十章 偽装インタヴュー
連合政府駐在所、オルテカ支部は灰色ノッポのビルの三階と四階を借り受けていた。ロビーにいた受付のお姉さんに案内され、エレベーターで四階へ昇る。
「「失礼します」」
降りて早速ハモりながら挨拶すると、一番奥のデスクで同僚と話していた眼鏡の三十代男性が顔を上げた。
「ああ、シャバム新聞社の人だね。待っていたよ」
こちらに来ながらニッコリ笑う。どうやらこの落ち着いた雰囲気の人が、デイシーちゃんがアポを入れた責任者のようだ。
「こんなに可愛い記者さん達が来るなら、ケーキでも用意しておいたのになあ」
「お気遣いなく~。連絡を入れたデイシー・ミラーです~」名刺を渡し、「で、こっちがカメラアシスタントのリサ・タイナーちゃん~。今日が初めての取材なので、お手柔らかにお願いしますね支部長さん~」
「よ、宜しくお願いします!」
緊張する私に、初々しいなあ、そんなに硬くならなくても大丈夫だよ、優しく言ってくれた。
「取材内容はボクサーの事だったよね?応接室へどうぞ」
案内されてオフィスの右手奥の部屋へ。革張りの茶色いソファに同色の木製テーブル。窓の傍には、品良く大きな葉を茂らせた観葉植物が飾られていた。人工物の多い“赤の星”で自然の緑は貴重だ。目が癒される。
「彼は元気かな?」
「ええ~。シャバムでも大活躍中ですよ~」
事情を知る私からすれば皮肉としか思えない発言だが、支部長さんは素直に喜ぶ。
「そうか。噂が聞こえて来なくて、正直心配だったんだ。こちらも送り出した甲斐があったよ。で、記者さん。このインタビューは何の記事になるんだい?」
「“逆境に負けず、宇宙で活躍するLWP特集”の第二回に使わせてもらう予定です~。因みに一回目は、前にこちらにいらしたクレオ・ランバートさんにしようと思っています~」
え?そうなの?思わず視線を向けると、彼女は人差し指を唇の前に当てた。
「へー、彼が。それは面白そうだね」
「掲載されたら一部お送りしましょうか?」
私の出した提案に、是非お願いするよお嬢さん、嘘にも関わらず非常に嬉しがってくれた。凄く申し訳無い気分……。
「えっと~、ではまずこちらに在籍していた時、ボクサーさんが関わっていた主な事件を教えて頂けますか~?あ、その前にリサちゃん、カメラの準備~」
「うん」練習通り構える。
「正直取材されるのは生まれて初めてなんだ。ポーズは取った方がいい?」
「どうぞどうぞ~」
承諾を得て、支部長さんは顎に手を当て斜めに座る。キザな感じだが、中々様になっていた。「この角度が一番写真写りが良いんだ。頼むよリサちゃん」
「分かりました」
フレームに被写体をしっかりホールドして―――パシャッ、パシャッ!
「ボクサーは去年の六月にこの街のテルム地区に現れ、アルバイトで着任したのは確か八ヶ月前。年明け早々だったな」
偽表紙写真を撮り終え、座った彼は話を始める。
「それからシャバムへ移送される今年六月まで、半年以上いた事になる。その間の事件と言うと……やっぱり三件の連続焼死事件かな。あれ、被害者は全員LWPだったんだろう?道理で幾ら行方不明者を洗っても、身元が分からなかったはずだ」
異世界に飛ばされた上殺されて……酷い。しかも、もしかしたら犯人は同郷者かもしれないなんて。
「この後取材するつもりなので~、彼の身元引受人の御家族の住所を教えてもらえますか~?」
「ああ……それは構わないが……」
?何だろう。陽気だった顔に初めて過ぎる影。
「何かあったんですか?御病気、とかなら私達、後日改めますけど」体調が悪い時、予期せぬ来客が迷惑なのは幼い頃から経験済みだ。横から口を挟んだ私を、親友は特に止めなかった。
「ああ、いや……実は、いないんだ」
「え?」いない?
