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戦場パーン

 見わたすかぎりの海洋と空、つまり視界全体を、様々な形態の生物兵――人軍用機、ジュブナイル連合国空軍(主に小鳥)、人軍用艦、ジュブナイル連合国艦隊(主に入浴玩具)――が埋めつくしている。それから、ひっきりなしの砲弾、銃弾、BB弾、水柱。そしてそれらの轟音。

 リアル史にあった、兵器による戦争というものだ。

「各隊交戦中。あー頭痛い。それ、と、人航空戦隊に故障信号が一。人艦隊に欠員信号が一。人潜水艦隊に体調不良信号……ああ。体調不良はこっちなんだけど……」

「ねえていうかぁ術美すごくない? それ見てよくわかるねぇ」

「あたし魔大でリアル史とってたからちょっと……いやあんた一緒に訓練受けたでしょうに。ていうかあんまりしゃべらせないで。響く……」

「術美昨日すごい飲んでたよねー」

「あんたのテーブルおっさんしかいないんだもんょ。マジうけたぁ」

「はあ。もう飲むしかねーって感じだった。マジやばい。頭痛と胸焼けで死ねそう……」

「術美大丈夫だよー。メ民は体調不良じゃ死なないよー」

「ありがとう。知ってる……」

「あっそうだー、シュー君昨日なんで本会で帰ったのー? あたしたち、絶対シュー君とラブラブしようって話してたのにー」

「え、いや、二次会とか、そういう……僕未成年ですから……それから、シュー君じゃなくて、ちゃんと長官と呼んでください。それに激励会は、そういう、なんていうか、そういう場所じゃないでしょう」

「やだー。シュー君まっじめー」

 戦場を見まわしていると、数百メートルほどはなれた海上で、何か小さなものが動いていることに気がついた。肉眼では判別がつかない。人戦艦しげる上を、脇腹まで移動する。

「あれ、アパチア君? アパチア君どうしたの……?」

 脇腹で、軍靴および軍足を脱ぎ、腰を下ろし、両足を伸ばして海水にひたし(暑いのでこうすると気持ちいい)、双眼鏡を取りだしてのぞきこみ、遠方の、その目標へとむける。

「ねえアパチア君……」

 中年の男性とイルカだ。

 中年男性は坊主頭で裸。イルカと体をぶつけあったり追いかけあったりしてじゃれている。魔法の国の人間には見えない。そもそも魔法の国の人間なら、何にも変態せずにここにいることが理解できない。ジュブナイル連合国にも人間はいることはいるが、そうだとしても、とても戦闘態勢には見えない。裸で武器ももっていない。しばらくすると、イルカが海中にもぐって出てこなくなった。男は、ただ立ち泳ぎしている。肩から上を海面にだしたまま静止している。

「っていうかここさ、日差しやばくなぁい? やばい、あたしUV全然のってないんだけどぉ」

「五次会まで行っといて、次の日の化粧のりに期待するほうが無茶だろ。いや、どうでもいいや。もう限界……」

「あ、術美寝たー」

 イルカがもどった。

 再び体をぶつけあってじゃれている。海水もかけあっている。そして、今度は男が海に沈んだ。イルカも、先ほどの男と同じように、数メートルの範囲で旋回し、その場をはなれない。なんだろう。潜水対決だろうか。魚とり対決だろうか。彼らはここが戦場だということに気がついていないようだ。もしかすると、戦争という概念を理解していないのかもしれない。多様化がすすんだとは言え、ロールによってはありうる。ジュブナイル地方近海に、イルカと人間の友情の物語――そのストーリーロールに固定されている登場人物たち――十分ありそうな話だ。

 すこしはなれた海面に、もう一つ背びれがでていることに気がついた。

 黒く大きい背びれ――シャチ。

 イルカがシャチに気がついた。二匹は顔を近づけあって挨拶している。ならんで泳ぎはじめた。そのとき、突如、二頭を水柱がおおいかくした。

 砲弾の着水だ。

 水柱がおさまってくると、背びれが一つだけ見えた。黒く大きい。シャチの背びれだ。あわてたように動きまわっている。やがて、海面に白と灰色のかたまりが浮きあがってきた。イルカの横腹。シャチが、イルカをつついている。頭をこすりつけるようにつついている。

 中年男が浮上してきた。

 動かない。イルカを見つめている。何かを言いながらイルカにとりついた。叩いたり撫でまわしたりしている。顔をのぞきこんでいる。わずかにイルカが動いた。生きている。動いたことに気がついた中年男が、イルカに抱きついた。

「あのみんな、もうちょっと、ちゃんと戦況を」

「えー、だって見方わかんないんだもぉん。術美もう突っ伏してるしぃ。この将棋の駒みたいなのが敵? 味方? それよりシュー君司令、日差しをどうにかしてくださいぃー。焼けちゃうんですけどぉ」

「シュー君司令て。一応天幕あるんですから、それで我慢してくださいよ」

 中年男が動きをとめ、シャチを見た。

 シャチを見ながら、シャチとイルカを、交互に指さしている。

 状況から推察するに、お前がやったのか、というところだろう。

 シャチが、あわてたように胸ビレを左右に振る。水がばしゃばしゃとはねる。中年男があたりを見まわす。シャチが、立ち泳ぎの状態から、海面を顎で叩きはじめた。なんだろう。海面を、いや、逆か。叩いているのではなく、頭部を振りあげているのか。頭上を見ろ、というジェスチャだ。落ちてきた砲弾にあたったことを示そうしているのだと推察できる。

