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メルヒェンランド  作者: 袋ラーメン☆好き男
魔法の国編 序
17/36

イマジン率☆0%

 恒常的な地響きに包まれながら、目の前の桃のリュックにつけられたピンク色の二つの米ストラップを見つめ、ため息をついた。

 浅はかだった。

 他に言い様がない。

 原始の世界――アザー列島へ転移した途端、彼ら二体は縮みはじめ、こんな状態になった。アザー列島の消滅については、大陸が減りつつあるとか、なんか、ブラックホール発生的な事態を想像していたが、結論を言ってしまえば、大気中の浮動イマジンの枯渇だった。多分。状況的にその可能性が濃厚。いや、大陸の減りもブラックホールもさがせばあるのかもしれないが、アルファとブラボーがストラップ化し、恐竜たちとこんにちはした時点で、近くの森林に逃げこみ、岩陰に穴を堀り、そこに身をひそめ現状にいたるので、確認のしようがない。

「ワーオ……ディスカバリー……」

 双眼鏡で恐竜たちを観察している桃が、興奮気味につぶやいた。彼女はベージュの丸つば帽子、ベージュの半袖シャツ、膝丈ズボン、白ソックスという出で立ちである。探検隊セット。ちなみに俺も同じ格好。来る前はわりと軽い気持ちでこのペアルックにのったが、恐竜にかこまれておびえている今では、シャレになってない。

 で、おかしいのはこいつだ。

 俺が、リアルのためなんだかんだがなんだかんだなのはあるとして、ネイティブであるこいつがなぜ縮まらないのか。

明るく振るまっているように見えるが、米二体が縮んだ直後より、言葉の端々、および態度にて、『それはNGワードです』オーラ全開である。ご存知のとおり鬱メンヘラ臭かぐわしい少女のため、怖くて突っこめない。

「ワーオ……ザッツ、プリミティブ・エイジ」

「それにしてもお前、なんでそんなに危機感薄いの? ……まあ、ギャアギャア騒がれるよりいいんだけど……」

「え……なんか、ツコム結構頼もしいから、どうにかしてくれるかなって思っちゃってます」

「あそう……」

 しばらくその後ろ姿を見つめた。

 というか、袖口からのぞく、脇の下を見つめた。

 顔を近づけていく。

 まあいいか、これくらいの齟齬は、必要に迫られたとき動くほうが効率的だ。それより今はこの状況から抜けだすほうが先決……。

「ちょ、何してるんですか!?」

「いいから。そういうんじゃないから」

 破壊的な咆哮が、耳をつんざいた。

 とてつもない。

 音だけで、数秒ショックで身動きがとれなかった。

 やばい……むきがわからん。仕方なくわずかに穴から顔をだす。前、右……

 ……後ろ。

 二〇メートルほど先の、中型レックス系とばっちり目が合った。

 後ろ手で桃の服をつかむ。手さぐりで、桃の手が俺の手を握ってきた。俺の腕がゆれるほどがくがくと震えている。なんだお前。キャラ急変かよ……ちょっと頼りにしてたのに……。ところでこれ、この後大丈夫だった展開あんのかな。目合ってるんで絶望的かな。中型レックス、小さくうなったり、首かしげてフガフガしたりしてる。


 フガフ……ロケットスタート!


「イヤァー!」

「嫌ー!」

 体をねじる。桃の両脇、尻、背中、とにかく突き上げる。

「はやく! イヤァー!」

 突く。たたく。押し上げる。突く。尻。尻。叩く。尻叩いた。

「ちょっと! ちょ、痛い! ちょ! やだ……うぅん……メチャクチャにして! 桃のお尻おしおき」

 それでどころはない。

 ようやく這いあがった。おお、足速いこの子、助かる。走りながら振りむく。体に対して木の間隔がせまい。

「イヤァー!」

「危ない!」

 腕を引かれた。枝が顔をこする。おお、頼もしいこの子。助かる。それにしても体が重い。異世界補正の身軽さは、やっぱりイマジンだったか。振りむく。怖気がこみあげた。

 二体に増えてる。

 距離つまってる。

 咆哮。声だけで枝葉が揺れる。向き直って速度をあげた。腕ふりも腿上げもあげた。怖い。でかい。怖い。

「イヤァー!」

「ちょっと女子みたいな叫び声あげないでくださーい!」

 抜かれた。俺より速い。

「イヤァー!」

「ちょっと、何か聞こえません?」

「何? 全然聞こえない! 何!」

「ちょっと落ちつけお前! 頭上のほうから」

「頭上……?」

 そういえば、何やら大きな音が遠くに聞こえる。呼吸音と自分の悲鳴で気づかなかった。

 しばらく悲鳴を我慢した。

 ……ヘリ?

