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メルヒェンランド  作者: 袋ラーメン☆好き男
魔法の国編 序
13/36

ババア、陶然の舞踏会

【前回のまでのあらすじ】

 幾年にもおよぶ捜索旅の果て、ジョーは、とうとう辺境の山中にてゐきるを見つけだした。失踪が、貴族マナー武者修行のためだったことを知ったジョーは、その愛の深さに己のSteadyを固く抱きしめた――。しかし、屋敷へもどった二人には、父、パドーレ・デ・アールズ恋爵失踪という、新たなる困難が待ちかまえていた。父に代わり恋爵をたまわったジョーは、見合組合による激しい妨害工作に屈することなく、父パドーレ捜索のかたわら、パドーレの提唱した議会の透明化の実現に奔走する。そんななか、ジョーの姿勢に共鳴したリソナンツァ愛爵より、足場固めを目的とした社交界の開催が告知された。ゐきるに、社交界へ同伴者として出席してほしいと伝えるジョー。そして、それを承諾したゐきる。貴族の世界では、それは事実上、ゐきるが恋爵夫人となることを意味していた――。つとまるのか。このわしに。否、つとめる。つとめきる――。肝をむしばまんとする煩悶を打ちはらい、ゐきるは、姿見にうつりこむ純白ドレス姿の己を、うがつかのように見つめこむのであった――。



 ぶっかかっていた。

 ぶっかかりきっていた。

 あたかも、臓物より絞りだしたかのような、まあ、要するに深紅色の洋酒が、純白ドレスを、凄惨にけがしきっていた。

「あぁら、ごめんあそばせ。あまりに存在感がうすいので、そこにいらっしゃることに気づきませんでしたわ」

 ねじりあげていた。

 メガ盛っていた。

 豪奢なドレスを身にまとった貴族令嬢。冷ややかかつさげすみのこもった視線。その視線の、その上部。長い金髪をいくつもの束に編みこみ、さらにその束を複雑に絡み合わせて、蟻塚のようになっている。五〇センチほどもある。その蟻塚に、円グラフ、棒グラフ、折れ線グラフ、帯グラフ、ヒストグラム、レーダーチャートなどを模した工作物が埋めこまれていた。

 メガ盛りの令嬢は、並盛った程度の褐色頭髪の取りまきたちと視線を交わすと、嘲笑をあげた。その嘲笑に、ゐきるはただ、髪よりしたたる臓物色の洋酒を、ゆかしい動作でぬぐうのみであった。

「あら、あなた、大概ゐきる様ではございませんこと。まあ、どうしましょうかしら。わたくし、あなた様にとてもお会いしたかったんです。そんな、骨董品のようなお年の平民が恋爵夫人の座を射止めるなんて、一体どんなえげつない手段を用いればできることなのか、是非、直接合ってお聞きしたくて」

 やはり、この手のものがいるのだな。そう思った。議会の透明化。そこには衆議院を併設し、議会を二院制化するという項目も盛りこまれている。平民を、この国の政治に参加させるということである。そしてそのための社交界であった。

 ちがう。

 そこまで考えて、ゐきるは己の思考を否定した。

 これまで、貴族院しかなかった。貴族が挟持におぼれていることは、当然想定されたことだ。今、この場。今この場こそが変革の戦いの場そのものではないのか。そもそも、ゐきる自身は、この国ために何をしたというのか。今日までのこの国をつくったのは、目の前の貴族たちではないのか。心の臓から、肝から、全身に、羞恥のしびれがじわりと広がった。