 中年男が上を見あげる。

 つられて双眼鏡を上へむける。人戦闘機。人爆撃機。(小鳥の吊る)おもちゃブロック。(ラジコン機の吊る)おもちゃブロック。双眼鏡をもどした。中年男は視線をもどし、動かないでいる。状況から推察するに、シャチが何を言わんとしているか考えているのではないだろうか。

 男が再びシャチを見た。

 シャチを見ながら、シャチとイルカを交互に指さす。

 彼の想像力は働かなかったようだ。

 シャチの動きがとまっている。ちょっとかたむいている。中年男が何か言った。シャチは反応しない。不穏な空気だと推察できる。男が身ぶり手ぶりをくわえてまた何か言った。態度があらい。身ぶり手ぶりが細かく激しい。シャチも、胸ビレをいらだたしそうに揺らしはじめた。そして、男の体が発光しはじめた。

「あっ、そうだー柿もってきたんだー」

「柿? 何それ。意味わかんなぁい。マジうける」

「ああ、柿は二日酔いに効きますよ。タンニンっていう物質がどうとか」

「あれ? シュー君なんでそんなこと知ってんのぉ? 未成年とか言ってといてやっぱ飲んでんじゃぁん」

「ちがっ。父が二日酔いのとき、母がよく柿だしてるんです」

「嘘くさぉ。ねぇ」

「ねー」

 男が水面を叩いた。さけんでいる。口が大きく開いている。シャチが、胸ビレで同じように水面を叩いた。それが何度が繰りかえされたのち、男がイルカを抱きかかえ、横にぶん投げた。それから海……驚いたことに――

 ――海面に両手をつき、両腕を伸ばし、足底を海面にかけ、海の上に立ちあがった。

 発光がさらにつよくなっている。白いブリーフ一枚。よくしまった体だ。軍人だろうか。そのブリーフ男の全身が、光っている。

 イマジン・オーバーフロー。

 実際に目にするのははじめてだ。つよい意志や想像力によりイマジンが増大し、イマジンエネルギーが体外に漏出する現象。もし本当にイマジン・オーバーフローなら、海の上に立つぐらいのことは驚くに値しない。状況から推察するに、シャチへの怒りが、オーバーフローにいたるほどのイマジン増大をもたらしたということだろう。それから、ブリーフはリアルの可能性がたかい。イマジン・オーバーフローには自身のロールを超えるほどのつよい意志が必須要件で、理論上はメ民にもおこりうるが、生まれたときからロールのなかにいるメ民が、自身のロールを超えるほどの意志をもつことはまず不可能だからだ。

 シャチは一瞬動揺した素ぶりだったが、すぐに立ち泳ぎをはじめ、張りあう姿勢を見せた。こちらも驚きで、体の半分ほど、五メートルほどが海上に出ている。海上での立ち泳ぎはイルカの得意技だが、数十倍の体重をもつシャチとしてはほとんど神業だ。

 海の上を、発光するブリーフ男がシャチに近づく。すでにシャチの体が下がってきている。無理もない。何せ体重は、あの体長だと五トン近いはずだ。必死に体を前後させているが、動きが均一ではなくなってきた。ブリーフがかけだした。海上にでているシャチの体は、二.五メートルほどになっている。

 ブリーフが飛んだ。

 大きく右腕を後ろにそらせている。それから、全身をまるめるようにして前方へ振りぬく。

 ビンタだ。

 しなやかな背筋からの力を、あますところなく腕に伝えるビンタだ。シャチが、発光しながら残像になって吹きとんだ。

「ほぉら、術美おきな。柿食うと二日酔いなおるってょ」

「えーマジで……」

「あ、アパティーにも。アパティー。柿食べるー?」

 ブリーフの体から光が消えた。

 海中まで着水する。浮きあがってくると、シャチの飛んでいったほうには目もくれず、先ほど自分でぶん投げたイルカに泳ぎよって、抱きついて泣きはじめた。二十メートルほどのところで、シャチが腹を見せて浮いている。しばらくシャチに双眼鏡をあわせて様子をうかがっていると、体が回転した。何かやっている。その場で、片方の胸ビレを上げたまま片ビレだけで泳いで、何かをしている。男は背をむけていて気がついていない。ズームレベルを上げてみる。

 電話している。

 スマホを、体にあてている。耳はあそこだっただろうか。アイパッチ――目の上の白模様――が腫れあがり、ピンク色になっている。スマホは、一メートル以上ある胸ビレに対して十五センチほどしかないが、口が開閉しているので話せているのだろう。どうやってにぎっているのだろうか。そもそもどこにしまっていたのだろうか。しきりに男のほうをチラ見しながら話しており、かなりの恐怖心がうかがえる。それから、聞こえていたので双眼鏡を下ろしてふりむいた。人戦艦しげるの背中上部、肩甲骨の間に張られた天幕のなかから、茶髪のボブカールで大きな目の同僚女性、茶髪のロングカールで長身のやや目つきのきつい同僚女性、天然パーマの、気の弱そうな上司の青年の三人が私を見つめている。もう一人、茶髪のセミロングカール――だったが今はただの寝ぐせ――の同僚女性がいるが、その人はモニターテーブルに突っ伏している。名前は全員忘れた。双眼鏡を太ももの上において、両手を上げる。

