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十八章 凶行の動機


『ようボクサー!お前もジョギング中か?』


 僕を背負ったまま、ディーさんが正面から走ってきた彼に声を掛ける。

 完全に初対面だった。人口は百人足らずだと教えられていたので、未だ遭遇した事の無い人がいるとは思わず驚いたのを覚えている。

『あぁ、そんな所だな。……こいつは?』

『そういや顔合わせるのは初めてだったな。前に話したクレオだよ。機械人間にはとても見えないだろ?』

『へえ。でもこいつ、確か身代わりだろ?』

『ああ』家族は即答する。『でも生憎別人さ。記憶が無いし、性格も全然違う』

『作製主の母親は自殺だって聞いたぞ。なのに誰が動かした?』

『?勿論俺さ。スイッチ押したら動いちまって』

『は?じゃあ何で連れ歩いてるんだ?所詮機械だろ』

 嘲りの表情。するとディーさんは、質問の意味が分からないと言いたげに首を傾げた。

『逆にどうして連れてちゃいけないんだ?こうして動けるのに、あんな寂しい所で一人寝かせておけないだろ、なあクレオ?』

 目覚めた地下研究所を思い出し、僕は首肯した。

『ええ。僕もディーさんと一緒にいる方がいいです』

 母は郊外の墓場、十字架の下に埋められた。あの家にいても、もう永久に戻っては来ない。

『ほら、本人がこう言うんだ。別におかしくないだろ?』

 するとボクサーさんは眉を顰めた。僕にはその表情の意味が分からず、取り敢えず微笑んでみせた。ディーさんの知り合いは皆笑み返してくれる人ばかりだったからだ。いつもクールなラフ・コリー付きの友人でさえ、ぎこちなくではあるが口角を上げてくれる。――少ない人生経験から、きっと彼もそうしてくれると思ったのだ。

 だが、初めて笑顔は返って来なかった。機嫌が悪い日なのか、無表情のまま彼は言う。

『変な奴だな。――俺はボクサーだ。宜しく、クレオ』

『はい。宜しくお願いします』

 握手しようと背中の上から腕を伸ばす。が、彼はフィッと顔を逸らして走り去ってしまった。

『?腹の具合でも悪かったのかな?』

 家族が疑問を口にしたけれど、経験不足の僕には答えようが無かった。



「アノ時、俺ハ心底ムカツイタ。何様ノツモリダコノ機械ハ、人間ノ俺ヨリ幸セナ面ヲスルナ、ッテナ」

 宇宙を越えて溜め込んだ憎悪を吐き出す。

「家族モ友人モ全員死ニ、生即チ無常ト気付イタ俺ニ、手前ハイツモ餓鬼ミテエナ笑顔ヲ向ケテキヤガッタ。会ウ度ニ思ッテタゼ―――イツカバラバラニ壊シテヤルッテナ!」

「馬鹿馬鹿しい。単なる八つ当たりに巻き込まれるクレオ殿が可哀相だ」

 シルクさんの全否定も、同郷者の耳には入らないらしい。

「ダカラ、エレミアノ連中ヲ殺スノハ心ノ底カラ楽シカッタ。俺ニハ一ツ流儀ガアルンダ。阿呆ナ手前ミテエニ笑ッタ瞬間、ソノ息ノ根ヲ止メニ掛カルノサ!」

 狂った哄笑が林中に響き渡る。

「ソウダクレオ。アノ女トオッサンヲ殺シタ時ノ事ヲ聞カセテヤル。――奴等ハ、家族ト恋人ノ持チ物ヲ見セタ途端笑イヤガッタ!トックニ焼ケ死シンダトモ知ラズニ!アマツサエ涙グンデ!」

