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THE HIDEROWA'S☆SHOW(前)

《はしゃぐはね、誰かがいないとだめなんだ!》

 米のなか。

 壁際のスクリーンに投射された、録画とわかる不鮮明な映像である。左上に『6.Foxtrot』と表示されている。

 はしゃぐが、茶色のくせ毛にくりくりと大きな瞳のマイスイートオアシスはしゃぐが、拘束椅子にベルトでぐるぐるまきにされている姿が映しだされている。マイスイートオアシスは身じろぎもせず、瞬きすらしないが、それはそれでお人形さんのようでかわいい。

《はあ。それで、はしゃぐ、君はどこを希望する――》

《はしゃぐ以外の感情があんまりないから、誰かががいないと、人生が成立しないんだよ! わかった!?》

《はあ。あの――だから――》

《昨日は遅くまで集団におけるバイアス偏向について考察していたんだ! だからねぇ、あんま、寝てないんだぁふ――ではぁ到着までふ――》

《ちょっと、はしゃ――もう、寝てしまったのか。召喚地の希望を言ってもらわないと、困るのだが――というか、君、かゆくないのか?》

《――》

 状態には変化はない。というか、これ、拘束されてるほうは頭のなかでイメージした言葉のはずなんだけど、何で録音されてんの?

「しばらく早送りするな」

 アルファがプロジェクタのスイッチに手を伸ばした。画面に横線が入る。はしゃぐは微動だにせず、映像にまったく変化はない。しばらくして映像が草原に変わった。アルファが通常の再生速度にもどす。画面中央、はしゃぐがこちらを見あげている。六番目の米……フォックストロットの視点のようだ。

《ここは愛と妄想の半島の中心で、今いるのは地図に×印をつけてあるところだよ。丸で囲ってあるところが街で、人が大勢いる。はしゃぐ、君の希望にかなうかと思われるが――》

 はしゃぐが、もっている地図らしき紙に視線を落とした。

《近くに○がいっぱいある――街がたくさんあるところに下ろしてくれたんだね――》

《ああ。そういう希望だと解釈したのだが――》

 はしゃぐが顔を上げた。

《ありがとう。では!》

 そして勢いよく手を上げると、背をむけて走りだした。しばらく行ってから、立ちどまり、振りむいた。

《フォックストロット、あのさ! 規則――やぶって対応してくれたんだよね? うれしかった! ほんとにありがと! わたし、わがままだったよね。ごめんね。わたし――君のことずっと忘れないよ!》

 はしゃぐが再び走りだした。どんどん遠ざかっていく。やがて見えなくなった。俺のむかいに座っているアルファが、プロジェクタに手を伸ばしかけた。

《――小生フォックストロットは――》

 アルファが手をとめる。

《――夢旅行に来たいたいけな少女はしゃぐに、得も言われぬ感情を抱いた――。少女はしゃぐは、もう行ってしまった――。彼女が去ってしまった余韻に寥々として浸りながら――私のその感情がどんなものなのか――今よりこの場にて一つ一つ自問し》

「もういい。とめてくれ」

 アルファがプロジェクタのボタンを押した。映像が消え、白いスクリーンだけになる。部屋のドアのところに立っていた何番目かの米が、照明を入れた。そして、最後まで見てほしかったが、と言いながら作業にもどった。フォックストロットだった。

「わかった。家族がみんな無事なのは、一応信用しよう」

 まあ、楽屋である。

 目が覚めたらこの部屋だった。米がたくさんいる。全部で五体。サイズは一緒。一体が俺のむかいのソファに座っている桃専用機のアルファ。他は、今フォックストロットだと判明したもの以外、名前は不明。一体がミーティングテーブルでノートパソコンをひろげている。今同じテーブルにフォックストロットが何やらぶつぶつ言いながら座った。こいつは、原稿の校正と思われる作業。さっきから難しい顔をして書類に赤ペンで書きこみを入れている。残りの二体は部屋の端で、衣装と小道具を何やらがちゃがちゃやっている。先ほど、ブラボーの所在だけは確認した。残念ながら、なんかのリハーサルで他の部屋にいるとのことだ。何にせよ、それほど広くない部屋に、図体のでかい原色ピンクが五体いる状態は、かなり鬱陶しい。

 しかししき姉……本当に魔王になるとは。

 俺は腰に手をあててため息をついた。アルファが、プロジェクタの電源を落として、ソファセットに移動する。

「そういえば、俺がおきたときケンカしてたよな」

 続けてソファに腰かけながら、俺は聞いた。先ほど、アルファと桃が大声で言い合う声で目を覚ましたのだ。なんでわからんのや! だから好きにしたらいいじゃない! ……というようなやりとりだった。それ以外の部分は、(鼻)麻酔のせいでよくおぼえていない。

「そんなんは、別にええやろ」

 むかいに座ったアルファが、そう言って、頬をかきながら視線をそらした。

「いや内容は別にいいんだけどさ、あれ」

 俺は、部屋のドア近くのソファに、壊れた人形のように体を投げだしている桃を指さした。先ほどまでとまったくちがい、華やかなドレス姿である。ドレスは黒。首にまいた大きなリボンとヒールの高いパンプスがピンク。ドレスは透きとおった薄い生地を重ねたタイプで、袖が、ランニングシャツのように、鎖骨のラインが見えるほどカットされている。スカートは上半身と同じ生地を段をずらして重ねたもので、膝より短い。メイクも仕あげてあって、長い桃色の髪を、なんか一回転半ひねりみたいな状態で留めている。頬や唇がキラキラしている。ラメ入り。ちなみにさっき初めて見たときはすごいドキッとした。

