1わん!
「ワオーーーン!!」
いつからだろうか? 毎日夜の9時。夜空に向かって遠吠えするのが僕の日課になっていた。
僕は、言いたいことの言えない人間だった。そのくせ、心に溜まる感情を上手くガス抜きできる人間でもなかった。そんな僕の感情が、中学に入学したあたりから爆発し、『遠吠え』という形で外界に吐き出されるようになったのだ。
遠吠えをするようになる前は、存外広い心のスペースをうまく整理整頓して、溢れる青春の感情を上手に収納してきた。言葉を飲み込むたびに、心の空きスペースに収納して、そのまま見ないフリをしていた。たくさんの物をとりあえず押し入れに押し込んで、見た目だけでも綺麗に取り繕う、そんな感じで溢れそうな感情を抑えていた。
でも、どうやら”心”にも容量限界があるらしく、それは案外あっけなく溢れ出た。もう、我慢できなかった。これはきっと、僕の体を守る一種の自己防衛反応だったのだと思う。このまま気持ちを吐き出せずにいたら、きっと僕の心は壊れてしまう。だから、仕方なく僕の体は遠吠えをしたのだと思う。
「ワオーーーン!!」
初めての遠吠えは、すごく恥ずかしかった。近所迷惑なんじゃないだろうか? こんな夜中に犬の遠吠えをマネしている自分は、すごく変に見られているのではないだろうか? 自分はおかしい人間なのではないだろうか?
そんな風に、いろんな感情が錯綜した。でも、僕の喉は遠吠えをやめなかった。目からは涙が溢れ出ていた。体は震えていた。自分でもどうしてこうなったのかはわからない。でも、心の叫びはいつだって、僕の体を必死で、不器用に、動かした。溢れる感情はいつだって、その存在を誰かに知って欲しくて、必死だった。
「……はぁ、はぁ」
心のもやもやは消えていて、すごくすがすがしい気持ちだった。心のはけ口を見つけた僕は、その日以来、遠吠えをするようになった。とにかく、毎日毎日震える心に身を任せて、叫ぶようになった。たとえそれが世間一般的に”変なこと”であっても、僕はそれをやめるすべを知らなかったから。