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十三章 殺人鬼と悪魔の鐘



「何処からです!?」

「こっちだ!!」


 僕等は武器を持って屋敷を飛び出し、声のした林道へ走り出す。悲鳴は激しい嗚咽に変わり、聞き慣れた別の声もする。

(この男性の声、まさか……!?)

「クレオ殿、見てみろ」

 指差された地面には砕けたクッキーの欠片。等間隔に林の奥へ続いている。

「どうやら目印のようだな」

「……まさか、レティさん?」

 今朝、オリオール君とオーブン一杯に作っていたのを思い出す。僕とルザも焼き立てを一枚貰った。折角のお菓子を、こんな風に道標にする理由とは一体、


「止めてっ!!」解答は瞬時に肯定された。


「急ぐぞ!」

「はい!」

 あるか無きかの小道の藪を掻き分け、少し開けた場所に出て、驚愕した。


「ちっ。まだ息があるのか、化物野郎が」グシャッ!


 一瞬我が目を疑うぐらい、酷い光景がそこには広がっていた。

 鉄パイプで殴打されたオリオール君の頭から、新たな血と脳漿が流れ出す。呻きつつ中腰になった彼の傍には、涙と縋り付いて付着した血でグシャグシャの顔の同胞がいた。

「レティ、逃げるんだ……」

 満身創痍の彼は、それでも何とか立っていた。

「ヤダ!嫌だよ!!」

「馬鹿な事言わないで!……こいつは僕が足止めする。君は林を抜けて大人に助けを……」

 血で片目を塞がれながら、青年は必死に暴力から養女を庇う。――右手に凶器を構え、ズボンのベルトに子供の拳程の赤金色のベルを提げた、連合政府のアルバイトにして――LWP、ボクサーさんから。


「何をやっている駄犬!!?」

「ボクサーさん!?」


 僕は反射的にレイピアを抜き、ハルバートを構えた愛しい人と共に、彼の目の前へ立ちはだかる。

「ようクレオ。それにそっちは――四天使様に作られたくせに出来の悪い木偶人形様じゃあありませんか。どうした?」

「どうしたじゃありません!!」

 幾ら鈍い僕でも流石に分かった。シルクさんが言い辛いはずだ。まさかヘレナさん達を殺した犯人が、同じエレミア人だなんて……こうして現場を見なければ俄かに納得し難い。勿論、だからと言って殴るなどもっての他だが。

「貴様、自分が何をしでかしたか分かっているのか!?異教徒狩り中止の命はお前にも伝わっているはずだ。明らかな命令違反だぞ!」

「えぐっ、えっぐ……!」

 後ろ手で少女の頭を撫で、よく頑張ったなレティ殿、悪いがもうしばらく彼に付いていてやってくれ、と慰めた。激しく首肯する彼女。

「レティさん、怪我はありませんか?」

「私は平気だよ。オリオールが全部庇ってくれたから……」

 それは不幸中の幸いだ。彼は不死族なのでそうそう死なない。が、人間でしかも子供のレティさんは、一撃受けただけでも致命傷になりかねなかった。

「ねえ、クレオ。あいつの言っていた事、本当なの……ヘレナやイムおじさんが……」

「!!?」

「本当なんだね……」

「嘘を吐くつもりはなかったんです。犯人が捕まって安全になったら……」言えただろうか?いや、きっと僕の口からは無理だった。

「下手に教えれば貴殿の身が危ういと考えた、そうだろうクレオ殿?」

「え、ええ」

 彼女のフォローに同意する。卑怯者だ、僕は。


「おい。仲良しこよしはそれぐらいにしときな。――そろそろ神罰の時間だ。全員死ね」


 歪んだ笑みを浮かべ、腰のベルの上部を親指と人差し指で摘む。

「拙い!その鐘を鳴らさせるな!!」

「冱える弾丸!!」

 左手を構え、氷弾を殺人犯の腰に向けて発射する。が、一瞬向こうの反応速度が早かった。素早く近くの樹の幹へ隠れ、


 チリィン。


 やけに澄み、体積と裏腹な大きな音色と同時に、彼の背後の影が動いた。


 グァァァァッッッッ!!!


「くそっ……!」

 影から見覚えのある黒き怪物、鋭い爪と牙を持つ者、悪魔が抜け出る。生み出されたばかりの奴はフワッと浮かび上がり、真っ赤な目で獲物の僕等を見据えた。

「もしかして、あの宇宙船の悪魔も……!!」

 レティさんと出会った定期船を襲った奴等と、目の前の生物は余りにも瓜二つだ。

「今頃気付いたのか?つくづく御目出度い機械野郎だぜ。ほら、どんどん出してやる」


 チリチリチリィン!


