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メルヒェンランド  作者: 袋ラーメン☆好き男
魔法の国編 序
19/36

ママはダウナー……

 大概うれうは、霧の濃い、沼の湖畔に横たわっていた。

 草が、ちりちりと顔を撫でる。

 でも、こんな女に横たわられて、草のほうが迷惑だろうと思った。

 いつものことだが、体に力が入らない。すでに数時間は横たわっているだろうが、知らない人(人ではなく米のような形をしたロボット的なものだったが)と話し、行動をともにしたため、そのストレスが解消されるまでには、少なくともあと半日はかかるであろうと思われた。

 是非もなかった。

 家族全員が、行くと決めてしまったのだ。乗るしかなかった。

「はあ」

 うれうは溜息をついた。一度目は口から、二度目は口を閉じて鼻からだ。空腹を感じはじめているが、食事などしようがない。そもそも家族がいなければ食事を作る気も摂る気もおきない。草でも食べていれば死なないだろうか。いや、そもそも空想の世界だと言っていたから何も食べなくても死なないのかもしれない。それなら便利だ。

「ガーくんに会いたいな……」

 つぶやいた。

 ガーくんはアホだ。それはもう類いまれなるアホだ。五〇音があやしい。通貨という概念を理解できているかどうかがあやしい。動物というのとは違う。すべて一次元。ワンアクション。複雑な事象も、ガーくんにかかれば、たった一つのカットに収まってしまう。そして、そんなガーくんは、暇さえあればうれうを突く。前から後ろから突く。ガーくんに突かれまくっているときは、そのときだけはうれうは色々うまく行く気がするのだ。世界さえ、この手に収められる気さえするのだ。

 何かが聞こえた。

 妄想だろうか。現実だろうか。そもそも現実とはなんだろうか。

 ふたたび聞こえた。

 犬の吠え声のようだった。

 一瞬にして体が冷えた。

 冷気のような負の感情が、墨汁が水に溶けひろがるように、全身を黒く冷やした。横たわる直前の記憶をさぐる。沼の周囲には森が広がっていたはずだ。野犬ならいい。そうでなければ、人間がいる可能性がある。人間。さらに体が冷えた。人間。家族以外の人間。見ず知らずの他人。両手を地についた。耳をすませた。

 また吠え声が聞こえた。

 近づいてきている。

 すばやく周囲を観察した。沼のむこうに、岩がつきだしているところがある。陰がある。穴か。洞窟か。幸い、吠え声の方角とは反対に位置している。とかげのように、手足で、敏捷に移動した。しばらく移動して、顔を上げる。吠え声の方角。姿は見えない。まだ距離があるように感じる。

 いける。

 立ちあがり、中腰で、沼を迂回する。周囲の観察はおこたっていない。吠え声が近づいてきている。急がなければならない。

 ついた。

 洞窟はひんやりと暗かった。これ以上進めば、何も見えなくなるほどだ。

 入り口にもどり、岩壁に背をつけ、森をうかがった。

 沼史上最悪の冷気が、全身に行きわたった。

 人影。

 急激な殺意が湧き上がるのを感じたが、ただため息をつくばかりだった。他人と接触できないのに、殺意など行き場はない。もてあますだけだ。またため息をついた。今度は口を閉じ、鼻から出した。

 人と犬が、森から沼の前に出てきた。

 犬が吠えている。

 死の刻限を宣言しているのと相違ない。

 なかに戻る。ふと思い立ち、薄紫色のはかない感じのショートパンツのポケットから、スマートフォンを取りだした。足元や周囲を照らしながらすすむ。ふと思い立ち、壁際を確認することにした。登れそうなところをいくつか見つけた。スマートフォンを上にむけ光をあて、足場を決めたのち、スリープさせてポケットにもどした。真っ暗闇になった。手さぐりで岩壁をのぼっていく。

 のぼった。

 背中を岩壁につけ、天井のやや突出した岩に腰かけている。急速に体温がもどりつつあるのを感じた。どくどくとした血流を感じる。人に見られない定位置。心の安寧。吠え声が、すぐに近くで聞こえた。安寧が七〇パーセントほど吹きとんだ。殺意が湧き上がった。体が冷え始めた。

