表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

THE HIDEROWA'S☆SHOW(後)

「ちょっと! もう時間が!」

「すぐや。すぐ」

 まだ何か言おうとするいばらを外へ残して、アルファが楽屋のドアを閉めた。ノートパソコンで作業している米に、デルタ、と声をかける。デルタと呼ばれた米は、席を立ってこちらへ歩いてくると、無言で手のひらを差しだしてきた。何か、一つ一つの動作が遅く、目が眠たげに半びらきである。手のひらには数センチほどの透明な貝殻のようなものがのっている。俺は説明を求めてアルファを見た。

「イヤモニタや。総会で王からインタビューを受けることになるが、それを、そのイヤモニタを通じてブラ星がリードする」

「大変やったでー原稿覚えるのー」

 ブラボーが(俺が引きちぎったので)とれた眉をどうにか元どおり装着しようと試みながら言う。片方の眉がないほうが見わけがつきやすくていいので、俺は眉を奪いとり、再び口のなかにねじこんだ。

「殺生……おぶっ」

「台本か……」

 台本は、まあ、こういうのにはつきものだろう。俺はデルタからイヤモニタを受けとると、リード役がブラ星であるという点についてつよい懸念を抱きながら、耳に入れた。いきなり、頭のなかに品のない笑い声が響いてきた。

(――いやあ、やりましたねツコム。がっつり貧乏クジコース確定じゃないですか!――)

 早速……。

「……お前、そうやって外野目線気どってるけど、お前だって、あれ、台本、今まで必死に覚えてたんだろ?」

(――えっ。やだこの人何言ってるの? え、やだ――)

 早速……。

(――実際に覚えるのは、何、え? え気がついてないの? ここまでの空気で全然、小学生でも気がつくところだと思うんですけど、召喚魔法とガイドが体験を共有してるって――え気がつかなかった? ああごめんなさい。そういう何て言うかそういう属性お持ちでしたよね、ごめんなさいね本当うっかりしてた――)

 コイツはほんと、今のところダントツで腹たつ……。チャーリーとエコーの比じゃねえ……。

(――ああそれから、マイクはついてませんので、本来会話はできません。今はそばにブラボーがいるのでブラボー経由で受けこたえできてますが、ここを出たらあなたの声はひろえませんのでご注意を。本番は、モニタしながら指示を出す形です――)

 それでなぜか説明は丁寧なんだよなこいつ……。もしかして、意外と生真面目な性格なんじゃないか……。

 どうでもいいか……。

「ブラボーちょっといいだろうか」

 吐きだした眉を(手で)丁寧にふいているブラボーに、赤字の修正が大量に入った原稿の束をもった米、フォックストロットが声をかけた。今さらだが、よく見ると耳の上にわずかに白髪まじりの毛がある。口調も古めかしいし、一体だけ年齢が上のようだ。二人がならんで原稿に目を落としながらはなれる。ブラボーは再び眉の装着をこころみながら、フォックストロットの説明をうんうんと聞いた。

「ふんふん。なになに。おーなるほどね。修正箇所、二百七十箇所ね。バカか」

 バカか、と言いながら、ブラボーがフォックストロットの後頭部をはたいた。上なのは年齢だけのようだ。俺は、他には、と問いながら桃とアルファを交互に見る。アルファが腰に手をあてて見かえしてくる。

「他は……まあ、その場その場やな。桃が同席やから、それにならってれば問題ないやろ。わしも一緒にモニタしとるから、何かあれば言うし」

 一つ、重要なことを思いだした。

「ICHIMOTSUは?」

 全員の視線が、俺の下半身に集中した。

「ICHIMOTSUか。それはまずいな……」

 アルファが言った。(俺の下半身を見つめている)全員がうなずく。

 はかせてもらえた。

 桃がアルファの耳元に顔を寄せて何かささやいている。何かっていうか、ああゆう黒ずんでるのは普通なのっていう質問が残念なことに聞きとれた。アルファは桃の質問を無視し、ええな、と周囲に確認すると、楽屋のドアを開け、すぐ外にいた昭和おっさん風いばらに、すまんかったなと声をかけた。

「もういいのね。急ぐわよ」

 いばらは俺と桃を見るや否や、すぐに踵を返し、通路を歩きだした。桃と俺はならんで後につづく。

「きばりや二人とも!」

 後ろからアルファの声が聞こえてきた。他の米の声援も重なってつづいた。桃が振りむき、手を上げる。俺もそれにならった。

「なんか、ああやって送りだされると、逆に緊張するな」

 むきなおってそうつぶやくと、いばらがわずかに振りかえってきた。

「あら、勇者の彼は、舞台に立つの初めて?」

 や……申し訳ないが、真面目な話をするなら、せめてハゲヅラを取ってほしい……。

「やっぱり舞台上でやるのか……」

 卒業証書授与以外で舞台に立ったことはない。緊張はにわかに大きくなってきているが、舞台上でインタビューを受けるというのがどんなものなのか、正直ほとんど想像がついてない。そのとき、過ぎかかった部屋の、ドア脇の壁の貼り紙が目に入った。『サンバチーム ムイト・ヂベルチード様』。よく見ると、すべての部屋のドア脇壁に貼り紙がある。『土地開発コンサルタント 株式会社DO43 運用崎大好太郎様』、『ヘッドスパエステティシャン イ・アモ・ア・カビーサ様』、『縄師 しばり大好斎様』。

 なんか、雑然としてるな……。総会の主旨がまったく見えん……あっ! 地域活性目的の役所主催のミニ祭りで、こういう雑然さ見たことある気がする。メルヒェン総会っていうくらいだから、やっぱりそういう側面もあるのか……。どうでもいい。どうでもいい割りに長かったし、今のじゃ突っこんでんだか納得してんだかわかんない。やっぱりけっこう緊張してるみたい俺……。

「……ちょっと聞いていい?」

 気分を紛らわせようとして桃に話しかけた。しかし、桃はするどい目つきで見かえしてくる。そしてほとんど気がつかない程度で、首を横に振った。

「ブラ星だけすごくむかつくんだけど、あれ、召喚魔法のなかのやつってさ、他のは外となかので同じだよね? ブラボーだけちがくない? 何で?」

 俺はかまわず質問を口にした。先ほどは、まあ、修羅場だったので仕方がなかったが、他の者の前で突っこんだ話がNGなことぐらい心得ている。桃はしばらく俺を見つめていて、それから、ほっと小さく息をはいて表情をゆるませた。空気を読んだ上で質問したことを理解してもらえたようだ。前をむいた桃は、しばらく考える素ぶりを見せたのち、不意にうつむいてくすっと笑った。

「ブラボーは、ちょっと特殊なんです」

 笑顔を俺にむけてくる。

 あれ。

 俺と話して笑ったの初めてじゃない? 

 桃の笑顔を見つめかえす。

 あれ、何これ……なんか、込みあげるものがあるんだけど……。

「召喚魔法は、二パーティション式の人口知能なんです。旅行者ガイダンスのため、ポッド内に人をのせて移動するときは、それぞれの行動に集中するため、一時的に人格が二つに別れるんです。でもブラボーだけなぜか別人格が常駐しているんです。ふふっ。なんでブラボーだけああなんでしょうね。でもなんか、ブラボーらしくて笑えますよね」

 ふふって何だよ。何だよその気品。お姫様かよ。そうだよ。

「人工知能だったのかあれ……。俺は人工知能と本気でケンカしてたのか……」

 ああそうか。失職しろ、で凹んだのはそのせいか。

「何? 君、召喚魔法の人工知能とケンカしたわけ? 何で?」

「いや、何でだっけ。わかんない。でもさっきもケンカした。でもさっきのもよく考えるとわかんない」

「何それ。何で? だから」

「いや、だから」

 桃は目を細めて笑っている。あのさ、ちょっとずるくないこの子。何なの。今さらすごい可愛いんだけど。さっき白目むいてたじゃん。あれか。やっぱ姫だから、笑顔の完成度がちがうのか。

「あとさ、やっぱりロールっていうのがどうもピンとこないんだよね」

 次の質問を口にした。前の質問と同じように、空気は読んだつもりだった。

 しかし、しばらく待っても返事は返ってこない。

 桃を見る。

 笑顔が消えている。

「何桃、ロール、きちんと説明しなかったの?」

「やだなー、ちゃんと説明したよー」

 いばらには明るく声で返事をしたが、言いおえると、桃は再び硬い表情に戻った。どうした。何が……そのとき、「わたしキャンディ。おめかしして、今日はどこへ出かけようかしら?」という太い男の声がすぐ近くで聞こえた。その声が一定の間隔をあけて繰りかえされる。いばらがはいはいと言いながら腹まきから何かを取りだし、耳にあてた。スマホだ。黒いエナメル素材でできたあやしげなカバーのスマホ。何だその着信音。そして何だそのカバー。そして勿論今はそれどころではない。

「うん。もうつくから。うん。二人ともいる」

 いばらは話しつづけている。

「ロールなら、すぐにわかると思います」

 不意に桃が言った。正面をむいたままだ。そしてそれから、きっと嫌と言うほど、そう続けた。

 両びらきの、金属のスイングドアの前でいばらが立ちどまった。いばらは、今入るとこ、と言って通話を終えると、スマホを腹まきのなかにしまい、スイングドアのハンドルを引き、俺と桃へ、なかへ入るよううながした。なかは暗く、広い。天井がすごく高い。扉を閉めたいばらが、再び先頭になって歩きだす。

 広い通路の左右に様々なものが置かれている。格子状の梁で補強された巨大な板が何枚もならんで立っている。多分セットの背景だろう。金属のフレームがついた巨大な箱があちこちにあり、それぞれに、プログラム名と思われるものの名前が書かれた紙が貼られている。普通の家庭にあるような家具が、タグをつけられてならんでいる。ここだけ見ればリサイクルショップのようだ。縦に長いラックがならんでいるところに出た。照明がいくつも固定されていたり、音楽スタジオのミキサがいくつも固定されているものなど、ラックによって中身がちがう。大道具、ラック、照明などは、想像よりずっと大きくておどろいた。

 前方にピンク色の明かりが見えてくる。同時に、何かを叩いている音と、悲鳴のような声が聞こえはじめた。ピンクの明かりの近くに、人が固まって立っている。そのなかの一人がこちらにかけよってきた。

「よかった! 間に合わないかと思ったよ!」

 キャップを反対にかぶり、ヘッドマイクをつけている、Yシャツにジーパンの髭のおっさんである。いばらは止まらずに歩きつづける。おっさんがならんで歩きだし、すぐ行けるの? と聞いた。いばらが振りむき、それに対し桃がすぐ行けますと返事をしたので、俺もうなずいてみせた。人が固まっているところまできた。要するに舞台袖だ。壁の間から舞台上が見える。舞台上が……。

 おう……。

「マイクつけますね」

 男性スタッフが一人近づいてきて、俺の後ろにまわった。腰羽を何やらやってる。腰に何かが押しあてられ、テープをベタベタ貼られるのが感触でわかった。それどころじゃなかった。意識が、全部、舞台上の光景にもっていかれていた。

 舞台上は照明が落ちている。ピンクの明かりは、天井から舞台中央をねらったスポットライトだった。そしてそのライトが照らしているのは、赤いX型のフレームにつながれた風船のような体型の男性を、同じ体型の、バタフライマスクにボンデージ姿の女性が鞭で責めているという光景だった。

 男性は目かくしをされていて、鞭で叩かれるたびに、あひんスッ、と高い声で悲鳴を上げている。女性は、一度叩くと、男からはなれてあたりをうろうろし、しばらくすると戻ってきて、男性の頬を撫でたり耳元で何かをささやいたりしたのち、再び叩く、という行動を繰りかえしている。男性が鞭で叩かれるたび、客席から、ため息やどよめきがもれるのが聞こえた。

「これは……」

「ああ。あなた夢旅行者でしたね。どうです? すごいでしょ? もうつなぐにはこれしかないって、王自ら提案なされたんです。チャンピオンチームのエキシビジョンプレイなんて、まず見られませんよ!」

 腰のほうを終えて、前にまわり胸に小型マイクを貼りつけていた男性スタッフが、手を動かしながら、興奮した表情で舞台と俺の顔を交互に見やり、そう言った。

 チャン……。

 チャン……えっ?

