ジャスト トゥ ツー オブ アス・レイニーデイズ
とあるスーパー付近のバス停にて。
俺は姫乃の背中を追いかけるようにして未だに降り続ける雨のなかを疾走した。姫乃のやつ…よくもまあこんな雨のなかを全力疾走出来るよなぁ……以外とアスファルト滑りやすくなってるのに。
まあ、そんなこんなでバス停(屋根つき)に到着。二人でベンチに座る。姫乃は俺の左側に座っている。
「―――雨、止まないわね」
曇りに曇った空を見上げて、そう呟いた。
天気予報は一日中洗濯日和なんて言ってたけど、この外しっぷりは炎上クラスだぞ。リアルに。
「だな。ほら、タオル」
「ハルのくせに用意いいわね」
「そりゃあ、今日は暑くなるって言ってたし汗拭き用に持ってきたんだがな。でも役に立って良かったよ。ほら、風邪ひくから拭いとけ」
俺の差し出したタオルを受け取り、雨に濡れたその漆黒の髪を拭き始める。しかし、凄く目のやり場に困る。
だって雨のなかを走ったんだよ?傘も持たずに。当然、全身びしょ濡れで肌にぴったりと張りついて、その……まあ、いろいろとヤバい。
しばらく空を見上げていると、肩を軽く叩かれた。
「ありがと、助かったわ」
「どーも。それにしてもバス、来ないな…」
そうだなのだ。
あれから、かれこれ30分くらい待っているはずだ。時刻表には3時45分に来るはずである。ちなみに今は3時50分くらい。5分遅れている。何かあったのだろうか?
気になってケータイで調べてみた。案の定、駅前のバス停の辺りで何かいざこざがあったらしい。詳しいことはわからないが、つまりはそういうことらしい。
俺は姫乃にそう伝えると、残念そうな表情に変わった。
「……そう。そういうことなら当分来そうにないわね」
声のトーンが低かった。少し機嫌が下がったらしい。
「そう、だな。姫乃、どうするか」
「何で私に訊くのかしら?」
「知的な貴女の頭脳の力を貸して頂きたくて」
「少しは自分で考えたらどうなの」
ごもっともです、はい。
「まあ、ハルだから仕方ないわね」
むっ、今のは聞き捨てならないな。
「仕方ないって何だよ」
「何よ、ムキになって」
「ムキになってなんか―――」
ない。そう言おうとしたが、何故かその先の言葉が出なかった。
そんな俺を不思議に思って顔を覗いてきたのか、気が付くと姫乃の整った顔が俺の目の前にあった。
「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?―――あでッ!」
驚いて思いっきり後頭部をぶつけてしまった。凄く痛い(泣
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「痛てて……急に顔が目の前にあるんだからしゃーないだろ…」
思いっきりぶつけてしまった後頭部を右手で擦りながら、そう抗議する。
………あの、そろそろそこ、退いてくれません?顔近いし、姫乃の吐息当たってますし!