 吠え声が反響して聞こえた。

 入ってきた。


「『入ってきた』」


 しばらくして、人と犬、両方が見えた。大正時代のようなモンペ姿の少年と、コリー五〇パーセント、柴犬五〇パーセントと言うような、茶色い雑種犬。私か。私の気配を追って、ここまできたのか。こんなに暗くて、気づけるか。気づけるものなら気づいてみろ。忍びだ。忍びの私の気配に気づけるものなら。でももし本当に気づいたら……不意にそう思い、急激に妄想が霧散し、体が冷えた。

 モンペ姿の少年、雑種犬ともに、きょろきょろとあたりを見まわしている。

 冷える体を叱咤し、しばらく二体を観察した。

 しばらくして、観察するところがなくなった。

 あとは出ていってくれと願うばかりになった。しかし、モンペ少年と雑種犬は、きょろきょろしながら、さらに洞窟の奥へとすすみ、姿が見えなくなっ……

 ……あれ?

 うれうは周囲を見まわした。

 おかしい。

 見まわすも何もない。真っ暗闇だ。何も見えない。自分の手足すらも、全く見えない。

 少年? モンペ? 雑種?

 灯りの類など、何ももってはいなかった。

 ……妄想?

 いや、妄想ではない。妄想のときはわかる。多分。

 暗闇のなかで、しばらく考えこんだ。

 何ランドで何世界と言っていただろうか。

 これまでの経緯をベースに、やりとりの記憶をいくつか探る。


《家族と一緒にいられないのなら、誰もいない場所にしてください……》

《いや、一人はちょっと――さっきコンセプト話したやんかー? ランド民に影響与えてもらわんと困るん言う――ちょっと何ですか目開けてくださいて!――眠いんですかちょっと!》

《もう辛くて……》

《なにが……》

《初対面の人と長く話すのが……》

《……》


 何とかランドであることはまちがいないようだ。


《みんな……しーちゃん……》

《ママどうする? 家にいる?》


 やってしまった。思いだしてしまった。フラッシュバック。ダウン波の到来。目を閉じ、口をきつく閉じ、ダウン波に耐える。もってかれた。ごっそりもってかれた。質問は基本無視だ。しかしこうやって、逃げられない、選択しなければならない質問をこの子はするのだ。しきる。私の産んだ子。ああ。なんという輝き。なんという利発さ。しーちゃんのなかに入ってしまいたい。しーちゃんにとりこまれてしまいたい。

「しーちゃんが私を産めばよかったのに……」

 無意識につぶやいていた。

 ため息をついた。いくつかの種類のため息をつきつづけ、ようやく落ちついてきた。

 何考えてたんだっけ。

 真っ暗闇。漆黒の闇。

 何も見えない。

 人と犬がもどってきた気配はない。しかし、おりる気はおきない。


「『しかし、おりる気はおきない』」


 うれうは、今度は長いため息をつくと、体をねじり、背後の、岩にカモフーラジュした小扉をあけ、なかの隠し部屋へと体を滑りこませた。しっかりと小扉を閉め、壁際の電気のスイッチを入れると、若紫色の座椅子に這いよる。座椅子にすわると、黒色のファンヒータのスイッチを押し、菖蒲色のブランケットを引きよせて体に巻きつけ、桔梗色のマウスをにぎって、パソコンをスリープから復帰……

 ……あれ?

 盗撮した様々なガサツのデスクトップ画像を見つめる。

 数秒の間ののち、霧が晴れるように、覚醒がうれうのなかに広がった。

 何だこれは。 

 ガサツの盗撮画像……ある。見えている。目の前にある。

 ダメだこれは。

 世界がどうの言う前に、当然、そもそもうれう自身がおかしいが、これはダメだ。このダメさは、ダメだ。向こうの側のダメさだ。ガー君に出合う前の私のダメさだ。冷気がどうのと言っている場合じゃない。

