第14話「選び直す」
ガルドと再会したのは、偶然だった。
ブレイグの街外れにある古い礼拝堂——廃墟ではないが、人が来なくなって久しいような場所。俺が情報収集の帰り道に通りかかると、礼拝堂の石段に、人影があった。
体格でわかった。
ガルドだ。
あの黒い鎧ではなかった。厚手の外套に包まれた、大柄な人間。でも、その存在感は隠せない。
ガルドも俺に気づいた。
立ち上がるでもなく、剣を抜くでもなく、ただ俺を見ていた。
俺は近づいた。
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「……一人か」ガルドが言った。
「そうだ」
「仲間は」
「街にいる」
ガルドが石段に視線を落とした。前に会ったときとは、明らかに雰囲気が違った。あのときは圧倒的な重圧があった。今は——疲れている、という言葉が浮かんだ。
俺の認知可視化が映す。
——消耗。
——「どこへ行けばいいのか」という迷い。
——そして、傷。
以前より、傷が近い場所にある。
「座ってもいいか」
「好きにしろ」
俺は石段の端に腰を下ろした。
しばらく沈黙があった。
「魔王軍はどうなった」ガルドが言った。「お前たちが王都を離れたと聞いた」
「追放された」
「知っている。……理由も、大体わかる」
「そうか」
「お前のやり方は、この世界の常識と合わない。それが追放の理由だ」
「そうだな」
ガルドが俺を見た。
「後悔しないのか」
「していない」
「なぜ」
「自分が正しいと思うことをしたから。結果がどうなるかは、別の話だ」
ガルドが少し目を細めた。
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「……俺は、魔王軍を離れた」
ガルドが静かに言った。
俺は驚かなかった。この会話の流れは、そこへ向かっていた。
「理由を聞いてもいいか」
「言うつもりで来たわけじゃない。ただ……ここに座っていたら、お前が来た」
「偶然だ」
「そうかもしれない」
ガルドが外套の前を引き寄せた。寒そうにしているのか、それとも違う理由か。
「魔王軍の中で、俺は強かった。だから誰も逆らわなかった。逆らわないから、俺の言うことが正しいと信じていた。でも——」
ガルドが止まった。
「でも、何があった」
「……弱い者がいた。若い魔物使いで、力がなかった。俺の命令に逆らった。どうでもいい小さなことで。俺は力で従わせた」
「それは今まで通りのことだろう」
「そうだ。でも、そいつが言った。『あなたのようにはなりたくない』と」
俺は黙って聞いた。
「力で従わせた後に、そう言われた。……それが、なぜか、引っかかった」
「今まで誰も言わなかったのか」
「言えなかった。でもあいつは、力で従わせた後に言った。怖かったはずだ。それでも言った」
「その言葉が、揺らがせた」
「揺らがせた」ガルドが低く言った。「俺が恐怖で支配しても、あいつは俺を選ばなかった。力で手に入れても、心は手に入らなかった。それは……前の話でも、お前に言われたことだが」
「そうだな」
「……言われたときは、負け惜しみだと思った。でもあいつの顔を見て、違うと思った」
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沈黙が続いた。
礼拝堂の方から、風が抜ける音がした。
「ガルド、一つ聞いていいか」
「なんだ」
「力の論理を信じるようになったのは、いつからだ」
ガルドが少し固まった。
俺の認知可視化に、反応が映る。
——古い記憶への抵抗。
——「そこは聞かれたくない」という防衛。
「……子供の頃の話をするつもりはない」
「話さなくていい。ただ——力の論理を、誰かに教わったのか、それとも自分で学んだのか、それだけ聞きたい」
ガルドが少し考えた。
「……自分で学んだ。弱かったとき、守られなかった。守ってもらうためには、強くなるしかなかった」
「なるほど」
「それが間違いだと言いたいのか」
「間違いとは言えない。その経験から学んだことは、本物だ。ただ——その学びが、今も全ての場面で正しいかどうかは、また別の話だ」
ガルドが俺を見た。
「……お前は、俺を変えようとしているのか」
「していない」
「では何をしているんだ」
「話している」
ガルドが少し黙った。
「……話す意味があるのか、お前には」
「あると思っている。間違いかもしれないが」
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しばらくして、ガルドが立ち上がった。
「俺はまだ、どこへ行くか決まっていない」
「そうか」
「魔王軍に戻ることも、勇者側につくことも、どちらも今は選べない」
「それでいい」
ガルドが俺を見下ろした。
「……なぜそれでいいんだ」
「選ばないことも、一つの選択だ。選ばない間に、考えることもできる。迷っている時間には、意味がある」
「甘いと思う」
「そうかもしれない」
「お前のやり方は、俺には向かない」
「向かなくていい。ただ——」
俺は立ち上がって、ガルドを見た。
「一つだけ言っていいか」
「……言え」
「力を手放すことと、弱くなることは、違う。それだけだ」
ガルドが長い沈黙の後、言った。
「……覚えておく」
そして、外套を引き直して、歩き出した。
俺は追わなかった。
引き止めなかった。
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宿に戻ると、リリアが「遅い」と言った。
マリアが心配そうな顔をした。セレスが俺の顔を見て、何かを察した様子だった。
「ガルドと会った」
三人が静かになった。
「戦ったの?」リリアが言った。
「話した」
「……どうなった」
「彼はどこかへ行った。敵でも味方でもない」
リリアが少し考えた。
「それって……いいことなの?」
「わからない。ただ、今日の会話には意味があったと思っている」
マリアが静かに言った。
「ガルドも……変わるかもしれない、ということですか」
「人は変われる。いつでも、どこからでも」
セレスが小さく言った。
「……そうだといいな」
その言葉は、ガルドへの言葉であり、自分自身への言葉でもあるように聞こえた。
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夜、俺はガルドの最後の言葉を思い返した。
「覚えておく」。
それは約束ではない。行動の保証でもない。
でも、受け取った、ということだ。
人が変わるのは、一度の会話ではない。何度も繰り返し、同じ問いに違う角度から触れるうちに、ある日突然、何かが動く。
ガルドの中で、今日、何かが動いたかどうかはわからない。
でも、揺れた。
それで十分だ。
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「選ばなかったことも選択だ」
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