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十二章 シリアルキラー・ルーム



「ここ?」

「うん~」手帳を見ながらデイシーちゃんは頷く。「この部屋で間違い無いよ~」

 政府員専用の寮は政府館の西側、徒歩数分の立地だ。煉瓦造りのアパートメントで一階十部屋の三階建て、つまり全三十部屋。

 ボクサーさんの滞在先は二階の北の角部屋。留守らしく、インターホンを押しても返事は無い。


「何してるんだい?」


 しまった!箒を持って階段を上がってきた寮母さんは、ノブに手を掛けた友人に不審の声を掛ける。

「あはは~済みません。ここに住んでいる男の人、何時帰って来るか分かりますか~?」

「さあねえ……LWPか何か知らないけど、こっちが挨拶してもロクに返しゃしないんだよ。注意したらすっごく冷たい目で睨んでくるし、最近の若者って怖い怖い」

「と言う事は、何時帰宅するかは」

「知らないよ当然。何、お嬢ちゃん達?あの子に用なら政府館で訊いた方がいいんじゃないかい?」

「いえ、それが……」

 どうしよう。何とか彼女をここから引き離さなきゃ。一応鞄に工具を入れてきたから、数分あればこのぐらいの鍵、


「ちょっといいかい?」


 救世主である親友の曽祖父また曽祖父は、そう朗らかに寮母さんへ声を掛けた。

「あら、エルシェンカ様!こんな所へどうしたんだい?」

「ああ。そっちの僕の孫娘もなんだけど、ここの主が部屋に置いたままの重要書類を取りに来たんだ。本当は彼が来るべきなんだけど、急用で外へ出てしまってて。本人の承諾は得ているから、悪いけどちょっと開けてもらえない?」

 手の側面を見せるようにして顔の前に上げる。

「頼むよ寮母さん。会議まで後二十分しかないんだ」

「何だ、そうだったのかい。じゃあ急いで開けますね」

 エプロンのポケットからマスターキーを取り出し、いそいそと差し込む。


 カチャン。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。あ、鍵は後で掛け直して管理室に戻しておくよ。掃除お疲れ様」

「はいはい。じゃあお言葉に甘えて失礼させてもらいますね」

 いそいそと階段を昇って行く寮母さんを確認し、エルシェンカさんは私達二人に視線を移す。

「大お爺様、何故ここへ~?」

「君等こそ、今朝早くからオルテカで何してたんだい?支部長は突然息切らせて電話してくるし……ああ、リサ・タイナー。大体見当は付いてるから説明はいいよ。ここに来たって事は、疑うに充分な状況証拠がある訳だろう?」

「はい」

「なら入ろう。勘違いでも現在の連合政府の代表はあくまで僕だ。本人には上手く誤魔化しておくさ」

 今更ながら推理に自信が持てなくなってきた。勢いだけでここまで来ちゃったけど、もし何の関係も無かったらどう謝れば。

「そんな不安そうなにしなくていい。――何なら先日倉庫で捕縛された『明けの空』、彼等の体内から発見された銃弾の話でもして落ち着くかい?」

「い、いえ!結構です!!」

 やっぱりバレてたんだ。確かに特殊な加工だけど、どうして私の銃だと分かったの……あ!工作室にデイシーちゃんを入れた時か。何回も一人にした事あるし、きっと物珍しさから手にしたに違いない。

 でも、今はこの件は後回しだ。考えをLWP殺人容疑者に戻す。彼が無関係で、冤罪を掛けている可能性は無いの?

(いいえ、関係無いはずない!!)

 あの朝お屋敷を見ていた目、まるで猛獣のハイエナみたいだった。それに――子猫の封筒が入った鞄をギュッと抱き締める。彼女の手掛かりが殺人と彼を結びつけた。偶然なんかじゃない!彼は――養父に頼まれたもう一人の死刑執行人だ!

「リサちゃん?」

「大丈夫。――入ろう」




 キィ……。


 鉄製のドアを開け、まずその暗さに驚いた。防犯のためなのか、全ての窓のカーテンが閉められている。でも女性ならともかく、男性が気を遣う普通?

「明かりを点けます」

 どうやら部屋は単身者用の1K構造のようだ。真っ暗なリビング兼ベッドルームに立ち、入口にある魔術機械のランプのスイッチに指を掛けた。


 クリーム色の電球が部屋を照らした瞬間、私達は一斉に息を詰めた。


 部屋中の壁と言う壁に貼られた『ジニー・シリアルキラー・バスター』のページ。勿論まともなシーンなんて一枚も無い(元々少ないけれど)。主人公のジニー刑事がありとあらゆる方法で殺生を楽しみ、愉悦に浸る場面ばかり。

「うっ……済みません……」

 私はトイレに駆け込み、そこでも嫌と言う程惨殺描写を発見して、耐えられなくて吐いた。胃が痙攣し過ぎて、二度と食事が摂れなくなってしまうかと思うぐらい激しく。何も無くなって少し落ち着いた時、開けたままのドアから友人が入って来た。

