ババア、血涙のレジスタンス
【前回までのあらすじ】
メルヒェン歴19ンン年、第三次恋見大戦によって荒廃した世界――。見合いの国の民たちは、見合い組合長――コミスラト見合い王の婚事政権下において、圧成婚にあえいでいた。しかし、恋の炎は、おき火となりながらも、完全に消えてはいなかった。旧恋愛派は、水面下にて、その活動を今もなおつづけていたのである――。
*
廃墟ビルの群れをぬける一台のバギー。
それに乗った、フルフェイスヘルメットの一組の男女。
男女とも、つなぎのライダースーツにほぼ全身をカバーするプロテクターといった、現在のこの国においては尋常となった装いであった。バギーは旧倉庫街へと進入し、廃材置き場内に入ると、その一角に駐車された。バギーから降りた男女は、後部より積み荷をおろし、バギーにぼろ布をかけると、あたりを警戒しながら、廃材置き場の事務所へとむかう。
事務所内に入り、奥のロッカーの前に立つ。フルフェイスヘルメットの男がロッカーのドアをつかんでガタガタとゆらすと、どこからともなく、低い男の声が聞こえてきた。
「合言葉を言え。――ママ、動悸が止まらないの。あと頻脈も。それからそれから。やっぱり、生活習慣が――」
「フロレンス、それはね、恋よ」
「よし入れ」
駆動音とともにロッカーが横へと滑走し、金属製の重厚な扉があらわれた。フルフェイスヘルメットの男が扉を押し開ける。男女が内部へと侵入すると、扉のすぐ近くに集まっていたボロをまとった子どもたちが、一斉に二人を取りかこんだ。
「ジョー様だあ」
「ゐきる様だあ」
子供たちは声を上げながら二人の体に取りつき、しばらくしてから、二人が床におろした積み荷――ポリ容器に入った飲料水と、ビニルと麻紐で梱包された保存食料――へと取りつき先をうつした。二人がヘルメットを外す。
「移動中の見組の輜重部隊から奪ってやったぜ」
男――元恋爵、ジョー・デ・アールズが、白い歯を見せ、額側へ折れ曲がった突出した褐色のかしらつきを前方へと突きだしなおしながら、梱包をといている子供たちに、そう声をかけた。
女――その婚約者、大概ゐきるは、後ろ襟のあたりに手を差しこみ、ライダースーツにしまいこんでいた――この世界への転移後、その比類なき活力に対するイマジンの呼応現象によって少しずつ艶とうるおいを取りもどした長く豊かな――三つ編みに編んだ白髪まじりの髪を引きだすと、子供たちを見て微笑んだ。
「無事で何より」
襟元までの金の髪、隆々とした筋肉の大男――オモネが近づいて言った。二人はオモネと視線をかわし、わずかにうなずき合う。若い兵が数人近づいてきた。子供たちが左右にはけ、兵のナイフでの荷ほどきを、声を上げて見守っている。しばらく、三人でその光景をながめた。
「しかしジョー。あまり無茶は」
ジョーが輪を見つめながら、小きざみにうなずいた。
「わかってる。けどよ、子供たちを飢えさせるわけにはいかねえだろ」
「しかし、お前を――最後の貴族を失ったら、俺たちは――」
「わかってるって。そこまでの無茶はしねえ。それに、ヒーローはそう簡単には死なねえんだ。な、そうだろゐきる」
吹きだしながら、ゐきるがジョーをちらりと横目で見る。そして仕方なくといった様子でうなずいた。
「ああ。そうじゃな」
そのとき、頭上から鈍い爆発音が聞こえた。
アジト全体が揺れている。
天井より、ほこりと、風化したコンクリート砂利が雨のように降り落ちる。
「見組ですッ」
トランシーバをつけた若い兵が、そう叫んだ。
「避難路を開けろッ。子供が先だッ」
ジョーの指示で兵たちが動きだした。金属の扉が等間隔で振動しはじめた。部屋の奥、コンテナ裏に隠されていたハッチが開かれ、子供たちがそこへ誘導されおえたとき、扉が打ちぬかれ、武装した男たちが乗りこんできた。
「おとなしくしろッ。ようやく見つけたぜッ」
それぞれが、細かい機械が様々についた円筒――を装着した左腕を突きだす。
「世話光線ッ。プロフィール収集ーッ」
「世話光線ッ。パラサイト釣書ーッ」