「あれは、ケンカであれなの?」

「いや、鬱やな。総会に出んのが嫌なんや」

 目が完全に死んでいる。プチ白目である。俺はしばらくその白目面をながめていたが、反応がないので、視線を、すねていなくてもすねているように見える桃プリンチペッサのふっくらとした唇に集中させた。二度目の報告となるが、キラキラしている。ラメ入りである。唇は、現在は、やや開いている。ちなみに足もやや開いていて、黒いパンティが若干見えている。が、残念ながら、現状パンティの主人が、パンチラのエロスを相殺しうるだけの破壊力をもった表情のため、興奮しない。すこししかしない。

「総会か……」

 まだ何も知らされていないが、俺自身も無関係ではないと思われる。だが、今の俺には優先すべきことがあって、そしてそれは、この桃プリンチペッサとの間で行われることのはずだった。

「まあいいや……」

 俺はあきらめてため息をつき、再びアルファのほうをむいた。

「それで、何だ。頼みごとってのは」

「ああ」

 しばらく考えこむようにうつむいていたアルファが、顔を上げた。


「勇者として総会でインタビューを受け、勇者として魔王との物語を展開してメ界のイマジン率を上げ、世界各地でおきている異変と、桃に起こっとる異変と、先ほどのこわばりさんちゅう異変を解明して解消し、かつ盗まれた文献を取りもどしてほしいんや」

「多い! 急に多い!」

 叫ぶと、俺は眉をしかめ、腕をくんだ。目を細めてあちこちへ視線を巡らせる。巡らせながら、基本、常時、黒パンティが視界に入るようにした。もう、しばらくしたら、普通に黒パンティだけ見つめつづけた。

 たっぷり時間をかけ、それから、視線をアルファへ戻す。

「わかった。全部受ける」

「全部受けよった!」

 今度はアルファが叫んだ。しかしすぐに眉をよせた。

「ほんまか? ずいぶんあっさりやな。ありがたいが」

 しばらく見つめあった。

 腕くみをほどき、力を抜いて、ソファに体をあずける。

「いや、まあ、謎やら解明やらっての、好きなんだ。結構」

「そうか。ほんなら」

「それじゃ報酬についてだけど」

 何かを言おうとしたアルファが、言葉を止めた。やや口を開けて俺を見つめている。俺はただ見つめかえした。

「ほ、ああ」


「その、なんだ、今の色々の頼みごとを全部解決したら、そこで白目むいてるヤンマゾ姫を地球へ連れかえらせてもらう」


 まあ、その、意趣がえしというか。

 とりあえず言葉によるリアクションはない。

 アルファはいかにも思考停止と言った状態でかたまっている。他の米は、アルファほどではないが、それぞれ驚きや困惑といった表情で、俺と桃を交互にながめている。桃は、さすがに白目から復帰し、そのまま天井近くを見ていて、それから両手をソファにつき、上体を起こしながら視線をむけてきた。眉をひそめているので、思考は働いているだろう。どう受けとめたのかは読みとれない。

「なんやて……」

 アルファがようやくそれだけ言った。アルファに視線をもどす。

「言葉の意味は理解できたろ?」

「どうするつもりや。桃を……」

 表情が険しくなった。俺はぼんやりと視線を受けとめる。

「飲むか飲まないかは別として、責める資格はお前らにはないと思うが」

「録画、今見たやないか。連れて」

「俺にとっては拉致だった。それで十分だ。家族については安全を確認したかっただけだ」

「地球に連れてって、どうするんや。桃を」

 どうするか……。

 正直、あんまり深く考えてない……。

 俺は再び腕を組み、視線を下げた。

「さあ、そうだな……まず、側において、適宜発汗させ体臭を嗅ぐということを繰りかえしたいとは思ってる」

「ただのド変態やないか!」

「それ以上のことはまだ考えてないが、そうだな……」

 そう言って俺は、再び桃へと視線をうつした。

「散歩でもするかな。首輪つけて」

 桃が目を見ひらいた。

 立ちあがった。

「ちょ、ちょっと……まさか……」

「何も言う気はない。ただ散歩に行くかと言っているだけだ。どうなんだ」

 桃は、わなわなと震えている。

「ちょっと……そ、それどういう意味? め、牝奴隷ってこと? 牝奴隷にするって言ってるの? ふざけないで! 冗談じゃない! そう、烙印は……所有物である証のタトゥはどうするの? 文面は? ツコム専用? どこに入れるの? 土手? 私、土手少し高めよ? それに毛もわりと……あれで、剃毛じゃなくて、お金かかるけど多分永久脱毛じゃないと」

「バカ言うな。都度剃毛するのがいいんじゃないか」

「そ、そうですよね都度やるのがいいですよね。浅はかでした。申し訳ありませんでした。謝罪し」

「コラァ!」

 アルファが割って入った。実際に立ちあがって俺の視界から桃をさえぎった。桃は座りなおしている。驚いた表情で、真っ赤に染まった頬を両手で挟むように押さえているのが見えた。鼻息を荒くしながら、アルファもソファに座りなおした。

「そもそもメ民が地球に住むっちゅうのは不可能や。イマジン体についてブラ星から聞いたやろ! それに、それにそんなん王室が許す思うてんのか!」

 ブラ星? ああ。何か、みんな略すの好きだな……。

 俺は大きくうなずいてみせる。

「わかった。じゃあそれらの問題を解決できたらOKということで」

「お前……!」

 しばらく黙っていると、アルファ以外の米の視線が、自然と桃へ集まった。それに気づいたアルファも、桃へ視線をむけた。桃がうつむく。真顔でうつむいている桃を、しばらく楽屋にいる全員が見つめる形になった。

