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十五章 無垢の献身者 



 突然の妹とその親友の登場に、私達は動揺を隠せなかった。何故“赤の星”へ行ったはずの二人がこんな所に?それに何故、リサの小さな手に物騒な銃が。

「二人共、どうしてここへ!?」

「今は説明している時間が無いね」

「大丈夫、お姉ちゃん!?」

 走り寄って来た妹は、躊躇う事無く先程殴られた頬へ指を伸ばす。

「腫れてる……酷い!よくもお姉ちゃんを!赦さない!!」

 半悪魔が口を裂き、新たな獲物に舌なめずりした。

「丁度良い所に来たナ異教徒の娘。親と同様、神の裁きを受けロ!」

「やれる物ならやってみなさい、この化物!!」

 改造済みらしい銃の発射口を駄犬に向けて構えるリサの横で、デイシー殿もバチバチッ!眼鏡を外し両手の間で本気の放電をする。

「言っておきますけどボクサーさん、もう逃げ場は無いですよ?こちらの名探偵さんの推理で動機から犯行手口まで全て解明しましたし、どっさり証拠のある御部屋も既に家宅捜索済みです。今、大お爺様が各機関に協力要請してあなたを捜索中です。その姿と悪魔の大群、発見された後の末路は決まったような物ですね」

 間延びの無い冷酷な締め括りの後、まぁでも、到着を待つつもりもありませんけど、と続けた。

「取り敢えず哀れなマルデック父娘殺害、及びリサちゃんへのストーカー行為の罰を受けてもらいます」

「生意気な娘ガ!神の使徒である俺を殺せると本気で思っているのカ!?」

「誇大妄想持ちのキチガイが何を!!」妹が銃を振り回し暴言を吐く。「あなたのせいでどれだけ罪の無い人達が死んだか分かっているの!?その上、今度はお姉ちゃんやクレオさん達まで!!」

「宇宙の異物は全て排除スル。俺に逆らう者もダ!」


 ヂリヂリヂリィン!!


 魂を吸って濁った鐘の音が、二人の攻撃で大分減っていた敵を元に戻す。いや、ただ増えただけではない。多くは唇が大きく開き、口から黒い煙を吐き出している。拙い、炎を使う個体がこんなに……迂闊だった。事件から奴が召喚する悪魔にバリエーションがあるのは分かっていたが、まさか一度でここまで大量に呼び出せるとは。それだけ奴の残り少ない魂が邪悪で満ちていると言う事か。

「全員消し炭にしてやル!!」

「これはちょっと形勢不利だね。取り敢えずあいつを誘導しよう!今頃大お爺様達が林の外で待ってくれているはず!」

「うん!」

 言いつつ発砲し、焼け付くブレスを吐こうとした二体の眉間に当て昏倒させる。特殊加工された弾らしく、純粋に行動不能にさせるための物のようだ。殺傷能力が無い事に一安心。

「待って下さい二人共!」走り始めてすぐ、一行唯一の男性が叫ぶ。「ヘレナさん達の現場の近くにまだレティさん達が!彼女を庇って、オリオール君が鉄パイプで頭を……!」

「!?分かりました。クレオさん、先導で案内して下さい!」

 青年、新聞記者、妹と私が殿に付いて林を走り出す。鍛えていないにも関わらず、妹は身の軽さを生かして左側を守り、的確に神経弾を命中させる。

「心臓は大丈夫かリサ!?」

「これぐらいへっちゃら!それより」バンッ!振り返り、真後ろを飛んできた一体の翼を撃って地面に叩き落とす。「周りに注意して、防衛団さん?」

「――ふふ、了解だ。弾はまだまだ余裕か?」

「あんまり無いね。予備と合わせて後五十発ぐらい。殺傷能力のある弾も今度作っておかなきゃ。全然敵の数が減らないもの」

「心配無い」ブウンッ!追い付いてきた二体を纏めてハルバートの一撃で葬る。「そのために私達がいる」

「好敵手が余裕過ぎて正直困るな。……でも、お願いするね。仮令怪我人でも、今はお姉ちゃんが頼りだもん」

 妹は肩を竦め、クスクス笑う。

「こちらこそ。フォローを頼む、リサ」

「勿論」

 先行する二人との距離は三メートル弱。対して敵の先陣とは五メートル。有翼故、障害物の多いこの地形では思うように進軍してこれないようだ。排除しようと炎を吐くが、水分を吸って瑞々しい夏の樹々はそう簡単に火が点かない。