「あの緩急のつけ方……。次元がちげえよなあ……」

 近くを通りかかったスタッフが、舞台のほうを見ながらつぶやく。

 チャンピオン……。

 エキシビジョン……。

 ごめんちょっと……どっからわかんないかわかんない……。

 俺は助けを求めるように、桃のほうをむいた。

「桃、あれ……」

 あれって、と聞こうとして、それ以上言葉が出なかった。

 見ひらいた目と、唇の震えと、にぎりこんだ拳の震えが、目に入った。

 首のリボンにマイクを仕こんでいる女性スタッフが、いぶかしげに、桃の顔と拳へ、交互に視線をやっている。

 待て……。

 王って言ったか……。

 それは……。

 誰も彼も性……ソドミー城での桃のつぶやきを思いだした。

 それに……俺は周りを見まわす。大勢のスタッフが作業をしている。作業しながら、ほとんどの人間が、時おり、興奮した面もちで舞台に目をやっている。

 それにこいつらみんな……。

 これが……。

「ああ、すばらしい。何てすばらしいの……! 姉さん……義兄さん……」

 お前もかいばら。いばらは、紅潮したしまりのない表情で、ふらふらと袖際へむかって歩いていく。

(――ハイ。ツコム。とれてますかね。そろそろ袖についた頃だと思いますが、早速チーフより伝言です。――現在舞台上で行われているプログラムについて、桃が何も言いたがらなかったら、無理に聞かないでほしい――以上です――)

 絶妙のタイミングでブラ星の声が流れてきた。聞けるか! 何だこの状況……。

「王妃、桃様がきてます。すぐ行けるそうです」

 先ほどの逆キャップのおっさんが、ミキサ卓を操作しながら、マイクアームをつかんでそう言ったのが聞こえた。舞台上の風船女王……王妃が、一瞬だけ視線を袖へむける。そして思わせぶりに鞭をしごきだした。それを見たスタッフたちの動きがにわかにあわただしくなる。

「Mテッシモくるぞ……あれ? おいいばら……お前、おいちょっ、いばらを止めろ!」

 いばらが舞台上に出ようとしている。逆キャップの叫びで、近くにいたスタッフ数人がいばらに取りついた。そのとき、ひと際大きな鞭の音が聞こえた。

「あっひーんス……Mテッシモッ!」

 王の絶叫……絶叫? そして大歓声と割れんばかりの拍手。ごくわずかに見えている客は全員立ちあがって手を叩いている。王を見る。がっくりと首をうなだれ、ピクピクと痙攣している。

「Mあばばば、Mあばばば」

 いばらが泡を吹いて倒れた。

「Mテッシモだ。みんな準備はいいな」

 逆キャップの指示で舞台の照明の一部がつき、緞帳が降りはじめた。ほとんどのスタッフが動きを止め、担当する道具の近くで、舞台上を注視している。舞台上では、王妃が鎖を外し、王に肩を貸して、二人で舞台前方へ進むところだった。舞台前方へくると、王は顔を上げ、よろよろと片腕を上げた。歓声と拍手が大きくなる。王妃は、両拳を突きあげている。ガッツポーズ。突きあげるスピードが尋常じゃない。残像出てるレベル。緞帳がどんどん下がってきているが、二人は客席を見まわし、歓声に応えつづける。スタッフはまだ動かない。途中、王が意識を失って倒れかけたが、王妃が(実際に)目にも止まらない速さの平手打ちをアッパー気味に食らわせ、意識を取りもどさせた。しかしその後、王は、意識を失う前と比べて明らかに弱り、再び手を上げはじめるも、全然上がらず、腰も曲がり、ほぼ、見えない壁をやるパントマイムの人状態になった。

 緞帳が二人の膝まできたとき、逆キャップがマイクアームをつかんだ。

「お二人のケア、およびセットチェンジ始めてくれ」

 タオルとガウン、ドリンクボトルなどを持ったスタッフたちが舞台にのりこみ、こちらにむかってくる王と王妃を取りかこむ。同時に別のスタッフたちも舞台上に上がっている。ケア班は移動しながら二人にガウンやタオルやドリ……王はストローつきのドリンクボトルだが、王妃は大ジョッキだった。歩きながらすでにあおってる。もうジョッキ半分くらい空になってる。

 袖内でも、大勢の人間が忙しく動きまわっている。いばらが担架で運ばれていく。Xのフレームをのせた台、様々なあれアイテムをのせたワゴンなどが袖へ引きいれられ、待機していた背景、ソファ、ガラスのローテーブルなどの大道具が舞台上へ運びこまれている。

 そんななか、俺と桃だけが、ただぼんやりと立っていた。桃は、先ほどと変わらない状態で、王と王妃を見ている。震えは止まっている。しかしその代わりに、痛みに耐えるかのように、顔をゆがませていた。

 王と王妃が袖に入ってきた。二人が入ってすぐのところに用意されていた長椅子に座ると、すぐにそれをスタッフが取りかこんだ。桃が輪にむかって歩きだしたので、俺はだまってつづいた。輪のなかをのぞく。でかいうちわであおがれ、汗をふかれながら水分補給をしている二人が見える。王の前には小さなバケツが差しだされ、バタフライマスクを外した王妃が大ジョッキの二杯目を受けとっている。ラジカセ……ラジカセ? ポータブルコンポ? ポータブルコンポを持ったスタッフが輪に入り、コンポのボタンを押した。アニソンが流れはじめた。着がえますか、という問いに、王が、バケツに口のなかの水分をはきだしながら、大きく首を振る。

 ボクサーか。

「要人たちの周辺がだいぶあわただしい。すぐ出る。それにガウンを引っかけただけのほうが演出効果が高いだろうしな」

 おどろいた。かん高くてそこそこの早口ではにわみたいな顔だが、ついさっきまで鞭で叩かれていた人間とは思えない精悍な表情と冷静さだ。ガウンの隙間からロウソクや鞭の跡が大量についた胸や腹が見えているが、この雰囲気だともう、なんか、普通の格闘技の試合を終えた選手にしか見えん。なんかもうよくわからん。

「パパ、ママ」

 桃の声にスタッフたちが輪を開ける。桃と俺は輪のなかに入り、二人の前に立った。王妃は二杯目のジョッキを横むきで目を見ひらいてあおっており、王だけがこちらをむいている。王が桃を見て、力づよくうなずく。

「よく戻った、桃」

「パパ、彼が最後の夢旅行者で……」

 王が再びうなずく。そして、急にするどい眼光になって俺のほうをむいた。

「またずいぶんと時間をとらせてくれたな……え? 大概ツコム……」

 あれ……。

 何この、わりとがっつりとしたaway……。

「勇者の名のりを上げたそうだな。それは素直に歓迎しよう。まあ、無事についてよかった、そう言っておいてやろう」

 何だこの扱い。怖い。遅れてごめんね。総会が押してるから? それにしても、もっとなんかこう……いや別にいいけどさ……。

 王妃がジョッキをあおるのをやめ、俺を見つめてきた。無表情だ。目のシルエットが、どんぐり眼に上下に長いまつげと、マイスイートオアシスはしゃぐに似ている。しかし、圧倒的に黒目が小さい。いや、もうそういうあれじゃない。俺の全神経が警鐘を鳴らしている。全身が硬直してる。やばい。王の眼力はすごいが、この人のはそういうんじゃない。命の取りあいを経てきてるやつのそれだ。しばらくすると、王妃は何も言わず俺から目をそらし、再びジョッキに口をつけた。

「ツコム、あの、あらためて……こちらリビドー王国国王秀ローワ七世、王妃由レーヌ、私のパパとママです」

 桃が小声で紹介してくれた。二人とも名前は普通だ。多分……。俺は、なんか面倒くさくなってきて、自分の立ち位置がぶれているわけではないと思いなおすことした。堂々としているべきだ。まっすぐに王を見つめかえす。ただ、立ち位置はぶれていないし堂々としているが、王妃を見るのだけは無理だ。王妃は俺を見ていないが、それでも無理だ。しばらくそのまま時間がすぎ、やがて、王がふっと笑い、うつむいた。再び俺を見あげてくる。

「なかなかいい面がまえじゃないか……」

 声はかん高いし、その、まあ、変態だけど、キャラ的には渋、いや、変態か。変態だな。変態の割合のほうが多い。

 不意に輪が開き、逆キャップが顔をのぞかせ、ショーのセッティングOKですとだけ言っていなくなった。顔を上げて舞台のほうを見ると、舞台背面の壁一面をおおう、ガラス窓越しの夜景が目に飛びこんできた。ライトアップされた観覧車が見える。メルヒェンランドの近代文化圏の夜景を描いたもののようだ。そして、その上部に、巨大な「THE HIDEROWA'S☆SHOW」の文字。天井から吊りさげられた金色の文字のネオン管である。舞台上は、中央に、二人がけのラブソファが一つと、シングルソファがならんで二つ。ラブソファとシングルソファの間にはガラスのローテーブル。卓上には白を基調とした大きな装花、水差し、コップ。後は、雰囲気づくりだろう、レコードや本をならべた木製の棚、スポーツタイプの自転車、その他諸々が、ソファセットを取りまくように配置されている。

「……それじゃぼちぼち行こうか」

 王がそう言い、膝に手をかけ、腰を浮かせる。ケア班をふくめた取りまきの輪があっという間に解散した。王が、袖際に立った。渡されたばかりの三杯目の大ジョッキを五秒くらいで飲みほし、王妃も隣にならんだ。逆キャップの指示で緞帳が上がりはじめ、すぐに拍手と歓声が聞こえはじめた。緞帳が一メートルほど上がったところで、王と王妃が手をつなぎ、進みはじめた。

