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メルヒェンランド  作者: 袋ラーメン☆好き男
魔法の国編 序
12/36

しきるちゃんの!『バカしかいない侵略会議』

 あい変わらずの曇天。

 魔王城跡地は、塩化ビニル製の、白い防音仮囲いでおおわれていた。

 囲い内では、ガレキの山と化した魔王城にいくつものショベルカーが取りつき、廃材とガラを十トントラックへ積みこんでいる。頻繁な十トンの往復に、ゲートはほぼ開放状態と化している。

 仮囲いのすぐ近くに立つ巨大な楡の木。

 その木陰。

 教卓。教卓のななめ後方に三メートル幅のホワイト魔ボード。教卓の前にならんだ六つの椅子と机のセット。および二台の車椅子。

「えー。本日の出欠ですが、ガリ勉さんが、特別講習のため欠席。凹屋さん、マローネさんが急性加齢中毒のため見学となってます」

 教卓には、警笛を首から下げ、水色のリボンタイに紺色のブレザー姿のしきるが、片手にバインダー、片手を教卓の端についた姿勢で立っている。メガホンは教卓上。けばけばしい装飾の仮面に黒マント――ペルソナーレは、そのななめ後方、ホワイト魔ボードの脇である。

「それから、会議をはじめる前に、魔王から皆さんに謝らなくてはいけないことがあります」

 最前列、教卓からみて左手の席に、白地にイラストタッチの花びら仮面および紫と白のフリルドレス――マスカレーネが、横につけた、車椅子のなかの老人化凹屋を、前腕をとんとんとたたいてあやしながら座っている。その隣に、前回の爆発により金の髪がアフロと化した、青い肌に金の和服の老婆――トラジ。マスカレーネと同じように、ならんだ車椅子の老人マローネを、とんとんとあやしている。

次列、青い肌に銀の髪、銀の和服――リゴール。若草色のスーツを着、落ちつきなく書類をひっくり返している魔族キャリアウーマン――ドナ。最後列、前回の爆発によりアフロ化した白衣のダメ中年博士――スコルテ。黒の燕尾服、白の蝶ネクタイという正装のドナの息子、巨体の少年バリトン――ピーターというならびである。

「魔王こないだ調子に乗りすぎまして、魔王城が全壊してしまいました。みんなのせいじゃありません。凹屋さんとマローネさんがおじいちゃんになったのも、全部魔王のせいだから気にしないように。復旧、再築城に関してはね、これを再優先としてやってますんで、どうか、はいそこ静かにー。魔王話してるよー。静かにしてー。こんなね、服も、全部やってしまいまして。服はね、魔王らしいやつをすでに発注済みなんで、今日は制服姿ということで、許してください」

「……魔王様」

 ドナが挙手した。

「ん? はいドナさん。何でしょう」

「あの、そのことなんですが、ちょっとあの」

 しきるを上目づかいで見つめながら、おずおずとした態度で立ちあがり、ドナが、教卓のほうへ歩いてきた。大きめの紙袋をもっている。

「これなんですけど、これ、ちょっとあの、みんなでね、やってみたの。どうかしら。勝手にやっちゃったんだけど、もしよかったらでいいんですけど……」

 差しだされた紙袋を、しきるは困惑しながら受けとった。なかには黒い衣類が入っている。取りだし、広げてみた。

 黒いジャージ。

 ジッパー、肩口のライン、そして左胸『大概』の縫いこみが水色。

 後ろへ向けた。

 背中一面に、大鎌を持った骸骨――死神の見事な刺繍がはいっていた。

 しばらく、しきるは何も言わずにただジャージを見つめていた。

「ペル。頼んだ服、キャンセルしておいてくれ」

「御意」

 幹部たちから、小さな歓声があがった。

「刺繍はな、リゴールとわしで……」

「余計なことを言うなトラジ!」

 しきるがブレザーのボタンに手をかけた。順番に外していく。

「ま、魔王様。まさかここで……」

 凹屋老人が目を見ひらきよォーと高い声を上げ、ピーターが目をくるくる回し、色気と艶にみちた低音で、ワーワワ、ワーワワと歌いはじめた。マスカレーネとドナがあわてて二人の顔を手でおおう。


(割愛)