「桃見れる!?」

「見ない!」

 即答!

「……てかお前見ろ! 男だろ!」

「お前のほうが余裕あるだろ! 完全に!」

 しばらく間が合った。前方しか見てないのでどうしてるか不明。

「なんかわかんない! なんか飛んでる! 何アレ! なんか模様みたいのあるけど何あれ! 字かな!」

「何だよはっきりしろ!」

 仕方なく双眼鏡を当てた。

 ヘリ! そして機体に文字!

『騒』

『KASHIMASHI GROUP』

 思考が数秒停まった。

「はしゃぐだ!」

「はーちゃん!?」

 めまぐるしく脳が回転する。振りむく。

「イヤァー!」

「怖いなら見るな!」

 なんか増えてる! ちがう種類! ガチョウみたい! でか! 距離十メートルくらいになってる! 向きなおった。前、ずっと森。右、ずっと森。左、ずっと森。全部森じゃねえか! 落ちつけ。よく見ろ。左が弱い。

「左に曲がれ!」

 叫びながら左へ急展開した。桃が何も言わずついてくる。

「気づかれるには出るしかない!」

「わかりますそれくらい!」

「助かる!」

 森、木、枝……枝葉は腕でガードして突っきる。開けたところでまた振りむいた。すごい増えてる! 足ながいの、トリケラっぽいの、よくわかんないの……桃に怒られるので悲鳴は我慢した。向きなお……なんか原人みたいなのまじってなかった今? 気のせい? それどころじゃない! ようやく森を抜けた。大草原。草が高い! 草……まあ大丈夫! ヘソくらいだから! さあ、逃げ場はないぞ。見上げる。機影なし。空を見まわす。反対飛んでいってる!

「イヤァー! マジでー! イヤァー!」

 もどってきた。もどってきた? 遠くてわからん。てか集団でてきた! いる! 原人やっぱりいる! こん棒ふりまわしてる! どうでもいい! てかはしゃぐ!

「きた! きてます!」

 桃がならんできた。叫ぶのをやめた。音近づいてる。ちょっとだけ安堵が込みあげる。背中と後頭部がすごい涼しい。すごい音でかい。バリバリ言ってる。涼しいっていうか痛い。草が放射状で倒れてる。

 振りむいた。

 何あれ。

 大蛇が垂れてる。何あれ。

 なんか言ってる。叫んでる。すごいながいけど手足生えてる。いや、足ない。手だけ。大蛇じゃない。頭すごいでかい。コブラか?

 正確にいうと、スキッド――着陸用のスケート部分に大蛇がからまり、わりとがっつりとした上半身が、両腕を広げて必死の形相でこっちむかってなにか叫んでる。

「あれ味方!? あれ味方でいいの!?」

「何!? うるさくて聞こえません!」

 今さらだが、はしゃぐの名前の正式な表記は当て字で『騒』。

 信じるしかない。

 桃を抱きとめ、コブ男の腕のなかに飛びこんだ。

 すごいぬるぬる。

 すべりおちた。

 五段くらいに巻いて抱きとめ……締めとめてきた。フォローしてきた。濡れすぎ。何これ。何液?