 王が笑顔で手を振っている。

 王妃が突きあげの残像拳を一定間隔でピストンしている。

 ……もどすときゆっくりなのが余計ピストンぽい。途中で、なぜだか急に拍手と歓声が大きくなった。舞台中央、ローテーブルの正面までくると、二人はつないでいた手をはなし、王が客席に正対して立った。王妃ははなれず、至近距離で王を凝視している。近い。メンチ切ってるみたいに近い。王はにこやかな表情で一度客席を見まわし、両手を上げて拍手をおさめ、それから体の前で手を組んだ……と思ったら、急におどけた表情をつくり、片手でガウンの襟を軽くつまんでみせた。

「――いやいやこんな格好で失礼。お待たせするのがどうにも心ぐるしかったものでね――」

 変わらず、早口で高い声だ。ガウンから手をはなし、再び体の前で手を組みなおす。

「大丈夫だね?」

 すぐ近くで声がした。いつの間にか逆キャップが俺のそばに立っている。桃と一緒に、今さっき王と王妃がスタンバイで立った袖際まで誘導された。奥にいたときより、より客席が見える。勿論見えているのは客席の端だけだが、そこだけでも数十人……百人弱いる。全体だと数千人規模だろうか。数千人の前に出る……それを考えると、思考が締めつけられるように縮み、体の感覚が曖昧になった。いつの間にか、鼓動も聞こえている。

「――ところで、ほとんどの方が、すでにお気づきのご様子だが――」

 抑揚ある口調で客席に語りかけながら、王が、わずかに後ろへ顔をむけてみせた。セットのことを言っているようだ。

「――どうやら私はすんでのところで、みなさんに、残念なお知らせをせずにすんだようだ――」

 歓声と拍手が湧いた。王が軽く手を上げると、すぐにやんだ。

 それから、王は、しばらくそのまま動かなかった。

「――さあ早速紹介しよう!」

 そして突然叫び、同時に動きだし、勢いよく右腕を上げ、こちらの袖を差ししめした。

「――召喚者、桃プリンチペッサ! ならびに久々の勇者、大概ツコム!」

 大歓声と、割れんばかりの拍手がおきた。先ほどまでとちがい、それは俺のなかまで入りこみ、思考と体をかきまわした。軽く背中を押された。ひどくおどろいた。意味を理解して、どうにか歩きだす。

 数歩進んだだけで、すべての客席が見えた。

 広すぎる。

 数千人。

 広すぎる。

 自分が小さい。米粒のように感じる。

 歩けているのかわからなくなった。客の姿は、舞台が明るすぎてよくわからない。鼓動の高なりと思考の収縮がひどい。視覚も視野もかなり混乱している。ほとんど何も見えず、考えられない。全員が手を叩いているのはわかる。まさに割れんばかりの拍手だ。立っている人も多……人じゃないのも色々いる。それが何か俺は知っているはずだが、名前もイメージも出てこない。大きいとか羽があるとかそれくらい。桃、という声が聞こえる。よく聞くと、大勢のひ、大勢のメ民が、桃とか桃姫様とか叫んでいる。

「客を見て。笑顔で槍をかかげて」

 すぐ耳元で声がした。言われたとおりに槍を突きあげる。槍が上がっているのは見えるのでわかるが、笑顔になれているかどうかは不明。見るべきではないと思ったが、こらえきれずに桃のほうをむいた。輝かんばかりの、気品に満ちた笑顔がすぐ近くにあった。すぐ顔をもどす。ちょっとだけ落ちついた。

 勇者、と聞こえた。

 続けて、ツコム、という声が聞こえた。

 体にしびれが走り、それから、高揚と快感が込みあげた。

 何これ……。

 いいじゃない……。

 王に近づいてきた。緊張しすぎて、体の制御がだいぶあやしい。王の手前できちんと止まることに相当意識の集中が必要そうだ。メモリが全然足りない。距離を測りながら、笑顔と手の振りにつかうリソースの節約に努めた。あと数歩くらい。いいぞ。停止にむけて順調にリソースの割りふりを移行しつつある。飛行機の着陸か。言っている場合ではない。足をもつれさせずに前方にむきなおるところ。できた。王と王妃に正対した。そのときだった。

 

 横から飛びだしたピンクと黒の人影が、王に抱きついた。

 

 王の首に腕をまわしている。王が、顔をほころばせて、ピンクのアップバックヘアに黒いドレスの少女の腰に片手をまわし、もう一方の手で背中をとんとんと叩く。いつの間にか俺は立ちどまっていた。しばらく抱きあっていた王と桃は、左右の頬を順番に合わせる挨拶をし、それからようやく体をはなした。桃の、笑みを浮かべた横顔が目に入った。そのまま王妃ともハグとビズを交わすと、桃は何歩か下がった。俺は、ずっと、その桃の横顔を見つめていた。

 気がつくと、俺が、王と王妃にむかいあう形になっている。王が、俺に歩みより、手を差しだしてきた。握手だと気づくのに数秒かかり、あわてて同じように手を差しだした。王の力によって握手の手が何度か振られたのち、引っ張っぱられて、固く抱きしめられた。俺は、ショック状態でほとんど動けないでいた。勿論ハグに対するショックでも、ビズに対するショックでもない。尻を思いきりつかまれているが、尻に対するん? 尻? 王が……あれ? これ、この尻つかみは……共通なの? 別にゲ、あの、ソドミーの弟のあれは性的なあれじゃなかった? だったらなんか少し癒される……逆に……今はつかまれているけど逆に……むしろ……それどころではない。ようやく王が尻をはなしてくれたかと思ったら、強引に頬を合わ、こすりあわせてきた。ヒゲ痛い。すごい痛い。おじちゃんおヒゲジョリジョリするよう。ようやく本当に解放された……直後、脳、意識、視界に電撃が、こう、なんていうか、白い衝撃みたいにつらぬき、気がつくと、客席のほうをむいていた。あっ、痛っ! 痛い! こめかみと頬が燃えるようにジンジンとすごい痛い! そっと頬を押さえる。そこで、ようやく、王妃にビンタされたのだと気がついた。

(――あーテステス。大丈夫? とれてます? 音。とれてたら、反対の頬を王妃に差しだしてくだ――)

 バカか。やるかボケ。死ぬわ。心なしか奥歯がぐらついている気がするし……俺はちょっと考えて、結局、目だたないように、親指と人さし指で小さく輪をつくった。

(――うわ、すごいつまんないサインきた。すごいつまんない。まあ、故障してないってことで、ありがとうございます。確認です。一応、まあ今さら感けっこうあるんですが、申し訳ないですけど、基本、王妃についてはこらえてください――)

 うん、その点は、そうね……。理不尽極まりないけど、じゃあそうかって言って、歯むかえる人、多分一人もいないもんねこれ……。そもそも会話通じるのかこの人……。

 王がうながして全員がソファに座る。ラブソファに王と王妃、シングルソファは内側に桃、外側に俺。腰をおろした王と王妃が、再び手をつないだ。四人が腰を落ちつけたところで、拍手と歓声が一気に収束した。

「あらためて、桃、そして、ツコム。我がヒデロワーズショーへようこそ。いや、それにしても、一時はどうなることかと思ったよ」

 ソファは、中央のテーブルをかこむように、やや扇形に配置されている。俺からは、桃が横顔……王の言葉に、眉を上げおどけた表情をみせている。肩もすくめている。王がはすむかい、そして残念なことに、テーブルをはさんではいるものの、王妃が正面である。王妃は座ってからずっと俺を見つめている。見つめつづけている。怖い。見つめないで。見つめつづけないで。

「残念だが、我々に与えられている時間はそれほど長くない。早速本題に入ろうか。まずは……サモンシーズンご苦労。桃」

「ええ、ありがとうパパ」

 桃が笑顔でうなずく。小さく拍手と歓声が上がった。桃は声の上がったほうへも笑顔をむけると、軽く手を上げてみせた。

「本日旅行者全員を無事に渡らせ、これで、一旦召喚者としての仕事を終えたわけだが、桃、最初のシーズンを終えた印象を聞いてもいいかな?」

 何だこのアスリートへのインタビューみたいな空気感。シーズンて。質問を受けた桃は、笑みを浮かべた表情のままうつむいている。やがて、

「そうね……とても刺激的で、有意義な体験だったわ!」

 そう言って顔を上げた。あれな。そんでお前ものるのな。

「ハハッ。その笑顔! 桃、君の充実したサモンが目に浮かぶようだよ。それじゃ、シーズンを通して、仕事はスムーズだったってことでいいのかな?」

 それを聞くと、桃は困ったような表情で再びうつむいた。

「いいえ。正直に言って、困難の連続だったわ……でもそれらが、私を大きく成長させてくれたの。今は、その一つ一つの困難に、ハグして耳元でThanks a lotとささやきたいくらいだわ!」

 誰なのお前。そんなキャラだった? もしかしてこれロール? 欧米ロール?

「おやおや!」

 王が、目を見ひらいて大げさにのけぞり、俺、王妃と順番に視線をむけてきた。王妃が、王に顔すらむけず、俺を見つづけているため、結局王の視線は俺に戻ってきた。今両方に見られてる。何これ。見ないで。見つづけてくる。こらえきれなくなった。仕方なく、俺は大げさに肩をすくめ、客席のほうをむく。一部で笑いがおきた。声援を受けたときと同じように高揚と快感が込みあげた。意外とこれいいかも。欧米ロール。

 王が足を組んだ。体型的にあれなので、膝の上に足首がのる感じ。

「まあ、順番に聞かせてもらうとしようか。まずは、調整期間のことから話してもらえるかな。このときからもう、ハグすべき困難との出あいは始まっていたのかい?」

 桃がわずかに首をかたむける。

「うーん、調整期間は、そうね……かなりナーバスだったと思う。マニュアル通り、転移テストや、ヘッドギアやガスの動作チェック、イマジン量調整などをして過ごしていたわ。お姉様たちの召喚を見ていたから、不明な点やこれと言ったトラブルはほとんどなかった。でも、わかってはいたことなんだけど、実際に召喚を行ってみないと感覚がつかみにくい調整箇所が多くて……。唯一、チーフを始めとしてみんな作業に協力的で、私のメンタルにとても気をつかってくれていたことが救いね」

 ガスってあれ? ブラ星が言ってたダクトから出てくる非合法のほうの麻酔のこと? 何でさらっと話してんの。メ界は何なの。薬物に寛容なの? ダメだよ。ダメだよ絶対だよ。地球じゃない世界のことだよ。そして姉が何人かいるのか。