恋愛兵たちが次々に光線を浴び、その場にすわりこむ。プロフィールの吸いだしののち、細かい機械が様々についた円筒により即座に作成されたパラサイト釣書――見合い組合の生みだした寄生型プロフィールフォーマット――が、同じ光線のさし戻しによって恋愛兵の体内に埋めこまれていく。同時に、恋愛兵の拳銃、自動小銃、手榴弾、グレネードランチャーによる応戦により、見合い兵たちが、通常の肉体的負傷によって次々に倒れる。
ゐきるが身を隠すコンテナの陰に、ジョーが滑りこんできた。コンテナに背をつけ、自動拳銃の遊底を引きながら、見合い兵たちの様子をうかがう。
「後をつけられてたのか、オレたち」
「わからん。今それを考えても仕方ないじゃろ」
ゐきるも同じように遊底を引き、初弾装填をおこないながら、ジョーにそう言いかえした。
「子供たちは――」
「避難路へは入った。あの子らは婚姻適齢に達っしとらんから、そもそも関係ない」
「じゃあ、逃げるのは後でよかったか――」
「ああ――」
オモネが、コンテナに滑りこんできた。複数もっていた自動小銃をジョーとゐきるに投げ渡す。コッキングレバーを引いて初弾装填すると、ゐきるが体をひるがえして発砲した。数名の見組兵が倒れる。
「むこうの装備は――」
ジョーの質問に、オモネがうなずいた。
「ああ。左腕の世話人アームだけのようだ。世話光線の射程距離は二メートル」
やや有利か。そう言ったジョーは、ふと応戦をやめ、オモネの顔を見た。
「待てよ。じゃあ最初の爆発音は、一体誰のしわざなんだ」
「ああ。こっちの兵のやったことだろう」
ふたたびうなずいたオモネが、ジョーにそう返す。それを聞いたジョーが、納得したように何度も緩慢にうなずいた。
「よし、そういうことなら、とっとと退避だな」
ジョーが腕を上げ、ハンドサインを出した。何度かくりかえし、兵たち全員からサインが返ってきたことを確認すると、ジョーはふたたび腕を上げ、三盆指をつくった。
「three――two――one――ゴーッ」
ジョーたちとともに、兵の半分が一斉に仕掛ける。
同時に、残りの半分が避難路へむけて駆けだした。反撃は弱い。仕掛けた兵たちも、撃ちながら避難路へむかう。逃げおくれがいないことを確認し、最後に、ジョーたち三人も走りはじめる。
そのとき、三人の頭上より大きなかたまりが落ちてきた。
ジョー。オモネ。
とっさに、突きとばしていた。
自身も床を蹴った。だが、背中が、コンテナにさえぎられた。
「ゐきるッ」
激しい土ぼこり。横むきに引きこまれている。天井の崩落。認識に意味はない。全身への衝撃と、左足に強い熱があった。わずかに目を開いた。巨大なコンクリート片の隙間に、婚約者の顔が見えた。
「ゐきるッ」
「行くんじゃ」
「今助ける」
「行くんじゃ。お前がいなくなったら、レジスタンスは崩壊じゃ」
「Shit on youッ。どこの世界にSteadyを置いてRun awayするHeroがいるんだよッ」
もう一つのぞいている顔――オモネを見つめた。しばらく、見つめていた。
オモネの顔が、コンクリート片の隙間から見えなくなった。
おいッ、てめえ。何を――。
そして、婚約者の顔も見えなくなった。
「バカヤロウッ、てめえ、ふざけるんじゃねえ、たのむ、ゐきるッ、ゐきる――ッ」
それから、反対の側より、複数の足音が近づいてきた。
*
目をおおわんばかりの情景が、目隠し布を取り去られたゐきるの眼前に広がっていた。
「なんということを――。これが人間の所業か――」
「ゐきる様――おお――ゐきる様――」
議場に満ちるうめき声。
数えきれない。
数百は超えている。
かつての恋愛議事堂、本会議場。しかし、そこはもうゐきるの知っている本会議場ではなかった。議席の椅子代わりに、鎖でつながれ四つん這いにさせられたアベックが、うめき声をあげながら整然とならばされている。そして、ゐきるの正面。五メートル四方の大きな平台を、二〇組ほどの、同様の状態のアベックが支えている。その平台には巨大な椅子がのり、そしてそこに、鉄製のマスクをかぶり、裸身に、黒い革帯を×字に巻いた巨大な男が座り、ゐきるを見下ろしていた。目の前の平台を支えるアベックたちに歩みよろうとしたが、左右からゐきるを押さえつけている見合い兵によってはばまれた。