「とりあえず、勇者ってのを説明してくれるか?」

 いたたまれなくなって、結局自分で先に口を開いた。アルファが振りむき、いぶかしげな視線をむけてくる。俺は溜息をついてみせた。

「聞くだけ聞く」

 アルファも、しばらくして表情をゆるませると、息をはいた。

「それではチーフが状況を説明する間、失礼させて頂きます」

 突然しびれるようなバリトンボイスが、遠くから飛んできた。衣装と小道具をいじっていた二体のうちの片方だ。そしてその二体が小走りで接近してきた。手に金のたてがみのついた鉄兜やら何やら色々をもっている。今気がついたが、もう片方の米は、唇が赤く、まつ毛が長い。女性がいた。

「ツコム様。お耳を拝借いたします」

 特に他の米とのちがいが見あたらないバリトンボイスのほうの米が、膝だちですごく接近してきて耳元で言った。近い。アホみたいに太い眉やその他がすごく近い。

「近い……何? 近いんだけど……」

「あなたの衣裳を担当させて頂きます、私は桃チャーリー。彼女は桃エコーです。これからチーフや桃様からお話があるわけですが、先ほどチーフが言ったとおり、話の要点の一つに、勇者としてメルヒェン総会に出席して頂きたいというものがあります。そこで大変失礼とは存じますが、時間があまりありませんので、お話をお聞きになられながら、同時に衣装あわせにもご協力頂きたい。依頼をお受け頂けるかどうかまだはっきりしたわけではないようですが、今より衣装あわせを始めませんと、出席されるとお決めになられた場合でも、着るものが間にあっていないという事態になりかねません。出席されないとなった場合には、どうぞ今着ている服に、今着ている何回見てもおぼえられそうもない何の個性もない服に再び着がえて頂いてかまいませんので」

「うん。理屈はわかった。そしてこれは学校の制服だから元々個性はないんだよ。俺のアイデンティティとは全然関係がないんだよ」

 鼻で笑う声が聞こえた。

「結果論だよ世の中は。坊や」

「結果論よ」

 腹たつこいつら……。

「それでは失礼いたします」

 二体は、二体がかりで俺の両脇に腕を入れて立たせ、競うようにYシャツのボタンにとりついた。あっという間にボタンをすべて外し終え、Yシャツを引きちぎるようにはぐ。

「痛っ、ちょっと乱暴……おいなんか言え!」

 終始無言。ズボンを引きずりおろされた。もうボタンちゃんと外したのかどうかもわかんない。そしてエコーの手がトランクスにかかった。あわててその手をおさえる。エコーが小さく悲鳴を上げた。

「何をするんだこの悪漢が!」

 チャーリーが俺の手をひっぱたいてきた。仕方なくトランクスのほうをおさえる。

「ちょ、パンツはいいだろ! なんで脱がすんだよ!」

「おかしいな人だ! そう思わないかエコー。パンツを二枚はくとおっしゃっている!」

「パンツ二枚はくなんて! どういうことか説明なさい!」

「いや先に言えよそんなら。ていうか何の」

 油断した隙にトランクスが足首まで下ろされた。一瞬手でかくしたが、なんか悔しいので仁王立ちの姿勢になる。だが、二体が間に入っているとは言え、位置的に桃のほぼ正面だ。どうしても気になって、エコーの肩ごしに桃の様子をのぞいた。桃はいつの間にか白目にもどっ……いや! 見てたろ今! 見たとき一瞬白目動いたもん。とっさに白目にもどした瞬間だったんじゃないか。どうでもいい。いや、どうでもよくないけど、今はそれどころではない。そのとき、ドアがノックされた。

「桃! 入るわよ」

 ドアが開き、赤いスカートスーツを着た女性が姿を見せた。三十代前半くらいの、ロングヘアの美人である。泣きぼくろがある。

「おお、いばらはん」

 アルファが振りむいて言った。米たちが適当に挨拶の言葉を口にする。いばらと呼ばれた女性はすぐ近くにいる桃に気づいて一瞬視線をそちらへむけたが、すぐにもどして俺を見つめてきた。いや、すぐに俺の、あれ、本来平常時であれば外気にさらしてはいないあたりをじっくり見つめてきた。

「おおう。なかなかの勇者じゃない……」

 あそう……。

 いや、嫌な気はしないけども……。

 いばらが桃に視線をもどす。

「あんた、もうあんまり時間ないわよ。頼むわね」

 桃は白目のままだ。いばらは桃のリアクション(結局なかった)を待たずにドアをしめた。 

 いばらがドアをしめてから、しばらく間があった。

「桃、ナレッジとして話をするで。ええな」

 不意に、低いトーンでアルファが言った。桃は白目をやめて、無表情で宙を見つめている。何も言わない。俺としては、そういう面倒くさい思わせぶりは悪印象でしかないが、まあ今は、しばらく聞き役に徹するしかないと思いなおした。そもそも、ここまでの話から考えて、さっきの勇者の依頼自体がおかしい。とにかく、ある程度聞いてみるしかないだろう。

「勇者は……まず、ロールについて説明せんとあかんやろな。イマジンは……聞いたな?」

 うなずいた。

「イマジンによって、この世界にはロールっちゅう概念が存在しとる」

「ロール……」

「一言で言うんは難しい。役、運命、物語なんかを足して割ったようなもんやな。あんさんの住んでる地球のように世界が因果律だけでまわっていれば、空想したところで、現実には何の影響もない。けどこの世界では、イマジンによってそれが現実になる。そんなこんなで、役、運命、物語……メ民やメ界は、そういうなかをぐるぐるしとる。これが、ロールと呼ばれとる」

