2わん!
「おい、お前”あの”噂知っているか?」
「あぁ、あれだろ、知ってるよ」
「怖いよなぁ。俺もう夜出歩けないよ」
「あぁ、俺も。この前コンビに行くときだってすげぇ怖かったもん」
「何でも、足が5本あるらしいぞ。そんでもって、そのうちの一本には猛毒の爪が生えていて、その爪に刺されると、体中が紫色になって腐っていくんだって」
「俺の聞いた話では、体長が2メートルはあるらしいぞ。何でも、他の犬を体に吸収する能力があるらしくて、ヤツの体には今まで飲み込まれた犬の顔が無数に浮き出ているんだって」
「うぁー、なんだよそれ」
「もう、ここら辺の野良犬はほとんどいなくなったから、次は人間を襲う気だぞ」
「うぅ……想像しただけでマジ身震いだわ。ほんと『化け物犬』の噂話は怖いよな~」
体育の授業中、100メートル走の順番待ちの中、僕の前にいる二人のクラスメイトが『化け物犬』の噂話をしていた。
「ほら、そこ! 無駄話してないで早く準備しろ!」
体育の高橋先生が大きな声で急かすと、二人のクラスメイトはだるそうな動きでクラウチングスタートの構えを取った。
「位置について、ヨーイ……」
「そういえば、『化け物犬』は夜の9時頃に現れるらしい」
先生がスタートの合図を撃とうとした瞬間、クラスメイトの一人がボソッと呟いた。
「え?」
それを聞いたもう一人のクラスメイトが隣を見た瞬間、
「ドン!」
スタートの合図が鳴り、隣を見た方のクラスメイトは完全に出遅れた。
「お前ずりぃいいぞぉお!」
出遅れたクラスメイトはそんなことを言いながら、必死におくれを取り戻そうと走った。
……もしかして、『化け物犬』の噂の正体は、僕ではないだろうか? 僕はそんなことを考えながら100メートルを走った。タイムは14秒フラット。どうも短距離は苦手だ。長距離なら得意なのになぁ。