「いくよー。ほーい」

 柿が飛んできた。

 つかむ。

 かぶりついた。

 甘い。

 むきなおり、片手で双眼鏡をもって再びのぞきこんだ。イルカがだいぶ回復している。柿がすごく甘い。頬がキューンとなる。イルカは自身の状態をたしかめるように、しばらくブリーフのまわりを泳いでいる。そしてはなれたところにいるシャチを見つけた。シャチも見ているが、ちかよってこない。腫れあがったアイパッチに気がついたのか、イルカが振りかえってブリーフに何やら聞いている。種が大きい。口をすぼめ、いきおいよく海へ飛ばした。ごめんなさい。ブリーフがうなずく。イルカの口と胸ビレがあわただしく動きはじめた。わめきたてている。状況から推察するに、自分の怪我はシャチのせいじゃないのに、なんてことをしてくれたのだ、といったところだろうか。

「アパチア君は、食べ物には反応するんだな……」

「え、自分の副官なのに知らないの?」

「いや……話すきっかけがなかなか……すぐどっか行っちゃうし……」

「うわあ、だめ上司って感じ」

「いや別に、これから仲良くなりますよ」

「アパティーはねーいい人ーだよー楽しい人だよー」

「え? 楽しい人なの?」

「うわあ、これだから男は……」

 見る間に、ブリーフに元気がなくなった。がっくりと首をうなだれている。イルカがブリーフの背後にまわり、体をシャチのほうへ押しだしはじめた。シャチは近づいてくる一人と一頭をながめている。数メートルのところまできた。イルカが押すのをやめる。ブリーフがすこし前に出た。

 ブリーフが、シャチに頭を下げた。

 シャチが、その場を泳ぎまわったり、とまって一人と一頭をながめたりを繰りかえしはじめた。動揺している。状況から推察するに、人間から暴行を受けたことを誰かに伝えたが、謝罪してきたのでどうしたらいいかわからないといったところだろうか。再び電話をとりだした。口は開いているが、動いていない。相手が電話に出ないようだ。シャチが電話をはなし、ブリーフに何か言っている。ブリーフが首をかしげ、近づこうとした。

 そして突然海中に消えた。

 シャチが電話をしまい、もぐった。イルカももぐった。誰もいなくなった。双眼鏡を手のひらにのせ、もう片方の手で双眼鏡を撫でまわす。撫でまわしながらぶつぶつ言う。双眼鏡が光り、レンズの間に小さな円柱――メッピングソナーが発生した。

「あれ? あれうおおっ、どうした! 何!」

「布が伸びてるー」

「光ってる……魔力だ。誰か魔法を……あっ」

「アパティーかー。アパティー魔力すごいからねー飛散分だねー」

「アパチア君の飛散魔力? すごいな……」

「おおこれはぁ、UVが、UVが遮断されてる! しかぁも何か、涼風が流れてきてる!」

「ああそれ、あたしの願望……」

「すごいー。超快適ー」

「それからシュー君司令。ついでにこっちも光ってるんだけど……」

「入電……本営か」

「シュー君パパから入電ー」

「パパって。父さんの前でパパとか言わないでくださいよ。つないでください」

「――こちら連合人艦隊人旗艦、人戦艦しげる。本営、どうぞ……」

「うひゃー。術美格好いいー」

「ほんとぉ。様になってるぅ」

「ちょ、だまって!」

《――こちら本営、オサム軍令部次長である。連合人艦隊人旗艦しげるの諸君、戦線展開大変に御苦労――》

「お気遣いいただき、誠に恐縮であります!」

「うわ、かた……」

「ちょっ。うけるぅマジで」

「かたかた親子ー」

《なかなか、軍人的な言いまわしが板についてきたなシュウイチ。ときにシュウイチ、連合艦隊司令長官の軍務はどうかね?》

「いや、どうかねと言われても。おぼえたのは挨拶ぐらいで、軍務も階級も軍の構成も、そもそも戦争自体、実務的なところがほぼわかりません。僕らはついこないだまで、動物とうたったり、ごちそうを生みだしたり、そんな生活をしてたんですよ?」

《え、知ってる。一緒に住んでたじゃん……》

「……」

《大体、こっちのセリフだよそれ。軍令部次長ってなんだよ。何するポジションなんだよ。何番目のポジションなんだよ》

「と……次長……」

「何するかはしらんけど……軍令部は海軍のトップ組織で、参謀本部が陸軍のトップ組織で、だから参謀次長と同格? 同列三番? あーでも陸軍のほうが立場がつよいから、やっぱり四番目? あ。いや軍政を忘れてた。海軍大臣がいるから五番目? 六番目……?」