「ああん……!」

 桃が嬌声上げてる。すごいぬるぬるする。

「ああん……ああん……」

 ぬるぬるするからずり落ちるんだけど、五段ぐらいに巻いて、落ちるたび締め直してきて何これやだ……癖になりそう何これ……。

 あんあん言ってた桃が、急に真顔になって見つめてきた。

「ツコムのその頬が赤いのって、絶対私と密着してて私があんあん言ってるからじゃないですよね……」

「うん……締めつけ」

「やだこんな向こう側の人に飼われるの……考え直したい……」

 ヘリの床へ投げ出された。

「おにいちゃん!」

 インカムつきヘルメットしてるはしゃぐの姿が見えた。はしゃぐスーツ着てる。黄色のパンツスーツ着て水色のイヤリングしてる。大人になったんだねはしゃぐ……。

「どうしたのお兄ちゃん! こんなところで何してたの!?」

 今さらだけど心臓飛びだしそう。苦しい。心臓が痛い。

「どうしたのお兄ちゃん! 汗だくだよ!」

「汗だく? いや、汗もあるんだけど、なんか、汗以外のもあるみたい……」

「汗以外? それは多分コブ男の分泌液だよ!」

 いいんだコブ男で……。

「は、はしゃぐ様、申し訳ありません!と、とっさのことで」

 これコブ男の声? 意外と普通……そして意外と頼りない……。

「うん! 気にしてない! 普段ずっと気をつけてるのも知ってる! そんなことより、お兄ちゃんと桃ちゃんを助けてくれてありがとう!」

「は、はしゃぐ様……」

「ところではしゃぐ、このヘリ……ヘリはいいか……はしゃぐはどこへ」

「どこ? はしゃぐは、うーんとね、商談!」

「そっか……商談か……」

 呼吸がおさまってくるにつれて、急激に意識が遠のいていった。

 気絶終わり多いな俺のくだり……。



「どうしたんですか! びちょびちょじゃないですか!」

「これは、わざわざ外までお出迎え頂いて……」

「外までありがとう!」

「申し訳ありません。こちらはしゃぐ様のお兄様と、その、あの、ワイフの方、なのですが……途中で恐竜たちに襲われているところを発見いたしまして……」

 屈強な、屈強すぎて胸筋でジャケットはちきれそうになってるサングラスボディガード二人に挟まれた、黒のダブルのスーツをぱりっと着こなした、サラサラヘアの人なつっこい笑みのちょっと背の低い青い肌の弟系イケメンの少年……少年? 少年は、困ったような笑みを浮かべた。

「それは大変でしたね。すぐに浴室の用意をさせます。ところで、ロングロングコブラーマン種なのに、語尾でガラガラ言わないんですね。スゴーイ」

 一瞬、コブ男の表情が曇った。そしてめずらしく、はしゃぐの顔から笑みが消えた。

「ガ、あの……」

「コブ男は、努力してマナーを身につけた有能な秘書だよ! 悪く言わないで!」

「はは。冗談ですよ。それからあの、お兄様が支えてらっしゃるそちらの方……」

 そこまで言って、少年が、俺が脇に腕を入れて支えている、青白い顔の桃を見た。

「申し訳ありません。存じております。そちらのご婦人、王国第三王女、桃姫様ですよね」

「ああ、ええと……」

 少年が笑顔で手を左右に振る。

「大丈夫ですよ。そういうの全然気にしないんで。とにかく、体も冷えてしまいますし、なかへお入りください」

 ヘリがこの豪邸――というより、施設へ降下をはじめたところで、俺は目を覚ました。助けられてすぐに気絶してしまったため、商談におとずれたということ以外、ほぼ状況を把握していない。分かるのは、ここが、自立性の高い、完結型の居住施設だということだ。ヘリから、丘の上に立つこの施設の敷地内に、貯水プールがならんだ区画と、ソーラーパネルのならんだ区画が見えた。かつ、敷地全体が、金属かコンクリートかわからないが、外へむけておびただしい数の三角錐が突出した、要塞のような防壁でおおわれているのも見えた。

 しかし、それ以上思考は展開していない。桃の調子がよくないからだ。顔色が悪く、反応が薄い。ただ、他に目立つ症状はない。激しく駆け回ったことで、イマジン枯渇の影響が今さらになって出たのかもしれなかった。

「それにしても、王女、だいぶ調子よくないみたいですね。医者がいますので、診させてみましょうか」

 はしゃぐを見る。神妙な表情でうなずいてきた。彼が何者か分からないが、はしゃぐの商談相手だ。滅多なことはおきないだろうと自分に言い聞かせ、今はそれ以上考えるのをやめた。

「是非、お願いします」

 商談相手だし、何者かわからないので、全面敬語。

 少年が横をむいて手を振った。しばらくして、同じ青い肌の、全部黒目のカクテルドレスの妖艶お姉さんが二人出てきて、桃を奥へ連れていった。俺も、新たに出てきたボディガードに奥へ案内され、廊下を進んだ。シュっとした廊下を進んだ。おしゃれ感がすごい。洗練されてる。全体的にモノトーンかつ直線的なデザインの内装で、角々に背の高いシュッとした鉢植えと、シュっとした抽象画――図形とか、波紋とか、要するに何が描かれているか不明なおしゃれ額縁がいくつも飾られている。途中、開いたドアの向こうに、アホみたいに広いリビングが見えた。なかには、外の広大なサバンナを一望できる一面のガラス張りの壁。暖炉。意匠にそって直線的にならべられた、カクっとしたシングルおよび五人掛けくらいのソファなどがあった。これもジャグジーつきの丸いバスタブ――というよりミニプールのパリっとした浴室で、汗とコブ男の分泌液を洗い流す。しめつけの余韻を洗い流す。一応ジャグジー風呂にも入ったが、桃の体調、はしゃぐの商談相手の家であることなど、諸々いたたまれなくなって早々に出た。脱衣室から、双眼鏡以外の探険隊セットがなくなっており、代わりに、こう、ガウンとした、何、いや、思いつかない。グレーのガウンがあったので着て出た。浴室の外で待機していたボディガードに案内されたのは、先ほど見たリビングだった。

