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二十章 病室にて



「んぅ……ここは、何処………?」


 目覚めた少女の第一声に、新しい点滴を接続していた神父が顔を向ける。

「気付きましたか、エレミアの娘」

「神父様……どうしたの、私……?あ、そうだ……オリオールに貰ったドリルは……?」

 起き上がろうとしかけて、左腕に突き刺さる太い針、そこに繋がる管と彼の掌の液体入りの袋に目が行く。

 変だ。頭が凄く重い。ちょっと動かそうとしただけで、目がぐるぐるする。

「何を暢気な事を。自分がどう言う状態か覚えていないのですか?」

「え……?」

「愚かにも馬風情に血を注ぎ込み、あなたの肉体は今現在重度の貧血に陥っているのですよ?」

 チ。その一音で、少女の脳裏に気絶する前の全ての記憶が蘇った。

「思い出したようですね」

「うん……あの、オリオールは……?」

 割られた頭から流れ出た中身を思い出し、堪らず自らの手を確認する。血や脳漿はもう付いていない。いつも通り綺麗だ。

「心配する必要はありません。あれなら輸血も終わり、ピンピンして一旦屋敷へ帰りました。あなたの着替えを取りに」

「良かった……でも、どうして私ここに?」

 すると神父は顎に手を添え、エレミアに病院は無かったのですか?逆に訊ねて来た。

「うん。風邪とか診察してくれるお医者さんが一人だけ……」

「成程。では『入院』の概念が無いのも無理はありません」

「ニュウイン……?」

「治療のため数日間病院で宿泊しなさい、と言う事ですよ、エレミアの娘。現に今、自力で起き上がる事さえ困難でしょう?」

 馬風情共々馬鹿な真似をしてくれたものです、吐き捨てるように言った。

「ごめんなさい、迷惑掛けて……でも」

 ああでもしなければ、大切な養父は二度と目を覚まさない気がしたのだ。あんなに大量の血と脳味噌が流れ出ていたのだから……。

「謝罪するぐらいなら、もっと賢明さを習得しなさい――レティ」

 初めて名前で呼ばれ、吃驚した。

「今回の事態、あなたは何が原因だと考えますか?」

「え?」いきなりの質問に、けれど幼い頭脳は必死に回転を始めた。「私が……あいつに付いて行ったから。危ないって……分かってたのに」

 数時間前の迂闊な行動に、怒りから右の拳を握り締める。

 すると神父は鼻で嗤い、矢張り所詮は子供、不正解です、嘲るように言った。

「殺人犯相手に幼稚な良識を発揮する必要などありません。悪いのは全てあのボクサーとか言うLWPであり、あなたは目一杯被害者面でベッドに踏ん反り返っていればいい」

「でも……私がいたせいで」

「もっと早くに殺されていた方が良かった、と?」

 両腕を頭と水平まで上げ、心底呆れた風なリアクションをされた。

「どうやらあなたは馬以上に大馬鹿者のようですね。殺人鬼に妄言でも吹き込まれましたか?――あなたは生きるべき、いえ生きなければなりません。何故なら坊ちゃまも、馬風情達も、表でいつも騒いでいる子供等その他大勢、皆それを望んでいるからです」

 にっこり微笑む。

「勿論、エレミアで亡くなった御両親もです。頭の良いあなたなら当然理解出来ますよね?」

 頷き、深く息を吐く。

(そうだ……二人は、私に『生きて』って言った)

 強過ぎる死の衝撃のせいで今まで忘れていた、最後の声。

「まぁ、六種にありがちな情緒論ですがね」

「偏屈者なのね、神父様って」

 それでも慰めは効き、気が楽になる。

「馬風情め、妙な言葉を。とにかく今日はこのまま休みなさい。もう夜の十時半ですよ」

「うん……ありがとう、神父様」ぐぅ。「あ……」

「やれやれ……夜食を用意してきましょう」


 キィッ。「ジュリト様……レティは?」


「どうやら保護者の到着のようですよ。――随分遅かったですねオリオール。機械人間達とゆっくり夕餉でも楽しんでいたのですか?」

「誤解を招きかねない事言わないで下さい」

 血を洗い流してきたのか、養父の蒼い髪は濡れていた。シャンプーの爽やかな香りがする。

「気分はどう、レティ?」

「うん……頭ふらふらするけど大丈夫。後、お腹が空いちゃった。オリオールは何か食べた……?」

「ううん、まだ。病院にいる君が心配でね。あ、クレオ達にはもう休んでもらってるから……どうしたの?」

 俯いた所を覗き込まれる。

「そんな価値無い……私のせい、巻き込んでごめんなさい」

 次の瞬間、小さな背中が抱き取られる。血液の戻った腕はとても温かかった。

「……昔、ね。レティと同じ事を言った人がいたんだ」

 静かに養父は語り始める。

「その人は優し過ぎて、周りの人達が傷付く度、今の君みたいに自分を責めていた。本当に悪い奴は他にいたのに……だから何度でも言ってあげる。レティ、僕は君にずっと生きていて欲しい。元気に学校へ行って、もっと沢山の友達に囲まれ笑っていて欲しいんだ。僕だけじゃない。クレオやルザ、友達や周りの大人達……君の親御さんも、きっと」

 自分が顔を上げると、養父は逆に視線を斜め下に逸らした。

「兄様にも、もっと言ってあげれば良かった……お兄さん達みたいな説得力は、無かったかもしれないけれど……」

 声音に宿る悔恨に、幼い胸がざわめく。

「――届いてるよ。聖者様は奇跡を使えるんだもん。言葉にしなくたって、きっと」

「そうか……だといいな」

「勿論私にも、ね」

 安心した途端、再び、ぐぅ。

「大分空いているみたいだね。丁度良かった」

 彼は病室の隅にあったテーブルをベッド中央に設置し、ベッド脇のレバーを操作して七十度程起こす。丁度自分の目の前にテーブルが来た。

 右手のバスケットを開け、中から二つのタッパーを取り出す。蓋を開けると湯気が溢れ出した。

「ご飯と……この黄色いのは、卵?」

 微妙にピンクの混じった鶏肉は一口大に切られ、細い玉葱と共に黄身を纏っている。下に敷かれた白米は炊き立てつやつや。不思議な匂い……初めて嗅ぐのに、凄く食欲をそそられる。

「親子丼って言うんだよ。ほら、この間料理教室へ行っていただろ?その時に習ったんだ。食べられる?」

「うん」

 手渡されたスプーンを右手に、一口掬う。ぱく。もぐもぐもぐ……。「美味しい!」

「良かった」椅子に座り、養父も自分の分を食べ始める。「うん、ちゃんと出来てる」

「レティ、今のあなたの身体は衰弱しています。胃凭れするようなら遠慮無く残しなさい」神父が忠告する。「にしても、病人に差し入れる食事とは到底思えませんね」

 毒舌の間もスプーンは止まらない。初めての醤油と砂糖、出汁のハーモニーの虜だ。


「御馳走様!」そう笑顔で空になった容器を置いた。




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