《え、何、君くわしいね。ちょっと聞きたいんだけどいい? なんで海が軍令部っていう名前で、陸は参謀本部っていう名前か知ってる?》

「そもそも陸軍しかなかったからかな。ごめんちょっとそこまではわかんない……ていうかまわりみてれば立ち位置ぐらいわかんだろ……」

《た、ごめんなさい》

「……」

《……いや魔法による人兵器化はさすがにみんなすんなりいったんだけどね、組織化のほうって、まったくと言っていいほどそれに追いついていなくてね》

「ごめん興味ない……」

《……》

「あ、誤解しないで。リアル史には興味ある……」

「ねえ、術美? 何これ」

「うん? ……あ。これ、シュ……司令長官殿?」

「どうしたの?」

「何やら人潜水艦隊の信号が、なんか、ついたり消えたり……」

「ん? なんだこれ。こんな状態はマニュアルにないぞ」

《マニュアル読んだんだ。シュー君えらいね。父さん一ページも読んでないんだ。眠くなっちゃうんだもん》

「読めよ! いや、それよか、父さんシュー君って。ちょっと」

《え? ごめ……》

「あれえ? シュー君って呼ばれてるんだ?」

「やだーシュー君かわいー」

「ああもう……大体父さ……おおうッ!」

「うおおっ、なんか鳴りだした!」

「びっくりさせんなよ……せっかく頭痛おさまってきたのに……」

「うるさいー」

《何? 何の音?》

「うーん。まあ、見てのとおり、人潜水艦、ほぼ全艦信号不良すね……」

《見えないんだけど。……なんか、いそがしそうだからそろそろきるね……》

「あ、ちょっと待ってください父さん!」

《何?》

「ねえ父さん、そもそもどうして、魔法の国の国政部は戦争なんかはじめたんですか? こんな、リアルの真似事なんかして」

《それは……あれ? それ何の音? 今度は》

「くると思った。人潜水旗艦たけしから非常時魔法入電すね……」

《じゃあもうほんと手みじかに。みんな、よく聞きなさい。シューイチ、技手の諸君、それから副官のア、そういえばアパチア君は?》

「ああ、まあ、います」

《そう。とにかくみんな。軍令部次長としてこれだけ言っておくよ。今は、戦争をしているというロール……え? 待って待って俺もやる! いややるやる! すぐ行く!》

「父さん!」

「切れたね……」

 双眼鏡は光り続けている。メッピングソナーがどんどん伸長し、海中に入った。双眼鏡をのぞきこむ。ソナーパースモード――双黒バックに、海中のオブジェクトが白い線形状になって表示されている。

 巨大ダコだ。

 巨大ダコが、ブリーフを海中に引きずりこんでいる。

 タコ足にからめとられているブリーフと比較して、二十、三十メートルちかい。シャチとイルカがまわりを泳いでいる。数本のタコ足によって拘束されたブリーフが、他のタコ足による往復ビンタリンチ似あっている。 

 シャチがタコの正面に入った。

 往復ビンタしていたタコ足がとまる。

 シャチがタコの顔の前で身ぶり手ぶりしている。状況から推察するに、携帯電話で巨大ダコに復讐を依頼したが、謝罪してきたので、中止してほしいといったところだろうか。ブリーフに対するタコ足の拘束がとかれた。顔が腫れあがったブリーフがゆっくり沈んでいく。小さな物体が、一緒に沈下している。イルカが気づいて、近づき、口でくわえた。ズームしてみる。

 携帯電話だ。

「俺もやるやるって、絶対ゲームかなんかだよねあれ……」

「あははは。超ぉうけるシューパパ」

「シューパパなんかかわいかったー」

「もういい……たけしにつないでくれ……」

「はーい。――こちら連合人艦隊人旗艦、人戦艦しげる。人潜水艦隊人旗艦たけし、どうぞ……」

《緊急! こちら人潜水艦隊人旗艦、第壱攻撃型人潜水艦たけし艦長、人潜水艦隊司令、たけし長男たけのり中佐! 人無線が使用不能のため、非常時魔法電話にて報告!》

「長い……そして人が多い……」

「ながーいーうざーいー」

「短くできねーのかょ。できんだろぉ。たけしんとこの息子だろぉ。要するに」

「気にするな。御苦労。続けてくれ」

《全艦人無線および人ソナー使用不能。連合国人魚隊、およびマーマン隊によるエコーロケーションが原因と思われます》

「エコーロケーション……て何?」

 巨大タコが近づいてきて、再びブリーフをタコ足にからめた。今度は拘束ではなく、ブリーフの沈下をとめたようだ。ブリーフが巨大タコを見た。ソナーパースでは口が動いているかどうかまではわからないが、何かを言っているような素振りだ。巨大ダコが首をかしげている。巨大ダコが顔を近づけてきた。ブリーフはまだ何かを言っている。巨大ダコがさらに顔を近づける。

 突然パースが乱れた。

 砂嵐のように、黒と白が入り乱れている。海中に大きな振動が発生したということだ。パースが安定してくる。

 巨大ダコが見あたらない。

「なるほど……。つまり、人魚隊とマーマン隊が、音波を乱発することで人無線や人ソナーを使えなくしているということか」

「それって、けっこうまずい?」

《視界は五メートルもないんです! 相手の位置補足がまったくできません! むこうは海中での感知能力が段違いですので、こちらはサンドバッグ状態です!》

「ちょっとあんまり騒がないで……今考えるから……」

 パースの拡大率を下げる。

 巨大な生物が二つ。片方を片方が追いかけているような状態だ。もう一つの巨大な生物も似たような形状だ。足の数が一、二、三……十本ある。

 イカだ。

 巨大イカ。

 巨大イカが、ふっとんでいく巨大タコを追いかけている。タコ足をつかまえた。タコ頭部にイカ足ビンタ……は、あれは、効いていないだろう。表面が球状でぬめっているのに、ヒモ状の足ビンタで芯をとらえるのは困難ではないか。タコが同じようにタコ足ビンタをイカ頭部に入れたが、これも効いている様子はない。