 まあ、ソドミー領が頭に浮かんだ。

 わかる、と言っていいのだろうか。

 言いたくない。

 もっとちゃんとした、他のロールを見て、わかると言いた……ちゃんとしたロールあるんだろうか……。あごをさする。全裸だけどあごをさする。ていうかさっきからお前ら二体手止まってるんだけど。それ、その衣装と小道具さっきあっちで散々いじってたろ。今さらいじ……いやそんなことはどうでもいい。どうでもよくないけどいい。

 何にせよ、妄想空想が現実になるなら、個人としても社会としてもむかう方向が大きく変わるのはまちがいないだろう。どうなんだろう。例えば努力をしなくなるとか。

「ロールっちゅうんは、人によっても、国や環境、場所によっても全然ちがう。ロールが濃くて、同じ物語のなかをぐるぐるしてるもんもぎょうさんおるが、劇的なことがなかったり、一貫性がなかったり、物語とほど遠い人生を送ってるものもぎょうさんおる。それから、似かよった空想をもつものは自然と集まり、また空想をもたない者はもたない者で自然と集まる傾向にある。このあたりは地球と同じやと思うが、似かよった空想をもつもの同士が集まると、つくりのしっかりした物語ができやすい」

 つくりのしっかりした物語ができやすい……うーん全然イメージできん。ただ、聞くかぎり、誰もが努力をしなくなるということはないようだ。結局人間は人間のなかで生きるしかないから、誰もの空想が現実になるなら、結局社会は多様性やヒエラルキーを保ったまま……そんなあたりだろうか。

 足首をつかまれた。二体がブーツをはかせようとしている。  

「いや、あの、パンツからやってもらっていい?」

「何をおっしゃっているんですか! パンツは布一枚だからすぐにサイズ調整できるが、ブーツはすぐにはできないでしょう!」

 下から、低くグラマラスな声が、もっともらしくアホみたいな理屈を言ってきた。

「ああそう……」

 これ、しびれるようなバリトンだから説得力感じちゃってるけど、ふざけてないか。気のせいなのか。そして桃……見てる。俺の視線に気づいて一瞬俺の顔を見て、それからもう一度俺のIMPORTANTをチラ見したあと、さも興味ありませんといった体で顔をぷいっと横へむけた。

「で、そのロールの一つが、勇者、魔王だってことでいいのか?」

 アルファがやや眉を上げた。

「察しがええな」

「総会でインタビューを受け、魔王との物語を展開してメ界のイマジン率を上げろ、と言ったな」

 アルファが、さらに目を見ひらいた。

「すごいな! まさか全部覚えとるんか?」

 俺は首を振った。

「いい。進めて」

 アルファは、しばらくそのまま俺を見つめていたが、反応せずにいると、やがて元の表情に戻った。

「そうや。勇者になって、魔王と戦うっちゅう、メ界規模の物語を展開してほしい。勇者は、いや、勇者と魔王は、唯一、世界規模の物語を展開することのできる構図なんや」

 世界規模の、構図……。

「勇者は発生するもので、血筋も条件もなく、名のりを上げたもんがなる。何人もおる。魔王を倒すために行動すると決め、勇者の名のりを上げたもんが勇者や。空想が現実になるこのメ界でも、まったくちぐはぐな筋の物語やったら、世界を巻きこむ物語として展開することはできん。大義名分と、世界を巻きこむだけのエネルギーをもった筋が必要や。魔王が世界を侵略し、勇者がそれに対抗する。魔物や悪の存在は魔王軍に加担、呼応。善良なメ民は勇者に協力する。こういったことが各地で行われる。空想的な物語として、世界規模でイマジン上昇を引きおこせるのは、勇者と魔王の物語だけや」

 俺は周囲を見た。

 足元の二体は、未だブーツをなんだかんだやっている。隣のミーティングテーブルでは、フォックストロットと何番目かの米が作業している。桃は白目をやめてぼんやりと天井あたりを見つめている。

 イマジン率を上げると言っている。

 俺は腕をくみ、指先で唇をなでた。

「勇者には困難と奇跡がつきものや。大きな物語とロールで奇跡が引きおこされて、大幅に因果律率を下げ、イマジン率を上昇させるんや。今、魔王が侵略をやめ、勇者の名のりもほとんど起きとらん。これを、復活させてほしいんや」

「アルファ。矛盾があると思うんだが、俺のかん違いか?」

 アルファはしばらく俺を見つめていた。

「ツコム。実はな、今上がっているのは、イマジン率やない」

 にわかに心拍数が上昇するのを感じた。アルファは黙っている。桃を見た。視線を合わせてきた。やはり何も言わない。視線をアルファに戻す。それからさらに間を置いて、アルファがようやく口を開いた。

「ツコム実はな、今上がっているのは、因果律率なんや」

 おう。

 軽く、全身がしびれた。

 うーん……この、思考に圧力がかかる感じがたまらん。

 なかなか魅力的な状態だ。

 足元の二体がようやくブーツからはなれた。チャーリーが鉄兜を手にとり、たてがみを櫛ですきはじめた。なんか気に入らないみたいですごいしつこくすいてる。

「一応、あらためて確認するが、リアルを呼ぶのは、イマジン率が上昇しているとき、だったよな?」

 アルファがうなずいた。

「そして、リアルが滞在して、因果律率が上昇する」

「そうや」

「今、リアルは……」

「おらん。いや、今はあんさんの家族がおるが、それまでは長いことおらんかった」

「他に、因果律率が上がるケースってのは」

 知るかぎりはない、とアルファが言った。

「そもそも夢旅行ってのは、こっち側からすると、どういうシステムで動いているんだ? バランスはどうやって確認してる?」

「この城の最上階に、空想計っちゅうのがある。メ界が誕生したときに、この世界を維持する機能を担った種族にいくつか与えられたもんの一つと言われとる。せやけどこれとは別に、基準値から著しく外れたときに、王族の女性に召喚能力が授かるようになっとる。そうやな……端的に言うと、夢旅行っちゅうのは」

