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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

おかわいそう

作者: 伊藤暗号
掲載日:2026/02/17



ウハインハイツ聖国の黒真珠・アンジェリーナ・バランタイン辺境伯爵令嬢は、生まれた時から王家に嫁ぐことが決められた令嬢だった。


古くからの慣わし。この地の王家が古の神々と交わした契約。あるいはそうあるべき。と誰も疑わなかった理由など、今更語る者もいなかった。


この国の王太子と結婚して子供を作る。


それが、帝国を隣する西の辺境伯爵領・バランタイン辺境伯爵家に生まれた第一子の宿命だった。


王家から相応の富を与えられ、領主である両親は相応しい教育を施し、この世界に産まれ落ちてからの18年間、未来の国母となるべく全ての環境は整えられていて、アンジェリーナ自身も、気づいた時にはその生活が当たり前であり、ただの一度も何の疑問も持たなかった。


今宵、この国の王太子が、北の国の王女と恋に落ちるまでは。


自分の婚約者が、目の前でとろけるような表情を交わし合いながら、婚約者ではない女性と続けて三曲目のワルツを踊り、この大陸最最高峰と名高いシェルナー楽団が奏でる音楽が絶頂を迎え全ての楽器が鳴り止むと、ボールルームには割れんばかりの拍手と歓声が響いた。


このボールルームにいた誰もが、いや、演奏中背を向けていた楽団の指揮者以外の全ての人間が、この喝采の中央にいる若い2人の完璧な美しさを讃えている。


食い入るように見つめるアンジェリーナの胸の内に、ふわふわとした感情が湧き上がった。


自分は一体、何を見せられているのだろう。


18年間、一度も見たこともない表情をしている自分の婚約者は、こちらを一瞥もする事なく、情熱的なダンスの相手をそのままピッタリとその身に寄・・・エスコートしながら、頬を染め周囲の賞賛に応えている。


当然だ。今夜は[北の国]の親善使節団を招いた国を挙げての舞踏会。

アンジェリーナの進言を黙殺し、バランタイン領から調査団を出し、[北の国]との国境に新たに発見させた大規模魔石鉱山を、両国共同管理開発する契約の締結を祝う祝賀パーティだ。


歓待する対象のひとりである[北の国]のリリアーヌ王女殿下と、この国[ウハインハイツ聖国]の王太子が、接待のためにダンスを踊る事になんの問題がある?

自国の有力貴族に接待相手を紹介し、顔をつなぎ、今後お互いの国の発展のために将来を語り合う事になんの問題が?

このボールルームにいる全ての人間が、この未来ある2人の美しさを讃えることに、一体なんの問題があるっていうんだ?


なんの問題もないはずなのに、この身の内で膨れ上がるこの感情は、いったいなんなのだろう。


アンジェリーナは、生まれて初めて目の前の美しい姫と、自分を見比べてしまった。


艶めきゆるくうねった細くて淡い美しい金髪。

瞬きを繰り返しエメラルドのような澄んだ緑色を輝かせる瞳。

幼さの残る眼差しを向け相手を見上げるその低い背。

透き通るような白い肌にほんのり紅潮した健康そうな頬。

半開きになったぽってりとして匂いたつような薔薇色の厚い唇。


何一つとしてアンジェリーナが持っていない美しさだった。

文句のつけようもない。同じ髪色をした王太子と並ぶその姿はまさに完璧だった。


自分さえこの場にいなければ。


まるで自分の存在が、その完璧な美しさに一筋の傷をつける邪魔な汚れのよう。あぁ、これが、この感情こそがこの身に巣喰う怪物の正体か。


アンジェリーナの左足が、半歩、後ろに下がる。──だが、それ以上の後退を、この身に染みついた王妃教育が許さなかった。


下がった足を前に戻し、両足を揃えて背筋を正す。


アンジェリーナは、いつものようにただ静かに微笑みを湛え、この拷問のような時が過ぎるのを待った。


やがて我に帰ると、暗闇の中やっとポツンと、ボールルームに取り残されている事に気づいた。


“そこにあるのは闇ばかり”