「待ちやがレ卑怯者の木偶人形!その余裕面ズタズタにしてやル!!」


 駄犬が吠えながら追い掛けて来ていた。が、まだ距離は充分ある。殺人現場はもう目前。このまま二人を回収し、政府館まで逃げればこちらの勝ちだ――。


「レティさん!!?」


「!?クレオさん!!一体どうしたんですか!?」

 惚れた男性の声に、妹は脚を早めた。私も後ろを警戒しながら続く。敵は立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回していた。どうやら何度も樹に遮られた事で、一旦こちらを見失ったよう。チャンスだ。

 追い付いた私を、樹に開いた洞の中からクレオ殿が手招きした。素早く身を隠し、周囲の気配を探った。連中はまだ迷っている。

 振り返り奥の二人に視線をやって、驚愕した。――先程まで怪我一つ無かった少女の手首が、自らの血で真っ赤に染まっている。傷口は保護者の口元へ――飲ませて癒そうとする、健気ではっきりした意志の元に置かれていた。

 二人は少女を挟んで座っている。同郷者が呼び掛け、記者は傷の具合と脈を読む。妹が鞄から白いタオルを取り出し、目を開いたオリオール殿の顔を拭く。

「レティ……あぁ、何て真似を……!まさか、お兄さんと同じ事をするなんて……」

 タオルを握り締め、養女の頬を叩く。

「しっかりするんだレティ!お姉さん、容態は!?」

「正確な出血量が分からないので何とも言えませんけど、体温が下がって危険な状態です。今傷を塞ぎますから、寒くないように抱き締めてあげてて下さい」

「分かった」

 全身で小さな身体を包み込み、口の端に垂れる彼女の血を拭った。

「神の恩寵、この者に癒しを――」

 両手から白く温かな光が溢れ、痛々しい傷を見る見る消していく。だが、少女の顔色は真っ青のままだ。と、半開きの唇が震え、瞼がゆっくり持ち上がる。


「ん……オリ、オール……?良かった……元気になったんだね………」


 失血で一時的に目が見えにくいのか、微妙に違う方向へ手を伸ばす。

「ああ、君のお陰でね。ありがとう――でも、もう二度とこんな事をしちゃ駄目だ。レティは輸血が出来ないんだから」

 柔な拳を包み、キッパリとそう諭す。

「そう……だね。ごめんなさい、でも……パパやママみたいに、死んじゃうと思って……」

「僕は死なないよ。兄様と約束したんだ、レティを絶対に守るって」

 優しい父母と聖者様を想い、少女は再び涙を零す。

「ほらほら泣かないで。すぐに病院へ連れて行くからね。ちゃんと先生に診てもらわないと、ねお姉さん?」

「はい~」わざといつもの間延びした口調に戻り、新聞記者は答える。「ちょ~っと長い検査と栄養剤の点滴をされると思いますけど~、痛いのは大丈夫ですか~?」自傷したばかりの人間にする質問ではないが、気遣いは十二分にあった。

「平気……さっきだって我慢出来たもん。余裕だよ」

「なら良かった~レティちゃんは強い子ですね~」

 癒しを終え、気丈な幼子の髪を撫で撫で。

「本当。私なんて何回やっても痛くて嫌なのに」

 生まれた時から病院通いの妹も驚く。

「シルクさん、どうです?ボクサーさんは」クレオ殿が小声で尋ねてくる。

「問題無い。途中で巧く撒けたようだ。後はこのまま二人を連れて林を抜ければ」


「残念だったナ」


 次の瞬間、隠れていた樹が勢い良く燃え上がった。「皆、外へ出ろ!!」私はありったけの声量で叫ぶ。が、


「きゃあっ!!」「わっ!!」


 枯木だったせいで、火の回りが予想以上に早い。崩れ始めて生じた火の粉に襲われ、妹達が悲鳴を上げる。


「リサ!クレオ殿!!」


 ハルバートを振るって払おうとするが、所詮焼け石に水。そうしている内にも、義体の皮膚から焼け付く痛みが伝わってきた。

「クレオ!僕は多少焼けても大丈夫。早くレティを連れて行って!!」

「そんな訳にはいきません!!」

「熱っ……!?」

「レティちゃん!」

 少女を守ろうと、小さな頭の上へ鞄を掲げる妹。その髪の端を、炎は無情にもチリチリと焼いていく。

(くそっ!このままほうほうの体で脱出すれば、奴等に一網打尽にされる。しかし逃げねば確実に全員焼死……どうする!?)

 迷っている時間は無い。「今行く!!」助け出そうと自ら炎の中へ一歩踏み出した、その時だった。


「プログラム発動」


 抑揚の消失した声が聞こえた次の瞬間、


 ババババッッッッ!!!!


 側面から飛んで来た無数の銀の筒に因る爆発で、火を纏った樹木は一瞬にして跡形も無く消滅した。




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