 王が神妙な顔でうなずいている。

「調整期間の不安は誰もが通る道だけど、慎重な君の性格からすると、人ならみ以上に気苦労が多かっただろうね。それにしても、その口ぶりだと、最初から召喚魔法とのコミュニケーションはうまくいっていたようだね。みんないつも、全個体のそりを合わせるのに苦労したと語るもんだが」

「ああ……とんでもない!」

 桃が、口角を上げたままおどろいた表情になり、首を、左右にぶんぶん振る。

「最初は、ブラボー以外誰も口を聞いてくれなかったのよ! チーフ……アルファなんか、使役されるのを拒絶しようって、他の召喚魔法を扇動していたくらい。そう……あれはまるでストのようだったわ!」

 客席から笑い声が上がっている。へぇ。普通に、へぇ。最初アルファと一番仲が悪かったっていうのはけっこう意外。王が、笑いながら、こりずに王妃を見る。俺はすでに視線を桃へロックさせている。予想どおり、王は俺のほうをむいたのち、しばらく誘い笑いをはなちつづけていたが、ノーリアクションに徹していると、やがて静かにそれををおさめた。ちなみに王の顔のベースは前述のとおりはにわなのだが、目を見ひらき、その後落ちつく際、元のベース顔に戻るため必要以上に引っこんだ感じになる。亀の首のような印象だ。どうでもいい。対して王妃は視線を俺にロックしたまままったくそらす気配がない。まったくぶれない。ぶれて。

「今は仲がいいけど、アルファったら、最初……」

 桃が身ぶり手ぶりで、召喚したばかりの米たちとの不和、確執を話しはじめた。王は目を輝かせ、身を乗りだして聞いている。あのさ、お前、王妃さ、お前も身を乗りだしたりしてごらんよ。桃の話に身をのりだし、俺を見るのをやめてごらんよ……。

「ははあ。それはまたすごいね! 桃、そこからどうやってチームワークを固めたのか、是非聞かせてもらいたいね!」

 王のリクエストに、桃は大げさなため息で応える。

「それを話すには、少し出来事をさかのぼらなければならないわ。でもいい? きっかけは、単純な話なの。単純で、そう、とっても皮肉な話。結局はね、全個体が、全個体と仲が悪かった。それだけ。私もまとまりのなさに頭にきてた。もう私のチームはいつ破綻してもおかしくない状態になってた。そしてあるとき、ささいなことをきっかけに、私の召喚室と召喚準備室は、プロレスのバトルロイヤルのリングと化した」

 客席がどっと湧いた。王はさらに身を乗りだしている。あのさ、これ、普通に面白い。すごく桃とあいつらっぽい。

「それで結果は? どうなった?」

「勿論私が、いばら直伝の格闘術で全個体をねじ伏せたわ! 一体一に持ちこんでしまえば、彼らが私が勝てる道理はないわ! だってそうでしょ? すべてを受けついでいる個体はいないんだから!」

 桃の言葉尻に、王と客席の笑い声がつらなる。格闘いばらから教わったんだ。桃が視線だけを上に上げ、再びため息をつき、がっくりと肩を落としてみせる。それからゆっくりと首を左右に振った。

「でもこのときばかりは、正直、自分自身にほとほと愛想がつきたわ……。なぜって? 当然でしょう! だって……召喚魔法の性格って私の性格を元にしてつくられているんだもの!」

 拍手と歓声が巻きおこった。誰かが指笛吹いてる。いい。評価しよう。きれいな、アメリカンジョークオチだ。槍が邪魔でひかえめになったが、俺も拍手に参加した。そういえば、思考と視界がかなり戻っている。体の感覚は、まだ完全には取りもどせていないが、いまだ数千人を前にしていることを考えると、かなりの回復だろう。座れているのが多分大きい。ただ、現在は傍観者に近いため、というのも実際のところだろう。

 客と同じように手を叩いていた王が、ふと笑いをおさめ、王妃のほうへ振りかえった。

「それにしても、さすが、君の家系の格闘術はすばらしいね」

 王妃……えっ? 思わず自分の目をうたがった。王妃が王を見ている。そして何と、ゆっくりとうなずいた。王が、つないでいる王妃の手を、何か、こう、まあ要するに愛撫してる。王妃は抵抗しないどころか、頬を赤く染めてる……。そして君の家系ということは、いばらは王妃の妹で、桃の義姉だということが判明した。ていうかバイオレンスに関してはピュアなのか。なんなんだ。深作欣二か。

「召喚魔法たちは、君に倒れされたことで、心を開くようになったのかい?」

「いいえパパ、まだつづきがあるの。戦いを終えた私たちは、傷だらけで、土手に倒れこんだわ。心はまだささくれたままだった。でもそのとき……」

 土手? 土手あるの? ……いや、あるか。土手ぐらい。

「デルタが……」

 ていうか何で土手に倒れこんでんの。殴りあうために土手に移動……いやいや! お前さっき召喚なんとか室がプロあれ? 今デルタって言わなかった? デルタがどう……パラパラと拍手が聞こえだした。

「そんなことが……」

 あっ。土手に気を取られて全然聞いてなかった。拍手がだんだん大きくなる。しかし歓声はなく、拍手もさざなみのようなレベルでキープされている。雰囲気がさっきまでと大分ちがう。王も手を叩いてる。顔が、あれ。目うるんでる……。 

「いや本当に感動した。では次へ行こうか」

 終わりやがった。オチまるごと聞きのがした。

「それじゃ、途中からタイトなスケジュールへと変更したのも、今の話のオチの出来事によって、つよいチームワークが生まれたからなんだね?」

「ええ。そうよ」

 桃が大きくうなずく。

「ただ、最終的なスケジュールについて、チーム内では、タイトという感覚すらなかったというのが実際のところね。話したとおり、今の話のオチの出来事を経る前の関係はひどくて、調整にどれだけ時間がかかるかわからなかった。それで、できるかぎりの、余裕のある予定を組んでた。最初に提出したスケジュール表ね。けれど今の話のオチの出来事を経てチームの雰囲気がよくなってから、調整はとんとん拍子で進むようになって、そしてチーム内で、本番まで集中力を途ぎれさせたくないねって話が出るようになったの。……今の話のオチの出来事を経た私たちは、だから最終的なスケジュールに対して、タイトという感覚は持っていないのよ」

 王がうなずきかえす。

「今の話のオチの出来事を経た後なら、たしかにそういう話になるのもうなずけるな」

 今の話の言いすぎだろ。完全に聞きのがしたやつへのいやがらせじゃねえか。えー、やだー、これすごいもやもやする。え……デルタだろ? 何だろ……ダメだ全然想像つかない。えー。えーもう一回言ってー。えー。

 後で、桃かデルタに聞けばいいということに気がついた。

「是非、今の良好な関係を保ちつづけられるといいね。これからずっと一緒なわけだしね」

「ええ。ありがとう。努力するわ」

 桃が笑顔でうなずいている。ずっと一緒なの? 何ずっと一緒って。

(――おっ。その顔は。今のが気になっているようですね。ちょっと解説いたしましょうか。あ、お前がアホ面キメてる間に聞きのがしたほうのじゃないですよ。ずっと一緒、っていうほうです。まあ簡単な話です。メ界の魔法はイマジンを応用したもののため、一度物質化されたらずっとそのままってことです。以上です――)

 わかるようなわからないような……。簡潔すぎるだろ……。まあ、後で時間があるときに考えよう。それはそうとして、いつかお前を物質化して気がすむまで殴りたい。

「それではいよいよ、召喚本番へ話を移そうか。桃。具体的な質問をさせてもらう前に、総括的な印象を聞かせてくれるかい?」

「……まず、そうね。イマジン体化、管理モジュール埋めこみ等のフィジカルアシスト面については、大きなトラブルはまったくと言っていいほどなかった。これは、入念なチェックの賜物だと自負してる。旅行者家族については、接触……接触というか、コミュニケイトすべてが、想定外の連続だった。本番は生き物という意味が痛いほどわかったわ。ただこれも、想定外ではあったけれど、トラブルとはちがうと思う。ただ一人……」

 桃が、顔をわずかに俺のほうへむけ、すぐ王へもどす。

「彼をのぞいてね!」

「Wow!」

 王が、口を開けて目をキラキラさせ、俺を見つめてきた。何を期待している。ないぞ。ない……おい桃早くつづきを……つづ……、仕方なく、大げさに肩をすくめ、客席を見た。あっ、さっきより反応が薄い。槍をなんか……俺はおどけた表情をつくり、槍をかかげたり、かかげて王を見たり、見なかったり、槍を見たり、桃を見て槍を指さしたりしてみた。ようやく満足の行くレベルの笑いが客席から返ってきた。何やってんだ俺……自己嫌悪がすごい……。

「ツコムったら、最初、説明もきかずにいきなりブラボーに襲いかかったのよ!」

 桃が視線をぐるぐるさせるながら言った。客席から笑い声が上がる。いや、ブラボーが説明なしにのせようとしてきたのが先じゃなかった?

「ツコムったら、そのままなんと十分間もやりあったのよ!」

 客席の笑い声が増す。感じる。すさまじい数の視線を感じる。もうない……。ごめんよ、もうさっきので終わりなんだ……。

「おおなんと! 召喚魔法相手に十分も渡りあうとは! やるじゃないかツコム!」

 うるさい。俺は曖昧にうなずいた。視線がもうやばい。さらに数が増えてる。見ないで。やめて。おとなしい子なんです。俺は槍を静かに床に置くと、両手で王を指さした。親指を立てた状態での両手指さしである。王が目をキラキラさせて、親指立て両手指さしを返してきた。桃も加わった。王妃が……両腕をゆっくり肩まで上げた。そして、やや頭上から、自分を、両親指で指さした。

「ふむ。それでは、家族構成と印象を、守秘規定に触れない範囲で教えてもらえる?」

 特にこれと言ってない感じで、元に戻った。槍を拾って再び立てる。

 王の言葉に桃がうなずく。守秘規定?