「お主ら、大丈夫なのか――」
「あ、それは結構、二〇組くらいいるんで、結構軽いです――服も着てるし――」
「そうか――」
どうにか振りかえり、数百から並ぶ議席代わりのアベックたちを見上げる。
「お主らは――」
アベック同士で、顔を見合わせている。
「姿勢は疲れますけど、別に座られてないから、普通です――服も普通に着てるし――」
「そう――」
「フゥ――どうやら、リーダー格の、一人のようだな――」
ようやく、裸ベルトの男が声を発した。意外と高い声であった。
「フゥ――我は、見合い王コミスラト――。フゥ――最後の恋愛貴族――ジョー・デ・アールズの居場所はどこフゥ――」
「こんなことに、何の意味がある。無理につがわせて、そこにどんな意味あるというのじゃ」
「フゥ――無理に、だと――フゥ。何を言っている。我が見合い組合の世話アルゴ、フゥズムは完璧だ。みな――フゥ、みな、最高の相性をもつ相手をつがっているのだぞ――フゥ――」
「たしかに、家がつがい相手を強制的に決める時代もあった。じゃが、今時分の見合いといえば、相手と合い、気に入らなければ拒否する権利もあるのが平常じゃ。それから苦しいなら仮面を外せ」
しばらく、間があった。
「家も何も関係、関係ない。アルゴリズムが、婚姻相手を決めるのが、人類の、グ、人類の唯一の、幸せなのだムググ」
「そんなことがあろうものか。人間というのは、自身で――」
「お前、お前と、グ。見合いについて――グ。議論する気はな――ガハァッ、ゴボ、ゴボボ」
「悪かった。フゥフゥ言ってかまわん」
裸ベルト――コミスラトが深呼吸を繰りかえしはじめた。呼吸が落ちつくまでのあいだ、ゐきるは、ただ、待った。
「フフゥ――ジョー・デ・アールズの居場所を――教えてもらフゥか――」
「死んでも言わん」
「死んでもか。フフフ――フグッ。グム。グムゥッ――」
「落ちつけ。己のペースでいい」
咳きこみ、うなずきながら、コミスラトが片手を上げた。見合い兵が、細かい機械が様々についた巨大な装置を引いてきた。細かい機械が様々についた円筒――世話アームと、いくつもの蛇腹の管で繋がれている。世話アームも、これまでゐきるが目にしたより、倍ほども大きい。その倍の大きさの世話アームを、兵士の一人がコミスラトに手渡し、コミスラトは、それを左腕に装着した。
「フゥ格好だが、最新型の世話アームだ――知っているだろうが、もっともマッチングポイントが高かったものと――フゥ――強制婚姻。万が一適合者がゼロの場合、貴様に待っているのは――フゥ――死だ。唯一婚活力の数値が一――フゥ――五〇〇を上回っていた場合のみ、命をつなぐことができる」
言いながら、コミスラトが、ゆっくりと世話アームの銃口をゐきるへむけた。アームの様々な部位が点灯し、巨大装置が、駆動音を響かせ、蒸気を吹きだしながら、振動をはじめた。
「世話光線――」
押さえていた二人の兵士が飛びのく。
赤い光。
思わず顔をそむける。
体から、何かが吸いだされている。
「お、おぉ、わしの、わしのプロフィールが――」
うめき、腰をかがめ、しまいにはアベックたちのように四つん這いになって、両手を地についた。
「フゥッ。フゥワッ。来てる。来ているぞ。大概ゐきる、身長一五九センチ――体重四一キロ――婚姻歴あり、収入なし、臓物食らい――さぁ、更に磨きをかけたこの最新型世話アルゴリズムが、本人の意志とは関係なく、最高の相性をもつ相手をさがしだす――」
「それはもう見合いではないのでは――」
「知ってフゥ――」
装置の駆動と振動がさらに激しさを増す。
駆動音が、ひときわの高い音をはなちはじめた。
「だがもう、フゥ――後もどりはできんッ」
唐突に、静寂がおとずれた。
音も、振動も止まっている。