 リビングの一番奥、暖炉脇のアホみたいにでかい額の下で、少年・少年のパートナーらしき青肌全黒目のスーツ美女・はしゃぐ・コブ男が話しこんでいるのが見えた。ボディガードがややはなれた場に二人立っている。少年の視線で俺の入室に気づいたコブ男が、席を立ってこちらへ歩い、下半身……下半身? 下半身だけで蛇行進行してきた。今さらだが、彼は全裸だ。

「商談中か。申し訳ない。こんなことになって」

 脳内とは裏腹にトークは丁重。

 コブ男がおもむろにかぶりを振った。そして、無言で俺を見つめてきた。なんか、視線が熱い。気のせいか? 何この沈黙。心なしか潤んでるけど……目……。


「先ほどは分泌させてしまい申し訳ありませんでした。ご挨拶がまだでした……私あの、その、私……大概コブ男と申します」


「た……」

 脳の活動が、一時的に、完全に停止した。

 えっ。

 ど、うーん……まさか、えぇー!? いや、そうか、そうなの? それしか……いや、えぇー……マジで……あそう……。

「それは、あの、まさか、養子縁組……」

 うる目のコブ男が照れたようにうなずいた。

「わたくし、お化けの国の山中にて、言葉もろくに話さないまま、盗賊に身をおとしていましたところをはしゃぐ様に拾われました。はしゃぐ様に教養やマナーを身につける機会を与えていただき、今では、かしましグループの末席を汚させて頂いております」

 しばらく待ったが、つづきはない。目うるうるさせて俺を見ているだけだ。

「え? おわり? ちょっ、それだと養子縁組の説明になってないけど……」

 コブ男が上方を見あげ、遠い目になった。

「コブ男と言う名前は、はしゃぐ様につけていただきました。ああいえ、お気になさらず。皆気にしてないですよ。むしろ気に入っているものがほとんどだと思います。はしゃぐ様も覚えるのが大変でしょうし、覚えやすいほうが」

「ううん。言わないで。もう聞かせないで受けいれられないすぐには……すぐにはちょっと無理……」

「とにかく、ずっと、お会いしたかった……ん? あれ……いや、年下か、弟君様? いや、お会いしたかった我が弟よ」

「年上かよ! いくつだよ! ……あれそうするとはしゃぐが妹だから……いいやもう。とにかく、そう……よろしくね……」

 正体のわからない衝撃に悄然としているところへ、青肌黒目ドレスに付き添われて桃がリビングに入ってきた。

「桃、俺、お兄ちゃんができちゃった……不特定多数……」

「そう……」

 桃が、目を伏せたままそう返してきた。顔色は悪くない。足取りもしっかりしている。

「どう? 体調は」

 目を伏せたままだ。

「点滴を打ってもらって、大分よくなった」

 俺がそうかと返し、会話がとぎれた。

「お兄ちゃん! 桃!」

 奥で、はしゃぐが手招きしている。桃が無言で歩きだしたので、俺もあとにつづいた。コブ男がさらに後につづく。ソファの三人が立ちあがった。はしゃぐが、俺にむかって思いっきり手のひらを突きだした。

「あらためて! はしゃぐのお兄ちゃん!」

 少年が笑顔で手を差しだしてきた。恐縮しながらその手を握る。はしゃぐが、まっすぐ伸ばした腕を少年へ勢いよくむける。

「ラガッツォ! 魔族で、お姉ちゃんの部下の人!」

 急速に体が冷えた。しかし肌の色から想定はしていた。ショックは制御下におさまっている。落ちつくのをただ待つだけだ。表情には出ていないだろう。最初に見たときから思っていたが、この目……。

