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十六章 不実の罰



「あなたは!!?」


 熱さが消え、顔を上げた僕の目に映る信じられない人物。缶蹴り大会で多大な力添えをしてくれた黒髪黒縁眼鏡の少女は、静かにそこに立っていた。赤いリボンで作ったポニーテールが大気に残った上昇気流でふわっ、と揺れる。

「無事ですか、リサ・タイナー?」

「ええ。ちょっと髪が焼けただけ」炭になって曲がった前髪を確認して言う。「助けてくれてありがとう」

「礼は要らないわ。――私も彼に用がある、それだけの話よ」

 二人はどうやら知り合いのようだ。?まさか、リサさんが急に積極的になった原因って。

「何ダ?見覚えのある餓鬼だナ?手前、何処で会っタ?」

 悪魔化した赤の両眼が訝しげに観察する。

「仮にあなたの記憶に無くても、私の記録は完璧です。――ボクサー、家屋からの硝子片で右太腿及び脹脛を損傷。対する治療はモルヒネ投与と包帯」

 その瞬間、醜い形相に一陣、明らかな恐怖が舞い降りた。ガチャガチャ……牙同士が鳴り、不快な音を立てる。

「思い出しタ……手前は、『あの女』と一緒にイタ餓鬼」

 台詞に、黒い卵状の物体を抱いた少女の冷徹な目が僅かに揺らぐ。


「あなたの数多ある罪の内、私が裁くのは一つ――何故、彼女を裏切った?」


 棒読みなのに、何故か僕には彼女が泣いているように聞こえた。

「彼女に救われた命で、どうして同じ命を奪ったの?答えて」

「だからどうした、不気味な餓鬼メ……ン?手前一人って事は、あの女ハ」


「駄目!!」リサさんの叫びと同時に起こる、凄まじい爆発音。


「ア………んだト?」

 疾風のように一本の銀の筒が迫り、奇形の右脚を貫き吹き飛ばした。余りに突然の事で、本人も数秒間状況判断が追い付かなかったようだ。失った片脚を確かめ、口をカッ!と全開、鋭い牙を剥き出した。


 ギャアアアッッッッ!!!


 苦痛の咆哮を上げる彼に、少女は静かな怒りと侮蔑を籠めた視線を送る。

「あの時見捨てるよう忠告すべきでした。彼等の生命の喪失は、決して取り返しの付かないミス。――だからかつての傷を、痛みを返します。到底償いには届かないけれど……」卵を抱く力を強くする。「私に何もせず赦しを得る資格は、無い」

「俺の脚ガ!?この糞餓鬼ィッ!!?」

 捕まえて息の根を止めようとするが、残された左脚だけで歩けるはずがない。ドンッ!強かに地面へ激突し、憎悪の眼差しで彼女を射抜く。が、根本的に住む世界の違う少女には、どんな脅しも通用しなかった。

 突然彼女は敵に背を向けた。視線の先には、さっきの炎ですっかり頬の煤けたリサさん。

「後はあなた達と、この宇宙の法機関に任せるわ。――偶には仕事を増やしても構わないのでしょう?」

「うん」

 スタスタと歩み寄り、卵の内側に抱えていた木製の弁当箱を差し出す。

「差し入れ、感謝します。――これで私の用は完了したわ」

「わざわざ返しに来てくれたの?じゃあ、もしかして……」

 何かを察して寂しそうな表情を浮かべた機械技師に、少女はほんの僅か笑んだ。それを見て、彼女もパッと表情を明るくする。

「そうね、生きてさえいれば……また何時でも会いに来て」

「ええ」

 交わされた固い握手。解いた彼女は黒い物体を抱え、真っ直ぐ林の外へと歩いて行く。「待っ」「いいんですクレオさん」リサさんが引き留めようとした僕を制止する。そのために真っ赤なリボンは草叢に隠れ、首を振っても視認出来なくなってしまった。

「でも、レティさんと年の近い彼女を放っておくなんて!」

「あの子なら大丈夫。私達よりよっぽどしっかりしてます。それに……」俯き、小声で「彼女には行かなきゃいけない場所があるから」

 その言葉にハッとなる。僕がエレミアへの帰還を目指すように、彼女もまた失われた物を取り戻そうとしているのだ。

「そう……ですね」

 納得し、心の中で祈りを捧げた。いつかあの子が、本来の姿で笑えますように……と。


「俺を無視するナ!この機械野郎!!」


 ボクサーさんの怒鳴り声と共に、下がっていた悪魔達が一斉に僕等へ襲い掛かる。僕とシルクさんが素早く武器を構えて前へ出、すぐ後ろでデイシーさんが放電の構えを取った。

「リサちゃんは二人を守って!」「うん!」

 片膝を地面に着け、再び気絶したレティさんを両腕で抱えたオリオール君。その前で毅然と銃を構える。

「案ずるな。さっきの火災で外の皆にこちらの位置は知れたはずだ。すぐに応援が来る。後少しの辛抱だ」

「はい」

 低く逞しい声、励ましの言葉が今は何より勇気を与えてくれる。彼女のためにも、もう一ふんばりだ。




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