 影の元となった樹木を薙ぎ倒し次々溢れ出す異形を、僕は呆然と見ている事しか出来ない。

 ダンッ!武器の柄で地面を叩き、防衛団のエースは怒りを剥き出しにした。

「止めろ駄犬!無意志の鐘はお前の心を削り、何れは肉体どころか魂そのものを悪魔へと」

「五月蝿え、役立たずの木偶が!」

 両手で振り被った鉄パイプをハルバートで受け止めて力で押し返し、体勢を崩させた隙に叫んだ。

「皆、一旦林の奥へ退避しろ!二人共、彼に肩を貸してやってくれ!!」

「分かりました!オリオール君、動かしますよ」

「うん……っ!」

 左腕で彼の右半身を支えてどうにか完全に立たせる。左側の脚にはレティさんが付き、袖で顔を拭きながら懸命に両腕に力を籠めた。

「二人共、ごめん……足手纏いになって」

「いいよ、元々悪いのは……騙された私だもん」

「レティ……違うよ。君は……何も悪くない。悪者はあいつ一人だ」

 顔面を灰色と赤で汚しながら、青年は弁解した。

「それに君は騙されてなんかいない……でなきゃ大事なクッキーを砕いて、ここまで目印を残そうなんて考えるはずないよ……」

 シルクさんが彼を引き付けている間に、僕等は草叢を突っ切ってその場を離れた。位置的には政府館の近く、ヘレナさん達の殺害現場の辺りか。小川の傍で一旦脚を止めて辺りを見回し、大木に開いた洞へ怪我した家族を二人で運んだ。

「――ここなら取り敢えずは見つからないはずです」

 立ち上がってもう一度周囲を確認する。良かった、悪魔は一匹も付いて来ていないようだ。

「レティさんも隠れていて下さい。後で必ず迎えに来ますから」

「ヤダ!私、神父様呼んで来る!!」

「駄目です!」

 飛び出しかけた彼女の肩を掴んで座らせる。

「どうして!?こんなに苦しんでいるのに……早く診せて手当てしなきゃ、死」

「オリオール君なら大丈夫、彼は不死族です。心臓の核が壊されない限り、時間は掛かっても必ず怪我は治ります。それより今はレティさん、あなたが道中悪魔に見つかる方がよっぽど危険です」

「うっ……」

 横になった彼の口から無意識に声が漏れ、彼女の注意がそちらへ逸れる。

「ボクサーさんを何とかしたらすぐに戻って来ます。ここで介抱をお願い出来ますか?」

「う、ん……やる」

 こっくり。

「良い返事です。じゃあ僕は加勢に行って来ますね」

 仕舞っていたレイピアを再び抜き、洞を抜け出して来た道を走る。


 カンカンッ!!「シルクさん!」


 さっきより増えた悪魔の真ん中で力強くハルバートを揮う彼女。その背後に迫っていた影の首を一刀の下に刎ね飛ばす。


 ギャアアッッッ!!


 黒い灰と化した悪魔を、剣を振って払い除け仲間の下へ。

「済まない。彼の容態は?」

「大丈夫、しばらくは保ちそうです」

「そうか。では――後はこの馬鹿を何とかするだけか」


「この状況で随分な自信だな、木偶が」


 チリチリチリィン!ベルで更に大量の悪魔を召喚しながら、ボクサーさんは憎々しげに僕等を睨み付けた。心なしか瞳の光が消え、虚が広がった気がする。

(そう言えばさっきシルクさん、ベルを使い続けると心が無くなっていくって……)

「ボクサーさん、何故!?どうしてヘレナさん達を殺したんです!!?」

 赦しの感情など勿論無い。でも、今聞いておかなければ手遅れになる、そんな切迫感から叫んだ。

「はぁ?聞いてなかったのか?四天使様の命令は絶対だ。俺の意志じゃない」

 答えにもなっていない!僕は続けざまに言葉を重ねるしかなかった。

「質問を変えます。なら何故彼に協力を!?誰か大事な人を人質に取られているんですか?それとも、同胞を殺害する程の恩義を感じる何かが」

「――ああ、あの方には本当に感謝してるよ。俺に初めて生き甲斐を与えてくれた恩人だ」

「クレオ殿、説得しても無駄だ。こいつは――快楽殺人者、それも相当に性質の悪い、な」

 話す間にも二人で刃を振り、悪魔を次々灰へと還していく。が、矢張り数が多い。ひょっとしたら既に林を抜け、街に出た個体もいるかもしれない。だとしたら今頃パニックだろう。でも僕等はたった二人、これで手一杯だ。

「快楽殺人?」

 聞き慣れない単語に疑問符を付ける。

「つまり、表向きは奴の命を遵守するが、実際殺せれば誰でも構わんと言う事さ。要は大義名分が欲しいがために犬を演じていた――そうだろう、駄犬?」

「勝手に人間様を分析してんじゃねえ、木偶の坊が!俺は四天使様を心から尊敬し、神の理想のため宇宙に蔓延る異分子を抹殺しているのさ。手前が能無しの分までな!!」

「なら頭の悪いお前にも分かるよう教えてやる!あんな命令自体間違いだ!異教だ正教だと人を勝手に選別し、あまつさえ殺害するなど狂気の沙汰でしかない!」

 珍しく頬を真っ赤にさせ、彼女は激昂する。

「奴もお前も、勿論私も狂っている!だが、私とお前とは決定的に一つ違う。自らの意志で殺人行為を止められるかどうかだ!お前は自らの欲望を抑えられない。だから命令が撤回された今も、本能のまま何の躊躇いも無く凶行を行える!」