 ダブルのスーツの少年――ラガッツォが、顔を近づけ、ささやいてきた。

「わかりますよ。あなたも、Sですね」

 先手を打たれた。イニシアチブをとられた。あざやか。

 俺は、目を細め、うなずく。

「ああ……。最初に見たときから、ラガッツォ、あんたの目。あんたもそうだろうと思ってたよ……」

 そこでようやく握手をほどいた。

 座った。

 はしゃぐが座ろうとしない。俺の方へむきなおってきた。

「ところでお兄ちゃん。ラガッツォには話してあるんだけど……まずね、私。次の商談があるから帰るね! 今すぐ! 一旦! 兄をおいて!」

 うおうッ。

「なんだよ今すぐって。そんなに急ぎなのか?」

「わかんない! すぐ帰る! 五分以内に離陸する!」

「わかんないって……」

 そのとき、オレンジ色の光が顔にあたった。一度顔をそむけ、手庇をつくって外のサバンナに目をやる。地平線に日が落ちていた。感覚的にはずいぶん早い。王国の逆か。人が少ないほうが早いのか。

「本当にわからないんですよ」

 コブ男の声だった。ふりむいてコブ男を見る。

「メ界が、時間の進み方が一定でないのはご存知ですか?」

 ああ、なんとなくは、と返した。

「しかしながら、この進み方のは、浮動イマジン観測技術によって、ほぼ予想がつくようになっています。天気予報の観測技術と同様のものと考えて頂ければけっこうです」

 得心した。

 何度もうなずく。それじゃ仕方ない。

「なるほど……。それにしても、やっぱり、アザー列島には浮動イマジンがないんだな……」

 コブ男もうなずき返してきた。

「弟のお前がご推察のとおり、現在アザー列島では浮動イマジンが枯渇しているため、時間速度が予想できません。そしてこの夕日でわかるとおり、どうやら平均より早いようです。先方のいる地域との時間速度比がわからないため、むこうにいったらすでに約束の刻限を過ぎている可能性があります。弟のお前には申し訳ないんですが、王都へ送るのは後回しにさせて頂きたいのです」

 敬語。

「私のほうで送ってあげたいんですが、まあ、ほら、色々と、あれなんで」

 ラガッツォが片眉を上げ、笑いながら言った。

「わかった。それならなるべく早いほうがいいな。今すぐ……あっ」

 立ちあがりかけたはしゃぐが中腰でとまる。そのはしゃぐに手をふった。

「いや、何でもない。あとでいい」

 はしゃぐがじれったそうにジャンプしはじめた。

「気になる! 今言って!」

「ああ……、いや、桃の召喚魔法が縮んでしまったんだけど、俺とはしゃぐはリアルだから、なんだかんだが、なんだかんだしたんだとして、コブ……兄……コブ男や、ここの人はどうして縮まないのかなって」

 言い終える前から、明らかに雰囲気が変わるのがわかった。コブ男においては露骨に動揺し、はしゃぐとラガッツォの顔を交互に盗み見ている。そして、腕にはめた水色のブレスレットをしきりにさわっている。

 水色……。

 はしゃぐのイヤリング……。

 ラガッツォを見た。ネックレスをしている。トップは服の中で見えない。ラガッツォは俺の視線に気づくと、おどけた表情で首をかしげ、ネックレスを引きだした。水色の石だった。

「お兄ちゃんには隠し事したくないけど、会社の機密なんだ……私一人のことじゃないから……」

 はしゃぐが困った顔でうつむいている。そんな顔しないで。ごめんねお兄ちゃんのせいだねごめんね……。

「気にするなはしゃぐ。そういうんじゃない。ただ気になったから聞いただけだ。会社や仕事のことに口出すつもりはなかった。ごめんね」

「私が友人に話すぶんにはいいでしょう」

 ラガッツォが言いながら俺にウィンクしてきた。ドキッとした。いや、ウィンクってドキッとする。それから彼は、ぱちんと手を叩いた。

「さあ、急いではしゃぐ。この件、必ず成功させたい」

 笑顔がもどった。そして、はしゃぐが、わかった、と元気よく叫んだ途端、部屋がゆれはじめた。突如すさまじい轟音が部屋が満ち、気がつくと天井がひらいていて、気がつくとロープが垂れてきていて、ロープの端についた金具に足をひっかけ、はしゃぐとコブ男がヘリにつられて飛びさっていった。