 !?じゃあ先の殺人事件の内、二件の被害者はヘレナさんの彼氏とおばさん……。酷い……希望を見せられた瞬間、裏切られた二人の無念は想像を絶する。

「ヒャハァッ!!最高ダヨナ、エエ!」

「最低……あなたは人間じゃないわ、その姿と同じよ」

 リサさんが嫌悪を顕わにし、鋭い目で睨む。

「異教徒ノ娘ガ何ヲホザイテヤガル?狩ラレル立場ノクセニ、思イ上ガルナ」

「手も足も出ない怪物には言われたくない台詞ですね」

 にこやかに唇の端を上げた次の瞬間、掌から雷撃の龍が襲い掛かった。ギャアッ!!勿論即死などさせない程度に加減は効いているらしいが、煙は出ているし肉の焼ける臭いも漂う。

「僕を壊したかったなら、再会した時点ですれば良かったんです!そうすれば、少なくともヘレナさんやイムおじさんはまだ……」屋敷で穏やかに暮らしていたはずだ。

「ハッ!分カッテナイナ。所詮、機械ハ人間様ヨリ劣ルッテ訳カ。――真ッ先ニ殺ッタラ見ラレナイダロ?ソノ苦痛ノ表情ガ」

「!!?僕のせいで……二人が?」

「ソノ通リサ。察シノ悪イ手前ニシテハ上出来」


 ガンッ!大地を揺るがす打撃音は、隣に立つハルバートの尻が地面を叩いた物だ。


「もういい、クレオ殿」僕が口を開く前に、逞しい首をキッパリ横に振る。「これ以上この馬鹿犬を喋らせる必要は無い。止めを刺すぞ」

 首筋の頚動脈に向け、刃を構える。殺気に気圧され、殺人犯の様子が怯えた物に変わった。

「クソッ……何デダ!異教徒ヲ育テタリシテ好き勝手バカリノ手前ヲ、何故アノ方ハ大事ニスル……!?」

「嘘を吐くな。お前はあんな奴に未練など無い。お前が欲しいのは殺戮の場であり、それを与える誰かだ」

「違ウ!俺ハアノ方ノ命令ダカラ従ッタ。エレミアカラ飛バサレ、偽物ノ貧乏家族デフラストレーションノ溜マッテイタ俺ニ、四天使様ハ生キル道ヲ与エテ」

「殺せれば何でも良かったんだろう、要するに。御仕着せの生きる理由で満足するなど器が知れる」

 未だ銃を仕舞わず、油断無く敵を観察する妹の方をチラッと見る。

「比べるのもおこがましい。――同じ空気を吸うのも耐えられん、死ね」

 僕も動作して初めての憎悪で胸が一杯だ。裏切りや同胞の殺害だけではない。愛する彼女をここまで傷付け苦しめた彼を、一分一秒たりとも生かしておきたくなかった。叶うならあの高潔な手を汚させず、自分の手で決着を―――!

 レイピアの柄を握り締め、歩み寄りかけた僕を防衛団のエースは手で制した。

「済まぬ。これは私の問題だ、幾らクレオ殿でも譲れない」

「僕だって皆の仇を討ちたいんです!それにボクサーさんはエレミア人、同郷者の裁きは」

「絵筆を取るべき手を豚の血で染める事は無い。――荒事は私の専門だ。下がっていろ、すぐ済ませる」

 そう言うと、時折見せていたプロフェッショナルの目に変わる。どんな酷い任務もこなす冷徹なマシーン……でも、もうそれは今日で終わり。いや、僕等が終わらせないといけないんだ。

「お別れだ。地獄では精々大人しくしているんだぞ」

 首を刎ねる刃が振り下ろされた瞬間。それまで微動だにしなかった怪物が、信じられない事に跳躍した!悪魔化のせいで脚を失っても動けるようだ。


「誰ガ一人デ逝クカ!セメテ手前モ道連レダ、木偶人形!!」

「何!?」


 牙を剥き出し一直線に跳ぶ敵の執念に、百戦錬磨のシルクさんも流石に驚いたようだ。咄嗟に左手を武器から放して首を庇おうとするが、相手の突進の方が一瞬早い!


「シルクさん!?」「お姉ちゃん!!」





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