「ボクサーがここに来た翌週だったかな。彼は父親、その娘と三人暮らしだったんだが……夜にバイトから戻った時には、既に荷物を纏めて出て行った後だったらしい。捜査によれば、父娘には数十万の借金があったらしくて、どうもそれが原因か、と」
「それは変ですね~。新しい家族が働き始めたばかりのタイミングで、何故出て行ったんでしょう~?ボクサーさんは優秀ですから~、その程度はすぐに稼いで返済出来たと思いますけど~?」
「お父さんと娘さんのお仕事は?」
「父親が機械工場の従業員で、娘はインテリアショップの店員。しかし、彼女は一ヶ月前に自動車事故で両脚を骨折し自宅療養中だった。複雑骨折で手術代が高額になり、借金もそれが原因だ」
多分金属製の人工関節を埋め込んだのだろう。リハビリすれば大分普通に歩けるようになるが、保険が効かないので結構お金が掛かる。まぁ……一生メンテナンスの必要な補助心臓よりはずっと割安だけど。
「まだ通院の必要がある重傷者を担いで夜逃げ?体力のあるボクサーさんに一言も相談せずに、ですか?」
絶対おかしい。
「うん。警察も連合政府もそう考えて、四方八方を捜索した。だが未だに見つかっていない」
「それは心配ですね~。ところで――」
本職のデイシーちゃんは素早く話題を変え、彼が興味を持っていた漫画やテレビ番組を聞き出す。
「若い男の子らしく、勧善懲悪が好みだったみたいだね。テレビは……前にここで漫才番組を掛けた時に大ウケてしてたな。何でもエレミアには娯楽が一切無かったとか」
滅びを待つ街。根本的に精神構造が違いそうなのに、あんなにもクレオさんやレティちゃんは優しい。――ならば、彼は?
「う~ん。具体的に何を読んでいたか分かりますか~?」
「ジニー……何だったかな。確か刑事が頭のイカれた犯罪者を処罰する、そんな内容だったような」
!!?まさか……「ジニー・シリアルキラー・バスター?」
「そうそれ!」手を叩く。「よく知ってるねお嬢さん。有名なのかい?私は生憎読んだ事が無いんだが」
「――子供向けの漫画ですよ。支部長さんみたいな分別のある大人の人には物足りないと思います」
息と一緒に嘘を吐く。勿論、隣の親友は僅かな変化を感じ取ってくれた。
「そうそう~。エレミア出身者はともかく、この宇宙の人であれを読めるのは精々学生さんまでですよ~。とにかくストーリーが酷いもの~」
巧みに話を合わせた発言に、彼は納得してくれたようだ。と、閃いた。
「あの、済みません支部長さん。この人、御存知じゃないですか?」
鞄から猫の封筒、カルテに貼られた哀れな女性の写真を見せた。
「うん?……ん、何か見覚えがあるな……オルテカ精神病院の自殺事件の被害者?あれは酷かったよ。遺体はほぼ完全に炭化してて後始末が大変だったらしい。手口が似ているから、一時はLWP連続殺人事件との関連も調べられたんだが―――え?まさか……ちょっと失礼!」
断ってから彼は応接間を飛び出し、オフィスから黒いファイルを持って戻って来た。
「そんな……一体どう言う事だ?こんな偶然」
開けた一ページを覗くと、大分雰囲気こそ違うがカルテと同じ女性の写真。シーア・マルデック。右隣には父親らしき男性、こちらも同じ姓だった。
「娘さん=謎の女性患者って事ですか~?」
「ああ……幾ら別のチームが担当だったとは言え、今まで誰も気付かなかったとは……ボクサーに知らせないと!お嬢さん方、悪いが取材は後日改めて」
「分かりました」
「貴重なお時間ありがとうございました~」
揃って頭を下げ感謝の意を示し、エレベーターで下へ降りた。
ビルを出てすぐ、私は親友の手を引き大急ぎで来た道を戻り始める。
「ど、どうしたのリサちゃん~!?」
「あるの、さっきの漫画に!家族を何の躊躇いも無く惨殺した男の話!」
「まあシリアルキラーだし~、そう言う話があっても普通じゃ」
「その真逆よ!『ジニー・シリアルキラー・バスター』は、犯罪者を狂った正義感で虐殺する刑事の話なの!」
読んだのは一巻だけだが、はっきり覚えている。父母の不倫と弟の万引きに過剰反応した主人公ジニーは、雪振る聖夜に三人を惨殺。そうだ、確かお父さんの死体はバラバラにした上、ドラム缶で焼却処分したんだっけ……うっかり読んだ私が吐いたのも、確かその辺り……うぅ、思い出したら気持ち悪くなってきた。
「どうも想像以上にグロい漫画みたいだね、大丈夫~?」
「うん……デイシーちゃんぐらい鋼の心臓だったら平気だろうけどね」
「お褒めの言葉どうも~。う~ん。とすると娘さんの件も含めて~、それを好んでいたボクサーさんはかなりの危険人物と見ていいかもね~」
「うん。まだはっきりした証拠は無いけど――こうなったら強制捜査しかないよ」
「え!?どうする気~?」
「勿論、住んでいるシャバムの政府寮に潜入して、殺人の決定的証拠を掴む」
「ええっ!!?ほ、本気で~!!」
私の宣言に、普段余裕綽々のデイシーちゃんも目をパチクリ。
「うん!さ、早く戻ろう!急がないとレティちゃんが」
ビルを出てから急速に胸を厭な感じが渦巻いている。虫の知らせ?お願い、どうか何も起こらないで……。




