冒険 with みんな
「イカれてる……」
内心で呟いたつもりが、音に出た。
「ははは……。僕もそうとうキてんな……」
テレパシーだとか。魔法の石だとか。幸運の……壺だとか。
非現実的なものが出てくるこの本を、まさかこの僕が読んでいるなんて。
今読んでいるのは、友だちが勧めてくれた小説。
その中に出てくるアイテムは、現実にはとてもじゃないが存在しないものばかり。
小説なんて読む柄じゃないのに、あいつのせいで読む羽目になっている。
異常事態だ。
まったくもって異常事態。
僕だけでは絶対に辿り着かない言葉たちがそこで踊っている。
それはもう、楽しそうに。
『これ、絶対、面白いから! お前向きだから! これだけは絶対、すぐ読んだ方がいい』
そう豪語する友だちの熱意と圧力に負けて、何故か自費で買ってしまったのが運の尽き。
“君なら出来るよ!”
物語を席巻する主人公は、出会う奴みんなにそう言ってまわる。
どうやら、相当、頭がイカれちまった野郎らしい。
『ねぇ、君? どうにも、あいつみたいだな? 何で、お前らそんなに似てるの? ぼくが気付かないと思った……? ねぇ? 何とか言いなよ。何とか、言ったらどうだよ? ……そんなに、気に入らねぇのか、僕が』
心の内側で、もう一人の僕が暴れている。とにかく全く暴れている。
だが、僕はそんなにトンマじゃない。トンマなのはあいつの方で。決して決して僕の方じゃない。
『そんなことも――、もう分からなくなってしまったなんて』
読んでいた小説から目を上げて、小さな町の雑踏を眺める。
「みんな……、これ、読んだことあるのかな?」
あいつが勧めてくるのは、大抵、最近のベストセラー。あいつが好きなのは、自分が悪目立ちしないための現実逃避本。魔法だ、怪獣だ、異種族だ、と言って、現実から遊離するだけを目的にした、とんでもねぇ本。
『めっちゃ売れてるんだって! みんなから人気者のお前みたいに!』
何故かキラキラした目をして、本ではなく、僕を見つめる。
「買って♡」と言いたげな、その瞳。「俺も読みたいからさ」とはっきり言うその傲慢さ。
「だから、お前は下っ端なんだ」
不惑の四十はどこ行った。どこに捨ててきた。お前、二十代の頃から一ミリも変わってねぇよな?
『飯! 飯行こうぜ、飯!』
『やべぇ! 財布忘れた! どうしよう!』
『なんか……、俺、全部上手くいく気がする……』
……。本当にくだらない用件でしか、電話をかけてこない。
僕の都合なんて、立場なんてお構いなしで、“行ってはいけないところ”と“やってはいけないこと”の誘いを送ってくる。
「なんっなんだ、その近況報告……! いつ、どこで、誰が、どうして、そうなったんだ! はっきり言え!」
肝心な所をこそ、報告しなければいけない。悪いことは素早く。褒められることは少しだけ。
それがこの世のセオリーで。
そうやって、世の中の相場は決まっていて。
相場から外れし者、無様で薄汚ぇ道を歩くと、そっちも相場が決まっているのに。
「え? そんなの、俺の勝手だろ? 俺の人生、お前の人生、どっちも最高にハッピーにしねぇと! 男が! 廃る!」
馬鹿なのか。そんな恰好をして、馬鹿なのか? 馬鹿が服着ても、馬鹿に変わらねぇのに。
そもそも、お前の勝手で、どれだけの血が流れたと思っている? その後始末、誰がやっていると思っている? いや、それよりも、お前の年齢と性別を考えろ!
大の男が、そんな女みたいな恰好をして……、化粧までして……、美しく着飾ってどうするんだ!
男は。男に生まれたからには。いや、男たるもの、現場で埃をかぶり、灰を被り、時に罪を被っても、大きな事業を成し遂げるべきであって……!
前提として、お前も男であるからして、そうすべきと俺の等式が指し示している。
さらに言えば、お前の人生は、お前の親が必死こいて稼いだ金で出来ているのだからして……!
そして、もっと言えば……、お前は、俺という天才をこき使っているから、そんな偉そうな振る舞いが出来るだけで……!
