5わん!
「わおーーーーん!」
「わおーーーーん!」
「わおーーーーん!」
「わおーーーーん!」
「わおーーーーん!」
雨の中、何度も何度も吠えた。心の声を、何度も何度も叫んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
いくら叫んでも、心のもやもやは消えなくて、心の平穏よりも先に僕の体力が限界を向かえた。もう、叫べないくらい呼吸が苦しい。僕はその場に座り込み、空を仰いだ。その瞬間、
「あなただったのね」
激しい雨音の中を掻い潜り、まるで一瞬の閃光の様に鋭い声が僕の耳に突き刺さった。僕はあまりの衝撃に気が動転した。心臓が止まりそうなくらい驚いた。それなのに、心臓は爆発しそうなくらい高鳴っていて、血液は音速を超える速度で脈打っていた。
「『化け物犬』の正体、あなたでしょ?」
鋭い声は容赦なく次の閃光を僕に向けて放つ。僕はその声の正体を、怖くて確認することが出来なかった。僕が夜な夜な一人で遠吠えをしていたことがバレてしまったことが、怖いんじゃない。おそらく僕は、振り返って、僕の秘密を知ってしまった人物を特定したら、きっと、きっと、僕は…………その人を殺してしまう。それが、怖くて、振り向けなかった。
「……犬に言葉は通じないのかしら?」
理由はわからないけれど、僕はこの言葉に心底イラっとした。憤怒の感情が湧き上がった。そして、今まで耐えていた僕の狂気が一線を越えてしまった。僕は、……少なくとも振り向くまでの僕は、後ろにいる人物を本気で、殺す気だった。振り向くまでは。
「うおおおおお……お……お…………」
最初の殺意のこもった咆哮は、彼女の鋭い声の様に雨の隙間を上手くすり抜けることが出来ずに、消えてしまった。
「なんだ、ちゃんと言葉、通じるんじゃない」
正直、自分でもあの時芽生えた”殺意”がどれほど本気だったかは、わからない。でも、確かに芽生えたその”殺意”は、雨に濡れて美しく光る彼女の姿を見た瞬間、どこかへ消えてしまった。殺意を消し去るほどの何かを、確かに彼女は持っていた。それだけは、断言できた。