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冒険 with みんな

作者: 鈴乱
掲載日:2026/02/01


「イカれてる……」


 内心で呟いたつもりが、音に出た。


「ははは……。僕もそうとうキてんな……」


 テレパシーだとか。魔法の石だとか。幸運の……壺だとか。


 非現実的なものが出てくるこの本を、まさかこの僕が読んでいるなんて。


 今読んでいるのは、友だちが勧めてくれた小説。

 その中に出てくるアイテムは、現実にはとてもじゃないが存在しないものばかり。

 小説なんて読む柄じゃないのに、あいつのせいで読む羽目になっている。


 異常事態だ。


 まったくもって異常事態。


 僕だけでは絶対に辿り着かない言葉たちがそこで踊っている。


 それはもう、楽しそうに。


『これ、絶対、面白いから! お前向きだから! これだけは絶対、すぐ読んだ方がいい』


 そう豪語する友だちの熱意と圧力に負けて、何故か自費で買ってしまったのが運の尽き。


“君なら出来るよ!”


 物語を席巻する主人公は、出会う奴みんなにそう言ってまわる。

 どうやら、相当、頭がイカれちまった野郎らしい。


『ねぇ、君? どうにも、あいつみたいだな? 何で、お前らそんなに似てるの? ぼくが気付かないと思った……? ねぇ? 何とか言いなよ。何とか、言ったらどうだよ? ……そんなに、気に入らねぇのか、僕が』


 心の内側で、もう一人の僕が暴れている。とにかく全く暴れている。


 だが、僕はそんなにトンマじゃない。トンマなのはあいつの方で。決して決して僕の方じゃない。


『そんなことも――、もう分からなくなってしまったなんて』


 読んでいた小説から目を上げて、小さな町の雑踏を眺める。


「みんな……、これ、読んだことあるのかな?」


 あいつが勧めてくるのは、大抵、最近のベストセラー。あいつが好きなのは、自分が悪目立ちしないための現実逃避本。魔法だ、怪獣だ、異種族だ、と言って、現実から遊離するだけを目的にした、とんでもねぇ本。


『めっちゃ売れてるんだって! みんなから人気者のお前みたいに!』


 何故かキラキラした目をして、本ではなく、僕を見つめる。


 「買って♡」と言いたげな、その瞳。「俺も読みたいからさ」とはっきり言うその傲慢さ。


「だから、お前は下っ端なんだ」


 不惑の四十はどこ行った。どこに捨ててきた。お前、二十代の頃から一ミリも変わってねぇよな?


『飯! 飯行こうぜ、飯!』

『やべぇ! 財布忘れた! どうしよう!』

『なんか……、俺、全部上手くいく気がする……』


 ……。本当にくだらない用件でしか、電話をかけてこない。

 僕の都合なんて、立場なんてお構いなしで、“行ってはいけないところ”と“やってはいけないこと”の誘いを送ってくる。


「なんっなんだ、その近況報告……! いつ、どこで、誰が、どうして、そうなったんだ! はっきり言え!」


 肝心な所をこそ、報告しなければいけない。悪いことは素早く。褒められることは少しだけ。


 それがこの世のセオリーで。


 そうやって、世の中の相場は決まっていて。


 相場から外れし者、無様で薄汚(うすぎたね)ぇ道を歩くと、そっちも相場が決まっているのに。


「え? そんなの、俺の勝手だろ? 俺の人生、お前の人生、どっちも最高にハッピーにしねぇと! 男が! 廃る!」


 馬鹿なのか。そんな恰好をして、馬鹿なのか? 馬鹿が服着ても、馬鹿に変わらねぇのに。


 そもそも、お前の勝手で、どれだけの血が流れたと思っている? その後始末、誰がやっていると思っている? いや、それよりも、お前の年齢と性別を考えろ!


 大の男が、そんな女みたいな恰好をして……、化粧までして……、美しく着飾ってどうするんだ!


 男は。男に生まれたからには。いや、男たるもの、現場で埃をかぶり、灰を被り、時に罪を被っても、大きな事業を成し遂げるべきであって……!


 前提として、お前も男であるからして、そうすべきと俺の等式が指し示している。

 さらに言えば、お前の人生は、お前の親が必死こいて稼いだ金で出来ているのだからして……!

 そして、もっと言えば……、お前は、俺という天才をこき使っているから、そんな偉そうな振る舞いが出来るだけで……!