「三分の一は自然現象。メ界の生存本能のようなもの。もう三分の一は、メ民の意思。そしてもう三分の一は……ただのバカ騒ぎ」

 桃の声だ。

 俺とアルファは顔を見あわせた。

「やる気になったのか?」

 俺がそう聞くと、桃は別に、と言って、視線をそらした。相かわらず目に力はない。待ったが、もうそれ以上は口を開かなかった。

「夢旅行の召喚……ファミリア召喚……ファ喚ができるのは、王族の女性だけや。これはもう、純粋に血筋や」

 再びアルファが話しはじめた。

 本当略すの好きだなここの人達。

「自然現象が三分の一っちゅうのは、イマジン率……イ率が上がりすぎたとき、まだファ喚をやったことのない王族女性に、自然と召喚能力が授かるからなんや。具体的には、ある朝、目を覚ますと下着に」

「ちょっと!」

 桃が大声で言った。アルファが振りむいて桃を見る。今さらだが、正確に言うとほとんど振りむけていない。鞭うちの人みたい。

「いや、でも、話さんことには」

「そこ具体的な説明必要ある?」

「わかった。とにかくまあ、このおしるしによって」

「アルファァ!」

 楽屋内に怒声が響きわたった。桃は腰を浮かせ、鬼の形相でアルファを睨んでいる。

「アルファこの野郎。炊かれてえのか」

 炊く……。

 一粒……一粒ごはん……。

「炊かないで……とにかく、その、召喚魔法を呼び出せるようになる……。何体呼べるかは若干のバラつきがあって、まあ、一家族呼ぶのに足りるくらいは、これまでの召喚者はできとるようや」

「ブラボーの星が、個人の考えによって、かたよりが出ないように、事前の調査は禁じられていると言ってたな……」

 テーブルを見ながら、何となく言った。雰囲気の変化に気づいて顔を上げると、アルファと桃両方が俺を見ていた。両方とも目を見ひらいている。

「なんやて……」

「他には……ブラ星は何か言った……?」

「えっと、いや、その部分に関してはそれだけだな」

 桃が溜息をついた。アルファが、あいつ、とつぶやき、それから、まあええ、と続けた。

「……いや、ブラ星がどういう意味で言ったかしらんが、ファ喚される家族を事前に知ることはできん。ファ喚直前に自然と決まるんや。それから、王族をとおしてメ界全体に夢旅行をおこなうことが告知される。今回は、今日の総会内でやな。ただ正直言って、今話したような意義は、王族もあまり理解していないっちゅうのが実際のところや。ただのお祭りぐらいにしか思っとらん。桃の言ったバカ騒ぎっちゅうのは、まあ、そういう意味や」

 俺は、目を細めてアルファの顔を見つめた。

 アルファのアホみたいに太い眉が上がったり下がったりする。

「なんや? ようわからんかったか?」

「今のはごまかしか? それとも取るに足らない、問題とは関係ないなにかか?」

「な、なんのことや……」

 ほう。そういう態度ね。

 面倒くさいのは嫌いだ。マイナス一。

 チャーリーがようやく鉄兜をもって立ちあがった。まだ難しい顔のままだ。兜は目と頬のところだけ縦に切りとってあるタイプで、重複になるが、頭頂部に金のたてがみがついている。二人で頭にかぶせてきた。すごいずしりときた。重い。すごい、首にすごい負担がかかってる。

「要約すると、因果律率……因率が上昇しているにも関わらず、メ界がファ喚にむけて動きだした……」

「ああ。そういうことになるな」

「なるほど……」

 腰に手をあてうつむいた。my sonがこんにちはした。

 息を吐きだした。別にmy sonにかけようと思ったわけではない。視線を感じて、顔を上げた。桃がmy sonガン見してる。俺の視線に気づいて一瞬目を合わせてきたが、すぐmy sonへもどした。もう特にためらう素ぶりも見せていない。あれなんだ。意外とそういう、もう割りきったら割りきっちゃうとこあるんだ……。

 二体の鉄兜の調整がしつこい。俺としては、視界がきちんととれているので、やたら重いのは別として問題はないと感じるが、二体は、ちょっとまわして微調整してみたり、ちょっとはなれてながめてみたり、本当しつこい。

「これまでのファ喚時に、空想計がイ率上昇、因率低下をしめしていたのはまちがいないのか?」

「ああ。数値の記録が残っとる」

「リアルを召喚して、イ率が低下、因率上昇で基準値にもどったことも?」

 再び、アルファが返事をする。

「……そして、因率上昇の理由も、因率が上がっているのにファ喚が始まった理由も、不明」

 ようやく二体が鉄兜から卒業した。あとはまるい盾と槍と赤パンツだ。二体はためらうことなく盾と槍に手を伸ばす。

「両手がふさがってると、うまくパンツがはけなくて、もしかしたら、ぴとって、どっちかの顔とか手とかに……」

 エコーが悲鳴を上げて槍を投げすてた。俺を睨みあげてくる。あっ、エコーは眉が若干細い。

「な、なんて人なの……! この露出狂!」

「見そこなったぞ! この露出漢!」

 うん。なんでもいいよ。

 先にパンツをはかせてもらえた。

 そしてようやく装備が完成した。まるい盾がもうバカみたいに重い。これは、あれだな。古代ローマの、スパルタ兵だ。だが、チャーリーは腕を組んで黙りこみ、エコーも口に手をあてて黙りこんでいる。明らかに不満気だ。