 外が、もう暗くなりはじめている。

「何か飲みものを」

 青肌全黒目美人――魔族の秘書にそう伝えると、ラガッツォは俺と桃にソファにすわるよううながしてきた。

「この別荘建築中には、このあたりはまだイマジンはあったんです」

 そう言って、ラガッツォがネックレスの石を手にとり、見つめた。

「これはイマジン石でできたネックレス。はしゃぐさんのイヤリング、お兄様のブレスレットもそうです」

 お兄様って言うときちょっと笑った。性格悪いこいつ。俺より上物。ドS。性格悪い。


「異変を、認識してるんですか」


 低い、桃の声。

 うつむいたままだ。

 顔を上げた。

 にらみつけている。

 ボディガードが距離をつめてきた。

 どうした。勇者と魔王のプロットロールはメ界を救うための策で、個人的な感情はない……いや、確認してはいない。魔族、魔王軍に、個人的な恨みがあるのか? 桃の表情に、さすがに、ラガッツォがやや眉を寄せた。目をふせた。返答を考えている。やがて視線をもどし、桃をまっすぐ見た。

「王女、異変について、わたしはあなたと同等か、それ以上に調査している。そして、正直に言うが、異変そのものには、あなたの半分も興味がありません」

 考え考え、ラガッツォが言った。笑ってはいない。誠実に返答した、という印象だった。

「異変自体は、きっと誰もが大なり小なり認識している、そうでしょう? そして大半のものが、何も行動を起こしていない。ただ無知覚に、プロットやロールにおぼれている」

 桃の表情が、わずかに動いた。

「私は異変そのものにはあまり興味がないが、それでも、少なくとも行動はおこしている。メ民を救うための行動をね」

 全メ民を救う――ラガッツォと、その言葉が重ならない。

 金をもっている一部のメ民ということだろう。そう思った。このイマジン石ってやつでどうにかなるのかは別問題だとして、だがたとえ一部のメ民だとしても、まあ、全滅よりはマシだ。責められる行動じゃない。

 しかし、桃には通じなかった。

「富裕層のみ、ではないのですか?」

 ラガッツォが目を細めた。

「それが? 危機にたちむかうことを決めたものは、危機に瀕しているもの全員を救わなければならない、なんて決まりがあるんですか? 極論だ。一の次は、いいですか王女。一の次は、二です。ゼロか百かではない。そして一とは自分。二から他人だ。自分の分を確保してから、他人に目をむける。当然のことだ。我々は動物なんです。ゼロか百かなんて、それこそプロットのなかだけでやって頂きたいですね」

「もういい」

 立ちあがった。

「魔王軍なんてクズの集まりだ。今ごろノコノコ出てきやがって」

 腰の後ろに手を差しいれた。

 白とピンク色の柄――ペスカビアンカ。

 両手。

 テーブルに踏みあがった。

「桃! 落ちつけ!」

 ボディガード二人がテーブルを左右からはさむ。左のボディガード……長いな……胸襟……うーん……Aでいいや。桃は、先に伸びてきた、左のAの腕を、左手のペスカビアンカで下からはねあげると、そのまま同じ左手で顔面を打った。B。右から拳を突きこんできている。振りむき、ペスカビアンカをクロスさせ、中央で受けた。

 後ろから大勢の足音が聞こえてきた。

 リビングの入口から、ボディガードがなだれこんできている。

「騒ぐな! 二人でいい」

 桃が膝を折りはじめた。やはり力では及ばない。

「桃!」

 突如、桃が体とともにペスカビアンカをひねり、下げた。Bの腕が下前方へ、下前方というか、俺の目の前へ引きこまれ、Bが倒れこんできた。Bを助けおこしながら、桃、と叫ぶ。ペスカビアンカを振りかぶり、桃がラガッツォにつめよる。

 叩きつけた。

 高い金属音が鳴り響いた。

 青い亀裂。

 四方へ屈曲した青い亀裂。

 ペスカビアンカは、ラガッツォの手前に発生した亀裂でとまっている。

 ラガッツォがおどけた表情で、いつの間にか光を放っているネックレスの石をつまみ、プラプラと左右に振った。桃が顔をしかめ、ふたたびペスカビアンカを打ちつける。打ちつけた箇所にふたたび亀裂が走った。

「どうして!?」

 金属音が鳴りひびく。

 打ちつづけながら、桃が絶叫した。

 泣いている。

「お前らが、お前らがもっと早く動いていれば、私、私、私」

 Aが、桃を後ろから羽交い絞めにし、テーブルから引きずり下ろした。正面からBが近づく。桃が絶叫し、Bの胸を土台に背面で宙を舞い、拘束からのがれた。ふりかえったAが即座に右拳を突きこもうとする。桃の左肘が、ペスカビアンカをもったまま、先にAの外腕をとらえ、その場で旋回した桃は、裏打ちでAの側頭部に白い柄を叩きこんだ。倒れこむAの後ろから、肘をひいたBが飛びこんできている。即座に両手のペスカビアンカを手放し、自分から密着すると、首を抱え込み、前にでている腕を引きこんでなだれるように床に叩きつけた。すぐさまペスカビアンカを拾う。Aが立ちあがる。桃が先に脇から振りこんだ。拳で軽く打ちはらわれた。力では遠く及ばないようだ。細かく床をけり、位置を変える。しばらくAを桃の打ちあいになった。