「父、意味不明。母、鬱。祖母、よくわからないけどすごい。長女、破壊衝動……」

 桃がうちの家族の話を始めた。聞かされていたとおり、米にのるまでは本当にスムーズだったようだ。というより話の内容から推察するに、しき姉以外誰もまともに説明をきいていない。まあ、事実だろう。そういう家族だ(ちなみにしき姉は、説明はきちんと聞いたようだが、米内では人工知能の質問には一切答えず、魔界につれていけの一点ばりだった)。結果、桃の話は、さっき見た米内での様子を中心に展開されている。それから、王が守秘規定と言ったが、名前、召喚地を推測させる情報について、桃は意図的に避けて話している。大体のことにおいてふざけ半分のこの夢旅行・夢旅行だが、メ民がリアル見たさに召喚地に集中するような状況を防ぐ規定はあり、それは回を重ねても守られているようだ。誰がつくった規定なのか気になった。

「……なるほど、それで、長男だけ、無個性と」

 あれ……。なんかがっかりな締めかたされてる……。

「それにしてもファニーなファミリーだね。そしてあらためて確認するが、長男だけ、特に個性がないんだな?」

「ファニーというより、エキセントリックのほうが適切な気がするわね。そして、ええ。長男だけ無個性よ。それはつまり、ここに、今私の隣に、それこそぼんやりとアホ面キメて座ってる男性のことなんだけど」

 王が俺を見た。しばらくして、口を開け、目を丸くした。

「おおっ、そうか! ツコムは夢旅行者でもあったな。なるほど。ツコムか。ツコムが無個性か」

 あの、あんまり見ないで……。無個性かっていう目で見ないで……。しぼんじゃう。そんな目で見られると、かろうじて、なけなしの、今ある個性すらしぼんじゃう……。

(――聞こえるかツコム。アルファや。疑問に思っとるやろうから、補足しとく。あんさんがソドミー領へ降りたったことは、公式報告では削られることになった。あれはブラ星のイタズラやったからな――)

 いや全然疑問に思ってなかった。忘れたいことだから、むしろそのまま俺にも伏せといてほしかった。そしてこの世界における俺の敵が完全に確定した。ていうかブラ星のイタズラって桃も知ってんのか。じゃあ怒、あ……でもそういえば、俺、桃がきたとき腰シーツ一枚だったからな……。

(――当然わしら以外への口外は厳禁な。それから、わかっとると思うが、桃にも、もう言わんほうがええとわしは思う――)

 うん。丁度今考えてた。そうやとわしも思う……。

「そういえば、幕間に受けた経過報告だと、格闘へ発展した旅行者は一名もいなかったが、このすばらしい記録は……」

 桃が眉尻を下げて王を見つめる。

「いいえ。残念ながら、最終では、格闘二件という報告になります」

 王が神妙な顔で桃を見つめかえす。

「そうか……」

「私も、六名中五名まで転移させたところで、格闘も麻酔もつかっていなかったから、ノーバディになるんじゃないかって内心期待してた。けど、最後の一名の猜疑心がとてもつよくて、それはもうとてもつよくて、態度もとてもアホみたいに反抗的だったの。なるべく穏便に話を進めようと、努力はしたんだけど……」

 いやもう完全に嘘だよねそれ。そりゃこっちも悪かったけど、そっちも割と積極的に襲ってきてたよね。麻酔も割と早めに出したよね。

「双方に怪我は?」

「ないわ。それは、十分に気をつけた」

 あの皮はぎの鞭は? ねえ……。白とピンクのやつ……。ねえ……。

「そうか。それはよかった。いや、二件は十分立派な数字だよ。桃、よくそこまで押さえた。右足首は? 記録も大事だが、私としてはそちらのほうが心配だ」

「ありがとう。右足首靭帯の故障は、大分前に、ドクターから完治のお墨つきをもらっているわ。ただ、こう、ひねった状態で負荷をかけるのだけは避けるように言われていて……」

 故障……。いやいいけど……今さら……。

「……だから、ツコムとの格闘のときも、それだけは気をつけていて……。おかげで、再発はおろか、違和感もなしね!」

 王がまた俺を見ている。何だ今度は。今のくだりに無個性系のフックはなかったろ。

「そうか、最後の一名……格闘になったのは、ツコムだったか!」

 ああ。そっちね……。

「待てよ! ということは……」

 王が眉を寄せてあごをさする。桃が大きくうなずいた。

「ええ。そうなのパパ。無個性の上に、猜疑心がつよくて、反抗的……」

「メ民アンケート……嫌われる旅行者、の一位から三位!」

「YES!」

「Unbelievable!」

 客が湧いた。もうあれなくらい湧いた。拍手も指笛もきてる。何だそのアンケート。世界の危機に遊んでんじゃねえ。

「そうなの。だから早急に良いところをさがさないとって思ってる」

「そうだな」

 そうだなじゃねえ。何だ! かかってこい! どうしたい? 俺をどうしたい? ねえ。これもうイジメだよね? イジメじゃない? こういう公開……。

 桃が振りむき、こっそりウィンクしてきた。

 あっ……。

 ちょ……槍が、槍落としそうになった。ちょ……全部許しちゃう。もう全部あげちゃう。

「他には、何かファニー……いや、エキセントリックなエピソードがあったら、きかせてくれる?」

「そうね……これ話しても」

 そう言うと桃は笑った。

「何だい? 気になるね」

「あの、麻酔の使用のことなんだけど、経過報告には上げなかったけれど、ツコム以外にもあったの」

「というと?」

「父親なんだけど、彼も他の家族同様、リクエスト地の質問にはほとんど答えなかった。これはまあ、さっき話したとおりね……」

「どどーん、ざぱーん、どーんってなって、ばばばーんの、そうだ、海がいい……の父親だね」

 あらためて恥ずかしい……。親父……。

 桃がうなずく。

「実は彼……転移が始まったあと、ベルトを引きちぎったのよ!」

「何だって……ベルトを引きちぎった?」

 王と王妃が顔を見あわせた。桃はおかしそうにうつむいている。

「そして彼は、ピット内の設備について、これは何だと、一つ一つ質問してきたの。そうまるで一歳児のように、目を輝かせて撫でまわすように触りながらね。そして時おり奥さんの名前を叫びながら。……はじめはおどろいたし、警戒もしたけど、彼の仕草はまるで子供そのもので、まったく危険はなかった。私もチャーリーも、規定に触れない範囲で、彼の質問に丁寧に答えてあげたわ」

 これは……いや、もうちょっと聞くか……。

「そしてガスのダクトカバーについて聞いてきた。勿論説明したし、危険性も話したわ。でも止めるのも聞かず、彼は、カバーを外し、なかに腕を差しこみ、そして、吹出口を壊して、ガスを流入させてしまったってわけ……しかも、パパ、ママ、聞いて」

 王妃が、再び王の視線に応えている。そして桃の話を、桃を見ながら聞いている。しかし桃は、それでも笑顔で話しつづける。

「彼ったら、何と、ガスが流れこんでも動きつづけたのよ!」

「桃」

「これには本当におどろいたわ。結局ガスは彼を止めることはできなかったの。かゆみには敏感だったみたいで、変換終了時の意識沈下前に、笑いすぎで気絶していたけど」

 王が目をつぶり、首を左右に振っている。

「桃」

 わずかに声を張った。桃の表情が、笑顔を貼りつけた状態で固まった。

「この出来事は、その場で、夢旅行管理委員会に連絡を入れるべきだったと、私は思う」

「……いや、待ってパパ、聞いて。彼はね」

「桃、申し訳ないが、これは笑って聞ける話ではないな」 

「パ……」

 桃が言いかけてやめた。そのまま時間がすぎる。王が、再び目をつぶる。

「人生はいつでも誰かの協力を得られるわけではない。だからこそ、手を取りあえるときには、それを惜しむべきではない……私はいつも、そう言っているね?」

 桃の顔から、すうっと表情がなくなった。王とむきあってはいるが、どこを見ているのかわからないような状態になっている。王はあごを引き、厳しい表情を浮かべて桃を見つめている。返答を待っているようだ。

「ええ……そう、そうね……」

 桃がぼんやりとそう言った。

「私はとても残念だ。桃、わかるかね?」

 しばらく桃の反応はなかった。やがて、その抜け殻のような表情に、微笑が浮かんだ。

「ええ。そうね。ごめんなさい。私が間違っていたわ……」

「我々家族は、これまで、困難には手を取りあって一緒にのりこえてきた……」

 王が王妃と顔を見あわせながら言う。そして桃を見た。

「ええ、パパ……」

 桃の焦点はぼやけたままだ。

「そしてこれからも、困ったことがあったら、手を取りあって一緒にのりこえていく。そうだね?」

 桃が、ゆっくり首を左右に振った。

「ええ、勿論よパパ……」

 それこそ人工知能のように、桃は機械的に返事をしている。ブラ星なんかよりずっと出来の悪い人工知能だ。しかし、それを聞いた王は表情をゆるませ、満足気にうなずいた。

「わかってくれればいいんだよ。それならいいんだ。よし。この話はここまでだ。それじゃあフェアウェルシーズンの展望について……」

 インタビューは、そこからもしばらくつづいた。桃の様子は、俺からすれば明らかにぎこちなかったが、王がそれに気づいた様子はなかった。王妃が色々動きをみせたのは、結局うちの親父と桃のくだりだけで、そこからは、再び、ひたすら俺を見つめつづけていた。見つめつづけながらたまにあごをさすったりしていた。俺は、桃の横顔と王の顔とを、ひたすら交互に見つづけた。桃もよくなかった。それはそうなんだろう。だが、桃のこの抜け殻のような状態は、今の桃のミスが根本的な要因ではない。

「……それじゃ、フェアウェルシーズンも、桃、君の活躍を期待してるよ!」

 言いながら王が立ちあがる。桃も立ちあがった。王妃も立ちあがったので、悩んだすえ、俺も立った。拍手と歓声がおきている。

「ええ、ありがとうパパ……」

 二人が握手を交わす。それからハグとビズ。桃は王妃ともハグとビズ。桃は王妃とはなれると、メ民のみんなもありがとう、と叫び、観客へむけて大きく手を振った。拍手と歓声がさらに大きくなった。

「さあ、それではいよいよ……」

 自分以外を再び腰かけさせると、王が、そう言って、手をこすりあわせながら客席を見た。拍手と歓声は自然とおさまっている。

「勇者インタビューだ。勇者への個別インタビューなんて初めてだからね、興奮しちゃうね。ねえ由レ……ねえみんな!」

 拍手と、指笛。そして、ツコムだの勇者だのっていう声。桃が気になっていたが、一緒に抜け殻になるわけにもいかない。とりあえず槍を突きあげた。ツコムという声が大きくなった。再び槍を突きあげる。

「ツコム! ツコム!」

 何か、ツコムコールになった。うおう。何これ。立ちあがる。槍をまわしてみた。拍手の間隔が細かくなる。これあれだ、槍をもうあちこちでまわす。拍手細かい。まわしたおす。歓声もコールもやんで拍手乱打で統一。そして……両手で柄を持っていきおいよく頭上。耳をつんざくような一本締めがきた。

 すごい気持ちいい。

 すごいありがとう。

 再び湧いた歓声、拍手と、どくどくという鼓動に包まれながら座った。座るとき、王がドヤ顔で指さしてきた。

「いいね! ノリがいいね!」

(――さあいよいよですねツコム。大分調子こいちゃってて大分気に入らないため、色々ぶんまわす予定ですんでよろしくお願いします――)

 だまれ。静かにしてくれ。今、まだ余韻があるから……味わってるから……。

「いやーそれにしてもうれしい。久々の勇者だ。最近は魔王の侵略の話も勇者の話もほとんどきかないから、淋しく思っていたところなんだよ」

 うん? 今物語はマンネリ? 下火? ブラ星の好感度を下げたのはよくなかったかな……。なんか、始まる前から見事なほど事情が読めない……。

「こういう機会は滅多にないからね。みんなが聞きたいだろうと思うことをまとめてきたんだ」

 王が、言いながら紙きれを取りだす。それに、切り口というか、王の前おきの意味が全然わからん。とりあえず笑顔をつくって曖昧にうなずく。ごめんねブラ星。助けて。

「そうだな……よし、これがいい。それじゃまず、こいつからにしよう」

 王が客席を気にしながらそう言い、顔を上げて俺を見てきた。満面の笑みだ。うーん……。

 

「名のりは自分から? それとも友達に誘われて?」


 何?