「だめね……体型が……」

「筋肉が全然ないな……もうこれ笑い取りにいってるようにしか見えない。だめだ……よし」

 チャーリーが肩を叩いてきた。

「よし。ツコムだめだ」

 全部聞こえてるし、俺がだめみたいに聞こえる……。

「うん……ごめんね……」

 あやまった。

 もうちょっと早い段階で、いや、着せる前……脱がした段階でわかったんじゃないか……俺はその突っこみを飲みこんだ。多分、逆に料理されるであろうという予測がついたからだ。

 脱がしはじめた。

「今メ界は、あちこちで、おかしなことになっとる。うまく表現できんが、これまでにない状態っちゅうのが、あちこちの国で、数えきれんほど生まれとる。根本的なところはわからんが、これが、因率を上げとる要因なのはまちがいない」

「世界各地でおきている異変ってやつか。表層的な現象はあるってことだな。世界の危機。そこで、イ率を上げるために勇者と魔王の物語、となるわけか。インタビューは?」

「物語の発生と確立には、劇的なイベントが多ければ多いほうがいい。リアルであるあんさんが物語を展開するっちゅうのは、そもそもメ民に比べてハンデがあるわけで、それで、いばらはんにプログラムにねじ込んでくれるよう頼みこんだ。正直未知数なところもあるんやけど、今まで勇者が総会に出席したことはないし、効果的やと思う」

 なるほど……。

 しばらく沈黙がつづいた。

 物語……。

 そして重要なことを思いだした。

「そういえば、ブラ星が、イマジンのおかげで、メ民は寿命以外で死ぬケースはほとんどなく、物語に介入しないリアルは、さらに死の危険が少ないと言ってたな」

 アルファのリアクションがうすい。ああ、と曖昧にうなずいただけだ。

「これは要するに、物語のなかで、死ぬ場面から逃れられなかったときってことだな」

 アルファが再び曖昧にうなずいた。

「魔王はどうなんだ」

 アルファが俺を見つめてきた。何も言わない。

 こいつ完全に想定してたな。

 ちょっと頭きた。

 いや、ちがう。待てよ。勇者……。

 そのまま、しばらくアルファと見つめあった。

「たしかに、自分から進んで魔王になったら、保証できんな」

 アルファは俺を見つめつづけている。

 しき姉は、すでに、自分の意志で魔王になっている。

 俺のほうから目をそらした。

 つまり、俺が勇者になろうがなるまいが、しき姉が死ぬ可能性はすでに上がっている。それなら、俺が勇者としてしき姉の相手をやったほうが死の危険は減る。そして、そういう誘い方を、アルファは嫌った。

「いや、待って。いい。忘れてくれ。しき姉の性格からして、このあたりの話は徹底的に調べるだろうし、そもそも死なないとわかって魔王になったわけじゃないだろう。本人が知っててやってるなら、他の人間が口をはさむべきじゃないな」

「失礼致します」

 黄色でまるい工事ヘルメットをかぶせられた。つばの近くに、緑のラインと十字が入っているベーシックなタイプだ。それから二体はしゃがみこみ、何の装飾もない黒のごついブーツのようなものをはかせはじめた。これはあれか、安全靴ってやつか。なかに鉄板が入ってる。あと床に残っているのは、ベージュの作業着と、書類をはさんだバインダーボード。

「いや、ていうか、これもうパンツ先でいいだろ……」

 二体が顔を見あわせる。しばらく間があって、チャーリーが見あげてきた。

「臭いがうつる時間をなるべく少なくという、我々二人の意向によるものです」

「臭いないよ! どうしてそうかたくなにパンツをはかせまいとするの? ていうかそれ、そこの、その作業服直ばき前提じゃねえか!」

「直……!」

「なんてこと……!」

 二体が再び顔を見あわせた。

 そしてパンツがもどった。

 そして何となく桃をうかがった。書類を見ている。いつの間にか紙の束を手にしてる。全然こっちを気にしてない。何このやり場のない気持ち……。

 そして、さらに作業服を着させてもらえた。左胸のところにご丁寧に大概の文字の縫いこみが入れてある。そしてバインダーボードとボールペンをわたされた。ボードの書類は、チェック表である。これ……勇者? ストライクゾーン広すぎない?

 チャーリーが再び顔をよせてきた。

「……エックスのやつ。プロジェクトがエックスのやつ」

 おま、この小説パロディやらねえんじゃなかったのか? まだ十一話だぞ。どんだけ意志弱いんだよ。すごい笑いこらえてる。チャーリーとエコーすごい笑いこらえてる。そしてもう脱がせはじめた。これで行く気始めからねえじゃねえか。遊んでんじゃねえ。

「ツコム、桃はな、原因は何なのか、どうしたら基準値へもどせるのか、一人でずっと調べとる。因果律率を下げよ思って……」

 アルファがチラリと桃を見た。正確には体ごと(後略)。再び体を俺にむける。

「……まあ、なんだ、とにかく、あかんかった」

「次は、桃の異変、だったな」

 聞こえるように大きめの声でそう言ったが、桃は書類に視線を落としたまま、微動だにしなかった。

 アルファの眉が、やや八の字になった。

「いや、ツコム、これはまあ、勢いで言ってしもうたところがあるんで、その、後に」

 このアルファの性格、態度から考えて、先ほどのごまかしや曖昧な部分は、基本的に桃を気づかってのことだろう。

 仏頂面で書類を読んでいる桃をながめる。

 この子は、まあ、まず間違いなく、俺に頼みごとをすることに同意していない。

「じゃあ、次は、例のこわばりさん……」

 アルファの眉がさらに八の字になった。

「いや、これも、まあ、さっきあんさんも見たとおり、解決策が見つかってないこともないからやな……」

 アルファの下手なごまかしをぼんやりとながめる。

 これも桃がらみか。

「じゃあ、最後の盗まれた文献っていう……」

 アルファの表情がゆるんだ。何度も小さくうなずいている。

「前にファ喚したなかに学者がおって、滞在中にメ界の現象を研究して、それを文献したものがあって、わしらはそれを元に様々な知識を得ていて、それなのにいつの間にか跡形もなくなんの痕跡もなく盗まれていたんや! 何一つ手がかりのないまま!」