 大体二メートルくらいのところでやられているので、どうしていいかわからず、とりあえずラガッツォの隣に移動してみた。

「ごめんなさいねうちのが……」

 ラガッツォはうろんな表情で格闘を見つめている。

「もっと早く、とは?」

「いや、知らない。……そっちこそ、さっき、桃の行動を把握しているようなことを言ってなかったか?」

 しばらく、二人で格闘を眺めた。

「ちょっと、ガラスが近いですね……」

「うん。危ないよね……高いでしょあれ」

「高い……大分……」

 しばらく、二人で格闘を眺めた。

「ちょっと失礼」

 ラガッツォがそう言って目をつむった。耳鳴りがはじまり、かすかに部屋がゆれはじめた。

 召喚。

 広いリビングの両端。

 格闘している三人をはさむ位置に、二カ所、激しく外周を回転させながら、青い召喚陣が浮かびあがる。


 魔王軍LOVEはあと


 意外……。

 俺の表情に気づいたのか、ラガッツォが眉をあげ、口の片端を吊りあげた。

「こっちだって、富裕層なんてクソくらえですよ」

 そういうことか。

 ほんのちょっとだけ好感度が上がった。

 外周の回転が収束する。止まりはせず、ゆるやかに回りつづける。

 陣が波打った。

 高速で、何かが飛びだした。

「ラーガーッーツーォー」

 黄色と褐色。

 三人を吹きとばし、そのまま対面の召喚陣のなかへ消えた。間をおかずに、召喚陣自体も消滅した。

 人?

 人だったか……?

 黄色は鎧のようだった。黄色い鎧をつけた褐色の肌か。三人は床に倒れている。三人とも気絶したようだ。

「今のは……」

「ああ。上官です」

「そう……」

 しばらく、二人で夜のサバンナを眺めた。

 ボディガードが台車で檻を運んできた。桃を入れている。まあ、うん。しょうがないよね……ほぼ狂犬だものねその生き物……ごめんなさいね本当……。二人で運ばれている桃(檻)を見つめてる。

「それにしても、なんか、本当、申し訳なかったね……」

「なかなか面白い方ですね、彼女」

 そう言い、ラガッツォは笑ったが、すぐに笑みを消し、ふたたびうろんな表情になった。そして、もっと早く、と、桃の言った言葉をつぶやいた。そしてふたたび急に笑顔になると、よかったらもうちょっと話しませんか? と高い声で聞いてきた。正直あまり気乗りしなかったが、なぜだか、あっさりと俺はうなずいた。

 席をかえると、ラガッツォは、部屋の入口にいたドレス姿の魔族のお姉さんたちを手で呼び寄せた。お姉さんたちが、ワイングラス三つと黒いボトル、カラフルなオードブルをテーブルに置く。ラガッツォが無造作にボトルを開け、俺の前に置かれたグラスに白い液体をそそいだ。これワイン? とりあえずちょっと飲む。味すると思ったら味なかった。香りやアルコール感は好き。ふわっとする。

「先程の話、お兄さんはどう思いましたか?」

 グラスをまわしてみる。飲む。香りが濃くなった気がするが、何分アルコールまだ二度目なもんで、そっちの刺激がつよくてよくわからん。

「はしゃぐが言いそうなセリフだと思った」

 とりあえず転がしたほうが旨い気がするので、まわして口のなかで転がす。う~ん。すげえ。ワインすげえ。別にそこまでワインが珍しいわけじゃない。どうも、何かを考えているようだ。自分でもよくわからない。

「まあ、なんにせよ、組織ってのはだろうじゃ動けないしな」

 気をつかって、追加で言ってみた。ラガッツォも同じようにまわしてワイン飲んでる。そして、さすがお兄さん、と言って白い歯を見せた。俺はチラリと見ただけで、ふたたび飲むか、飲んでいないときもグラスを見つめるということを続けた。オードブルに手を伸ばしてみる。ロースト肉と香料葉っぱと黄色いソース。何これ。すごいうまい。何これ。何ソース? ラガッツォが俺を値踏みするように見つめている。