 ……友達?

 俺は口を開けて、王のはにわ笑顔を見つめる。

 パニック。

 真っ白。 

(――やっぱり、これできましたね。最初からぶんまわしたいところですけど、とりあえず台本通りいってあげましょう――えっとー、初めは友達に誘われて軽い気持ちで名のったんですけどー、なんかー、途中から私だけブレイブみたいになっちゃってー――とどうぞ――)

 アイドルのデビューのきっかけか。

 今はこういうのあんまりいないだろ。もっとアグレッシブだろ……。ていうかフォックストロットってそんな文章書くんだ……。

 ……いやいやそうじゃなくて、いいのかこれ。これでいいの? ごめん本当空気、空気っていうかもう全然意味がわかんない。

(――ほら、早く返事しないとあやしまれますよ――)

 えー。何か口調がやだ。別に口調は変えればいいのか。いやだめだ……パニックにおちいってて全然何も思いつかん。

 結局そのまま言った。

「そうだよねー」

 王が笑顔のまま何度もうなずく。いいんだこれで……。

 王が再びメモに視線を落とす。

「そうだなあ……それじゃーこれ。君は今日までどういう練習を?」

 今日まで……? 何だっけこれ。勇者の……だから、練習……いや、今日までって今日仕あげてくる想定じゃねえか。今日決戦か。

 何だこいつ。いやもう完全におかしいだろこれ。

 それとも何か試されてるのか?

 いや、それともこれは……。

 エキシビジョンプレイと同じ……。

(――対峙組を何人も輩出しているスクールに通いながら、学校以外では、アザー列島で野宿したり、裏社会の国に住んでいる人の家にホームステイしたり、お化けの国に、夜一人で行ったりしました――と、どうぞ。ちなみにサービスで、これも社交のやつの台本通りです――)

 何泊してんだよ。日数完全に嘘じゃねえか。さっき袖で思いっきり今来ました的に挨拶しただろ。内容は……空気わかんないし確認しようがないけど……。

(――ほら、王があやしんでますよ。早く答えてください――)

 つながってな……つながるのか? これ通ったら、もう王が、あれなんじゃないのか? 

「対峙組を……」

 あ、ちなみに補足だけど、フォックストロットというのは社交ダンスの種類名でもある……。

「の、野宿したり……ホームステイしたり……」

 王はうんうんうなずいて聞いている。

「……夜一人で行ったりしました」

「へえー。けっこう実践派なんだねえ」

 通った。バカか。

 何だよロールって……。これ役というより、もうここまでくると認知症と変わらないぞ……。

「他にも名のりは上げてるの?」

 他にも名のりあるんだ。へえ、知りたい。どんなのがあるか。もう完全に、全部リアル無視。これは本当にロールなの? さっきまでけっこう普通に見えたんだけど……。あれか? 桃が話合わせてただけだったのか?

(――上げてましたが、これ一本にしぼりました、と――)

 めんどくさいので、ブラ星の指示通りに言った。

「ふうん。ちなみに何の名のりを?」

(――ナンパの神様、すけこま神、ナンバーワン竿師の三つです、と答え――)

 答えるか! きやがった。ぶんまわし入れてきやがった。本当の、フォックストロットが書いた台本を言え!

(――ごめんなさい。ここのページだけどっか行っちゃって――)

 嘘つけこの野郎! 今テンパってんだから勘弁し……あれ? 聞こえてるの俺の声。聞こえてないこれ?

(――聞こ、ああ、困ったなー。ツコムがどうしてほしいか知りたくても、ツコムの声はこっちには聞こえないしなー――)

 お前! 聞こえてんじゃねえか! 絶対聞こえてるだろこれ。おい! ブラ星!

「ツコムどうしたんだ? 他の名のりは……」

「え? ああ、いや、ナ……」

「ナ?」

 ちょっと! アルファ? アルファには聞こえないの? アルファァ!

「ナンパ師と……」

 言った……。王の目が輝く。光り輝く。それはもう燦々と輝く。

「ほう……一つだけかい?」

「はい。いや、その……」

「言いたまえ。まだあるんだろう? まだあるはずだ。ほら……」

「いや、あの……」

 言った……。三つ言った……。

 王がものすごく嬉しそうな表情になった。

「なんだ君……ツコム……。下半身に相当の自身があるんだな……いいじゃないか……」

 立つのか。この人との間に、何かしらのフラグが立とうとしているのか。絶対やだ。それはそうと、桃は……。彼女は、召喚者インタビューの最後あたりと状態が変わっていない。軽く笑みをうかべ、話している人間のほうへ、わずかに首を動かすだけだ。

「それでは、一つ、踏みこんだ質問をいいだろうか」

 一つ? もうけっこう、大体やってんじゃない踏みこみ。踏破しちゃってんじゃない。

「名のりをあげた勇者数万名のうち、実際魔王軍と刃をまじえるのが数千名、直接魔王と対峙するのは数十名と言われているのは知っているね。そして、こちらで把握しているかぎりの数だが、今現在、勇者の数は五百名に満たない……」

 数万? 勇者が数万?

 今は五百?

 聞いてないぞそんなの。いや、複数とは言ってたか。血筋も条件もない……そういえば名のりが起きてないとも言ってたな。

「……今名のりを上げれば、魔王と直接対峙する可能性はかなり高いと考える。ツコム、その覚悟はあるんだよね?」

 ちょっと、静かにして。処理が終わってないんだけど……。ああ。よく考えれば想像できたことか。いや言っといてくれよアルファ……。まあいいや。となると、どういう……。

(――ありますよね? あります、と――)

 ありますと答える。ちょっと本当、ほっといて。今何か、もうちょっとで整理できそう。ていうかないってなんだ。エア勇者か。

「となれば当然、命の危険が出てくるわけだけど、この点について、家族は了承しているの?」

 いやだから、お前、俺が今さっききた夢旅行者だって知ってるだろ? どうやって家族の了承得るんだよ……いや、本当、ちょっとこいつはほっとこう。とりあえず会話はブラ星にまかせて……勇者は数万いて、今は……いや、減ってるのは後だ。普段は数万いて、単独インタビューも初めてで、名のりのきっかけ、今日までの練習、他の名のり、ああそれと対峙組。そしてオーディションを受けにきた一般人へのインタビューみたいなノリ。

「対峙組になれたら、魔王とどんなふうに戦ってみたい?」

「きたえあげた下半身の技を精一杯繰りだして、悔いの残らない戦いをしたいと思います」

「ふぉうっ、見たいッ、見てみたいな由レ……なあみんな、どうだい観客のみんな!」

 拍手と歓声が上がった。

 ……てことは名のっただけの勇者個々の立場は相当低いな。じゃあなんで、こいつは成果をだす前の勇者をインタビューしてる? 旅行者だから、いばらが頼んだだけで、なんの社会的功績もないそのへんの一般人を桃とならべる許可を出したのか? いや、ない。この男の頭のなかでは、まるで二重人格の様に、俺が旅行者であることと、勇者の名のりがあげたことが、ロールの束縛によって分裂している。

 本当の目的はいばらにすら言っていないはずだ。いばらに、名のりが減ってることへのカンフル剤になるからと提案させた……このあたりか。このインタビューを見て名のりを決意する勇者がいるかもしれないと……。

「今後の予定として、何か具体的なものはあるかな?」

「召喚能力を得るために、メルヒェンラリーに挑戦しようと思っています」

「おお……! ツコム、ますます君の覚悟のほどがうかがえるな。今だと、参加者が君一人になってしまうかもしれないが……。そのときには、私たち王族も、精一杯バックアップさせてもらおう」

「ありがとうございます」

 とするとさっきの王の、勇者が減っていて淋しく思っているというのは本心か。たとえ祭が盛り上がらなくて淋しいという意味だとしても。

 どうにかならんのかこいつ。

 変態だけど、悪意があるようには見えない。

 桃を見る。テーブル上の装花を、曖昧な焦点でただ見つめている。もう早く終わってくれという表情にしか見えないが、まあ、王が気づいている様子はない。王妃は例によって不明だ。不明というか、そもそも俺しか見ていない。何なの? 何かあるの? 俺に。

 再び、桃を見る。

 ロールか。

 それから俺は、王へ視線を移した。

 ……今、こいつにゆさぶりをかけるとどうなる?

「いやあそれにしても、久々にあらわれたと思ったら、何とも気合の入った勇者じゃないか。よし。それじゃ、最後の質問だ。ツコム……君にとって勇者とは?」

 俺は、はにわのような顔を見つめかえした。

 因率を上げることになる可能性が高いか? いや、そもそも俺の印象だと、イ率と因率って、そんな単純な、シーソーのような関係性じゃないと思うんだけど……。

(――どうでしょう。最後って言ってますけど、ここでボケる勇気あります? 社交のやつのは、子供の頃からの夢が何とかみたいなすごいつまんないやつなんだけど、私ので行きます? 私のはですね――) 

 考えてみれば、得た情報が少なくて印象も何もない。どうせ、ダメなら何も起きないだけだ。結果を考えるのがめんどくさくなってきた。何か起きるとしても、イ率が上がろうが、因率が上がろうが、今さら一人ぐらい変わらないだろ。多分。何にせよ、このままじゃ癪だ。それに何より……俺は思考を中断して、王のはにわ顔をしばらく、ただ見つめた。

「どうだろうか。君にとって勇者とは? ツコム」

 それに何より、こいつは少し、娘と同じ苦労を味わったほうがいい。

(――僕が自身の性嗜好のかたよりを自覚しはじめたのは小学校高学年の夏の――)

 ブラ星が何か言ってるが、俺は聴覚をがんばって遮断して、急いで台本を組みあげた。

「……どうしたツコム。ちょっと難しい質問だったかな?」

「いえ。……そうですね。リアルには、プロレスラーっていう格闘技のヒーローがいるんだけど、俺は、勇者とはそれみたいなものだと思う」

 王が俺の顔を見つめたまま止まった。リアルに引っかかったか。それともただ考えているだけか。

(――ツコム? ちょっと――)