《適合者、ゼロ人――婚活力、ゼロポイント――》
「クックック――残念だったなゐきるとやら――」
《適合者ゼロハ、存在抹消――婚活力ゼロハ、存在抹消――》
「六二才、収入ゼロ、臓物食らい――フゥ――さすがにこのプロフィールでは、適合する人間などいなかったようだな――。婚活力も、ゼロポイントとは。見たこともないフゥ残な結果だ――」
《適合者ゼロハ、存在抹消――婚活力ゼロハ、存在抹消――》
「クックック――」
しかし、次に肩を震わせふくみ笑いをしたのは、ゐきるであった。
「何だ。何がおかしい――」
「完璧なアルゴリズムか――では、そのアルゴリズムに説明してもらおうか――」
ゐきるはうつむいている。
うつむいたまま、膝に手をかけ、ゆっくりと立ちあがりはじめた。
「わしにもわからん。お主の言うとおり、今さらつがえるなど――」
《適合者ゼロハ、存在抹消――婚活力ゼロハ、存在抹消――》
「適合者しかり、婚活力しかり――わしも、はじめはそう思った。本当は、今も、心のどこかでそう思っとるのやもしれん――」
「な、何が言いたフゥい――」
完全に立ちあがった。首はまだ下をむいている。その姿勢のまま、今度は、左腕をゆっくりと頭上へと突きあげた。
「じゃが、受けとめねばならん。受けとめると、決めたのじゃ――」
「そ、それは。それフゥは――」
「この愛を――」
まばゆいばかりに光り輝く、ゐきるの左手薬指におさまったエンゲージリングであった。
巨大装置が激しく蒸気を吹きあげた。
そうして、ふたたびガタガタと振動をはじめた。
「これは到底わしの努力とは言えん――」
《テ、適合者――ゼロ――》
「じゃが、相手の想いという事実がある。そしてそれを受けとめる。そう決めた――」
《コ、婚活力――ゼロ――》
「なあアルゴリズムよ。適合者とは何じゃ。婚活力とは何じゃ。肝のぶつかり合いなくして、生涯を共にする相手とどう折り合うのじゃ。生活の結合がはじまってよりのぶつかり合いはある。恋愛しろ、見合いにしろ、それもまた避けられん事実じゃろう。しかし、だからと言って、婚前にぶつかり合ってはなぜいかんのじゃ――」
「フ、フゥつかり合いだと――」
そのとき、議場の扉が、音をたてて開いた。
「やっぱり、あんただったか――」
《テ、適合者――ゼロ――》
突出したかしらつきの男が、立っていた。
ゐきるがあわてて左腕をおろす。
「ジョー、知っているのか。こやつは――」
「今は撤廃された負の爵位――徒爵。その最後の徒爵である、マラフェデ・ダメ・フセイジッツの息子、インフェデ・ダメ・フセイジッツ――」
ジョーの声が、広い議場の空間に響いている。話しながら、ジョーがゆっくりと、アベックでできた議席の間を進む。
「ジョー・デ・アールズ――なぜ――」
「ずいぶんと立派になったじゃねえか。いや、皮肉じゃねえ。その体つきさ。てめえにつけられたレッテルを、てめえの努力ではぎ取ろうともがいたってのが、よくわかるぜ」
《コ、婚活力――ゼロ――》
「どういうことなんじゃ、ジョー」
ジョーが目を細め、ゆっくりと首を左右へ振った。
「徒爵――元は恋愛刑法成立の要となった人物へ与えられた爵位だ――」
「だまれジョー・アールズ。過去の――」
「だがこの爵位、長くはつづかなかった――」
(割愛)
《テ、適合者――ゼロ――》
「ああッ」
そのとき、話の流れとは特段関係なく、平台を支えていたアベックの何組かが、主に右手前に位置する何組かが、唐突に限界をむかえ、床に突っぷした。かたむいた平台を、椅子、巨大装置とともに、コミスラト――インフェデ・ダメ・フセイジッツが死んだ昆虫のような姿勢ですべり落ちる。
文字どおり重圧をとかれたアベックたちは、力をあわせて平台をひっくり返し、ジョーにつづいて議場に侵入していた恋愛兵によって足枷の錠を外すと、アベック単位で順にインフェデを蹴りつけてから議場を脱出していった。
《コ、婚活力――ゼロ――》
議席となっていたアベックたちの鎖と足枷もとかれている。とかれたアベックは、足枷をインフェデにむけて投げたのち、恋愛兵の誘導にしたがって、順に議場から脱出している。