 次につねりあいが始まった。

 頭部の一部の皮を、まるめた足でしぼるようにしている。だが、おたがいに効いている様子はない。

 次に頭部全体への絞めあげあいが始まった。

 だが上か下にすべって絞めあげるにはいたらない。ただ密接に抱きあっているだけだ。抱きあって、撫でまわしあっているだけだ。

 はなれた。

 しばらくおたがい何もしない時間。

「なるべく一箇所にかたまったほうがいいんじゃないですかね……わかんないけど……」

「サンドバッグって言ったよね。ってことはぁ、相手の攻撃はなぐるけるだけってことぉ?」

《あと尾びれで、ビンタです》

「ならシュー君の言うとおりかたまったほうがよさそう。攻撃された時点でとりかこめば、格闘なら、ある程度応戦できる……」

《でも視界ないのにどうやって》

「あ、そーだ! 魔法でライトは使えるー?」

《ライト? ライトぐらいの魔力ならみんな大丈夫だと思いますが》

「そうか! 光れば、おたがいの位置ぐらいはわかるかもしれない」

「かもと思ってー」

「すごぉい術代!」

《なるほど! その手があったか! すぐに魔法ライトでおたがいの位置を確認し、一箇所に固めます!》

 タコが頭つきを入れた。

 これは効いた。イカが、タコを拘束していた足をはなし数メートル顔面をおさえる。イカがやりかえすが、頭部が板状でできているため、効果がない。タコが勢いづいた。イカにおそいかかる。イカが逃げる。タコの頭つき。イカがよける。再び頭つき。イカが、カウンターで足ビンタを入れた。タコが顔をおさえるが、そのまま体当たりでつっこむ。効いている。イカが頭部をおさえながら逃げる。タコが追いかける。

 ふと、まわりにオブジェクトが現れはじめた。

 オブジェクトはかなりの数だ。

 人間サイズのオブジェクト。状況から推察するに、人魚とマーマンだろう。つまり、状況から推察するに、イカとタコはたがいを吹きとばしながら戦ったため、魔法の国人潜水艦隊とジュブナイル潜水軍の戦域に入ってしまったということだろうか。人潜水艦は十メートルほどのサイズのはずだが、そのサイズのオブジェクトは見あたらない。パースをあちこちへむける。戦場の端で人潜水艦らしきサイズのオブジェクトが、数珠つなぎのようになっている状態を発見した。三十ほどのオブジェクトのつながりが十。人潜水艦隊の数と同じである。パースをタコイカにもどす。タコの頭つきが入るところだった。イカが数十メートル吹きとぶ。

 戦場に散在している人魚とマーマンの一部が巻きこまれた。

 巻きこまれたジュブナイルの潜水兵は、四方に飛ばされたのち、ゆっくりと浮上をはじめた。気絶しているのだろう。すぐにタコが追随してくる。イカが墨をはいた。攻撃態勢に入っていたタコは顔面に直撃を受ける格好になった。イカが、十本の足をまるめた状態でタコのふところに飛びこむ。足を一斉に伸ばした。

 ドロップキック。

 タコが吹きとんだ。

 タコの背後にいた人魚かマーマン数十体がまきぞえになった。

 先ほどと同じく、四方に散ったオブジェクトは、ゆっくり浮上している。

《三十艦で手をつないだチームが十できあがりました》

「いそがしいと思うが、攻撃があったら、できるだけ戦況を伝えてくれ。また何か役にたてるかもしれない」

《ありがとうございます司令》

「なんだか、信号不良の艦が減ってきてるね……」

「ていうかぁ、あたしたちぃ、やることないんだけどぉ」

「シュー君と術美ーさっきからまじめー」

「あ。シュー君てさぁ、司令になる前ぇ、何してたか知ってるぅ?」

「知らないー。えっ、知ってるの? 聞きたーいー」

「ちょっと!」

「え? 知ってんの? あたしも聞く……」

「――でさぁ、――でぇ、――だったんだってぇ」

「マジでッ? すげー意外……」

「やだーシュー君かわいー」

「ちょっと! やめてくださいよ!」

《一応、人無線、人ソナーともになおったようなんですが……》

「……ん? 何かおかしいんですか?」

《はい。連合潜水軍が見あたりません》

「慎重に探してください。まだ人ソナーの調子が完全でない可能性もあると思うんで……」

《でも魔法による波動で、兵が直接感じとるしくみですよ。海中に連合潜水兵がいないのは……あ、いた。かな。いたけど。これ、一体どういう》

「どうしたんですか? どういう状態かちゃんと」

《海面付近に大量の反応あり。先ほどまで交戦していた連合兵の反応にとても近いです》

「海面? ちょっと待って」

「お? どこ行くのぉシュー君」

「あたしも行くー」

「あたしはいい。直射日光を浴びたくない……」

「なんだこれは! 一体どういうことだ」

「うわー何だぁこれ。すげぇーキモいことになってるょ。わははは」

「うわぁー大変ー何これー」

《司令? 何か見えますか? 連合潜水兵ですか?》

「潜水兵だ。人魚とマーマンが、千ちかくはいる」

《千……潜水軍のほぼ全体です!》

「何? 全滅してるの……?」

「全滅してるぅ! すげーことになってるぅ!」

「いっぱい浮いてるってこと? キモ……。いいや、見ない……」

 イカが土壇場で編みだした全足ドロップキックが勝敗を決め、タコは散々四方へ蹴りとばされたのち、大量の墨をはいて周囲の視界をなくし、海底の岩陰に逃げこんだ。何かしている。パースをタコに拡大する。

 電話だ。

《やった……! なんか、勝った……!》

「なんか勝ったって。手つないだだけなのに……」

「手つなぎパワー! 友情パワーかなー」

「友情パワーか。わはは。いいじゃなぁいそれ」

「そんなわけ……たけのり中佐、イマジンとか魔法とか、何かそういったものが働いた形跡はないんですか?」

《いや、私は何も感じませんでしたが。ソナーがつかえないと数メートルよりむこうで何がおきているのか、まったくわかりませんし……》

「あーあたしわかっちゃったぁ。これはぁあれだ。おぼしめしだょ」

《おぼしめし?》

「おぼしめし……」

「おぼしめしって何ー?」

「もうこれぇ完全におぼしめしだ。みんなで仲良く手をつないだから、メ神様がおぼしめしをくれたってことだよぉ」

「術子中尉……」

「術子何それ。何その発想。ヤバいでしょ……」

「おー神様ー! やっぱ仲良しパワーは偉大かー!」

《あの。さすがにちょっとそれは》

「いやたけのり潜水司令、この人たちのことは気にしないでいいですから……」

 イカが海底に降りてこない。海底に逃げたこと自体気がついていないのだろうか。双眼鏡をあちこちへむける。

 元の場所にいた。

 イカ以外に、人間のシルエット、そして大小の同じシルエット――イルカとシャチがいる。一人と二頭と一杯はその場から動かない。話しこんでいるようだ。一人と二頭が頭を下げた。イカが遠ざかりはじめた。状況から推察するに、それぞれ反省し、謝罪する行動に出たが、タイミングが悪くこんな大げさな喧嘩に発展してしまった。巻きこんですまない、と言ったところだろうか。