「あぁ、もう! どいつもこいつも!」
僕の声に、複数の視線が突き刺さる。
“どうしちゃったの、あの人……?”
という心配する女の視線。
“まぁ、男には色々あるよな。俺もそうだったし”
と理解者面する全く知らねぇ男の視線。
『すごく、言い出しづらい……』
本当は僕が男で、あいつが女なんて……。
カミングアウトする機会も、アウティングする機会もあいつに与えたというのに……!
僕もあいつも、自分の事を説明する時間は無駄だと思っている。
『そんな時間があるなら、趣味に使った方がいいよなぁ?』
同意。御意。ほんと、その通り。
意見が合わない僕たちも、そういうところは一致している。
最近じゃ、「意見の合わない夫婦」が流行っているらしいが、僕は思う。
『どうして、意見が全く合わないのに、一緒にいられるの!?』
昔から、理解不能だ。
まったくもって理解不能だ。
だけど、ひとつだけ言える。
あいつは生粋の馬鹿で、僕は馬鹿を演じている天才だってこと。
“馬鹿”という非常にネガティブなワードで引き合い、繋がって、何故かコネクションし合っている仲だということ。
で、そのコネクトしたコンセントは、僕がムカついたら、速攻引き抜くということ。
あいつの電気供給を断てば、少しくらい大人しくなると思ったのに……!!
「なぁ、これ、試してみねぇ?」
あいつは僕のことなど、どこ吹く風。僕と別れて早々に、新しい宗教と“こんにちは”して、3日と経たず、どっぷり浸かってしまった。
「どうせ……、どうせ……、僕より、宗教なんだろう!?」
もういい。声に出してやる。
今まで溜まってきた不満の数々。
黙っていれば分からないと律儀に隠してきたあいつの秘密。
プライバシーの侵害がなんだ! 名誉棄損がなんだ!
その程度の地震で壊れるそいつが悪い!
大体、事実の適示をするだけなら、問題ない! 誹謗したり中傷するような言い方をしなければ、僕にも僕の家族にも問題はない!
公然とやるのは罪でも、私的にやるなら罪ではない!
あんの野郎、ろくに法律も知らないで……。だから、お前は下っ端だと……、経営者だと何度言えば……。
面白いからって、家庭の方、爆散させやがって……。「離婚した俺」「独り身ブランドの俺」「ジゴロ風俺」とかテキトーばっか言って、俺の仕事を増やしやがって……!
実現する俺の身にもなってみろ。
そんなことすら実現できないお前の代わりに、どれだけの人間が犠牲になるか言ってみろ。
お前は、今まで、どれだけの従業員の時間を犠牲にしてきた! 家族の時間も、イチャイチャする時間も削って、その削りカスをどこに投資してきた……! 言ってみろ!
どうせ……、俺には考えもつかないようなところなんだろ……?
俺の目には、とてもじゃないが痛くて入らないようなところなんだ……。
俺のことを、本当に理解してくれる奴は、お前くらいだよ、なぁ、妖精?
“事件が起こるよ!”
……そうだね。事件だね。毎日毎日、事件しかないよね?
ね? それで、割を食うのはどこの誰? あいつだよね? あいつだと言ってよね。
“だいじけーん!”
ねぇ、君。そんな風に言うもんじゃないよ。不謹慎なことを大きな声で言うものじゃないよ、魔法使い。
“それでは、傾向と対策を。よいしょっと”
うん。分かる。困った時にはツールだよね。困った先の辞書だよね。うん。なのに、どうして君は問題集を出すのかな? ねぇ? どうして、僕という辞書ではなく、自前の問題集を出すのかな? ねぇ、僕の学歴、忘れちゃった……?
四年制大学ストレート卒業だよ? どっかに留学だか留年して遊び惚けてたお前とは違うんだよ?
“まぁまぁ、お控えなすって”
うんうん、そうだね。
“最適解を探そうじゃないか~!”
うんうん。ホントにね。
“というわけで、連れてきた!”
そうだよね。他者に頼る方がステキだよね?
“魔人!”