「それでは本題にうつりたいと思います。侵略案の提出ということで、順番に見ていきましょう。まずはマスカレーネさんの回答はこちら」

 しきるが指示棒をホワイト魔ボードへ向ける。ペルソナーレがボードを操作すると、ボード一杯に丸みのある文字が表示された。


『祭りの国』


「祭りの国、ということですね」

 しきるが読みあげた。

「はい。彼がー、前々からー「侵略するなら祭りの国がいいね」って言っていてー、彼の代わりにー、この国を書きましたー」

 マスカレーネがかん高いアニメ声でそう説明した。納得したように、しきるは何度も小きざみにうなずく。

「じゃあ宿題は彼と合同ということですね?」

 はい、そうですとマスカレーネが返事をした。

「そんなマスカレーネさんの侵略理由はこちら」

 教卓上の書類に目を落としながら、しきるが指示棒をホワイト魔ボードに向けて振った。


『ロマンティック』


「これは?」

「彼はー具体的な侵略理由を言ってなかったんでー、自分で一生懸命考えてー、これにしたんですけどー……。浴衣着てー、お祭りなんてー、最高にロマ」

「馬鹿馬鹿しい! 馬鹿か? 何だこれは! 馬鹿か?」

 ペルソナーレだった。

「本当に馬鹿馬鹿しい。お前は侵略を何だと思ってるんだ!? お兄ちゃんいつも」

「おい、やかましいぞペル!」

「そうじゃ、会議中じゃぞ、静かにせんか」

「ちょっと静かにしてもらいたいですわね……」

「何やかんや……何やかんや……」

 くっと声をもらし、ペルソナーレが横をむいた。すぐ向きなおり、しきるに詰めよる。

「魔王様、大体魔王様おかしくないですか!? 前回といい、今回といい、マスカに甘すぎるのではありませんか!?」

 両腕をまっすぐ伸ばし、教卓の両端をつかんだ姿勢で、しきるはうつむき加減で目をつむっている。

「魔王様」

 それから、さらにしばらく、しきるは黙考の姿勢をつらぬいた。

 そして、不意に、思いつめた調子で口をひらいた。


「わかった。では正直に言おう。私は……自分を不感症だと認識している」


 誰も反応できなかった。

 しきるが目をひらき、場を見わたした。

「いや、これはその、抽象的な意味であって、直接的な意味では、その、わからない。まだ確認したことがないんで」

 誰も何も言わない。

 そして、全員思い思いの姿勢で、しきるから視線をそらしている。誰も目をあわせようとしないことに気がつき、ふたたび、しきるがうつむいた。

「色恋に興味がないわけじゃないんだ。その、つまり」

 わずかに、ペルソナーレのほうをむいた。ペルソナーレがすくんだように身じろぎする。

「奥手、ということだ。つまり」

「あの、魔王様……」

 言いかけたペルソナーレを、微笑をうかべ、手で制すると、しきるはふたたび正面をむいた。

「私は、マスカがうらやましい……」

 何人かが、しきるの顔を見つめる。

「周囲に気を取られることなく、恋に邁進するマスカがうらやましいのだ……」

「魔王様……」

 マスカレーネがつぶやいた。

「魔王様、しかし、これは、今はそういう……」

「魔王が、色恋に憧れてはおかしいだろうか」

「いや、そういう……」

「私だって十代の娘だ。十代の娘が色恋に憧れるのは自然なことだと思う!」

 そう言うと、教卓をたたき、ペルソナーレを見た。そうだそうだ、と数名から声が上がった。

「十代の娘が魔王をやっていることのほうがよっぽど不自然だと思うが! どうだペルソナーレ!」

「あんたがそれを言うな!」

 さすがにタメ口で突っこんだ。

 ふたたび微笑をうかべ、しきるがゆっくりと首を左右に振る。

「マスカレーネを見てると……こんな私でも、固く、それは固くとじきった蕾であるところのこんな私でも、何かが花ひらきそうな気がするんだ……花弁がひらきそうな気がするんだ……」

「卑猥! 魔王様表現がなんか卑猥!」

 数名から声が上がった。

「謝罪、してくれるか。ペルソナ―レ……」

 謝れ。ペルソナ―レ謝れと声が上がった。

「す、すいませんでした……」

「はい、それでは、デメリットですね。こちら」


『わかりません』


「ありがとうございました」

 まばらに拍手が起きた。

「それでは次。トラジさんの回答。回答はこちら」

 マスカレーネの丸文字にかわり、流麗な文字がボードに浮かびあがった。


『おもちゃの国』


「はい。おもちゃの国ということで。そして優先理由」


『孫が生まれた』  


「トラジさんこれは」

 トラジが照れたように相好をくずした。

「いや、生まれたのは、実はかなり前なんじゃ。わしも会いたい会いたいと思いながら、なかなか魔界を留守にする機会をつくれんで。ただ、このあいだ動画が送られてきたんじゃが、こう、なんというか」