《それではこういう状況ですので、小休止をとったのち、艦隊の支援にまわります》

「よろしく頼みます。たけのり潜水司令」

「と、続いて第弐人艦隊人旗艦てるおの、みつる長官より入電す……」

「人艦隊……わかった。つないでくれ」

「――こちらしげる。みつるどうぞ……」

「一気に縮めたっ。術美のめんどくさぁいが出た」

「呼びすてだねー。年上なのにー」

《なぜお前が連合人艦隊の司令長官なのだ》

「……お疲れ様です、みつる司令長官殿。僕が連合人艦隊の司令長官なのはあなたよりくじ運が悪かったからです。いい加減、その話はよしてください」

《せめてくじ運がよかったからだと言え! ……ところで、海上艦が軒なみピンチなんだが、何か対策はあるか?》

「どういう状態ですか?」

《ジュブナイルの連中が卵とスライムをぶつけてきてて、人艦のゴーグルがぐちゃぐちゃだ。というかしげるは平気なのか?》

 一人と二頭の周辺に、小さなオブジェクトが発生しはじめた。二十ほど。それぞれどんどん大きくなる。これはオブジェクトが近づいてきているという表示だ。形がだんだんはっきりしてくる。それぞれに多数の足。八本ずつ。

 タコだ。

 巨大ダコの群れだ。

 タコが広がっているのでパースの拡大率を下げる。視界のはしから元々いたタコが上がってきている。かなりの速度だ。状況から推察するに、ボコれと頼んだのはそいつらじゃない、と言ったところだろうか。一人と二頭が気づいた。しかし二十杯のタコがすばやく球状に広がり、一人と二頭の退路を断った。計百六十本のタコ足が伸びる。一人と二……三オブジェクト、三ジェクト……いや、トリオをがんじがらめに拘束した。一斉に墨をジェット噴射ではき――

 ――吹きはじめた。

 高水圧の直線状の墨だ。

 パースがやや乱れる。最初ダコが、ジェット墨を吹きつづける二十杯ダコのまわりをまわり、たまにとりついたりしている。しかし

二十杯ダコに反応はない。自身の振動で気がつかないようだ。

 ジェット墨がとまった。

 二十杯ダコたちが、空いているタコ足で顔をおさえている。

 状況に変化はない。中央の三オブジェクトに拡大する。ブリーフが必死に腕をだそうともがいているが、まだだせていない。イルカとシャチも胸ビレで顔をかくしている。それ以外の状況に変化はない。二十杯ダコたちが、トリオを拘束しているタコ足もはなし、それぞれ八本全部で顔をおさえはじめた。状況から推察するに、ブリーフが再びイマジン・オーバーフローを発現したのではないだろうか。ソナーパースではわからないが、つよく発光し、ブリーフ以外がまぶしくて顔をおおっているという推察はどうだろうか。二十杯ダコたちが、顔をおさえたまま、後じさりしている。さらに発光が強まっているのではないだろうか。ブリーフの指が動いているのが見えた。ブリーフの手へ、さらに拡大率を上げる。

 ガラケーだ。

 ボタンに指がかかっている。ボタンの上を、指が激しく動いている。通話ではない。メールだ。メールを打ちおえると、ブリーフは、携帯電話をブリーフにしまった。

「しげるのゴーグルもぐちゃぐちゃでした。そして寝てた」

「だからさっきから、しげる泳いでなかったんだねー」

《さすが連合人艦隊の司令長官様。いい気なもんだな。だがさっきのジュブナイルの潜水兵殲滅の手腕は大したものだ。こっちにも妙案を授けてもらいたい》

「ちょっと待って。今考えます……」

「ちょっと待ったー! 今度はあたしが考えるー!」

「アタシもぉ! 今度はアタシたちにやらせて!」

「いや、術代中尉、術子中尉。みんなで……」

《なんだ、さっきのは技官のアイデアなのか?》

「いや、アイデアっていうか、そもそもなんで」

「しー! いいからー。えっとねー……わかった!」

「おおぅ、術代もぉ思いついたの?」

「うん。あれだー。油を塗ればいいんだよー。そしたら、卵もスライムもすぐとれるよー!」

「よぉーしそれだ! 術代ぉよくやった!」

「えへへー」

「そうだな。たしかにいい案かもしれないですね。ただ、一度汚れを全部落としてからじゃな」

《よしわかった! 至急油を塗らせる! 妙案感謝する!》

「ちょっと待って! 一度汚れを」

「切れたす……」

「て、てるおに至急入電を返してください!」

「――てるおー。おーいてるおー。出ないす……」

「余計みえなくなっちゃうかなー」

「どぉだろうね。超ぉうけるてるお」

 パースの下部に、横に長い線があらわれた。戦況の全体をとらえた状態から、むきも拡大率も動かしていない。海底はもっと下だ。それに岩などで線形は崩れている。この線は浮上してきている。動いている。拡大率を下げる。さらに下げる。二十メートルあるタコ同士の判別がつきづらくなったあたりで、ようやく線の端――平坦な頭部が見えた。

