第8話「パーティの亀裂」
ガルドとの遭遇から三日が経った。
表面上、パーティは動いていた。任務をこなし、宿に戻り、食事をして、眠る。それだけ見れば、普通のパーティだ。
でも、俺には見えていた。
水面下で、何かが溜まっていた。
リリアは口数が減った。訓練の時間が増え、食事中も剣の手入れをしている。ガルドに弾き飛ばされたことが、彼女の何かに触れていた。
セレスは戻り始めていた距離を、また少し広げた。ガルドの圧倒的な力を目の当たりにして、「やはり強さだけがある世界だ」という認知が揺り戻しを起こしているようだった。
マリアは逆に動きを増やした。全員の様子を気にして、声をかけて、何かを配って。消耗が顔に出ているのに、止まらない。
俺は静観していた。
介入するタイミングは、まだだと思っていた。
それが、甘かったかもしれない。
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きっかけは、小さなことだった。
夕食の席で、リリアが言った。
「次の任務、私が作戦を立てる。前みたいに連携が崩れないように」
セレスが本から目を上げた。
「……前の連携ミスは、私のせいではない」
「言ってない」
「言外に含んでいた」
リリアが眉をひそめた。
「含んでない。ただ、もっと速い判断が必要だっただけ」
「私の魔法展開速度は最速クラスよ。問題は判断ではなく、情報共有」
「情報共有が遅いのはあなたでしょ。状況を声に出してくれないから——」
「声に出す余裕があると思ってる?」
声が、少し上がった。
マリアが慌てて間に入った。
「あの、二人とも、お疲れなんですよね、きっと。ガルドとの戦いもあったし——」
「マリアは黙って」
リリアの言葉は、鋭かった。
マリアが、固まった。
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沈黙が食卓を包んだ。
リリアも、少し言いすぎたと気づいたらしい。でも謝らなかった。謝り方を知らないのか、プライドが邪魔するのか——どちらもあるだろう。
セレスは本を閉じて、立ち上がった。
「……食欲がない」
それだけ言って、部屋に戻った。
マリアが下を向いた。目が少し赤い。
リリアはスープを乱暴にかき混ぜた。
俺は静かに食べ続けた。
三人の視線が、時折俺に向いた。「何か言え」という目だ。あるいは「なんで止めないんだ」という目だ。
俺は何も言わなかった。
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食後、マリアが俺を廊下で呼び止めた。
「……天城さん、なぜ止めてくれなかったんですか」
声は穏やかだったが、その奥に揺れがあった。
「止める必要があったか?」
「リリアさんがあんなことを言って、セレスさんが出て行って……パーティがバラバラになってしまいます」
「今日バラバラになりそうなものは、前からバラバラだった。今日はそれが見えただけだ」
マリアが少し口を開けた。
「……見えただけ、って」
「ずっと溜まっていたものが、出てきた。それは悪いことじゃない」
「でも、私がうまく間に入れていれば——」
「マリア」
俺は静かに、でも明確に言った。
「リリアとセレスの間の問題は、二人の課題だ。君がそれを肩代わりする必要はない」
マリアが黙った。
「……でも、私が役に立てることがあるなら——」
「役に立てることと、やるべきことは違う」
マリアの目が揺れた。
「君が間に入ることで、リリアとセレスは自分たちで解決する機会を失う。それは、二人の成長の邪魔になるかもしれない」
「……私が邪魔をしている、ということですか」
「邪魔とは言っていない。ただ、君の介入が本当に二人のためになっているか——一度考えてみてほしい」
マリアは何も言わなかった。
でも、俺にはわかった。その言葉は、刺さった。
刺さることが、必要だった。
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翌日、リリアはセレスに話しかけなかった。セレスもリリアを避けた。マリアは二人の顔色を窺いながら、今度は俺の言葉を思い出しているのか、間に入ることを躊躇っていた。
任務が入っていたが、バルドから「今日は休養」の指示が来た。
珍しかった。俺への嫌がらせか、あるいは本当に判断したのか——どちらでもよかった。
俺は一人で街に出た。
王都の市場を歩きながら、今のパーティの状態を整理した。
表層:リリアとセレスの対立。マリアの過剰介入。
深層:リリアの劣等感が「完璧でなければ」という焦りを生み、セレスへの言葉になった。セレスの対人回避が「批判された」という過敏な反応を生んだ。マリアの自己犠牲が「私が何とかしなければ」という衝動を生んだ。
それぞれが、それぞれの誤信念を持って、それぞれの防衛機制で動いている。
これは俺が解決できる問題ではない。
俺にできるのは、それぞれが自分の問題に気づくための問いを置くことだけだ。
そして今日は——あえて、何もしないことにした。
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夕方、宿に戻ると、リリアが一人で食堂にいた。
珍しく酒を飲んでいた。強い酒ではなく、薄い果実酒だが。
俺は向かいに座った。リリアは何も言わなかった。
しばらくして、リリアが口を開いた。
「……マリアに、悪いことを言った」
「そうだな」
「謝るのが、苦手で」
「知ってる」
「……なんで知ってんの」
「見てたから」
リリアが果実酒を一口飲んだ。
「セレスとも……うまくいかない。あの子、何考えてるかわかんないし」
「わかろうとしたことはあるか」
「……ない、かな」
「それが答えだ」
リリアが俺を見た。
「あんたって、毎回それをするよね。私が言ったことを、そのまま返してくる」
「聞こえた言葉を、整理して戻しているだけだ」
「……それって、カウンセラーのやることじゃないの」
俺は少し驚いた。
「前世のことを知ってるのか」
「マリアから少し聞いた」リリアが少し笑った。「心理カウンセラーが異世界に来て、勇者になったって。変な話」
「本当に変な話だ」
リリアがまた酒を飲んだ。
「……私、セレスに謝れると思う?」
「謝れると思えば、謝れる」
「哲学みたいなこと言わないで」
「事実だ。できるかどうかは、やってみなければわからない」
リリアは黙った。
でも、その黙り方は——考えている黙り方だった。
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夜、俺は今日のことをまとめた。
介入しないことが、今日の俺の仕事だった。
対立は、外から止めても消えない。内から変わらなければ、また同じことが起きる。
リリアはセレスへの謝り方を探している。セレスは傷ついた心を抱えている。マリアは「間に入らない」ことの葛藤と戦っている。
それぞれが、自分の課題と向き合い始めている。
それで十分だ。
課題の分離とは、相手を切り捨てることではない。それぞれが自分の問題を持ち、自分で解決する可能性を信じることだ。
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「それは誰の課題だ?」
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