8わん!
「あなたに、これを渡して欲しいと頼まれたの……。あなたの様な同世代のお友達がいたなんて、知らなかったわ。ありがとね」
カワズの母と名乗る人物に、一通の手紙を頂いた。カワズの母は、僕に「ありがとね」と言っていた。僕は何もしていないのに、何で「ありがとね」と感謝したのだろうか? このときの僕にはまだ、その言葉の意味は理解できなかった。
「いえ、『ありがとう』と言いたいのは、僕のほうですから……」
僕はこのとき、その真意もわからずに「ありがとう」という言葉を使った。このとき僕は意識していなかったけれど、僕が言った「ありがとう」とカワズの母が言った「ありがとね」は、全く同じ意味の言葉だった。そのことに、僕は手紙を読んだ後、気がついた。
【化け物犬さん、こんにちわ
私もしかしたら死ぬかもしれないから、あなたにこれだけは伝えたくて、手紙を書きました
”あなたの叫びは、ちゃんと私に届いたから、安心してください”
細かいことはわからないけれど、ちゃんと届いたから
誰かに届いて欲しいというあなたの叫びは、ちゃんと私に届いたから
それだけ伝えたかったの
それじゃ、もし生きていられたら、また会いたいです
サヨナラ
p.s
あなたは、私の叫びを受け取ってくれたかしら?
私はあなたみたいに、大きな声で誰かに何かを伝えることはできないから、小さな声で叫ぶことしか できないから、もしかしたら伝わっていないかもしれない
あぁ、何だか怖くなってきた
死ぬのが怖い
それ以上に、私の叫びは誰にも届かずに、このまま消えてしまうかもしれない……
そう思うと、怖くて怖くて、字が震えます
けして、私の字が汚いわけじゃないんですよ
手が震えているだけだから、誤解しないように!】
涙が出てきた。震えた。彼女の存在が、嬉しかった。他の誰でもない、この世でたった一人の僕に向けた言葉は、僕の小さな存在を一生懸命証明してくれた。彼女の肉体はもう、この世にはないけれど。きっと心だってもうないのだろうけれど、彼女の”存在”は確かに心にあって、僕はその存在に”ありがとう”を言いたかった。ただ、その”存在”を僕に示してくれたということだけで十分だった。それだけで…………。
彼女のお母さんもきっと、同じだったんだ。僕が何をしたとか、そういったことじゃなくて、娘の友達として”存在”してくれていたということに対して、「ありがとね」という言葉を使ったのだと思う。
”存在している”ということは、それだけで”奇跡”
この、使い古された言葉を、僕は今一度かみ締めた。
僕は涙を必死に袖で拭いながら、手紙を封筒にしまおうとした。すると、もう一枚、メモ用紙みたいな小さな紙が封筒の奥にあることに気がついた。そこには、こう書いてあった。
【pp.s
私の最後のわがまま、聞いてください
何度も書くのをためらいました
それでもやっぱり、何だかこれが最後な気がしたので、書きます
私のこの心に溢れる感情を、知って欲しい
誰かが知っていてくれる
それだけでいいの、それだけが望み
たった一度しか会っていないあなたにこんなこと頼むのどうかと思ったのだけれど、あなたなら、わかってくれるでしょ?
だからお願い、私の心の叫びに耳を傾けて
そして、その叫びを抱いたまま、生きて、そして、死んで頂戴
きっと私のほうが先にあの世に逝くから、そこで答え合わせしてあげる
あなたの人生が私に縛られることになるけど、それでもいいかな?
あぁ、手紙は良いね、相手の答えがないから、すごく楽
それじゃ、今度こそほんとにサヨナラね
~井の中のカワズより~】