 鯨だ。

 百五十メートル――二百メートルはある巨大鯨だ。

 戦況がわかりづらいので再び拡大する。ブリーフが右手でイルカの尾ヒレ、左手でシャチの尾ヒレをつかんでいる。そして二頭をつかんだまま、超人的なバタ足で沈降しはじめた。足が残像になっている。大量の水泡があらわれ、その部分のパースがやや乱れる。ブリーフが鯨の後頭部あたりに到着した。パース全体が乱れはじめた。

「あ。きた。てるおより入電すね……」

「つないでください……」

《ちょっと! シューイチいる! シューイチだしてちょっと!》

「いますよ……」

《とんでもないことになったんだけど! 黄色と黄緑で、黄黄緑で、ねっとりのぐっちょんぐっちょんなんだけど!》

「勝手に切るからじゃないですか。一度洗剤で落としてからじゃないと、油とまざって余計落ちにくくなるに決まってるじゃないですか」

《そんなのわかんないもん。全艦に指示したから、これ全艦もう見えてないよ何も。どうすんだよこれ》

「誰も途中で気づかないのかよ。もーどうしますかね。とりあえず今からでも洗剤で洗ってみるしかうおおっ! 何だ!」

《何だこれ! ちょっ、あれ!》

「うわあーあれ見てー」

「ちょっ、何? 天変地異?」

「何なの? 海中で何か……」

 軍服がずぶ濡れになった。

 双眼鏡を外す。しげるが激しくゆれている。波が打ちよせて、海水が全身にかかりつづけている。しげるの背中上部の天幕のむこうを見あげる。幅三十メートル前後、高さ百メートル超の水柱である。直上にいたタコ、気絶していた人魚、マーマンはすべて押しあげられ、周辺に浮いていた気絶人魚、気絶マーマンも、海上はるか上空までの噴流にのまれて、同じように押しあげられている。

 状況から推察するに、巨大鯨による巨大潮吹きだ。

 双眼鏡にかけた魔法をとく。メッピングソナ―が双眼鏡から消滅した。水柱上部へ双眼鏡をむけ、再びのぞきこむ。水柱は百メートル超だが、タコ、人魚、マーマンは、そこからさらに打ちあげられ、空中戦を繰りひろげていた(小鳥の吊る)おもちゃブロック、(ラジコン機の吊る)おもちゃブロックに激突している。同戦域に魔法の国の人戦闘機、人爆撃機も存在しているが、打ちあげられたものたちが激突しているのはジュブナイル連合空軍の航空戦隊のみだ。そして見たかぎりでは、打ちあがったすべて物体が、ジュブナイル空軍のどれかにあたっている。

「ねぇちょっとぉ。あれ」

「あれ? なんか、ジュブナイルのやつにだけあたってない?」

「ていうかそもそも何で全部あたってるの。しかもあれ、明らかに途中で方向変わってるし……」

 状況から推察するに、これはイマジン・イーチアザー現象によるものだ。

 イマジンには、伝播しやすく、生物に滞留しやすい性質があることが判明している。また、イマジン同士で引きあう性質があることも判明している。これらの性質は、イマジン・イーチアザー現象と名づけられている。オーバーフロー状態のブリーフが鯨に密着し、その鯨が吹いた潮で、タコ、ジュブナイル潜水兵が打ちあげられた過程を考えれば、高濃度のイマジンを、吹きあげられたものたちが体内に滞留させている可能性は高い。魔法はイマジンを応用した技術だが、結論だけ言うと含有イマジン量は少ない。これらの推察が正しければ、魔法によって変身している人航空戦隊が激突をまぬがれているのは自然なことであるといえる。

「人航空戦隊のいさむ司令より入電す……」

「つ、つないで……」

「――いさむどうぞ」

「短ぁ」

「考えうるかぎりの最短になったねー」


《こちら第一人航空戦隊司令いさむ。戦況報告。ジュブナイル連合国空軍、壊滅。繰りかえす、ジュブナイル連合国空軍、壊滅》


「なんでゴーグルやったのに、空が……」

「きちゃったょこれぇ。完全に」

「え?」

「おぼしめしきちゃってるょこれぇ」

「いや、術子……」

「おぼしめしもここまできたかー」

「ちょっと。術代……」

「いやいやおかしいだろ! 仮におぼしめしだとしても、なんで艦隊がゴーグルに油塗ったら水柱で激突でジュブナイルなんだよ!」

「落ちつけシュー君……」

「いいんだよぉ! メ神様にしかわからないことわりがぁ、あるんだよぉ!」

「ことわりって! 絶対何か原因が」

「シューイチぃ。あんたはぁ、神になるぅつもりかい?」

「え……」

「そうやってぇすべての事象の原因をつきとめるのかって聞いてんだょぉ。どんな事象も自分でつきとめられるって、そう言うのかょぉ!」

「じゅ、術子中尉」

「極論でた……」

「術子も壊れたー」

「メ神様の前でぇ、おぼしめしじゃなく、すべてにはぁ原因がある。僕は神にならぶってぇ、あんたそう言えるのかぁ!」

「いやそんなこと! とんでもない」

「じゃぁいいじゃぁないかシューイチぃ……な? じゃぁいいんだょ……」

「そう、なのかな……」

「早ー。折れるの早ー」

「術子。キャラが……」

「なんか、すいませんでした術子さん……」

「上司じゃなくなった……」

 水柱がだんだん短く、細くなり、消えた。そして今度は、水柱の消えた位置の海面そのものが浮きあがってきた。水柱の十倍はあろうかという幅だ。双眼鏡のズームレベルを下げる。ちがう。海面ではない。灰色。

