーちゃんはこの人の事、他に何か知ってる?」
「ううん~、詳しいプロフィールは知らない~。大お爺様の所には多分、オルテカから書類が届いていると思うけど~……リサちゃん、そろそろ教えてくれない~?一体相談内容は何~?」
私は無言のまま最後のシーンまで早送り。丸一日経った裏口から、三人の大人と負われた少女が出て行く様子が映っている。――一昨日の夜と、全く同じ所で佇む彼の姿も。
カチッ。テープが終わり、画面がブルー一色になる。
「一切映ってないの。これ以前以降、どのビデオにも。つまりこの三日間だけ、何らかの理由で彼は病院の周りにいた。まるで見張るかのように、ね」
「政府の仕事かな~?」
「かもしれないね。だけど……クレオさん達の家も?」
「!!?」
「会ったの、クレオさんの脚を修理しに行った朝、林道の辺りで。お屋敷を眺めていたから、用事があるのかと思って『呼びましょうか?』って尋ねたの。でも断られた」
温くなったヨーグルトの残りを飲み干す。
「ねえデイシーちゃん。もしかして――LWP殺人事件の犯人、まだ見つかっていないんじゃない?」
「うん」あっさり機密を漏らす。親友相手とは言え、この姿勢は些か問題だと思う。「正直捜査は進んでないね~……え、まさか」
「そう。――私、彼が犯人だと思うの」
とうとう言っちゃった。当然、撤回するつもりは無いけど。
「なら、病院を見張ってたのは……レティちゃんを狙って~?」
「彼女、当日は屋敷で一人留守番してたんだよね?多分殺そうと追い掛けたはいいけれど、人目が大勢ある公共施設に入ったから、出て来るのを待つ作戦に変えたんだと思う。でも生憎、彼女は介抱に熱心で一度も外へ出なかった。クレオさん達が迎えに来るまで、ね」
「さぞややきもきしただろうね~。でも上手く一人になった所で~、流石に殺そうとしたら叫んだり逃げたりしそうだけど~?」
「いきなり襲う必要なんて無いじゃない。同郷者で言葉が通じるんだから人気の無い場所まで誘い出せるよ。例えば……エレミアで亡くなったはずの御両親が実は生きていた。会いに来ているから一緒に行こう、とか」
「!!?」
「多分、ヘレナさんとイムさんはそう言って時間差で呼び出されたんだと思う。幾ら殺人に慣れていても大人二人を同時に、それも助けを呼ばれる前に殺すのは難しいから――何処か矛盾していたら教えてくれる?」
まだ驚愕の消えない親友に問う。
一つ可能性が無くはない。――彼に姉ぐらいの暗殺スキルがあれば、両親の時のように瞬殺で命を絶てるかもしれない。しかし、良く考えなくてもそれは有り得ない。二人は複数の傷を負い、決して即死ではなかった。
「……ううん、無い……はず。ねえ、動機は何~?同じエレミアの、折角逃げ延びてこられた人達の命を奪う理由なんて~」
私は立ち上がり、リビングへの扉に耳を押し付けて向こう側の音を聞く。――良し、姉はキッチンでカレーの調理中だ。
戻って先程より近くで座り、小声で会話を再開する。
「私も、この間の話が無かったら分からなかったよ」
「??」
「信じられないかもしれないけどね」
私は養父が神の使いであり、姉が強制的に手伝わされ異教徒、唯一神を信仰しない人々を処刑し、魂を牢に移送していたと告白した。その対象に異世界人、エレミア人が入っていた事も包み隠さず。
「でもお姉ちゃんがあんな事になった夜、お父さん言いに来たの。『異教徒狩りは止めだ』って。勿論、それはお姉ちゃん=犯人って意味じゃない」
「確かに前も皆で話したけど~、あのシルクさんが滅多刺しなんて非効率的な方法取らないよね~。殆どの傷には生活反応があったらしいし~、死相も酷かったから相当苦しんだはず~」
「そこまで?」初耳だ。「ならますますお姉ちゃんは違うよ。お父さんとお母さんの時だって」心臓一突きで殺したと告白した。凄く辛そうな顔で……。
「う~ん……でも、だとするともう殺人は起こらない~?同業者なら同じ事伝わっているだろうし~」
「どうかな」首を横に振る。「伝わってても実行するとは限らないよ。あの人……私の事、凄く厭な目で見たの」
あれももしかして、私が異教徒の娘だから?
「ううん……お屋敷にいるレティちゃんや、クレオさんを見ていたのかも……」
何より一旦殺人の快楽を覚えた彼が、このまま言う通り大人しく出来るのか?嫌々の姉とは明らかに精神構造が異なるであろう、あの人が。
「ねえデイシーちゃん、お願い。思い違いだったら後で何でも奢ってあげる。だから協力して」
機械工作しか出来ない私には、親友みたいな情報ネットワークも捜査能力も無い。証拠を探すには彼女の力を借りるしか手段が無いのだ。
すると彼女は肩を竦め、ガッカリだよリサちゃん~、嘆息した。
「ごめんなさい、でも」
「そうじゃなくて~、私そんなに見縊られてたんだってショック受けたの~。あ~あ、親友だと思ってたのはこっちだけだったのかぁ~」
意外な発言に焦る。
「そ、そんな事無いよ!ただ推理が外れているかもしれないと思って」
「後、リサちゃん謙虚過ぎ~。犯人も方法も動機も仮説立てたの、多分リサちゃんが最初だよ~。政府館の殺人課も頑張ってはいるけど~、精々目撃証言を集めるぐらいで全然捜査進んでないもん~」
新聞記者はずれた眼鏡を直し、ニヤッと笑う。
「それに名探偵さん。ビデオのダビング、誰かに手伝ってもらったでしょ?なのにどうして親友の私は手伝わないと決め付けるの?」
次の瞬間、私達は耐え切れずに爆笑した。治まった頃、私は尋ねる。
「どうして分かったの?」
「だって監視カメラのビデオって、普通一ヶ月分は溜めてある物だもん~。リサちゃん一人で全部確認してたら何日も掛かるはず~。でも~」
再び間延びした口調になった彼女はじーっ、と穴が開く程私を見つめる。
「どうやら協力者は先生や看護婦さんじゃなさそうだね~。わざわざ編集で一本にして持ち出す必要も無いし~、大お爺様も特に連絡受けてないみたいだもの~」
「誰だと思う?――なんてね。デイシーちゃんも知ってる子だよ」
「ああ、子猫ちゃんか~」納得してフンフン頷く。「成程~。あの子なら利害関係無く協力してくれるよね~」
親友は鞄から手帳を取り出し、捲ってシャープペンで書き付け始めた。
「となると事は急を要するね~。大お爺様には私から言っておくから~、明日は朝一の船でオルテカへ行こう~。以前勤めてた政府駐在所と彼を拾った人達に話を聞けば、証拠に繋がる何かを得られそうな気がする~」
「ジャーナリストの勘?」
「まぁね~。LWPの取材って事でアポ入れておくから~、リサちゃんはアシスタントね~」
そう言って御両親の形見のカメラを外し、私の首に掛ける。
「多分使わない写真だけど、一応撮るポーズお願い~」
「こ、こう?」
金属の重い長方体を顔の前まで上げ、シャッターを切る真似をする。
「中々様になってるよ~。あ、撮る時はフラッシュ焚くのを忘れずに~」
ファインダーの中で記者はVサインをし、ニッコリ笑った。