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3 水晶島駅


 冷たいガラス窓の向こうで朝霧は次第に薄くなっていき、澄んだ青い海がどこまでも続いていた。 ジジジッ、というかすかな雑音の後、車内放送のテープからオルゴールが奏でる古い童謡にのせてアナウンスが流れ出した。


「・・・本日は四葉線をご利用いただき誠にありがとうございます。 間もなく、終点水晶島駅でございます。どなた様も、お忘れ物なきようお気をつけください。 またのご利用を心よりお待ち申しております・・・・」


璃子はそれまで何気なく寄りかかっていた窓に顔を押しつけるようにして電車の行く先を見つめた。 海の上に続く鉄橋は少しずつ低くなりながら緩やかに右にカーブして、その先、朝靄の中からかすかに街影が姿を現した。


「すごい、綺麗・・・・」


璃子は思わずつぶやいていた。 

ほとんど平らな島なのだろう、窓からは低い屋根がひしめくように続いているのが見えた。 その中からまるでつくしの様にぴょこぴょこと先のとがった塔が頭を出している。 そして驚くのは、その家々の色だった。 島を囲む白い岸壁のすぐ向こうに続く街並みは、赤、黄、青、緑、オレンジ、ピンク、目の覚めるような色で塗られていた。 まるで、プリズムの光が集まったようだ。 虹色の街が海の上に浮いていた。




 電車が甲高いブレーキの音をあげながらゆっくりと止まった。ガラガラと音がしてドアが開いて、車内の空気が変わった。 海の匂いがする。  

 それでも璃子はまだ席に座ったままだった。 鼓動が大きくなって、おなかの奥の方がぎゅっと締めつけられるような感じがする。 この電車から一歩外に出れば、そこは本当に何があるかわからない別世界が待っているのだ。 璃子は目を閉じでゆっくりと何回も深呼吸をした。 それから、膝の上で握りしめていたカバンを肩にかけると、勢いをつけて立ち上がった。 いつまでもここに座っているわけにはいかない、旅はもう始まっているのだ。


 


そこは駅というにはあまりにもささやかでさびれた場所だった。 ペンキのはげかけた白いアーチ型の屋根とベンチが一つあるだけで、改札も、券売機も何もない。 辺りに人気はなく、遠くから岸壁に打ちつける波音と海鳥の鳴き声が聞こえるだけだった。 屋根の下にやはりペンキがはげてさびかけた看板が一つだけ、海風に吹かれてたよりなさげにぷらぷらと揺れていた。


「すいしょうじまえき、よね。」


璃子は声に出して看板を読んでみた。

 夢の世界で便利なのは、何処に行っても言葉に困らない事だ。 話せないはずの英語で外国人とぺらぺらと会話をする夢を見るように、ここでも読めるはずのない文字が読めて、わからないはずの言葉が理解できる。 看板に書かれているのは、日本語でもアルファベットでもない幾何学模様が集まったような文字だったけれど、璃子にはちゃんと読む事ができた。 

 夢の中で知らない街に突然やってきた時、まずどうしたらいいのかも今までの経験から大体わかっている。 最初の頃はわけも判らず右往左往するだけだったから、だいぶ進歩したものだ。 璃子はとりあえずベンチに腰を下ろすと、カバンから携帯端末を取り出した。 これも、夢の世界で使える便利機能だ。 パネルに軽く触れると、普段待ち受けにしているクラゲの画像の代わりに、かわった紋章のホログラフが現れた。 二重の円の中で大きく羽を広げたペガサス。その周りを囲む金色のリボンには何の頭文字なのだろうか「A・T・C」の三文字が浮かび上がっている。 まるで某国政府捜査機関とかのマークみたいだ。


「夢の中とはいえ、ドラマの見すぎかな。」


最近深夜に再放送されていた海外のSFドラマを思い出して苦笑いしながら、璃子はパスコードを打ち込んだ。 紋章は回転しながら消えていき、かわりに画面にアイコンが並ぶ。 いつもの携帯の様に電話やメールは使えないけれど、残り時間を表示してくれる「カウンター」やこの世界の「用語集」などいろいろと便利な機能が使えるようになっている。 こんなファンタジックな世界にいて、いつもと同じように携帯をいじっているのは、なんだか雰囲気が壊れる様な気もしたけれど、璃子は「map」のアイコンを選んだ。 

 すぐに画面にジェリービーンズのような形をした島が出てきた。島の一番南の端に璃子の位置を示す赤いマークが点滅している。 もしかして廃墟の街に来てしまったのかと、少し心配していたのだけど、ただ単にこの駅が街はずれにあっただけの様だ。 地図では、もう少し北に行くと大きな港や市場がある。 漁港なら朝早くても人がいるだろう。 画面を操作して地図を広域にしていくと他にも4つの島が現れた。 璃子が今いるのが、一番西にある2番目に小さな島。 隣が一番大きな島で、その隣が中くらい。 その次がまた大きな島で、最後の一つは点の様に小さな島だった。 

 なんだかわくわくして来て、璃子は携帯をしまうとベンチから立ち上がった。


「よしっ。 行動開始!」


気合を入れて歩き始めた璃子は、ふと思い出して後ろを振り返った。 駅にぽつんと止まった黄色い路面電車。 けれどそこに描かれた水玉模様の蝶ネクタイをつけた黄色い猫は、まるで璃子を見送る様ににっこりと笑っていた。






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