 しばらくして、王の顔が、興味ぶかいといった表情になった。そして身を乗りだしてきた。

「ほう。そのプロレスラーっていうのは、一体どんなヒーローなんだい?」

「相手の技をきちんと受けとめる。自分のつよさは、その上できっちり見せつける。そういう、ふところの広いヒーローなんです」

 王が再び止まる。口がわずかに開いている。まだそんなでもないだろう。知らない格闘技の話をしただけだ。それほど込みいったことは言ってない。

 王がさらに口を開け、目も見ひらき、ゆっくりと、その顔を客席のほうへむけた。

「これは頼もしい発言だ……!」

 軽い笑いと拍手がおきた。王の顔がこちらに戻ってきてから、俺もつられたという体で笑い声を上げた。

「俺もそうありたい……そう常々思ってる。それだけです」

 桃が俺を見ているのがわかった。一瞬だけ視線を合わせた。曖昧だった焦点が元に戻り、おどろきの表情を浮かべている。王に視線を戻す。小さく、何度もうなずいているが、元々細い目をさらに細めた顔つきは、感心しているとも、生意気さにいらだっているともとれる。まあ何せよ、これまでと違って、複雑で、生々しい表情であることは確かだ。

「勿論、不安はあります。お分かり頂けるとは思いますが……」

「ほう。何だね。せっかくだし、何でも言ってみるといい」

 王はそう言うと、眉を上げて、少し優しい表情になった。うさんくさい。まずまちがいなくイライラしてる。

「夢旅行者の義務を放棄するということについてです」

 王が再び俺を見たまま止まった。

「これは、夢旅行者としての問題もありますが、何より、召喚者である桃姫様の功績に傷をつける可能性があるということですから」

 王の視線が、先ほどまでの桃のように曖昧になりつつある。王のなかで何か起きている。それは確信できる表情だ。

「義務を、放棄……? えっと……すまない。なんの義務を放棄……?」

 その表情のまま、王が言った。

「夢旅行者の義務です。夢旅行者の義務とは、メ民たちと過ごし、イマジン率を下げることです。俺と俺の家族はその為に桃姫様に召喚されました。でも、俺は魔王を見すごせなかった。どうしても見すごせなかった。しかし勇者として魔王と戦えば、魔王の脅威をしりぞけると同時に、イマジン率上昇という別の脅威を呼びこんでしまう危険性がある。俺はこの二つの事実にはさまり、ジレンマに苦しんだのです。そのとき……」

 王は返事をしない。声を発しないまま、唇がわずかに動いている。

「そのとき、このジレンマに苦しむ俺に、桃姫様はおっしゃってくれたのです! 私は……」

 ちらっと桃を見た。桃はとまどいの表情を、俺と王へ、交互にむけている。

 俺は胸の前で、右拳を握りしめてみせた。

「……私は自分が召喚した夢旅行者全員を信じると!」

 声を張りあげた。誰も動かない。客席も沈黙している。これは、もう一言追加して反応がなかった場合、盛大な失敗ということである。何にせよもう戻れない。立ちあがった。

「つまり、俺は魔王を倒し侵略の脅威をしりぞける。その間、俺の家族はイマジン率上昇を食いとめ、メ界の脅威をしりぞける。桃姫様は、この二つを、俺たち家族が同時に成功させることができるとおっしゃってくれたのです!」

 俺の声が、数千人を収容しているホールに、広大な客席の暗がりに、吸いこまれた。

 槍を高くかかげている。

 何も起きない。

 誰も動かない。

 どうしよう。

 座るか。 

 腰を折りかけたとき、パラパラと手を叩く音が聞こえた。

 ……どうなの?

 手を叩いているメ民をさがす。

 さがしている間に、拍手が増えた。叩いている。見える。俺は心のなかで深いため息をついた。ソファに腰かける。立ちあがるメ民が出はじめた。歓声も混じりはじめた。拍手と歓声が盛大と言えるだけのボリュームになってから、俺はそこでようやく王を見た。まるっきり焦点が合っていない。さあ、問題は、俺がこの人に何をしたかだ。ただ流れに混乱しているだけか、何か起きたとして、それはこの世界と桃にとって、いいことか悪……何か突っこんできた!

 王妃! 王妃が腕を振りあげて突っこ……顔にすさまじい衝撃。首が百度くらいいった。一瞬で脱力し、体が倒れていく。両脇をつかまれ引きあげられた。股に軽い衝撃。体が浮きあがる感覚。なんだ。バックドロップか。殺す気か。しかしそこで止まった。心臓がバクバクいってる。王妃の動きは本当に止まったようだ。息を吐き、つぶっていた目をどうにか開けた。

 暗がりのなかで、立ちあがり、拍手をつづけている数千人のメ民とむきあっていた。

 桃だの勇者だのという声があちこちから飛んでいる。

 いつの間にか、耳に、拍手と歓声が再び流れこんできている。

 ようやく、肩車をされているのだと気がついた。

 ほっぺたがすごい痛い。すごいじんじん。

「槍をかかげなよ……。お前のつくった空気だろ……」

 すぐ近くで、聞きおぼえのない、艶のある女性の声が聞こえた。槍……はまだ持っている。とりあえずかかげる。拍手と歓声が爆発した。まさか、今の王妃か? めちゃくちゃセクシーな声してんじゃねえか。……いや、そんなことよりお前、本当……。お前この野郎……一度殴らねえと次のアクションに移行できねえのかよ……。

 この体勢じゃ、桃の様子はうかがえない。

 少しは、気分が晴れてるといいんだけど。

 


 各国の要人たちが、王のもとへ順番に挨拶にきている。王妃はすぐ隣で美容室的な椅子に寝そべり、白衣の女性による頭皮マッサージを受けながら応対している。いや、応対していない。いるだけだ。

 中世貴族、一気に戻って毛皮を着た狩猟民族、それからヤクザ……ギャング? ゴーレム、ロボなどが順番に王のご機嫌をうかがっては離脱していった。あ、そういえば原人的なのもいた。土器もってた。フガフガ言ってたが、王とは会話できているふうだった。まあ、非常に今さら感がつよいが、このおとぎ話種族たちのごった煮状態は、驚愕である。想像はしていたし、実際、さきほど舞台上から色々目撃してはいるのだが、ここまで普通の人間がほとんどだったためか、どこか現実として受けとめていなかったようだ。

 まあ、大した状況ではない。国賓を集めた、立食パーティ形式の打ちあげ会場である。おとぎと現実の入りまじった要人たちは、王(と一応王妃)に挨拶したのち、他の国の要人と歓談している。俺は、応接に忙しい王の横にただぼんやりと立ち、たまに出る勇者の話題にからむというだけの、アホみたいな立ち位置である。完全にお飾りなわけだが、前述のとおり色々な種族を見ているのが意外と楽しいので、黙ってそのまま甘んじている。

 とりあえず、妖精がいる。……あ、断っておくが、色々な種族を見ているのが楽しいのであって、展開や状態は保証しない。戻る。妖精……透明な羽根の生えた、小さくてキュートな生き物である。そして早速で申し訳ないが、最初に目にしたときはすごく興奮し感動して、その直後、その興奮と感動は沈黙している。身長三十センチから五十センチほどのキュートな、キュートだけどガリガリな妖精たち四名。これが、号泣しながらテーブル上のオードブルをピストン輸送している。輸送先は、壁際に足をのばしてならんで座りこんでいる、身長一メートルほどのガリガリの羽おっさんおよび羽おばちゃん(たぶん国王夫妻)。キュートな妖精たち四名は嗚咽をもらしながらこの二人へとオードブルを運び、泣き声で二人に何か言いながら、口にねじこむという作業を延々と繰りかえしている。何しろ小さいので、食べものを少しずつしか運べず、国王夫妻の腹を満たすには何往復もせざるを得ないようだ。そういう問題ではない。

 それから、部屋の隅に黒マントが五人。私たちは魔法の国の魔法使いですっていう感じ。ただ、一人だけ電動カーのようなものにのってる。こいつらは王のところへも来ていない。何やらひたすらぼそぼそと話している。地味と言えばこれほどの地味軍団もいないが、他の国の要人が、種族にかかわらず華やかでフォーマルな装いのため、残念なことに彼らの思惑(多分)に反して異様に目だっているのが実状である。ただ、当然のようにオードブルにも手をつけていないが、電動カーに乗ってるやつだけは牛乳飲んでる。もう十杯くらい飲んでる。

 ついでに、ソファセットの三人組。壁際にソファセットがいくつかならんでいるが、その一つに赤ジャージ化したいばらを入れた三人が座っている。この三人は、貴賓たちによる立食パーティが展開されるなか、場ちがいもいいとこな格好で、かつ、どう見てもボードゲームに興じている。棒人形をさした車をルーレットで進める、人生をあれこれするあれである。いばらの隣に、亀甲しばりにされたこげ茶の肌の竜人の男性。彼の背後には、サングラスにシルクのYシャツを着たあやしい優男が立っており、彼の腰縄を持っている。この男の名前にも職業にもまるで興味はないが、彼の名前は多分しばり大好斎で、職業は縄師だ。そして対面に三人目。まずまちがいなく秀ローワと由レーヌの血を引いているであろう、まるっと肥えた若はにわ。こいつもジャージ。金色。この若はにわがルーレットを回した。車をつかんで進めている。車の八つのスロットがすでに全部埋まっている。八人ささってる。大家族が趣味のようだ。王族っぽいといえば王族っぽい。

 桃の姿が、目に止まった。

 彼女は、国王夫妻と俺から少し離れたところで、王と同じように来賓の応対をしている。今は体長二メートル以上あるロボ的なやつと、同じくでかいオーガ的なやつの二体と、笑顔で話している。服装は変わらず黒のドレスにピンクの首リボンだが、今は、ドレスと同じ黒の、大きめのショールを肩にはおっている。

 桃が笑い声を上げて、オーガの赤い胸板を軽く叩いた。ロボも電子音声で桃に何か話しかける。桃はいたずらっぽい笑みを浮かべ、ロボの腹部を叩く。腹部カバーが開いた。桃がなかに手を入れている。警告音がみたいなのが鳴り、ロボのすべての関節部が外れ、パーツとなって床にちらばった。桃は開いた口に手をあて、オーガと顔を見あわせる。ショーでもそうだったが、人前の彼女は、楽屋で壊れた人形のようになっていた人物とは、ほとんど別人である。

 ちなみに俺だが、国賓を招いての打ちあげがあるときいた時点で、スーツを着たいとのつよい要望を出すも、個性がなさすぎて勇者だとわからなくなるからという理由により、工事責任者の衣裳セットを身につけてでの出席である。これもう、本当、大変に遺憾。そして一応、俺へ直接話しかけにくる客もゼロではない。話はほぼ噛みあわない、まあ、うれしい。いや本当はすごいうれしい。がんばろ。ほら今も……

