十四章 解き放たれた災厄
バサバサッ!
「何だあれは!?」
「きゃあっ!!」
図書館を出た俺を、予期せぬ人々の恐怖の悲鳴が出迎える。人の波の反対側、街の中央から北部に掛けて広がる林へ目を向けて、仰天した。
「悪魔!?何でこんな街中に突然」
しかも確認出来るだけで三、いや四体。どうやら発生源は林の中のようだ。
「くそっ!」
両手に重く分厚い“死肉喰らい”関連の本を抱えて相手は無理だ。急いでカウンターに引き返し、後で取りに来るからと一旦置かせてもらう。再び外に出た俺は、逃げ遅れた女性に飛び掛かろうとする一体を、“透宴”の見えない縄で地面へ引き摺り落とした。
ギギギィッ!!
「あ……」
「早く逃げろ!」
腰を抜かした同年代の店員は、先に逃げていた知り合いの男性の手を借りてその場を離れた。良し。
グサッ!ギャアアアアッッッッ!!!
刃を頚動脈に突き立てられ、化物はあっと言う間に黒い灰へ変わった。
「次はどいつだ!?」
顔を上げると、敵と認識したのか数体が近付いて来ていた。流石に短剣一本でこの数は無理だ。
(政府館までは約三キロ。追い付かれないで逃げ切れるか?)
迷っている時間は無い。俺は両脚に力を込めた。
「炎よ、行って!」
「光よ」
若さ溢れるのと老齢な物、二人分の女性の声が聞こえた次の瞬間。目の前にいた一体が鮮やかな火に包まれ、背後の二体が心臓を光線で貫かれて瞬時に灰と化す。
「アレク!」
切羽詰った声に振り返る。死霊術の杖を携えた密かに想う女、ルザ・デュシスと彼女が使役する老婆の霊が近付いてきていた。
「助かったよルザ、ありが」
「クレオ達を見なかった!?この近くなのよね、キュクロス!!?」
「そうだねえ。あの子の魂の匂いは残滓でも食欲をそそるから……あ、おかえり僕。お嬢ちゃんは見つかったかい?」
林の上から飛んで来た半透明の赤いバンダナの少年は、大変だ姉ちゃん!拳を振り回して叫んだ。
「どうしたの!?」
「あの林、悪魔で一杯だ!しかも機械の兄ちゃん達を取り囲んでやがる!あの子も一緒だ」ブンッ!獲物の棒を大きく振る。「俺達だけじゃ近付く事さえ出来ない数だよ!応援呼ばないと、姉ちゃん!」
「嘘でしょう……!」
口元を押さえ、今にも吐きそうな顔になる。
「ルザ、一体何が起こっているんだ?あいつは今日一日、シルクさんに付き合っているはずだぞ?」
「それが……」
蒼い顔をしながら語った内容は、俺を驚愕させるには充分過ぎた。
「犯人が同族って完全に盲点だな。で、今日は出勤してたのか?」
「いいえ、無断欠勤よ。部屋ももぬけの殻だったらしいわ……多分」
人差し指で悪魔の発生源を示す。
「定期船での襲撃も、良く考えればおかしかったのよ。何も無い船内に突然湧いたでしょ?恐らく奴は悪魔を呼ぶ力を持っているのよ。エレミアを破壊したって言う、呪われた怪物を……」
「しかし、あんなに召喚して大丈夫かねえ?」老婆が首を傾げる。「悪魔の主成分は虚だけど、僅かに『心』も含まれているんだよ。スパイス程度にはねえ」
「死霊術の命のように、奴は魂を削っているって事か?」
「――罪人が死のうと悪魔になろうと関係無いわ。ロディ、二人とタイナーの他には誰かいた?」
「頭が石榴になった家主だ。樹の穴の中であの子と隠れてるよ」
「オリオールまで!?ありがと。怪我人がいるなら、ますます急いで助けないと!」
「待てルザ!連絡が行っているなら、もうすぐ連合政府の方から応援が来るはずだ!」
林へ駆け出しかけた彼女を制す。
「少しの辛抱だ。今突っ込んだら危ないぞ!」
「だったらどうしろって言うの!?」涙目になりながら叫び返す。「あいつ等が殺されるのを、指を銜えて見ていろとでも!」
「そんな事は言ってない!ただ、下手に突撃したら逆にお前が」
何とか宥めようと言葉を絞り出す。
「クレオ達ならきっと大丈夫。防衛団のシルクさんが一緒なんだ、そう簡単にやられたりは」