「あぁ、もう! どいつもこいつも!」


 僕の声に、複数の視線が突き刺さる。


“どうしちゃったの、あの人……?”


 という心配する女の視線。


“まぁ、男には色々あるよな。俺もそうだったし”


 と理解者面する全く知らねぇ男の視線。


『すごく、言い出しづらい……』


 本当は僕が男で、あいつが女なんて……。


 カミングアウトする機会も、アウティングする機会もあいつに与えたというのに……!


 僕もあいつも、自分の事を説明する時間は無駄だと思っている。


『そんな時間があるなら、趣味に使った方がいいよなぁ?』


 同意。御意。ほんと、その通り。


 意見が合わない僕たちも、そういうところは一致している。

 最近じゃ、「意見の合わない夫婦」が流行っているらしいが、僕は思う。


『どうして、意見が全く合わないのに、一緒にいられるの!?』


 昔から、理解不能だ。


 まったくもって理解不能だ。


 だけど、ひとつだけ言える。


 あいつは生粋の馬鹿で、僕は馬鹿を演じている天才だってこと。


 “馬鹿”という非常にネガティブなワードで引き合い、繋がって、何故かコネクションし合っている仲だということ。


 で、そのコネクトしたコンセントは、僕がムカついたら、速攻引き抜くということ。


 あいつの電気供給を断てば、少しくらい大人しくなると思ったのに……!!


「なぁ、これ、試してみねぇ?」


 あいつは僕のことなど、どこ吹く風。僕と別れて早々に、新しい宗教と“こんにちは”して、3日と経たず、どっぷり浸かってしまった。


「どうせ……、どうせ……、僕より、宗教なんだろう!?」


 もういい。声に出してやる。


 今まで溜まってきた不満の数々。

 黙っていれば分からないと律儀に隠してきたあいつの秘密。


 プライバシーの侵害がなんだ! 名誉棄損(めいよきそん)がなんだ!


 その程度の地震で壊れるそいつが悪い!


 大体、事実の適示をするだけなら、問題ない! 誹謗したり中傷するような言い方をしなければ、僕にも僕の家族にも問題はない!


 公然とやるのは罪でも、私的にやるなら罪ではない!


 あんの野郎、ろくに法律も知らないで……。だから、お前は下っ端だと……、経営者だと何度言えば……。


 面白いからって、家庭の方、爆散させやがって……。「離婚した俺」「独り身ブランドの俺」「ジゴロ風俺」とかテキトーばっか言って、俺の仕事を増やしやがって……!


 実現する俺の身にもなってみろ。

 そんなことすら実現できないお前の代わりに、どれだけの人間が犠牲になるか言ってみろ。

 お前は、今まで、どれだけの従業員の時間を犠牲にしてきた! 家族の時間も、イチャイチャする時間も削って、その削りカスをどこに投資してきた……! 言ってみろ!



 どうせ……、俺には考えもつかないようなところなんだろ……?

 俺の目には、とてもじゃないが痛くて入らないようなところなんだ……。


 俺のことを、本当に理解してくれる奴は、お前くらいだよ、なぁ、妖精?


“事件が起こるよ!”


 ……そうだね。事件だね。毎日毎日、事件しかないよね?

 ね? それで、割を食うのはどこの誰? あいつだよね? あいつだと言ってよね。


“だいじけーん!”


 ねぇ、君。そんな風に言うもんじゃないよ。不謹慎なことを大きな声で言うものじゃないよ、魔法使い。


“それでは、傾向と対策を。よいしょっと”


 うん。分かる。困った時にはツールだよね。困った先の辞書だよね。うん。なのに、どうして君は問題集を出すのかな? ねぇ? どうして、僕という辞書ではなく、自前の問題集を出すのかな? ねぇ、僕の学歴、忘れちゃった……?


 四年制大学ストレート卒業だよ? どっかに留学だか留年して遊び惚けてたお前とは違うんだよ?


“まぁまぁ、お控えなすって”


 うんうん、そうだね。


“最適解を探そうじゃないか~!”


 うんうん。ホントにね。


“というわけで、連れてきた!”


 そうだよね。他者に頼る方がステキだよね?


“魔人!”