「じゃあどうしようもねえじゃねえか!」

 依頼内容の確認は終わった。

 また全裸にむかれた俺は、巨大な葉でできた腰羽と、鳥のものと思われる羽でできた頭かざりをつけられた。右手に、木ととがった石でできた槍をもたせられる。特に突っこみどころはない。最初のが一番適合率が高いが、むちゃくちゃ重かったので、こっちのほうがいい。

 何やらドアの外が騒がしくなった。笛の音が鳴っている。

「桃! 入るわよ!」

 再びドアがノックされ、いば……全身にとてつもない数の赤い羽根をつけた半裸の女性が姿を見せた。胸と股間だけ、スパンコールでキラキラに装飾された、シルバーの細い金属をつけている。後ろにも色とりどりの同じ格好がひしめいている。

 サンバだ。

 俺を見る。しばらく見つめてから、

「近い」

 それだけ言った。なかに入ってこようとしたが、頭の羽が引っかかり、断念した。外からどうにか桃のソファをのぞきこむ。

「まだなの? なんとか引き伸ばしてるけど、そろそろまずいわよ!」

 また桃の反応を見ないままドアをしめた。笛が遠ざかっていった。

「まあ、大体、大体やな」

 さて。

 終わってしまったので、カンフル剤的なのを突っこむしかないか。

 アルファには悪いけど……。

「よし。じゃあこちらから、いくつか聞くことにする」

 俺はそう言って、槍で地面をついた。

 しばらくして、アルファがわかった、と返してきた。

「まず、どうして俺なんだ?」

「どうしてって、それは、ツコム以外とはまともな会話にならんかったから」

 ああ……。

「みんな話も最後まで聞かんうちに召喚魔法に乗りこみ、好き勝手なリクエストを言って、どこぞへと降りたってしもうて」

 ああ……。

 そうね。そういうとこあるよねうちの家族……。

 アルファが顔を上げて俺を見つめてきた。

「けどツコム、冷静さ、ブラボーと対等に渡りあう身のこなし、家族の無事を最優先に考える性格……人格報告書も読んだ。それに、こうして話しとれば、あんさんが、他のリアルとちがうことはよくわかる。頭の回転も速いし、わしは」

「わかった。じゃあ次の質問だ」

 アルファが再び話しはじめないことを確認してから、俺はゆっくりと言った。

「まず、ナレッジっていうのは何なんだ?」

「ナレッジは……言葉どおりの意味やな。メ界そのものについての見識をもっているもんのことや」

「この言葉をつくったのは?」

「さっき話したリアルの学者や。正確に言えば、その学者が書いた文献のなかの言葉や」

「わざわざ用語にするってことは、桃やアルファたち以外にも、ナレッジがいるってことか?」

「おらん。いや、神の子がおるか……」

「神の子? 神がいるのか?」

「神族は三人おる。神と、その妻と子。せやけど、多分ツコムが思っているような存在ではないな。メ民とはちがうが、メ界をどうこうできるような存在ではあらへん。それに、まともに話ができるのは神の子だけや」

 これは、まあいいや。

「そういえば、このことに気がついているのは、他にどれくらいいるんだ?」

「わからん。けどほとんどのメ民は、気づかんか、気づいても何もしとらんと思う。神の子が気づいとる可能性があるが、長いこと接触できとらんからな」

 腕をくみ、あごをさする。

 まあ、こんなところだろう。

「じゃあ、次だ。勇者っていうのは、誰のアイデアなんだ?」

 アルファはだまっている。しばらくして、アルファが勝手にやったことよ、と桃が書類を見たまま言った。アルファが、これしかないやろ、と桃に言い返す。今度は桃が返事をしない。


「そうか。じゃあ、召喚魔法とは、一体何なんだ?」


 アルファが眉をひそめた。

「ツコム、召喚魔法は、召喚魔法やで。さっき話したとおりや。今さらやろ。桃の眷属。召喚能力を授かった王族が使役する、リアルをメ界に連れてくることのできる唯一の存在や」

「つまり、桃は、アルファたちの主人ってことでいいんだな」

「主人……まあそうや。そのとおりや。なんや今さら」

「それじゃもう一度聞くけど、勇者の件と異変解明の件、誰の頼みなんだ?」

「誰の……」

「質問の意味をよく考えて答えろよ。俺は誰に頼まれている」

 アルファの眉がはなれた。アルファはしばらく俺を見つめていて、それから、体をわずかに後ろへむけた。

「桃……」

 桃は何も言わない。アルファは再びこちらをむき、うつむいた。

「そうだな。主人を差しおいて眷属が頼みごとをしてきてるわけだ。それで、俺は主人とその眷属と、どっちの意志を汲めばいいんだ?」

 両方ともだまっている。

「それから、頼みごとをしているのに、隠しごとがあるのも、気に入らないな」

「なんや。隠しごとなんか……」

「面倒くさいな。言わなきゃだめか? 召喚魔法、お前たちは、明らかにファ喚がおきる前からいるだろ。あれでごまかせたつもりだったのか? それに……別に何でもかんでも聞こうとは思わないが、桃が因率を下げるためにやったことについて伏せてるのも、嫌な予感しかしない」

