ドナ・スカーレットの焦燥
幕舎がならんだ盆地の入口に、見張りを見つけた。
二人。
カーキ色の上下に、褐色のプロテクターをつけている――魔法の国兵。
先ほどはいなかった。いや、そもそも起きあがれているものが一人もいなかった。
万が一を考え、ハンドサインで、十名にローカルを切るよう伝えた。
建物の陰と木を伝い、少しずつ、近づく。
兵たちの視線がそれた瞬間に、地を蹴り、駆けだした。すぐに気づかれたが、そのときには、もう宙を待っていた。
二人の頭上。
両腕を下方へ突きだす。
「『子守唄』」
声もあげず、兵たちがくずおれる。入口付近の、荷置き場となっている幕舎のなかへ引きずり込み、猿ぐつわをかませ、後ろ手にしばりあげた。
ある。確実になにかある。
サインを出す。十名を敷地内へ散った。
幕舎のあいだを慎重に移動し、変化をさがした。いくつかなかの様子をうかがってみたが、やはり簡易ベッドに伏せたり、床にうずくまったりしているものばかりだった。
担当区域を半分ほどきたとき、それは見つかった。
魔力用の防壁。
いくつかの幕舎をおおうように展開されている。耐性よりも、防壁そのもののカムフラージュに割合を割いている。
荷置き場の陰に身をひそめたまま、無色透明の防壁を見あげ、ドナは、唾をのみこんだ。 わざわざ幕舎に魔力用防壁を張っている。
間違いなく、魔法を使っている。
これだけ近ければ、魔力の動きだけはわかる。はじけては消え、そのたびに弾ける数が倍に増えている。
防壁に侵入検知機能がつけてあるかどうかまで、わからなかった。普段は、入らない。なかを見ずとも、行われていることは、大体想像がついている。欲求をおさえきり、もどろうとした。幕舎間の通路に、人影があった。魔法の国兵。反対側を迂回しようと振り返る。そちらも人影があった。偶然か、どこかで気づかれたのか、考える余裕はない。戦闘能力の差。どちらも、自分より上に見える。敷地外への最短距離。そのルート上の兵をえらんだ。覚悟を決め、飛びだした。兵がすぐに剣を抜いてきた。民兵の動きではない。正規兵。兵の脇をめがけて走る。即座に進路を断ってきた。立ちどまり、逆手でダガーを抜いた。
胴にむけて、剣を横薙ぎにつかってきた。速い。近すぎる。ダガーで受け、吹き飛ぶしかなかった。後転し、どうにか体勢を整えた。
「どうして、わたしのパートガチなの?」
そして小声でそう問いかけた。
「優等生をとるか、汚れをとるか、選べばいい」
駆けこみ、突き入れてきた。ダガーではじき、距離をつめ、どうにか二の腕にふれた。
「『逆撫で』」
兵がうめき、眉を釣りあげ、無軌道に剣をふるいはじめる。
いくつか武器を交わした。
自分の大振りに耐えきれず、兵が転倒した。転倒しても、足を動かし、まだ剣をふるっている。
「汚れなんて、私にできるわけないじゃない」
そう言い捨てると、踵をかえし、敷地外にむかって駆けだした。やってみなけれりゃわかりませんよ――背後から兵の声がとんできた。上体だけで振りかえり、汚れ以外で盛りあげる人だっているじゃないと叫びかえす。自意識過剰だ――その返答を無視して、ひたすら幕舎のあいだをかける。林の手前まで到達したとき、何かに、横から突き飛ばされた。別の兵。背中に乗りあげられた。胸がつぶれ、呼吸ができなくなった。林のなかの陰。アンラッキー中田。動揺している。助けにでるか、迷っている。小さく首を振った。アンラッキーは動かない。耐えるように、顔をしかめている。自分を仕事をしなさい――気付かれないよう、首を振りつづけた。
「『七色の当人』」
アンラッキーが踵をかえすのが見えた。そして、ようやく、ドナは目を閉じた。