 ……。君も、魔法が使えるのかい? 魔法使いとは違うのかい? ってゆーか、結局、魔法に頼るわけ? ほんっと……、どいつもこいつも……。


“どうもー、魔法が使えない魔人です~。アイデンティティをどっかに落としてしまって~”


 ん!? えっ!? 何それ。何その展開!? 魔人が魔人たる証を失くすとか……。一体、何があった……!? 誰かに難癖つけられたのか!? それとも、あいつみたいな悪党にかっさらわれたのか!? それとも……


“魔人ひくー、魔法ー、イコールゥー、人~!! じゃじゃーん!”


 あぁ、人か。人間か。それなら、まぁ怖くは、ないかな。

 魔人も魔力を失えば、ただの人……。

 金さえ失えば、あいつもタダの人……。

 僕の気持ち、少しは分かるようになるだろ。


“いやいや、それだと語弊がありますので~、僭越ながら~、”元魔人“と呼んでいただけると~……”


 腰が、低い? 多分、良い奴だな、こいつ。


“え~、長くなーい? アタシ、もっちゃんって呼びたーい”


“いいねぇ、もっちゃん”


“もっちゃんもっちゃん……。餅みてぇだな!”


 そう、そうやって、本人の意思をガン無視して、物事は決まって……

 っていうか、このパーティ、ひどくね!?


“新しい……、名前……!”

“魔人は目を輝かせて、感じ入っている。しみじみと、あだ名でしかない名前を噛み締めている。そう、その目には涙が”


 ほらぁ、嫌がってるじゃん。人が……、いや、もっちゃんさんが、嫌がるあだ名は愛じゃないって……


“もう、何でもいいです! 好きに呼んで!”

“魔人は、パーティや仲間に強い憧れを抱いていたのです。ずっと独りを選んできたため、コミュニケーション能力がボロッカスだったのです。めでたしめでたし”


 ……、どっち? 喜んでるの? 諦めてるの? それとも……、悲しすぎて一周回っちゃった感じ?

 しかも、これで終わり? 普通、第二巻とか、第三巻とか続くだろ~。

 何で、ココで終わり? 何で……。


 本を放りだしそうになって、慌ててページをめくる。


“めでたい時間は、ここまでだったのです。頭がおめでたかったのは、果たして勇者か魔人か、はたまたパーティか。その後の彼らを知る者は……すべからく地獄に送られたという噂が……草原だけを駆け抜けていったそうです。”



「……やべぇ」


 思わず本から片手を離して口許を覆う。


「これ、やべぇよ!」


 思いの外、大きな声が出る。

 もう、周りの視線など気にならない。


 気にしている場合じゃない。


「運命。これは……、運命だ……!」


 ひとつ呼吸をして、息と心臓を落ち着ける。


 静かに本を閉じ、目をつぶる。


『あぁ、世界がなだれ込んでくる……』


 本の中で、彼らと一緒に旅した思い出。僕なんてきっと【幽霊その1】くらいの役柄だけど、それでも、みんなの笑顔が……、泣き顔が……、僕のきょとんとした顔が……。


 流れゆく旋律を目で追った後、目を開く。

 

 手にした本の重み。それが、さっきより少し軽く感じる。

 あいつの顔が浮かぶ。得意げな偉そうな、あいつの顔が浮かぶ。


「うん。そうだな。やっぱりな」


 ひとり頷き、分厚い本をテーブルの端に置く。


 そして、彼らを思い、手を合わせる。


「いただきます」


 目の前には冷めたご飯。食前の薬にと思って、あいつに勧められた小説を読んだ僕が馬鹿だった。ご飯と本なら、本を選ぶ僕のこと。あいつは、俺に飯を食わせず、殺すつもりに違いない。


 こんな、くそみてぇな小説を送って寄越すなんて。


「ご飯を食べたら、伝えなきゃ。皆に全員に伝えなきゃ」



――あいつと、作者を捕まえろ。

――可及的速やかに。あいつが海外辺りに逃げないうちに。


――僕、今すぐ、転職するって。


♪ピンポンパンポーン


基本的にこの作品における、筆者の「僕」も、時々感情が高ぶった時に現れる「俺」も同じ人間です。二重人格ではありません。仕様です。外向きは「僕」、内向きは「俺」という設定となっております。


そして、「あいつ(一人称:俺)」は「僕」とは別人でーす。


分かったかな?


分からん奴は修行が足りん!

(訳:もうちょい小説を読んで勉強なさい。勉強しまくってストレスの奴は、オフを持ちなさい)


分かりにくくて、ごめんねごめんね~! 大事なことなので、2回申し述べましょう。


修行が足りん!

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