窓から差し込む月明かりすら夜空の1番高い場所を越え暖かな色をなくすまでのその間、誰1人として、誰1人として、アンジェリーナに声をかける者はなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



あんな目にあった次の日でも、アンジェリーナは当たり前のように[王妃教育]のため登城していた。

もはや[教育]とは名ばかりで、押し付けられた雑務をこなすために城へ通っているのだが、当然無賃金だ。


今日も地質経済学の講師と、件の現地調査費精算書類を片付けていると、王城の使者が開けっぱなしのドアを形式的にノックした。


「王太子殿下より呼び出しです」


アンジェリーナは、珍しいこともあるものだ。と、使者にひとりでついていく。


すでに自分に対する専属の護衛や侍女はいない。

この3年は城で働く文官と同じ扱いを受けている。当然無賃金だ。


[教育]の時にはあった[食事のマナー]の時間がなくなったので、昼食もお茶の時間も無しだ。王太子妃の婚約者が城で()()()で飲食できる場所なんぞないので、城にいる間はほぼ軟禁状態だ。トイレは侍女やメイドが使っている場所にこっそりと忍び込むが、なにせ遠い。城にいる間は極力飲食しないことにした。ブラックどころか現代日本だったら間違いなく犯罪だ。


ぼんやりと、これまでのことを思い出すアンジェリーナが連れて行かれた先には、バランタイン家の馬車が停まっていた。いつの間に。と、その不思議な光景を眺めていると、馬車の窓から顔をのぞかせて両親が小言を言う。


「なにをしていたんだ」

「急いでっ」


なにって、そもそも貴族令嬢は走っちゃ駄目だろうが。


湧き上がる怒りに蓋をして、アンジェリーナは「申し訳ありません」と正しく微笑み返す。

父親が中から扉を開け、御者に押し込まれるように箱馬車に詰め込まれた。マナーもクソもあったもんじゃ無い。


「アンジェリーナ。わかっているな」

「だまって王命に従うのよ。余計な口は聞かないように」


アンジェリーナは、なんのこっちゃ? とは思ったが、当然黙って頷いた。


連れて行かれた神殿の祈りの間には、大神官と、王、王妃と王太子が女神像の足元に先んじていた。


小走りのバランタイン伯爵夫妻の後ろを、アンジェリーナもやや早足で歩く。


「大変お待たせ・・・」


父の謝罪を、王が右手をあげて制す。


王太子がズイと前に出ると、説法台を手のひらで指し、半身でアンジェリーナを見た。


久しぶりに目があった。・・・ような気がする。


アンジェリーナは、両親を気遣いながらも、説法台の前に進み出た。


「アンジェリーナ。我々の婚約を破棄する」

「へ?」


思わずおかしな声が出た。


アンジェリーナは、及腰の姿勢で動きを止めたまま、王太子の顔を見る。

大神官の空咳が「エフンッ」と響き、いち早く我に返った王太子がそのまま言った。


「サインせよ」


それだけ? なんの()()()()も、せめて説明もないの?

それともこれからここにいる誰かが説明するのかしら?


アンジェリーナは、周囲の人々に視線を向けたが、誰も何も言わない。

2周したところで小首を傾げ、無言のまま説法台の上にある書類に目をやる。


『婚約を破棄する』とやらの書類には、王太子とその両親であるウハインハイツ聖国の現王と王妃。アンジェリーナの両親であるバランタイン伯爵夫妻。そして大神官。つまり、ここにいるアンジェリーナ以外の人間全てのサインがすでに明記されている。