 真剣に記憶をさぐった。

 夢旅行。世界のバランス。ン次元。イマジン率。イマジン体。

 ……メルヒェンランド。

 これか。

 いや、何かがちがう。こんな話だったか。

 マウスから手をはなし、腕を太腿に垂らして、肘にポケットのなかのスマートフォンが当たった。

 電話……。

 取りだしてスイッチを入れる。アンテナは一本も立っていない。ダメだろうと思いながらも、家族へ順番にかけてみた。ガサツ、ゐきる、出ない。しかししきるが出た。

《ママ! どうしたの?》

 透きとおるような、意思の強そうな声。声を聞いて、 涙があふれた。

「しーちゃん……」

《ママ……ああ、声が聞けてよかったわ。ママはどこに降りたの? あれ? ちょっとママ泣いてるの? もう……》

「大丈夫……ありがとう。ママは誰もいないところにしたの。いたけど。いたのかしら……まあ、いいわ。しーちゃんはどこに降りたの?」

《それが聞いてママ! 魔界よ! あたし魔王になったの!》

「しーちゃん……本当に魔王になるなんて。それで、どうなの……すごいの?」

《うん。すごい》

「ところで、電話したの、しーちゃん三番目なの。ガー君とゐきるちゃんは出なくて……」

《あー、うーん》

 しばらく、受話口から、しきるの唸り声が聞こえた。

《電話に出るのは、多分私とはしゃぐとママぐらいだと思う。仕組みに気づけば、誰でもすぐなんだけど……》

 ため息をついた。ガサツは出ない。何かしら仕組みがあるなら、ガサツが出ることはまずない。

「ところで、何か、ママ今、自分の部屋にいるんだけど……」

 起こったことを、ひと通りしきるに説明した。ふたたびしきるが唸る声を上げる。

《うーん、ごめんなさい。わからないわ。イマジンも魔法も同様の現象を起こせるには起こせるんだけど、ちょっと私が知っているのとはちがうみたい……》

「そう。ううん……いいの。しーちゃんと話せたのがうれしくて。それでいいの。また電話してもいい?」

《もちろんよママ! いつでも待ってるわ!》

 電話を切った。不意に思い立ち、ふたたびパソコンをつけ、ステータスバーに目をやった。LAN接続がオンになっている。にわかに興奮した。血流が……血の奔流を感じた。ネットワークとつながるのは、まさに奔流のようなものだ。血の……それどころではなかった。LAN接続のアイコンをクリックした。『MLーGLOBAL』というアクセスポイントと接続されている。ML。メルヒェンランド。ブラウザをひらいた。しかし、そこまでだった。どのブックマークもエラーになり、何の表示にもいたらない。検索しても、同じように何も出てこない。アドレスなど何もわからない。白いウィンドウを、ただ見つめるしかなかった。ふたたびスマホをつけ、今度ははしゃぐにかけた。

《ママ! ママの声が聞けてうれしい!》

「ああ、はーちゃん……いつも元気なはーちゃん……大好きよ……」 

《うれしい! はしゃぐ、あなたに産んでもらえたことを誇りに思うよ!》

「ありがとう……はーちゃんはどこに降りたの?」 

《降りたところ? それは、うーん、人とたくさん出合えるところ! はしゃぐ、場所には、あんまり意味をもたせなかったんだ》

「そうなの……何してるの?」 

《今はね、はしゃぐはね……夢を見てる。メ民のみんなと見る、とっても大きな夢だよ!》

「具体的にはどうなの……」

《掘削関係の、会社の買収!》

「そうなの……すごいの?」 

《すごい! 資源業界ってすごい、全然ちがう!》

「具体的にどうちがうの……」 

《桁!》

「そうなの……それでママ、今パソコンつけてるんだけど、この世界のサイト、はーちゃん何か知ってる?」

「サイト? うーんちょっと待って。コブ男! コブ男ちょっときて!」

 受話口のむこうで、しばらく、はしゃぐと誰かとの会話が聞こえた。

《ママ? うんとね、うちの通信部門の管理アドレスしか分からないんだけど、それでもいい?》

「何なのそれ……。いいわ」 

 アドレスとアクセスコードを聞き、メモした。

「本当にありがとう。そろそろ切るわね」 

《こっちこそありがとう。ママと話せて本当によかった! 大好き! また電話してくれる?》

「もちろん……はーちゃんも電話したくなったらいつでもしてね……それじゃ……なんか、ママわからないけど、リークとか、横領とか、気をつけてね……」 

《うん! 特定のセクションに依存しすぎないようにする!》

 電話を切った。

「ええっと……」 

 アドレス欄にメモ内容を入力する。しかし、表示されたサイトは、非常に簡素なものだった。KASHIMASHI ONLINEと表示されているが、これはリンクも何もないただの文字で、それ以外には、下部に、サイトに埋めこまれた検索バーしかない。