「いらぬ――この世に、惚れた腫れたなどいらぬ――」
インフェデが、尻をさすりながら、体を起こす。周囲に、到達した足枷がいくつかちらばっている。
「恋愛、ぶつかり合い――そんなものは必要ない――」
でん部に、高速で飛来した足枷が直撃し、インフェデがもんどりうって倒れた。
《テ、適合、婚活、テ、適合――婚活――》
巨大装置がひときわ大きな蒸気を吹きだし、耳ざわりな警告音を発しはじめた。
「ここは危ねえ。行くぞゐきる――」
ゐきるは、倒れたまま動かないインフェデを見つめていた。そのゐきるの体を、ジョーが強引に担ぎあげる。ジョーの腕におさまりながらも、ゐきるはインフェデの姿を見つめつづけた。
恋愛議事堂の前庭に到達した直後、爆発音と振動が周囲に広がり、議事堂が炎上しはじめた。
前庭には、数百からのアベックと恋愛兵がひしめいている。皆、燃えあがる議事堂を呆然と見上げている。
「避難は終わってんのかッ」
ジョーが近くの恋愛兵へむけて叫んだ。兵が、そのはずですと叫びかえしてきた。
「汚れ役の家系か――」
ゐきるは、消沈した声色でそうつぶやいた。そのゐきるの目に、中央玄関の階段を誰かが駆けおりてくる姿が映った。金髪の大男。裸黒ベルトの大男をおぶっている。さらに後方より、数名の恋愛兵が、世話アームの巨大装置をもってつづいてきている。男たちが前庭に到着すると、ジョーがとまどった様子で、兵の運んできた巨大装置を指さした。
「お、おいオモネ、それ、後ろの。そいつ自爆したんじゃ――」
オモネが首を横に振る。
「ああ。割愛されたなかに説明があったようだが、しゃべっていたのは、ホストコンピュータのこいつだった」
「しゃべ――そうか。いや、そうじゃなくてよ」
小首をかしげたオモネが、しばらくして納得したようにうなずいた。
「ああ。爆発か。爆発はうちが仕掛けたやつだ」
「何を。オモネ。全員死ぬ危険が――」
とがめようとしたゐきるを、オモネが声を上げて笑いながら、手をつきだし、とめた。
「それはない。ゐきる。ちゃんと全員が退出したタイミングで押した」
ジョーも笑いだした。
「ハハッ、こりゃあいいや」
オモネとひとしきり笑いつづけ、そして、浮かんだ涙を指でぬぐいながら、いつの間にか、ジョーは精悍な顔つきに変わっていた。
「一度なくなっちまったほうがいい。そう思わないか――」
それは、ゐきるにかけられた言葉ではなかった。返答しかけたゐきるの横をすり抜け、ジョーは、庭石にぬけ殻のようになって座りこんでいるインフェデ・ダメ・フセイジッツの前に立ったのである。
「そう思わないか、インフェデ」
聞こえていないのか、インフェデに反応はない。肩が上下し、フゥフゥと、荒い呼吸だけが聞こえている。
「国自体の、国そのものの責任だった」
ジョーが言った。
「罰を与える役を一カ所に集めた。刑罰ってのは、こいつと決めてやらせるような仕事じゃなかった。けど、国は、ちょっとばかし、それに気づくのが遅かった。徒爵をつくったのは王室だが、役回りの振りなおしなんてのは、貴族院でだって、後からいくらでも修正できたことだからよ」
インフェデが、かすかに身じろぎした。呼吸は聞こえつづけている。
「国ごとなくなっちまったが、ただてめえのツケがまわってきただけだ。少なくともオレはそう思ってる」
呼吸だけであった。
「立てなおすしかねえ。オレは国そのものじゃねえが、国のツケで国がこうなったなら、立てなおすのは誰もでもいい。なあ、そう思わないかインフェデ――」
インフェデがわずかに首を振った。
「国は勝手になくなった。なあインフェデ、オレはそう思ってんだ」
うつむいたままだ。だが、拳が震えていた。左手の拳を右手がおおっている。何かをこらえるように、握りこんで、震えていた。
「やれる」
ジョーが、そのインフェデの拳を見つめる。
「だってこのくだり、前の件から一週間くらいしか経ってないだろ。きっとやれる」
そう言って、ジョーが笑った。