 まあ、正直、そんなに仲良くしたいわけではない。

 というか、一撃を入れる機会をねらっているのかもしれない。

 桃は、勿論あれは桃が悪いと思うが、どうやら、俺は、何にせよ最終的には桃の味方をすると決めている、ということのようだった。

「ヘリで降りてくるとき、浄水場と、発電装置を見ました」

 話題を逸らしてみた。やや間があったが、ラガッツォはうなずいた。ガラスの外の、夜のサバンナのほうに目をやっている。

「イマジンが使えないうえにこの環境ですからね。とてもじゃないが、純粋な科学でしか、居住施設の設置は無理です」

 それから、ラガッツォは、施設について色々説明をはじめた。当然のことながら建設には苦労したようだ。さっき召喚された弾がわりの上司が恐竜たちの囮になってくれたと楽しそうに話している。ラガちゃん、君上司の言葉の意味知ってる? まあ、とりあえずふんふん言いながら拝聴する。

 異変の認識。縮まないアクセサリ。いかにも資源が埋蔵されています的な土地。インフラ系を自作してまでつくった強引な拠点施設――食指が動かないわけじゃないが、どうも気後れがある。俺だけ組織をもっていない。話すことも考えることも、どうにも空虚感がつきまとう。これははしゃぐに任せるしかないということだろう。はーちゃんごめんね。お兄ちゃん器ちっちゃくてごめんね。

「そうそう、そんなことより勇者ですよ!」

 とか考えていると、話題が、にわかに、本意ではない俺の畑にうつった。

「実は、私まだ、あなたのお姉さんに会ったことないんですよ」

 ごめん……興味ない……。

「そうなんですか?」

 でも大人なのでちゃんと返す。

「実は、僕、ものすごく興奮してるんです。それで、どうなんですかね。失礼なのかわからないんですが、是非聞きたいことがあって」

 上目づかいでラガッツォを盗み見た。頬が上がっている。口角も上がっている。本当に興奮しているようだ。

 うーん……何だろう。

 この感じ。

「姉弟での殺し合いっていう構図を、どうとらえてるのかなって」

 だろうね。性格的にね。

 心のなかでため息をついた。

 急速に、この男に対する感情が冷える。

「どうです?」

 まだ笑っている。

 困った。

 どうも家族のことになると、感情をもてあましてしまう。

 笑みが固まった。ようやく、俺の機嫌が悪いことに気がついたようだ。やっぱり察しはいいんだな。ただ、笑みは収めたが、その困ったように眉尻を下げた表情は、まるっきり挑発そのものだ。はーちゃん――彼、ケンカ好きみたいだし、お兄ちゃん、あれだ、結構、好きなように振る舞うことにするね。

「あれ? 怒らせちゃいましたかね?」

 俺は、いや、とつぶやいて、苦笑をうかべ、軽く手をふった。

「すまない。泊めてもらっておいてあれだが、あまりにもお前に興味が湧かなくて」

 何秒か、何も起きなかった。

 それから、ボディガードが身じろぎする様子が、視界の端にうつった。

 まだ何もおきない。

 ラガッツォは、わずかに放心したような表情で、俺を見つめている。さっきからそのままだ。うつむいた。肩を揺らし、含み笑いをはじめた。すぐに上をむき、口を開け大声で笑いだした。しばらく笑っていた。

「ツコム、俺お姉さんに合うのが楽しみになってきたよ。ホントは全然興味なかったんだけど」

 ラガッツォの目を見つめ、ワインを口に含み、ゆっくりうなずく。

「ああ。よろしくやってほしい。しき姉をたのむ」



 寝つけなかった。

 ベッドが広いのはいいが、天井が高いのがちょっと慣れない。庶民の悲しさか。桃は、隣にあてがわれた部屋で寝ている。檻に入れられて。

 天井の高さを受けいれるため、両手を頭の下に入れて、くるくるまわるシーリングファンを見つめていた。

 いや、部屋が広いっていうのは嘘だな。

 ベッドに入ってからずっと、考えないようにしても、桃の言おうとした言葉のつづきを考えてしまっている。

 色々これまでのことを組み合わせて、一つ二つは思いついた。そして、悪いほうのは、大分エグい。もしそうなら、励ましの言葉も、自分がそうなったときの立ち直り方法も、ちょっと思いつかない。

 ため息をついて、ベッドの上をゴロゴロした。

(――ツコム、ツコム氏や――)

 そうしたら、変な声がきこえてきた。

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