「大丈夫?」

 間延びしない声で尋ね、水入りのコップを差し出してくれた。

「ごめんなさい。もう平気」

 ゴクゴク。冷たくて美味しい。でも……あの部屋の蛇口から出た物だと思うと……。「うっ……!」

 振り返って便器へ飲んだばかりの水を吐き出す。

「リサちゃん!?」

「ごめん……大丈夫」

 トイレを流し、ハンカチで口元を拭いつつ何とか応えた。 

「リサ・タイナー、君は外で待っていた方が良い。やれやれ……本物のサイコパスだぞこいつは」

 覗き込んだ副聖王が腕を組んで言う。

「心配掛けて済みませんエルシェンカさん」

「謝る必要は無いよ。デイシーみたいな鋼鉄の胃袋と神経を持っている子の方が稀だ」

「も~、私だって気分悪いんだよ~!この部屋、何か変な臭いするし~」

 言いつつ顔色一つ変えないデイシーちゃんに肩を支えられ、部屋に戻る。彼は右手のクローゼットを開け、中を興味深そうに覗いていた。近付いた瞬間、ムゥッ、と独特の異臭。

「何ですか、この臭い……」また吐き気がして、慌てて鼻と口を押さえる。

「二人共離れて」

 閉めた拍子に一層強く鼻を突いた。タンパク質が腐敗した、甘さにも似た……。

「何が入っていたんですか大お爺様~?」

「コレクションらしい人間の髪の毛の束。それに新鮮なアメリカンショートヘアの解剖死体だ。後で捜索願が無かったか確認しないとね」

 そう言ってクローゼットにも貼られた白黒ページを眺める。中身と合わせたのか、動物の虐待シーンばかり。

「最近獄中死したんだっけ」

「え?」

「この漫画の作者。キワモノだって書店員に薦められて、一応僕も目を通した事はあるけど、中々興味深いね。例えばそうだな……これとこれ」犬と猫の目玉が抉り取られたページを指す。「人間に対しても頻繁に見られるだが、作者は余程の視線恐怖症だったみたいだ。その裏返しが異常な暴力性に繋がっている。――この部屋の主にも似たような傾向が見られるね。よく観察して御覧。まともに目のあるページは一枚も無い」

「本当だ~!大お爺様凄~い!」

 私も胸を押さえながら見回して確認する。確かに……と、キッチンの奥の小型冷蔵庫、その扉の前で視線が釘付けにされる。

「二人共、あれ……」

 恐る恐る近付く。冷蔵だけの一ドアタイプ。ホワイトの扉に、傷も構わず虫ピン(昆虫採集で虫を箱に留めておく針だ)で数枚の写真が固定されている。どうやら当面のターゲットを貼っておく場所らしく、穴だらけの冷蔵庫の上には更に数十枚が輪ゴムで纏められていた。

(こんなにいるの、異教徒って……?)

 姉の話だと死刑執行は数年に一度、それも一人や二人と聞いていた。話が全然違う。もしかしてこの写真の殆どは、神様ではなく彼が選んだ……。

 顔写真を確認したいのに、リビングのランプの光は弱く、こちらまで届いていない。ええと、キッチンの明かりは……あった。パチッ。よし、これで―――っ!!!!


「いやあっ!!!!」


 心臓が止まりかけた瞬間、補助心臓が大きく脈打って意識を引き戻すのを感じた。

 留められた写真は見慣れた人物ばかり映っていた。レティちゃんに、私。子猫の忠告で薄々予感はしていたけど、隠し撮りで本気なのだと思い知る。でも―――どうしてクレオさんやお姉ちゃんまで!!?しかも何これ……?二人だけ執拗に刺された跡があった。


「捜さなきゃ――!!」バタバタッ!バタンッ!!


 私の提案通りなら、今頃は二人きりでいるはずだ。半怪我人で戦闘力の落ちた姉と纏めて消すなら、今日を措いて他にチャンスは無い!


「リサちゃん待って!私も行く!!」


 私を追って親友も部屋を飛び出し、階段を駆け降りてきた。二人で庭まで出ると、階上からエルシェンカ様が携帯に向かって半分怒鳴る声が鼓膜を震わせる。


「ルザ、命令だ!手の空いている政府員全員で、今すぐエレミア人のボクサーを捕まえてくれ!!奴が血に飢えた殺人鬼、LWP連続殺人の犯人だ!シャバムに残る二人と、防衛団のシルク・タイナーが危ない!!」


 応援要請をし、ピッ!通話を切る。

「行って二人共!僕はここで政府の他の部署や警察にも指名手配要請をする。取り返しの付かない事になってないといいが……!」

 前に出た親友が手を引く。

「そっちは任せたよ大お爺様!行こう、リサちゃん!!」

「うん!!」

 鞄から神経弾入りの改造銃を取り出し、彼女の後を走り出した。




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