「何をだまりこんでいらっしゃるの。もしや、この場では口に出すこともはばかられるほど、おぞましく、こぎたない手段だったのかしら」


「スクリバ家。そもそもは書士の家柄――」


 罵詈雑言を重ねようとしていたメガ盛りの令嬢が、口をあけたままで動きをとめた。

「メルヒェン歴ンン年の議会制導入時、書士一族として、民への立法制度の浸透に貢献し、議会制導入を陰から支えた功績をみとめられ、ンガフフ年、ラブキューピッド四世によって情爵を賜爵。そののち、恋愛の国が観光国へ転化してからは、貴族として、また議員として、広告代理業界の発展に注力。観光国としての基盤づくりを、これも陰から支えた。名実ともに、現在この国でも指折りの大貴族――」

「あなた――」

「現当主息女、ポブリチエッタ・デ・スクリバ――学問、武芸ともによく修める才女。非常な勤勉家。全盛の呼声たかい現在のスクリバ家にあって、商才一、二と言われる父兄をもつが、自身も経済、法律の面では、父兄におとらない才覚をみせている」

 そこまで話すと、ゐきるは自嘲の笑みを浮かべ、視線を落とした。

「いや、これは、ジョーの分析じゃ。高慢な態度に面食らったが、これはまあ、有能な父兄をもった裏返しの、取りつくろいじゃろうな。それくらいはわかる」

 メガ盛りの令嬢――ポブリチエッタ・デ・スクリバは、ただゐきるを見つめている。その顔には、先ほどまでの高慢さはすでにない。


「体が、しびれる」


 唐突な、脈絡のないゐきるの言葉に、ポブリチエッタがけげんそうに眉をひそめた。

「そういう思いじゃ」

「あなた、何を言って――」

「これまで、全くゆかりのない世界じゃ。血筋、家名を重んじる世界で、わしなんかが、と言う思いは、ぬぐえん。今口にした知識も、まるで札を読みあげているようで、内実、その功績がどんなものなのか、努力がどんなものなのか、実現にいたるのに、どんな障害があって、どんな不都合があって、どれだけ知恵をしぼり、どれだけ国を駆けまわったのか、何一つ思い浮かばんのじゃ――」

「あなた――」

「ただ、ここにいることは、決めた。それは決めた。ただただ、己の見聞の狭さに嘆息するばかりじゃ。そのようなことだから、もし今後、機会があったときに、何がしかのご教示を頂ければ、幸いです」

 膝に手をあて、ゆっくり、深く、頭をたれた。

 上体を起こし、場をはなれる。

「あなた、替えのドレスは」

 いや、と言って、わずかに振りかえった。ポブリチエッタの表情に、高慢さがもどっている。顎を上げ、下目遣いでゐきるを見つめている。

「仕方ありませんね。わたくしの、アホみたいに大量のストックのなかから何か差しあげましょう。ほら、ちょっとあなたたち何してらっしゃるの?」

 左右の取りまきを睨みつける。

「その髪の盛りぐあいのように、並もいいとこのあなた方のその並ドレスの裾で、早くゐきる様の御髪のワインのしたたりを拭きとったどうなのッ」

 取りまきたちは呆然と言った表情でポブリチエッタを見つめている。しかし、は、ただいまと口々に言い、すぐに動きだし、ゐきるを取りまいた。ゐきるが視線を合わせると、ポブリチエッタはあわてた様子で、顔を横へそむけた。



「大分うまくなったじゃないか」

「いや、まだま――あうぅ」

「おっと」

 腰にまわされているジョーの手に力がこもった。反動で、体が宙に浮きあがった。即座にジョーの両手が伸びてきて、ゐきるの体をつつむ。慣れた仕草であった。

 たしかな感触。

 宿る熱。

 貴族たちの視線を感じる。緊張で足運びがこわばり、おぼつかない。しかし、そんなゐきるの様子を、ジョーは、踊りながら、楽しそうに笑ってながめているのである。尋常ではないほど、高ぶりつつあった。ジョーの顔が、ぼやけて見える気がするほどであった。