「半怪我人であの数を相手に出来る訳ないでしょ!それにタイナーはさっき演習で、一個小隊相手に大立ち回りを繰り広げたばかりなのよ!幾ら人間離れしているからって、スタミナが保つはずないわ!!」
唇を噛み、今にも泣き出しそうな表情。
「お前が飛んで来たって事は、不死省が動いているんだよな?せめてカーシュを待って三人で行こう」
自分だけで彼女を守り切る自信は無く、俺はそう言ってどうにか止めようとする。だが、愛する家族を失う恐怖に瞳が曇った死霊術師に忠告は届かない。
「嫌よ!こうして手を拱いている間にも、クレオ達は戦っている!!私は行くわ。付いて来るなら勝手にすれば!?」
「おい!」
腕を強く掴むが、痛覚の無い死者は不快さのみからキッ!と睨み付けた。
「放して、この臆病者!!」
「っ!俺はお前が大事で言ってんだぞ!?」
「そんなの誰も頼んでない!!」
告白は一蹴され、無残に砕かれて地面で泥だらけになる。
「坊主の報告聞いてなかったのか!?行った所で巻き込まれて怪我するだけだ。とにかく落ち着け」
あの馬鹿何もたもたしてんだ!?心の中で義兄弟に罵声を浴びせる。
「――安い物よ」
「は?」
「腕の一本や二本であいつが助けられるなら、喜んで差し出すわ。どうせ死んでいるんだもの。多少身体が千切れるぐらい平気よ」
怯えた素振りの一切無い本気宣言。
爺さんの言葉が頭を過ぎる。――黙って守ってやれだって?出来るかよ、んな事!!
「巫山戯るな!この頑固女!!」
「ええ結構!!」
ボカッ!本気の杖の一撃が、掴んだ右腕を強かに打つ。勿論、これぐらいで解放などしない。だが二撃、三撃と食らい、段々橈骨と尺骨にダメージが蓄積されていく。
「いい加減放しなさいよ、変態!!」
「誰がだ!!」仮令骨折したって力を緩めるものか!
「仕方ないわね!二人共!こいつを攻撃して!!」
「何言ってんだ姉ちゃん!?この兄ちゃんは仲間だぞ?」
「そうだよルザ。……まぁ、私は魂が食べられるなら何でもいいけどねえ、流石にこの状況は」
「じゃあ今がその時よキュクロス。アレクを殺しなさい!」
幾ら切羽詰った状況とは言え、与えられたショックは余りに大きかった。
(そんなにあの機械野郎が好きなのかよ!?くそっ!!)
こうなったら意地でも行かせてやるものか。徹底的に邪魔してやる!!
俺は左手で“透宴”を掴み、不可視の鎖で拘束しようとタイミングを計った。
「何やってんだ二人共!?」
長鎌を振り回しながら、ようやく義兄弟が現れた。その後ろには不死省の戦闘部隊が続く。
「遅いぞカーシュ!」
「やっと来たわね」
素早く杖に死霊達を仕舞い、彼女はフンと顎を反らす。
「これでいいんでしょ?手をどけて」
「……ああ。だけどくれぐれも先行はするなよ」
赤くなった手首を撫でつつ、彼女は俺に一瞥もせず同僚達へ向き直った。
「やれやれ、LWPの小娘と馬風情にも困った物です。抜け出したと思えば、こんな騒ぎを引き起こして」
「そんな言い方無いわジュリト」白衣を着た魔術機械研究者リュネは、大柄な銃を両手に神父を諌めた。「オリオールがいち早く異変に気付いて飛び出していなかったら、今頃とっくにあの子の命は無かったはず」
「今は責任の擦り付け合いなんてしている場合じゃないわ!悪魔の発生源を絶たないと」
ルザの言葉に二人の背後にいる両手剣使いの巨漢の戦士、靭が大きく頷いた。
「ああ。街の守りは既に防衛団や聖族側の連中がやっている。俺達はここから一気に本丸へ攻めるぞ。カーシュとそこのは俺の剣が届かない程度の後ろにつけ」
「OK」「分かった」
「ルザ、あなたは私の傍で援護を頼むわ。無理はしないで、いいわね?」
「リュネもね。意外と熱くなりやすい性質だから」
ギギギギィィ!!
自らの危険を悟ったのか、急速に新たな悪魔達が噴き出した。その数、十五体。
「どうやら先方は準備万端のようですね」ニッコリ、背筋の凍る笑みを浮かべ、長短の剣を抜く。「全ては主の御心のままに」
俺達はそれぞれ士気を高揚させる声を張り上げ、戦闘を開始した。