 アルファはうつむいたままだ。桃はもう書類を見てはいない。アルファが話しはじめたときと同じように、無表情で宙を見つめている。

「やっぱり無理や桃。この人には、全部話さんと無理やで」

「知らない」

 桃がつぶやいた。

「どうやそれ見て。それにだってはっきり出とるやろ。わしはこの人になら」

「知らないって言ってるでしょ……!」

 桃が、ソファの上に書類を投げすてた。

「なんでわからんのや!」

 桃は閉じた両膝に両肘をつき、手で顔をおおい隠した。俺が目を覚ましたときと同じようなやりとりになっている。ケンカの内容は結局これか。

 俺はため息をついて立ちあがった。 

「申し訳ないけど、他をあたってくれ」

「ツコム!」

 アルファも立ちあがってきた。そのとき、急にドアが開き、手に紙束をつかんだ米が入ってきた。

「いやー。きつかったわあ。ようやく全部……おおうッ、部族がおる!」

「ブラボォー……」

「そしてその部族が襲ってきた!」

 俺は再び出ていこうとするブラボーに突進すると、腕をつかんで部屋のなかに引きずりこんだ。正面にいたアルファが、ブラボーを受けとめる。

「ツコム、桃は、今は混乱してるだけなんや。だからどうか」

 言いながら、アルファはブラボーを桃へとむけなおし、突きとばした。ブラボーがソファに座っている桃の上へ倒れこむ。桃はビンタを入れてブラボーを自分と同じむきへ変えると、その両二の腕を自分の両脇にとおし、締めあげるようにして拘束した。

「ならなおさら、嘘はついてほしくなかったな」

 俺はゆっくりとブラボーへ歩みよると、そのアホみたいに太い眉の片方を引きちぎった。なんだこれ。ごわごわする。人工芝みたい。

「ああ! わしの、わしの大事な、アホみたいに太い眉がぁ!」

 さらにブラボーの口をこじ開け、そのなかに眉をねじこんだ。

「まあ、俺は、たとえどんな状態にせよ、勝手にやったことだなどと言って、自分の眷属に対する責任を放棄するようなやつの頼みなんか、聞く気はないけどな」

 ブラボーが眉と口をおさえながら床に倒れ込んだ。

 その後ろから黒い炎があらわれた。

 桃から殺気が上がっている。俺を睨みつけている。

 俺は桃を見つめかえした。

「桃ちょっと! もうこれ以上引きのばせないわよ! も……」

 腹まきステテコ、そしてハゲヅラ泥棒髭姿のいばらが、ドアのむこうに姿を見せた。

「何も知らないくせに……」

「何も知らないのは君が何も話さないからだ。俺は、この世界の住民とちがって魔法を使えないんでね、話せない事情まで汲むっていうのは無理な相談だ。アルファ、お前はいいやつだと思うが、主人がこれじゃ、俺にはどうしようもない。悪いがもう行くよ」

「勇者の彼、もう行くって、ちょっと」

「行くって、ツコム一体どうするつもりや……そんな、部族で」

「家族と同じようにさせてもらう。興味深い話だったが、残念ながら俺には縁がなかった」

「桃、ちょっとどうなってるの? 勇者インタビューはなしってこと? 桃!」

「待ちなさいよ」

 腰羽がずり落ちた。

 桃が、羽をつかんでいる。

 そのまま全部落ちた。

 いばらが、口に手をあてる。

「ちょっと、やだこんな間近で。でも間近だとますますの勇者……」

 こんなシリアスな場面であれだが、現状、頭の羽根かざりのみの着衣である。あと槍。

「たしかに、あなたが言うように、アルファのやっていることを監督する義務が私にはあります……」

 いばらが、出ていくなら槍はいらないんじゃ……とつぶやいた。

「でも……」

 桃はうなだれている。

「でも?」

「……恥ずかしながら、私には、もう、この世界のことを語る自信がありません……私には……私は……もう、わからなくて……」

「俺は君じゃない。召喚魔法は君が呼びだした君に属する存在だ。どれだけ事情を抱えていようが、君自身が俺に頼むか頼まないか決めないのなら、俺はここから出ていくだけだ」

 桃が顔を上げて、再び俺を睨んできた。

 泣いていた。

 そしてその顔の上げ具合というか、上げた勢いに、すごく勢いがあって、その勢いのために、桃の涙のしずくが、俺の頬についた。桃の目からはすぐに力づよさが消え、彼女は再びうつむくと、さきほどと同じように両手で顔をおおい隠した。

「何もわからないの。何がおこっているのか、私が何をしたのか」

 俺は頬についたしずくを指先でぬぐうと、その指先を鼻の穴の前まで移動させた。

「あなたに勇者になってもらっても、異変の解明を手伝ってもらっても、それに意味があるのか、あなたに危険はないのか、何も」

 かいだ。

「誰かに助けてほしいって、ずっと思ってた。でも、アルファたちをファ喚と関係のないことに巻きこんでしまって、これ以上、もうこれ以上、誰かを巻きこむわけには……」

 かいだのだ。

「桃、そんな、早う言っとくれや! そんなことを、桃……」

 俺は目を閉じていた。

 そして、十分陶酔を、十分、その全身がしびれるような甘さを味わいつくしてから、目を開いて、桃(の頭頂部)を見た。

「話の途中だけどさ、OKだ」

 桃が顔を上げて俺を見つめてきた。

 頬に涙の筋ができている。

 俺は手を伸ばし、その涙の筋にふれようとした。桃にはたきおとされた。

「まさか、また、匂いなの?」

 桃が聞いてきた。

 俺は大きくうなずいた。

「ああ」

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