「めでてえじゃねえか! 勇者! めでてえ!」

 水ぶっかけられた。

 ほぼ同時にやかましい大所帯が突っこんできて、俺を取りかこんだ。痛い。肘が、肘と前腕と羽がすごい当たってる。あと鳴りものが近くてすごいうるさい。すぐ解放された。通過しただけらしい。はなれていく。まあ、祭りの国の一味である。白はちまき、水色の法被、さらし、白足袋などを身につけた多国籍集団プラスサンバ―チームで、手おけで水をまきながらホール内をねり歩き、方々から顰蹙を買っている。祭りチームは前述のとおり、リーダー的な人物は日本人だが、後は人種も種族もバラバラである。サンバのほうは意気投合しただけのようで、全員が南米系のお姉さんである。

 祭り一味が、ソファセットにさしかかった。

 例にもらさず、手おけをふるまう。

 まあ、予想どおりボードがぬれたらしい。いばらが怒りの形相で飛びあがり、手おけの日本人リーダーに飛びげりを見まった。リーダーが、すぐ後ろにあった、黒人と白人の男性二人で持っていた大桶のなかへ尻から落ち、水が余計周囲へ飛びちった。いばらもびしょびしょになったが、それにはかまわずサンバの面々とハイタッチしている。ちょっと一緒に腰振ってから、一味と別れ、ソファに戻った。今度は竜人かルーレットを回している。車を進めた。三人でマスをのぞきこんでいる。竜人が小さく吠え、ガッツポーズになった。やった、五万イマジン、と聞こえた。あれ? なんかどっかで聞いたことあるなこの竜人の声……。いばらと若はにわが竜人の手元の札をのぞきこみ、指をさして何か言っている。竜人からみるみる元気がなくなっていく。ガッツポーズ下ろした。いばらが竜人の肩を叩く。何か言った。突然竜人が顔を上げた。そして、でもM男カードは全部集めたいんだもん! という声が、俺のところまで届いてきた。

 いばらと竜人が言いあいをつづけるなか、若はにわが一人ルーレットを回す。車をつか、車……棒人形がすごい増えてる。側面に突きさしてある。さっきのあれみたい。テーブルの上にあった装花。

 まあ、めぼしいのはこれくらいか……。

 隣の王を見た。どこかの人間種と話しこんでいる。誉めあいのような感じで、興味の引く話題ではない。再びホール内を見まわすと、一人でぼんやりとグラスを見つめている桃が目にとまった。俺は、王の応対がしばらくかかりそうなことを確認し、桃のところへむかった。途中まで歩いたところで桃が気づき、俺を見つめてくる。何か言おうと思ったが、うまく言葉が見つからず、結局声をかけないまま、俺は桃の隣にならんだ。

 しばらく、桃とならんでホールの様子をながめた。

 騒がしい。

 だがみんな楽しそうだ。

「ありがとうございました」

 お礼を言われても困る。解決とは程とおいし……。

「ああ、うん……。少しは、気は晴れた?」

 そう聞くと、彼女は目を細め、口に手をあててうつむいた。

「ふふっ。はい」

 笑っている。

 よくよく考えてみれば、二人で会話するの初めてじゃねえか。何だこの空気……。ありがとう打ちあげ。

「あの、隅にいる黒マント五人組は何なの?」

 間が持たないので、とりあえず話題として採用してみた。聞きながら桃のほうをむく。それにしても、きちんとしているときのオーラはすごいなこの子。オーラというか、引力というか。とにかく、整っている。輪郭もパーツも線がやわらかく、すごくかわいいが美人と言われるとちがう。そしてそういう次元を超越して、目も鼻も百点のもっちり唇もピンクの髪も、それらのバランスが、とにかく整っているのである。並の調和のレベルじゃない。これが王族の血統ってやつか、と思う。

「魔法の国の人たちですね……」

 桃は、やや声をひそめて言った。

「いつもあんな感じ?」

「……いえ。今戦時中なんです。それでだと思います」

 戦争? 

「異変の一つか?」

 桃が俺を見あげ、うなずいてきた。

「……魔法については、ブラ星も言ってたな。あのさ、普通の、何て言うんだろ。魔法の国の魔法は、こう、火が出るとか、何かを変化させるとか、そういう普通の魔法?」

 それを聞いた桃は、あたりに人がいないことを確認すると、顔を近づけてきて、俺の耳元で、ペスカビアンカも魔法ですよ、とささやいた。香りが……いや、これは香水だ。香水などでは俺の本能の……今はやめておこう……。

「ペスカビアンカ?」

「あなたと戦ったときの、白とピンクのグリップです。でも、口外しないようお願いします。魔法をつかうことができるのは、魔法の国の民をのぞくとごく一部で、アルファたち以外に私が魔法をつかえることが知られれば、多分、色々問題になるから……」

 で、何でつかえるの? と聞きたかったが、なんかまた桃がへこみそうな気がして、やめた。まあ、知る機会ならそのうちあるだろう。

 話が途ぎれ、再び、二人でホールの様子をながめる。三バカに目をやる。いばらがルーレットを回している。車を進めたいばらは、マスを見ると、天をあおいで気だるそうな声を発したのち、足を組み、膝に肘をついて手にあごをのせ、さらに深いため息をついた。若はにわが何かのシートを見ている。いばらと竜人に何か言って、シートを二人に見えるようにした。文面に指をさして何やら説明している。いばらが突然笑顔になった。大よろこび。竜人がルーレットをつかみ、持ちあげた。いばらが前髪を押さえながら開いた穴に顔を近づける。臭いをかいでいる。泡を吹いて倒れた。

「そういえば、あそこの、いばらのいる三人組は……」

「お兄様と、王国軍の元帥です」

 お兄様は……まあ、あの若はにわだよな。疑いようがない。逆に、なぜあの王妃から桃が生まれたのかっていうほうが不思議。そして、消去法になっちゃった。もうその可能性しか残ってなくなっちゃった。大丈夫かこの国。いや嗜好そのものはいい。問わない。それを人前でや、人前……ああ……国王夫妻がチャンピオンだった……。

 この話題はだめだ。桃の視線をあそこから外させないと。

「なあ、思ったんだが」

「何ですか?」

「この世界が、今も何かしらの法則にのっとって動いているという前提でのことなんだけど」

 桃が眉を寄せ、うつむく。

「はい」

「合理的に考えて、まずまちがいないと言えることが二つある」

 桃はその状態のまま動かない。

「あーっと……はい」

 難しいか……。まあいいや。

「一つは、夢旅行は、イマジン率が上がりすぎたときにおきるわけではない、ということだ。これまでの分もふくめ」

 桃はしばらく考える素ぶりをみせた。

「つまり、夢旅行がおきるのは世界に危機がおとずれたときという条件で……だから、因果律率の上がりすぎでもおきた、ということ?」

「どうだろう。まったく別のトリガーっていう可能性もあると思う」

「まったく別のー……」

「もう一つは、イマジンと因果律は、それ自体はシーソーのような関係にあるが……物語やロールにおいては、ちがう」

 桃が再び眉をよせてうつむく。唇が、ちょっと動いている。なんかアヒル口っぽいのにしてみたり、閉じたりちょっと開けたり。かわいい。唇さん、どこに行くの? くち……急に顔を上げた。無意識に(ほんのわずかに)近づいていたため、あわてて体を引く。

「ごめんなさい。ちょっと難しい……」

 素直だ。聞けてないことがたくさんあるはずなのに、頭に思いうかばない。なんかこう、ちゃんとした会話だと踏みこみにくい。この子のキャラ。いや、俺が奥手なのか。母さんとしき姉がいつもいじってくる通りか……。いや、奥手じゃない。無個性……すごく気分が落ちこんできた。

 また二人して、ホールの様子をながめた。

 また三バカを見る。

 若はにわがルーレットを回しおえたところだった。車……家族がもう車の全方位にささってる。あれ何? 一夫多妻? それもうたわしだろ。そもそもさ、一回のゲームであんなに家族増やせるか? そんなに家族イベントあった? どんなバージョンのボード?

「私の父は、変わると思いますか?」

 不意に桃が聞いてきた。

 しばらく考える。

「……リアルが書いたっていう文献に、ロールの濃い薄いについて書かれた部分はあった?」

「……ある。でも、むずかしくて、わからない部分も多かった。物語がぶつかるとか、妄想同士がぶつかるとか、はさまるとか、そういう理論が書いてあった」

 俺は納得して、小さく何度もうなずいた。

 一つの大きな出来事や物語に飲みこまれた場合、それらに沿う形で自分が変化していく。ちがう状態に変化することはむずかしく、これが濃いロールとなる。出来事が物語が複数ぶつかるポイントにいた場合、すべてに沿うために多様化した人格や行動となり、こういう人のロールは薄い。ただしこれはあくまで基本原理であって、出来事や物語が拮抗していた場合なんかは、精神にかかる負荷から逃れるために、イマジンによるつよい妄想を生みだし、それが、一つに飲みこまれた人より、もっと濃いロールになることもある。こんなところだろう……。

「今聞いたかぎりじゃ、地球の法則とそう大きく変わらない感じがするな。それで全部かって言われると、ちょっとあれだけど」

 そこまで言って、それからさらにだまってごちゃごちゃ考察していると、不意に桃が、

「パパはきっと、色々わかっているんだと思う……」

 正面をむいたまま、そう言った。

「今でも、国政面ではすごくいい国主なんです……」

 俺が何も言わずにいると、桃はうつむき、目を細め、しずんだ表情になった。

「ああでは、なかった……」

 色々わかっているというのは、つまり、今の王のなかに、異変を認識している王も内在しているという意味だろう。桃のその考えが正しかった場合、この世界のロールってやつも、地球の人間が持っている……例えば、表の顔、裏の顔や、といったような複雑さを持っているということになる。人格のパラドックスっていうのが、内部でどんなことになってるのか想像がつかないが、まあ、ロールの濃い薄いがある以上、可能性は十分あるだろう。

「もっと調べてみないと何とも言えないが、まあ、王に対してできることはあるだろうと思う。簡単とかむずかしいとかは言えないが、ロールそのものに関しては理論が立っていて、それは俺も大筋で正しいと感じる」

 反応がない。目をやると、唇を突きだしていた。俺の視線に気づくと、その唇のまま、俺を見かえしてきた。そして突然真顔になり、視線を自分の正面へむけた。寂しげな表情だ。

「でも……」

「桃姫様、召喚成功おめでとうございます!」

 近くをとおりすぎるドレス姿の三メートルずつくらいある大木婦人数人が、桃に声をかけてきた。葉が、すごい緑に四方に生いしげっていて、すごい周りに落ちてる。緑のまま落葉しまくってる。ドレスは普通の華美なやつで、顔パーツは木目に寄りそう感じ。

「ありがとう!」

 桃はすぐに笑顔をつくり、軽く手を上げる。いくつか言葉を交わすと、大木婦人たちはワシャワシャ音をたてながら遠ざかっていった。

「……でも、私の身におきていることは、それでは到底説明がつきそうもありません」

 再び国賓から声がかかり、桃がまたすぐに笑顔をつくった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