……。君も、魔法が使えるのかい? 魔法使いとは違うのかい? ってゆーか、結局、魔法に頼るわけ? ほんっと……、どいつもこいつも……。
“どうもー、魔法が使えない魔人です~。アイデンティティをどっかに落としてしまって~”
ん!? えっ!? 何それ。何その展開!? 魔人が魔人たる証を失くすとか……。一体、何があった……!? 誰かに難癖つけられたのか!? それとも、あいつみたいな悪党にかっさらわれたのか!? それとも……
“魔人ひくー、魔法ー、イコールゥー、人~!! じゃじゃーん!”
あぁ、人か。人間か。それなら、まぁ怖くは、ないかな。
魔人も魔力を失えば、ただの人……。
金さえ失えば、あいつもタダの人……。
僕の気持ち、少しは分かるようになるだろ。
“いやいや、それだと語弊がありますので~、僭越ながら~、”元魔人“と呼んでいただけると~……”
腰が、低い? 多分、良い奴だな、こいつ。
“え~、長くなーい? アタシ、もっちゃんって呼びたーい”
“いいねぇ、もっちゃん”
“もっちゃんもっちゃん……。餅みてぇだな!”
そう、そうやって、本人の意思をガン無視して、物事は決まって……
っていうか、このパーティ、ひどくね!?
“新しい……、名前……!”
“魔人は目を輝かせて、感じ入っている。しみじみと、あだ名でしかない名前を噛み締めている。そう、その目には涙が”
ほらぁ、嫌がってるじゃん。人が……、いや、もっちゃんさんが、嫌がるあだ名は愛じゃないって……
“もう、何でもいいです! 好きに呼んで!”
“魔人は、パーティや仲間に強い憧れを抱いていたのです。ずっと独りを選んできたため、コミュニケーション能力がボロッカスだったのです。めでたしめでたし”
……、どっち? 喜んでるの? 諦めてるの? それとも……、悲しすぎて一周回っちゃった感じ?
しかも、これで終わり? 普通、第二巻とか、第三巻とか続くだろ~。
何で、ココで終わり? 何で……。
本を放りだしそうになって、慌ててページをめくる。
“めでたい時間は、ここまでだったのです。頭がおめでたかったのは、果たして勇者か魔人か、はたまたパーティか。その後の彼らを知る者は……すべからく地獄に送られたという噂が……草原だけを駆け抜けていったそうです。”
「……やべぇ」
思わず本から片手を離して口許を覆う。
「これ、やべぇよ!」
思いの外、大きな声が出る。
もう、周りの視線など気にならない。
気にしている場合じゃない。
「運命。これは……、運命だ……!」
ひとつ呼吸をして、息と心臓を落ち着ける。
静かに本を閉じ、目をつぶる。
『あぁ、世界がなだれ込んでくる……』
本の中で、彼らと一緒に旅した思い出。僕なんてきっと【幽霊その1】くらいの役柄だけど、それでも、みんなの笑顔が……、泣き顔が……、僕のきょとんとした顔が……。
流れゆく旋律を目で追った後、目を開く。
手にした本の重み。それが、さっきより少し軽く感じる。
あいつの顔が浮かぶ。得意げな偉そうな、あいつの顔が浮かぶ。
「うん。そうだな。やっぱりな」
ひとり頷き、分厚い本をテーブルの端に置く。
そして、彼らを思い、手を合わせる。
「いただきます」
目の前には冷めたご飯。食前の薬にと思って、あいつに勧められた小説を読んだ僕が馬鹿だった。ご飯と本なら、本を選ぶ僕のこと。あいつは、俺に飯を食わせず、殺すつもりに違いない。
こんな、くそみてぇな小説を送って寄越すなんて。
「ご飯を食べたら、伝えなきゃ。皆に全員に伝えなきゃ」
――あいつと、作者を捕まえろ。
――可及的速やかに。あいつが海外辺りに逃げないうちに。
――僕、今すぐ、転職するって。
♪ピンポンパンポーン
基本的にこの作品における、筆者の「僕」も、時々感情が高ぶった時に現れる「俺」も同じ人間です。二重人格ではありません。仕様です。外向きは「僕」、内向きは「俺」という設定となっております。
そして、「あいつ(一人称:俺)」は「僕」とは別人でーす。
分かったかな?
分からん奴は修行が足りん!
(訳:もうちょい小説を読んで勉強なさい。勉強しまくってストレスの奴は、オフを持ちなさい)
分かりにくくて、ごめんねごめんね~! 大事なことなので、2回申し述べましょう。
修行が足りん!