 この宇宙での再会、“赤の星”へ迎えに行った時の様子を思い出す。あの世慣れて、飛ばされたばかりの僕を気遣う態度は全て嘘だったのか。本心では新しい獲物が来たとしか、


「――何言ってんだ?」

「何だと?」


 ボクサーさんは心底軽蔑した目で先輩を見下す。

「命令があろうと無かろうと、異教徒共はこの宇宙の蛆虫だ。捻り潰して何が悪い?いや、そもそも括りがおかしい。従順の仮面を被り、裏でとんでもねえ事を考えてる奴だってごまんといやがるんだからな。―――手前みてえに」

「!!?」

 何て酷い事を!今まで無理矢理従わさせられていた女性に対する台詞じゃない!!

 本人は顎を上げ、心底呆れた表情を見せた。

「フン。同じ被るにしても、中身が血に飢えた野獣よりは数百倍マシだろう。それに私は無宗教者。信じるのは鍛錬を積んだこの肉体と積み重ねた経験、それに」僕の方を見、しっかり一度頷く。「家族や仲間達だけだ」

「ほら見ろ。忠誠心の欠片も無い手前を、どうしてあの方は……」

「知るか。奴に直接訊け」

「ああ、そうさせてもらうさ。――お前等をぶっ壊した報告を上げたらな!!」

 言うなり鉄パイプを振り被り、今度は僕に襲い掛かる。


 ガンッ!!ギィンッ!!


「くっ!?」

 変だ。鍛えているにしては力が強過ぎる。普通の人間なのに、シルクさんのお父さん並みに一撃が重いなんて――っ!!?


「ボクサーさん、腕が!!」


 握り締めているとばかり思っていた鉄パイプは、良く見ると掌から完全に同化していた。それだけではない。口が頬まで裂け、人間では有り得ない鋭い牙が生え始めて……まるで、周りを飛ぶ悪魔達そっくりだ。

「くそっ!駄犬、早く鐘を壊せ!!このままでは連中と同じになってしまうぞ!?」

「わっ!!」

 押し負けて馬乗りに登られ、身体の一部と化した凶器が振り上げられた。オリオール君の血で汚れた棒が頭目掛けて振り下ろされ、咄嗟に左に避ける。ガンッ!!一撃で地面に深さ十センチ程度の穴が開き、もうもうと土埃が立つ。

「ちぃっ!さっさと壊れやがれ!!」

「止めろっ!!」

 僕が力を振り絞って突き飛ばす寸前。シルクさんは危険を顧みず、背後から彼を羽交い絞めにして引き剥がした。

「クレオ殿、鐘を!」

「はい!」

 腰に提げた赤金へ腕を伸ばす。が、あと数センチの所でボクサーさんが激しく抵抗し、黒く染まった爪を持つ拳で彼女の頬を殴り付けた。桎梏を逃れ、彼は更なる暴力を加えようと雄叫びを上げる。

「拙いな」ペッ!赤い唾を地面へ吐き出す。しかしワイルドさにエンジンを高鳴らせる暇も無い。「急速に侵食が進んでいる。理性が無くなるのも時間の問題だ。――最悪の事態を覚悟しておいてくれ」

 殺す、のだと瞬時に理解出来た。勿論僕が異論を差し挟むはずはない。――ヘレナさんやイムおじさん。焼死して誰かも分からない同胞達。オリオール君やレティさん、そして……目の前の片想う人。ボクサーさんが手に掛けた人数は余りに多く、既に精神は肉体以上に醜く歪んでいた。命でさえ償い切れない程に……。

「はい」

「済まない。もっと早くこうするべきだった」

(一人で全部抱え込まないで下さい)あなたには苦痛も悲しみも、共に背負える仲間や家族がいる。

 今までとは違う持ち方でハルバートを手にする。必殺の、文字通り命を絶つ構えだ。

「あァ?木偶人形が、屠られるのは手前の方ダ!」

 ベルが独りでに鳴り響き、辺り一面の影が怪物を生じさせる。数十体の悪魔に取り囲まれ、流石の彼女も一瞬たじろいだ。

「どうダ?これでも勝つ気カ?」

 最早目を覆いたくなる程醜い顔で同郷者は嗤う。

「当然だ。この程度、聖者様を相手にした時に比べれば余裕綽々」

 ジリジリ近付いてくる異形達に、僕等は背中合わせで対峙する。

「本当ですか?」思わず聞こえないよう小声で尋ねた。

「心配するな。勝率は五パーセント弱上だ」何の慰めにもならない返事。「大分違う」


「酷いな~。せめて十パーセント増しだよね~?」

「伏せて二人共!!」


 聞き覚えのある声に僕等は腰を屈めた。同時に頭上で発生した発砲と大音量の雷嵐。そして悪魔達の断末魔。思わず耳を塞いで耐える。

 約一分後。音が止み、顔を上げた先にいたのは、


「リサ!デイシー殿!!」





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