アンジェリーナは、両親の顔を見た。

2人は、何も言わなかった。


「今後、未来永劫[ウハインハイツ聖国]と[北の国]共に富栄える両国のため。そなたも、貴族として甘受せよ」


アンジェリーナは無言のまま、じっと王の顔を見つめる。

王は、目を細めて命令した。


「王命である。速やかにサインせよ」


アンジェリーナは静かに応えた。


「王命に従います」


アンジェリーナは、懐から《神聖契約証書作成専用羽根ペン》を取り出し書類にサインした。


同時に周囲が身構える。

だが、何も起こらない。


王は、細めていた目を見開き、深く息を吐いた。

そして機嫌よさげに口角を上げる。


「勅許を与える。申せ」


アンジェリーナは、小さく息を吐き、背筋を伸ばして覚悟を決めた。


「では、一つだけ。“もう二度と決して”我が身が斯様な憂き目に遭わぬよう、新たな《神聖契約》を結びとうございます」


「なんだと?」


王太子が不遜とばかりに声を荒げる。

だが、王は右手を上げそれを制した。


今この場で、アンジェリーナだけが理解した。

なぜ『何も起こらない』のか。

古い契約を反故にして、ここにいる全員が健在でいられる理由。それこそが、こいつら全員が偽物の証明。


アンジェリーナは、婚約破棄の書状を指で摘み上げて見せつけた。

王妃殿下は、節目がちに視線を逸らす。


“あぁブルータス、お前もか。”


アンジェリーナは、サインした書類を撫でながらさらに言い募る。


「このような獣の如き仕打ちは一度でたくさんでございます。“もう二度と決して”どうかお願い申し上げます」


あの従順聡明な黒真珠令嬢の口から出たとは思えぬ言葉に、王と王太子があんぐりと口を開けた。

大神官の空咳が、再び「エフンッ」と響く。


控えていた神官が素早くまかりこし、書式が整えられた《神聖契約》専用の羊皮紙を差し出す。

アンジェリーナは手にしている羽根ペンで、そのまま素早く新たな《神聖契約書》を作成すると、大神官に自ら差し出した。


────────────


《神聖契約》

『以後、この地のいかなる者も、アンジェリーナの婚姻相手を求定してはならぬ』

『この契約を穢す代償は[首チョンパ]を以て贖わせる』


────────────


神官と大神官は、それぞれ瞳をパチクリとさせ、王と顔を見合わせた。

すかさず王太子が口を開く。


「この[首チョンパ]とは、なにか?」

「胴から首が切り放たれることですわ」

「なっ・・・!?」


穏やかに、しかし確固たる意志を持って告げられたアンジェリーナの答えに、祈りの間の壁際に侍る神官達までもが顔色を変えた。


ここで初めて、目の前に佇む女性の真の怒りに触れた気がして、書類を目にした者どもの身の毛がよだつ。


だが王は『アンジェリーナは今後、領地の幽居院で余生を過ごす』と、バランタイン辺境伯からすでに報告を受けている。


王は、黙って新たな契約書にサインした。


愚かにも、それを咎める者も誰ひとりとしていなかった。

そう、昨夜のボールルームと同じく、神殿の祈りの間は静謐に満ちている。


王が説法台から離れると、並べられた2枚の書類が ポワッ と光を放った。


アンジェリーナは、新たな《神聖契約書》を懐に蔵うと、[王妃教育]の集大成とばかりに、渾身のカーテシーを披露した。


「それではみなさま、ごきげんよう」


見惚れた愚か者どもを置き去りに、神を顕すステンドグラスから差し込んだ、神々しいまでの光をその背に浴びながら、アンジェリーナは一度も振り返ることなく、祈りの間から出て行った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



それからそう時も経ず、国を上げて王太子と北の国の王女の結婚が盛大に祝われました。


市井でも、新たに得られる富に、次期王妃の入れ替えと言う王族のスキャンダルに、国民の全てが熱狂しました。

一夜にして恋に落ちたロマンスを元に演劇が作られ、観劇に来た現実の2人の容姿も相まって演劇は瞬く間に大人気になり、国中の新聞各社がこぞって盛況ぶりを書き立てました。