「ホントのこと言うとよ、見てたんだ。さっきの。割って入ろうとした。けど、ゐきるが話しはじめて――」

 小さく首を振る。軽いめまいがした。

「恥じ入るばかりじゃ。わしがこの国のためになしたことなどオゥ」

「おおっと」

 足がもつれ、今度は倒れこみそうになった。たくましい腕がゐきるの華奢な体を引きあげる。結局宙に舞った。ほとんど、全身宙に浮きあがった。

「ジョーォ」

「ゐきーるぅ」

 つかまれた腕により遠心力がはたらき、扇状に飛んだのち、抱きとめられた。熱い。蹂躙するかのように、熱が体内を駆けまわっている。

「どうしたゐきる。ずいぶん顔が赤いぞ」

「欲しい」

「なんだって」

「ジョーが――」

 言っていた。どうしたというのだ。これと言った前おきなく、なぜか口をついた。ジョーが目を丸くしている。足の運びをおさえ、ゐきるは目の前のたくましい胸にしなだれかかった。

「おいおい、どうしちまったんだ一体。こんなPUBLIC PLACEで。う、うれしいけどよ」

「ジョーが――否、やはり水が欲しい」

 頭皮より血流へ吸収された、アルコールが原因であった。



 あれをご覧になって。なんて破廉恥な――。

 まあなんて破廉恥な――。

 なんてババアな――。

 なんて――ひそひそ――ひそひそ――ひそひぐぼッ。

「あぁら、ごめんあそばせ」

「ちょっと何――」

 振りかえったガヤ貴族たちは、五〇センチはあるメガ盛りの金髪を見、言いかけた言葉をのみこんだ。ぶつかってきたのは、あろうことか高慢で名だかい情爵家令嬢であった。令嬢はそのまま通りすぎかけたが、数歩のところで立ちどまった。

「そうそう、人をおとしめるより、己をみがき、高める。貴族たるもの、そうあるべきだとわたくしは思いますが皆さんはどうかしら」

 令嬢の周囲を取り囲んでいる並盛りたちが、口々にそうだそうだと返す。賛同の言葉をすまし顔で聞いていた情爵家令嬢は、しかし、ふたたび歩きはじめた途端真顔になると、輪の中心にいる一組のアベックへと視線をやった。



「なあ、聞こえるかゐきる。聞こえてるかよ」

 酔いをさますために、二人で屋敷の露台の椅子に座っている。風が、冷たく、心地よかった。

「大丈夫か。けっこう、その、大事な用があんだけど」

「大事な用じゃと――」

「そろそろ舞踏会もしまいだからよ、本当はもっと、こうムードがさ――まあいい。とにかく、だからよ」

「ジョー、何を言っているのかわからん」

「いいんだ。そのまま、そのままでいい」

 手首をつかまれた。優しい手つき。けげんに感じるほど、優しい手つき。そして、それとは裏腹に、何か固いものが、左手の指を押しこんできた。わずかの間のあと、知らず、椅子の背もたれにあずけていた上体を跳ねあげた。左手の、薬指。まばゆいばかりの、宝石の埋めこまれた指輪。

「ゐきる――」

 視線をそらせなかった。

 反射しているのは、広間の明かりか。それとも月明かりか。それとも、宝石自身が、光を放っているのか。魔法にかかったかように、ゐきるは、ただただ、左の薬指に収まっているその存在を見つめた。見つめこんだ。うがちこんだ。うがってはいない。

「婚約だ。正式なのは、オヤジを見つけてから」

「ああ、そうじゃな」

 その言葉で不意に冷静さを取りもどし、顔を上げてジョーを見た。

 ジョーの背後。

 広間の様子。

 おかしい。

 そのことにゐきるは気がついた。立ちあがった。

「ゐきる、どうした」

 騒然としている。使用人たち。広間に面したすべての扉から、主人たちを外で待っていた使用人たちが入りこんできている。何か言っている。叫んでいる。あせる手でガラス張りの扉を開いた。

 見組が。見組の連中が。

 口々に、そう、使用人たちが叫んでいた。


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