「何顔赤くしてんのよ」
「ッ!?」
なんと顔に出ていたらしい。取りあえず顔を逸らす。
これ以上突っ込まれたくないので本来の話題に戻すことにした。
「で、どうする?雨、あがったぞ」
「―――え?」
姫乃はあからさまに驚いたような表情をし、雨の降っていた空を見上げた。
まだ黒く分厚い雲が広がっているも、雨はすっかり止んでいた。
でも油断は出来ない。
姫乃が口を開く。
「ホントだ…じゃあ、歩いて帰る?」
「ああ、そうす―――」
そうしようか。そう言おうとしたら、タイミングが良いんだか悪いんだか、バスがやっと来た。
………何で今来るかなぁ。別にいいんだけどさ。「――じゃあ、乗るか」
「ふふっ♪そうね」
やっと来たバスが止まり、姫乃、俺という順に乗り込んでいった。
――――――バスに揺られることほんの数分。
一番後ろの席で、やはり隣同士で座っている。しかも姫乃は疲れたのか俺の肩にもたれ掛かって寝息を立てている。つまり寝顔拝み放題である。
――やりませんよ?小さい頃から姉弟(兄妹?)のように育ってきた。とはいえ、あの頃よりだいぶ大人っぽいといいますか、随分と変わって、時折ドキッとさせられることも多々ある。
そんな幼馴染み、小鳥遊姫乃は孤児だったらしい。俺たちの義母である夢奈さんがそう言ってた。
とある夏の日。とある公園にある滑り台の下に捨てられていたという。
酷い話だ。その頃中学生だった俺はそう思った。
今でもそう思う。
でも、俺たち瀬名兄妹も同じような境遇にあった。
俺、瀬名春夜と結衣は物心がついた辺りに、家を放火された。結衣はあまり覚えてないようだけど俺はしっかりと瞼に焼き付いている。
その放火のせいで、俺たちの両親は死んでしまった。
行き場を失った俺たちを拾ったのが、そう――小鳥遊夢奈さんだ。
訳もわからず混乱していた俺たちを連れて、夢奈さんは夢奈さんの家へと入る。言われるがままリビングへ連れ込まれると、ソファに黒髪を腰まで伸ばした俺たちと同じくらいの女の子が座っていた。
―――これが、俺たちと姫乃の出会いだった。
その後、自己紹介のようなものを済ませ、夢奈さんはふら~っとどこかへ行ってしまった。
「え、えーと……いつもあんなかんじなの?」
1人で絵本を読んでいる姫乃に、疑問を問い掛ける。
「……うん。でももうなれた」
「そ、そっか……」
たったそれだけで会話終了。初めだから仕様がなかった。今思うとここまで親しくなるとは思ってもみなかった。このときの姫乃の印象はおとなしい子という認識だった。
それから数年経ち、俺たち3人が中学に上がる頃に俺は姫乃事を知った。
「あれ?怒らないの?」
話した後、夢奈さんはそんな事を言う。
「何でと言われても、人には人の事情があるわけだし、言いたく無かったならそれでいい。これが俺の意見だけど……」
「―――そっか。春夜も大きくなったわね」
何故そうなる。
「んで、姫乃とヤったの?」
「ぶふぉっ!」
突然の核爆弾の投下に思わずむせてしまう。
「な、ななな何を急にっっ」
すると突然、狂ったかのように大声で笑いだした。
「あっはっはっはっ――ッ!!」
「な、何だよ」
「ごめんごめん――そんな訳だから姫乃、よろしくね。同じ境遇者として」
その言葉を紡いだ時の夢奈さんは、どこか悲しそうだったのを今でも覚えてる―――――
「ほら、ハル!着いたわよ………ったく、起きなさいッ!!」
「ごふっ!」
そんな声と共に俺の脇腹に痛みが走った。
「けほっげほっ………な、なにすんだよ」
脇腹を擦りながら姫乃を睨む。
「ほらっ、着いたから降りるわよ」
「へいへい」
すいませんが腕引っ張んないでもらえませんか?もげちゃいそうなんですけど………。
そんな心の叫びは当然姫乃には届かず、もうされるがままに後をついていった。
気が付くと辺りはすっかり暗くなっていた。春とはいえ、まだ上旬である。仕方ない。
しばらく歩き続け姫乃の家の前にたどり着いた。
すると姫乃はくるっと体をこちらに向ける。
「ハルはどうするの?」
「帰るよ。姫乃の家にあがるのは明日だし」
「そ、そう…わかったわ」
あれ、心なしか表情が曇った気が……。
「じゃあ、また明日!」
そう笑顔で言う。――気のせいだったのかな?
「お、おう!明日な」
俺もそう応え、手を振りながら姫乃宅を後にする。
時折振り返って見ると、こちらを見詰めてる姫乃がいた。なんか小動物みたいだった。
あっ、逃げた。