国民総出で王太子と隣国の王女の結婚を祝いましたが、以前の王太子妃を気遣う者は誰ひとりとしていなかったのです。


そんな狂乱にも似た祝祭の中、アンジェリーナは、西の辺境地にある幽居院でたったひとり静寂を保っていました。


程なく、アンジェリーナが鉱山の発見ともに危惧提言した通り、帝国が攻めてきたのです。


鉱脈の広範囲が予想される魔石鉱山は大変に魅力的で、帝国を無視した[ウハインハイツ聖国]と[北の国]の締結は、正しく帝国の皇帝の怒りを買いました。

当然です。帝国にも隣接する鉱山は、地下を通じて帝国側にも鉱脈が伸びているかもしれないのですから。


圧倒的な魔法軍を持つ帝国は、速やかな敗北を認める条件に、アンジェリーナ・バランタインを、軍を率いる帝国の王子である将軍に差し出すよう、侵攻と同時に一方的な宣戦布告しました。


長い平和を経て、お祝いムードが続く中、降って沸いた侵略戦争の宣言に、ウハインハイツ聖国は蜂の巣をつついたように、正しくパニックに陥りました。


隣接するバランタイン辺境伯爵領に、千の魔法師兵と万の重装歩兵を伴い、此度の戦争の最高指揮官、クロノ・シェルナー第8王子が突然訪れました。


領民が恐怖に怯える中、幽居院から呼び戻されたアンジェリーナは、文字通り着の身着のまま、家の応接室でひとりの男と対面させられました。


優雅に、だが形だけ頭を下げた慇懃無礼な名乗りのあと、あげられたその顔にアンジェリーナは驚きます。


帝国軍の将軍は、あの舞踏会の夜に指揮棒を振っていた楽団の指揮者だったのです。


「音楽にうつつを抜かし、最高の楽器を探し求めて大陸を放浪し、王位継承権も低い。王に成ることには興味がなかったのだ。あの夜会でアンジェリーナ、君を見つけるまでは」


同じソファーに座ることを許されたアンジェリーナは、目を細めてクロノを見るが、なんの答えも出しませんでした。


見つめ合う2人。続く沈黙。

痺れを切らした両親は、とうとう言ってはならぬ言葉を吐きました。


「結婚すると言いなさいアンジェリーナ。オマエさえ我慢すれば全て丸く収まる」

「そうよ。あなたみたいな傷物が結婚できるのよ。クロノ様に希いなさい」


その瞬間、床に両膝をついていた両親の頭は飛び上がり、首から吹き出した鮮血が応接室の絨毯を赤く染めた。

その後、壁に当たって落ちた頭がふたつ、物言わぬ表情(かお)でソファーに並ぶ2人をみる。


静観していたクロノに、アンジェリーナは眉ひとつ動かさず《神聖契約》について説明しました。


「なるほど。面白いからくりだ」

「おそらく《神罰》は殿下にすら及びます。・・・お試しになりますか?」


クロノはニヤリと笑い「その威力は王都で存分に発揮するといい」と、馬車への搭乗を促した。

絨毯の染みもそのままに、アンジェリーナは王都へ向かいます。


街道は不気味なほど安穏としており、軍靴の金属音だけが不気味に響いておりました。

隣で得意げに語るクロノによれば『休戦と引き換えのアンジェリーナの輿入れ』はすでに王族に通達され、ウハインハイツ聖国の王都は、あの夜会の時にはすでに帝国軍に掌握されていたらしい。

おかげで王都までの街道どころか、城を囲む城壁ですら騎士兵隊のひとりも現れぬもぬけの殻で、無血開城はあっさりと完遂されました。


丁寧なエスコートで馬車を降り、まるで我が城のように王城に踏み入るクロノについて、アンジェリーナが懐かしのボールルームに辿り着くと、そこにはすでに帝国の軍人たちに、鈍い光を反射させる数多の剣を突きつけられ、膝を床につき(こうべ)を垂れる王侯貴族達が並べられています。