 言いよどみ、頬をかいた。

「つぶらな瞳で、舌足らずに、「婆ちゃん、遊びにきてください」と言っておったもんで、もう、会いたくてたまらんようになってしまって」

 他の幹部より、感嘆の息がもれた。

「なるほど、これは切実だな」

 しきるもうなずいている。

「そして、そんなトラジさんが考える侵略におけるデメリットはこちら」


『プレゼントをどうする』


「プレゼント」

 しきるがボードの文字を見つめ、音読した。トラジがうなずく。

「わしの子は、ベッロとおもちゃの国に嫁いだ娘の二人なんじゃが、ベッロは、三十路をすぎてからできた子でな。あきらめかけていたところでの男児じゃから、それはもうかわいいかわいいでやってしまって」

 しきるが納得したように何度もうなずく。

「なるほど。要するにこういうことか。子供のころからうすら変態的なことにしか興味をしめさず普通のおもちゃで遊ばなかったから、息子がいるにもかかわらずプレゼント選びの参考にならなくて困っていると」

「ノーマルじゃと言うとるじゃろ! ……恥ずかしながら、欲しがるもんは何でも与えて育ててしもうたから」

「なるほど。それでこらえ性がないまま大きくなり、世間の厳しさにとっとと挫折したのち後はもう変態的な感性を磨く一方だったとそう」

「ノーマルじゃと言うとるじゃろ!」

「お孫さんにも、色々持っていってあげたらいいいんじゃない?」

 マスカレーネが言った。トラジが、困った顔で隣のマスカレーネを見る。

「それが、娘はしっかり者で、教育に良くないから、プレゼントを持ってくるなら、一つにしろと」

「トラジ、そもそもあんたの孫はいくつなんだ?」

「三才四カ月じゃ」

「それくらいだと、そう、あれがいいんじゃないかしら? 知育玩具。磁石の入った簡単な図形のパネルとか、はめこみ型の、パズル要素のあるブロックとか、そういうのはどうかしら?」

「待て……」

 そう言うと、低いうなり声を上げ、ペルソナ―レが腕をくんだ。

「おもちゃの国だろう? あそこの国の玩具技術は、他国と比べていちじるしく発達しているぞ。しっかり者のご息女とのことだから、その手のものは一通りそろえていると考えたほうがいいのではないか?」