「何これ……聞いた意味ないじゃない……もう……」

 しばらく思考をめぐらせたが、何も思い浮かばず、結局大概と入力した。意外なことに、いくつかの文字の羅列が表示された。すべて、Kingdom Serverの文字から羅列が始まっている。横にスクロールすると、最後に家族六人の名前が入っていた。名前の語尾に『(on-site)』とある。下階層があり、すべて展開した。それぞれに、人格解析、サモン記録、プレーン体データ、イマジン体データの四項目があった。とりあえずガサツのサモン記録をクリックしてみた。別ウィンドウがひらき、ピンクの個室――米ロボット内で、ガサツが色々外したり、物色したりしている映像が流れだした。口をあけた。口があいたままになった。ああガー君。ガー君ガー君ガー君。沸騰したかのように、体が熱くなっている。ガサツがカメラに興味をしめす。顔がアップになっている。頬が、様々な部位が、熱をもった。ガサツとの様々なおこないが駆けめぐった。様々な意味で達した。それからガサツの録画だけ三〇回ほど再生し、様々な角度から観察し、様々な意味で達しつづけた。

 その後、小休止をへてから、他の家族の録画を一回ずつ見た。息子ツコムがややあれだったこと以外には、あらためての特筆事項はほとんどなかったが、しきるが質問をすべて無視し、静かな口調で「世界をギッタンギッタンのネッチョンネッチョンにしてみたい」と言っているのが印象的だった。まあそうだろうと思った。何にせよ、家族全員が、五体満足でこの世界に降り立ったことが確認でき、うれうはほっと胸をなでおろした。

 それからようやく次の項目へうつった。三つめのプレーン体データは身長体重血液型などの身体測定データだった。ななめ読みして閉じた。そして四つめの、ガサツのイマジン体データの項目をひらいた。


■大概ガサツ

『空想値【イマジン率:二七.五*】【因果律率:二一.一*】【浮動値:五一.二*】』

『構成数【一,二五四(ン^ン)】【=原始リアル域】』

『臨界値【img:七六.一】【gi:二二.三】【ne:六〇.七】』

『個性【突撃】』


 用語が分からないため、ダメ元でブラウザ側での検索をかけると、なぜかすべての項目がかなりの数ヒットし、色々調べることができた。最終的にはほとんどメキペディアを読んでいた。検索しているうちに、基本的に単語の頭文字をメに換えるか、韻の中心となる部分をメに換えれば検索にかかることが判明した。臨界値については、完全には理解できなかったが、感情やイメージが現出する際の、速度や効率、膨張率といった変化の質を表したものだということはわかった。