台座の上、隣にアンジェリーナを立ち侍らせ、ウハインハイツ聖国の王の玉座に座る将軍クロノは熱のない声で言いました。


「ちなみに[北の国]はすでに陥落させ鉱山諸共この手に落ちた。そこの女に帰る国はもう無い」

「お兄さまを殺したの!?」


魔力を纏って食ってかかったリリアーヌ王太子妃の首を、将軍クロノはこともなげに切り離す。

王太子が帯剣していた剣を抜いても、クロノは軽々と指揮棒を振るように剣を薙ぎ、いとも容易く王太子の首をはね飛ばした。

同時にウハインハイツ聖国王を守るよう立ち上がった近衛達も、たったひとりで難なく薙ぎ払い打ち倒す。


なんとあっけない。


臣下の返り血を浴び、床で震えるウハインハイツ聖国王は聞きました。


「帝国の王子よ、それだけの力を持ちながら、なぜ今まで攻め込まなかった」


将軍クロノは剣についた滴る血をそのままに答えた。


「一国の王を望む帝国の王子は、須く皆自分でその土地を手に入れる。だが、これまでは隣接する周辺国に魅力ある国が無かった。それだけの事」


床に跪く王族達には一瞥もせず、アンジェリーナにとろけるような視線を向けて続ける。


「全ての責任を神に委ねる怠惰な聖国の民にも価値は見出せなんだ。ただひとりを除いて」


将軍クロノの血塗られた指がアンジェリーナの黒髪をサラリと梳く。


その様子に、王侯貴族はとうとう命乞いをしはじめてしまいました。


「アンジェリーナ、お慈悲を」

「どうか、我々を、無辜なる国民を救ってくれ」


アンジェリーナは、その顔に正しく微笑みを湛え静かに応えます。


「ですから、何度も申し上げております『王命に従います』と」


確かに何度も聞いていたその言葉に、ただ口をパクパクとさせた我が子を亡くしたばかりの王に、アンジェリーナは同情を込めた視線を返しました。


すると、それが気にさわったのか、将軍クロノはあっという間に王の首を刎ねました。


「答えを待つ価値も無い。今この場にいるウハインハイツ聖国の王族全て斬首せよ。そしてこの王都にいる全国民を広場に集め、この愚か者どもの首を晒せ」


帝国軍は《神罰》が下るべくも無く、ウハインハイツ聖国の王族を夷滅させました。


そしてとうとう、アンジェリーナの懐にある《神聖契約》のことなど知る術もない無知な国民が残されてしまいました。


このヴェリズモ・オペラの最後の総仕上げ、アンジェリーナは、正しくおかわいそうな国民に、答えを求める事にしました。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



いずれ名を変える[ウハインハイツ聖国]の新たな王になるべく、帝国軍将クロノとアンジェリーナの凱旋パレードが開催されました。


道端の下座に、土下座させられた国民が並べられ、2人が乗るランドー馬車が通り過ぎると、祝いの声を上げようとした数人の首が不意に飛び上がり、夥しい鮮血が迸る。


その度に、群衆から発せられる恐怖の旋律に、アンジェリーナは耳を塞ぎたい気持ちを抑える。


それらを隣で眺め、愉快そうに笑いながら将軍クロノは仰ります。


「素晴らしい。あなたの作りだすその静寂。身に巣喰う怪物の咆哮を、暴力的に押さえ込む悲鳴にも似た絶叫の旋律。その完璧な演奏技術に私は心奪われのです」


なにそれ。結局コイツもただ力の強いだけの愚か者か。


アンジェリーナの頬に一筋の涙が流れて落ちると、クロノはそれを優しく指で拭ってその頬にキスをしました。


やがて2人を乗せた馬車は、この国の王族達の首を前にした大勢が織りなす静寂の中で進みを止めます。


千の杖と万の剣を携え、重厚なフルアーマーに身を包んだ屈強な帝国軍兵隊に囲まれて、集められた多くの観衆が跪く広場のひときわ高い壇上で、玉座に座る新たな王を背に、アンジェリーナはウハインハイツ聖国最後の国民に、声高らかに問いかけました。


「さぁ皆さま教えてくださいませ。この物語での一番の悪は誰かしら?」



幕引きです。

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アンジェリーナと帝王は自覚ある悪。聖国の連中は無自覚な悪。
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