 鯨だ。頭部からすこし下がったところに、人が立っているのが見える。再びズームする。

 ブリーフだ。

 右手にイルカ、左にシャチをもったままで、仁王立ちしている。かなりつよく発光している。

「残るは、艦隊だねー」

「え……?」

「そうね。残りは艦だけ。シュー君、どうするの……」

「そもそも何にもピンチきてないけど……」

「ちょっとぉ何ぃ? 何であたしを見るのシュー君。おぼしめしは否定するんでしょぉ?」

「いや、術子さん。どうやらあなたのご慧眼が必要のようです」

「信者になった……」

「シュー君ー」

「あ、あそう……まあいいけどぉ。そうね、こっちから何か聞いてみたらどうかしら」

「わかりました……術美中尉、全隊につなげてください」

「いいの? 大丈夫? 冷静?」

「メ神様はいつも心おすこやかですよ……」

「あそう……なんかめんどくさいキャラになったからいいや……。はいどうぞ」

「全隊につぐ! 誰か何か、異常はないか?」

「漠然……」

「漠然ー」

《だ、第肆人艦隊、人駆逐艦こうじの、ひできち少佐であります。あ、あの、異常というほどではないんですが……》

「どうしたんですか?」

《あの、腹部を、ずっと水につけているためか、先ほどから腹痛が……》

「腹痛か……」

《こちら第参人艦隊、人特殊潜航艇みちたろう少佐。ひできち少佐、お言葉ですが、それを言ったらこちらは常に全身なんで、おなかなんかとっくに痛いですよ》

《第捌人艦隊麾下人航空戦隊のこまきち大尉……われら空軍もずっと風にさらされているので……おなかはわりと……》

 水柱がなくなったことで、タコ、人魚、マーマン、ジュブナイル空軍の小鳥インコ、ヘリ・小型プロペラ機等(人格あり)のラジコン機が直下に落下しはじめた。ブリーフが頭上を見あげる。

「あ! そうだ。合谷っていうツボが手にあるんだけど、親指と人さし指のつけのところを……」

 両腕を上げ、シャチとイルカをまわしはじめた。さらに発光がつよくなる。すべての落下物が、ブリーフを目ざすかのように、ブリーフの真上に一列にならびはじめた。

「けっこう、つよめに押して……」

《あっ、本当だ、痛くなくなった》

《あでも、はなすとすぐまた痛い。あでも、押すとすぐまた消える》

「胃痛にも効くみたいだよ」

「マジで……ちょっと、あー。あーいいかも。あれすね、かなり、けっこうつよめに押しこむ感じね……」

「うん。痛いくらいのほうが効き目ある」

「えー。どこー。よくわかんないー」

 イルカとシャチが加速し、二頭とも残像の円のようになっている。落下物たちが、シャチとイルカに吸いこまれていく。二頭にあたった落下物たちは四方八方に弾かれている。もう別に双眼鏡で見る必要もないので、双眼鏡をおき、肉眼で飛んでいく兵他をながめる。ながめながら、親指と人さし指のつけねを押す。そもそも腹痛も胃痛もないため、つけねが痛いだけだ。だがわりと腹痛もちなので、記憶にしっかりととどめた。

《お話中申し訳ないが、先ほどの、第弐人艦隊人旗艦てるおの、みつるだ。戦況報告を入れたいのだが》

「お。おお。おおお」

「戦……どうぞ……シューイチ、おおおうるさい」

「きた。きたぞぉ」

「ゴクリー」


《――ジュブナイル連合国洋上艦隊が、ジュブナイル自身の航空戦隊および潜水兵、および正体不明のタコとの激突により、壊滅》


「お。おおっ。おおおおおっー!」

「や、やったぁー!」

「き、きた。本当にきた」

「おおお、おぼしめしです! ああメ神様ッ! メ神様ァ―ッ!」

「シュー君が完全にダメだ……」

 打つ対象がなくなった。

 再び双眼鏡をのぞきこむ。男が、手にもったイルカとシャチとともに海中へ移動した。イルカとシャチをはなす。それから、鯨の頭部を撫でたり、叩いたりしはじめた。鯨の低い管楽器のような声で鳴いた。状況から推察するに、おたがい挨拶をかわしたのだろう。しばらくして、鯨が海中に沈んだ。立ちあがり、軍服を脱いで、下に着ていた水着だけになった。

「あの……ちょっと出てきます」

「言っただろうぉシューイチ。メ神様わぁ、全能でぇ、あらせられるぅ」

「おおお。なんてすごいんだメ神様……ああ、術子様、申し訳ありませんでした。私が間違っておりました」

「あの……」

「しかし、メ神様はぁ、そんなお前の罪もぉ、お許しになられるのですょ……」

「メ、メ神様! おおおお」

「ああアパティー。どうしたのー? どこに行くのー?」

「え……アパチア? おお、アパチア君。えと……こんにちは」

「こんにちは」

「うぉぅ。アパティー意外と胸あるんだねぇ……」

「着やせするってよく言われます。ちょっと、出てきますね」

「ああうん。気をつけてねアパチア君……」

「気をつけてー」

 魔法でゴムボートをだした。

 進水させ、乗りこむ。オールは魔法で自動的に動いている。双眼鏡をのぞきこむ。

 ブリーフはイルカとシャチを介抱している。



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