 さらに下層に『詳細』なる項目があったが、開くとおびただしい数のリストが表示され、気持ちが萎えたためすぐに閉じた。とりあえず他の家族の項目を一通り開く。


■大概憂憂

『空想値【イマジン率:五六.二】【因果律率:四〇.一】【浮動値:三.七】』

『構成数【六,〇〇四(ン^ン)】【=リアル域】』

『臨界値【img:一二〇.四*】【gi:七.一*】【ne:四六一.二*】』

『個性【自己愛】』


■大概仕切

『空想値【イマジン率:四四.四】【因果律率:五五.五】【浮動値:〇.〇〇一*】』

『構成数【六,六六六(ン^ン)】【=リアル域】』

『臨界値【img:七七.七】【gi:二二.二】【ne:六六.六】』

『個性【自己同一性】』


■大概突込

『空想値【イマジン率:七.八*】【因果律率:九〇.八*】【浮動値:一.四*】』

『構成数【八,五〇八(ン^ン)】【=リアル域】』

『臨界値【img:六六.五】【gi:二〇.三】【ne:一五四.一*】』

『個性【N/A】』


■大概騒

『空想値【イマジン率:五四.三】【因果律率:三四.八】【浮動値:一〇.九】』

『構成数【一〇八,四八六(ン^ン)*】【=パラダイム域】』

『臨界値【img:六七.三】【gi:二〇.七】【ne:六四.四】』

『個性【立ち位置】』


■大概ゐきる

『空想値【イマジン率:四三.九】【因果律率:五一.四】【浮動値:四.七】』

『構成数【三,五〇八(ン^ン)】【=リアル域】』

『臨界値【img:六一.九】【gi:一八.九】【ne:五八.二】』

『個性【勇み足】』


 ガサツにもあったが、赤と米印で強調されている部分は、見たかぎり異常値のようだ。どこにも異常値がないのはゐきるのみで、他は色々赤が多く、個性に秀でていて誇らしいとうれうは思った。

 そして、自身に起きたことの謎がなんとなく解けた。臨界値の一項目が極端に高い。どれがどれに当たるかは理解できていないが、本人の自覚がないままイメージが現出するタイプだという可能性は、数値を考えても、また自身の性質を考えても、その可能性が高いと思われた。ただ、思いかえしてみると、妙な違和感があった気がした。気をつけていれば、制御できるかもしれない。タブを閉じようとして、ふと思い立った。このリストは『大概』で検索している。同じ階層に、他に項目がないかどうか一応確認しておこうと思った。一つ上のディレクトリ。サモンリスト。もう一つ上。桃プリンチペッサ。この二つで検索しなおした。項目が、六つから十一に増えた。


 ■帝国ロボ・ボンカザルア(on-site)

 ■地獄怪獣・ヘルボン(on-site)

 ■巨大骨生物・ボリボリボーン(on-site)

 ■ヤクザ星人・ドンボン(return)

 ■毒舌芸人・ポイズン盆ちゃん(summoned failure)


 意味がわからなかったので、データも見ずに閉じた。それから桃プリンチペッサだけで検索し、調整期間関連、サモンリスト、召喚魔法データなど色々項目が表示されたが、何だか疲れはじめたため、見ずに閉じた。

 そしてそのまま、しばらく、デスクトップ画像をながめていた。

 隠れて盗撮した、ガサツの様々な日常生活のありさま。

 意識を、なぐられたかのような激しい衝撃がおそった。


 思い立った。

 隠し部屋史上、最高の思い立ちが起きた。


 なぜすぐに思い立たなかったのかと自分を責めた。それどころではなかった。うれうはすぐさまパソコンをスリープすると、ファンヒーターと座椅子を壁の端へ移動し、広い空間をつくった。そしてその広い空間の前に正座した。ふと思い立ち、一度立ちあがり空間中央にブランケットを広げ、また元の位置へもどって正座した。

 呼吸を整える。

 ――さあ、このアホみたいな臨界値でもって、そのイマジンとやらを全開にしてやろう。

 目をつむり、大きく息を吸い込み、止める。

 ガーくんを、ここに。

 心のなかで唱える。

 ガーくんを、ここに。ガーくんを、ここに。ガーくんを、ここに。


「『ガーくんを、ここに。』」


 細かい震動がきた。思わず目を開く。グラスハープのような、輪郭のあいまいな耳鳴りのような高音が、部屋のなかに広がっている。

 目の前に、水の波紋のようなものがあらわれた。

 輝いている。

 直径二メートルほど。

 揺れながら段々と姿をあらわし、やがて、紫色の円になった。


 自己愛。


 光りかがやく円の中央に、自己愛の三文字。

 文字がびっしりと書きこまれた外周部が、激しく回転している。

 来る。

 間違いなくくる。

 全身の血流が、すさまじい奔流と化し、全身をかけまわる。

 しばらく回転をつづけた魔法陣は、ふたたび波紋のように揺れはじめ、やがて消えた。

 体から奔流と体温を一気に奪われ、うれうは急激な体温差に、正座したまま後方に昏倒した。


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