 しばらく発言が途絶えた。

 しきるも腕をくんだ。唇を左右へ動かす。

「ところで、娘さんの家にはいつごろ行く予定なんだ?」

「い……」

 青空教室を、沈黙が支配した。

 幹部全員がしきるを見つめている。

 口をあけたまま、しきるが幹部たちから視線をそらした。空咳をし、おもむろに腕ぐみをとき、両手を教卓の端へかける。

「ちょっと真面目にやろうか……」

 しきるの背後で、ペルソナ―レが大きくうなずいた。

「それでは、うん……えー。次。リゴールさんの侵略案、まずは侵略国から……」

 ボードの表示が、トラジの流麗な文字から、判別不可能一歩手前のすさまじい達筆の行書体に置きかわった。


『おばけの国』


「これ、は……おばけの国でいいんですかね。おばけの国。はい。なんか、すぐに切りかえるのがためらわれますが、はい。そして優先理由」


『霊山の紅葉が見ごろ(および秋の味覚)』


「……そしてデメリット」


『人が住んでいない』


 青空教室を、ふたたび沈黙が支配した。

「じゃあドナさんの侵略案……」

「わしが悪いみたいになっとるじゃないか!」

 鬼の形相で立ちあがったリゴールが、そう叫んだ。しかし誰も目を合わせない。

 無情にも、ボードがドナの几帳面そうな文字に切りかわる。

「ペルソナァ……!」


『アザー列島北部』


 ドナが立ちあがった。

「はいあの、立ち、よろしかったですか? 立ちあがって」

「あ、ああ。うん。どう……」

 手元の書類に目を落としながら言ったしきるが、言葉を途中でとめた。そして、

「ドナ、できればくわしく頼む」

 そう言いなおした。前髪を耳にかけながら、ドナが書類をやたら顔に近づける。すぐに離すと、ペルソナ―レを見た。

「えっと、じゃあ、優先理由に変えていただけます?」

 ペルソナ―レが無言でボードを操作する。


『資源の確保』


「それでは詳しく説明させて頂きます。まず、皆さんご存知のとおり、アザー列島北部に国は存在しないため、侵略案でないことをお詫びします。侵略の優先順位ということで、今回あらためて、私の手の者のほうで魔界の実状について調査を実施いたしましたところ、人口……これは人材もふくみます。えー、人口人材、および技術力の面での充実に対し、領地、資源が不足しているという状況が確認されました。なお領地は、恩賞として用意する分が圧倒的に不足しており、人材の忠誠度低下が危惧されます。次に、アザー列島についてですが、これも皆さんがご存知のとおり、非常に厳しい自然環境下にあり、まちがっても良い立地とは言えません。しかし、鉄鉱石、イマジン石、石油の豊富な埋蔵が、これも手の者によって確認されています」

 しきるが目を細め、気だるそうに首をかたむけ、そして、ラガッツォとつぶやいた。しきるのひとり言に、ドナがうなずく。

「領地しかり。アザー列島しかり。彼に限ったことではないと思われます」

 しきるが教卓から手をはなし、腕をくんでうつむいた。

「侵略的観点でのアザー列島の活用は、現在も可能性を模索中ですが……」

「領地と資源の確保を優先しなければ、活動資源は枯渇し、人材が流出する……」

 ペルソナ―レの言葉に、ドナがややあわてたように首を横に振った。

「いいえ、そこまでは……」

 幹部それぞれが思案顔になって黙りこみ、しばらくそのまま時間が流れた。

「ママ、魔王様は、たぶんちがうと思う」

 ピーターだった。

 しきるが顔を上げてピーターを見る。

「お前……」

 ペルソナ―レがつぶやいた。ドナが困惑した表情でペルソナ―レとしきるの顔を順番に見つめ、それから後ろを振りかえった。

「ピーター……一体どういうこと……?」

 ピーターは、何も言わず、ただぼんやりと母親の顔を見つめかえしている。しばらくして、ドナはため息をつくと、私の宿題は以上ですと言って席についた。

 しきるが腕ぐみをといた。

「そうだな。とりあえず進めようか。それではスコルテの案」

 ボードが、ドナの几帳面な時から、幼児が書きなぐったような字に切りかわった。


『ハーレムの国』


 しきるがいぶかしげに眉をよせ、書類を確認した。それからふたたびボードのほうを振りかえる。ペルソナ―レが、しきるにむけて首を振った。

「ありません」

 しばらくボードを見つめていたしきるが、次、とつぶやく。


『ハーレムがいいから』


「しきる」

 リゴールだった。しきるが振りむく。リゴールが後ろの席へむけて顎をしゃくった。

「アホなんじゃ。こいつ」

 しきるが、リゴールからスコルテへと視線をうつした。

「なんだよ。本当にないのか? あったろ? ハーレムの国。ないのか?」

 次、と言って、しきるが気だるそうにボードを振りかえる。


『もてすぎる』


 リゴールが顔面に拳を入れ、スコルテが椅子から転げおちた。

「はい。じゃあ気を取りなおして、ピーター」

「あなたいつの間に!」

 それを聞いたドナが驚いて後ろを振りかえったが、何も言わず、ピーターはただ前方のボードを見つめている。


『魔法の国』


 つたないが、丁寧に書いたとわかる字が、ボードに表示された。

「優先理由」

 しきるが書類に視線を落としたまま、短くそう言った。


『魔王様がよろこぶから』


「それでは、先に私の侵略国を」

 ピーターの文字から、教科書字体のような、柔らかく気品のあるしきるの文字に変わる。


『魔法の国』


「ピーターあなた……」

「なにか、特別な力があるようだな。ピーター」

「ドナ、魔王様は、この国にくさびを打ちこもうとしていらっしゃるのだ」

 ドナが、ゆっくりと振りかえり、とまどいの表情でペルソナ―レを見つめる。

「くさび?」

「士気だ。ドナ」

 それを聞いたドナは、わずかに目を見ひらいた。

「ペル、デメリットを」

 しきるが静かな声で言った。


『おおきな力の誰かが、すごく怒る』


「他に、何かわかることがあるか、ピーター」

 しきるの問いかけに、ピーターが首を左右に振る。

「わからない」

「怒るのは、魔法の国の元首か?」

 ふたたび、首を左右に振った。

「私の家族か?」

 左右に振る。王室。他の国の元首。魔界の誰か。そのどれもに、ピーターは首を左右に振った。


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