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密室殺人にスミレは白くうつろふ  作者: 霧島響矢
第三章 密かに香る

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12/22

11:52 共犯

 思考が熱を帯びて空回りし、視界の端が明滅するような焦燥感だけが募っていく。

 葵翔の目の前、指一本伸ばせば届く距離にある真鍮製のフックには、例の黒い糸が何重にも巻き付いたままだった。無機質な銀色の金具に絡みつくその黒い線は、葵翔にとって、破裂寸前の時限爆弾の導火線そのものに見えた。

 制服姿の警備員が、葵翔の肩を強い力で握ったまま、背後へ振り返った。その太い指が肉に食い込む痛みが、葵翔の焦りをさらに加速させる。

 警備員は、突如として響いた冷静な声の主を睨みつけた。

「な、なんだ。邪魔をするな。現場保存のために閉め出すんだ」

「今、全員で外へ出てしまえば、お互いのアリバイが曖昧になります」

 すみれは、さも当然の理屈であるかのように小首を傾げた。

 その涼やかな表情に、先ほどまで葵翔に頼っていた甘えるような弱さは微塵もない。

「警察が到着するまで、誰も部屋から出ないでください。誰かが証拠を持ち出したり、隠滅したりしないよう、全員で監視し合うのです」

 すみれの透き通るような声は、地下室の淀んだ空気を切り裂き、警備員の頬を引き攣らせた。

 彼女が提示した可能性――もし誰か一人が外に出た隙に、隠し持った凶器を闇に葬ったら。あるいは、未だ発見されていない鍵をどこかへ隠蔽したら。

 その最悪のシナリオを想像したのか、警備員は言葉に詰まり、額に滲んだ脂汗を手の甲で乱暴に拭った。彼は判断を仰ぐように、傍らで立ち尽くす事務長へと視線を走らせる。

 だが、事務長もまた、青ざめた顔で沈黙を守っていた。

 誰も反論できなかった。この状況下で部屋を出ようとすれば、それは自ら疑惑を招く行為に他ならない。自身の潔白を証明するためには、互いの視線が届くこの場所に留まり、相互監視の輪に加わることが最善だと、全員が本能的に悟ったのだ。

「……わかった。警察が来るまでだ。それまで全員、その場を一歩も動くな」

 警備員は降伏したように肩を怒らせたまま吐き捨てると、鋭い眼光で室内を睨みつけた。

 全員の視線が、部屋の内側へと吸い込まれた、その一瞬だった。

 葵翔は動いた。

 思考するよりも早く、強張る指先がフックへと伸びる。

 警備員の視線が外れ、すみれが部屋の奥を見据えている、わずかコンマ数秒の死角。

 彼はフックに絡みついていた黒い繊維を素早く摘まみ取ると、そのまま流れるような動作でズボンのポケットへとねじ込んだ。

「さあ、葵翔君も。……そこで見ていて」

 無機質な蛍光灯の光を浴びて、すみれの白磁のような肌が艶やかに輝く。

 彼女は長い睫毛を伏せ、少しだけ恥じらうように、けれど確信に満ちた様子で小首を傾げた。その瞳は、まるで待ち焦がれていた舞踏会の幕開けを告げるかのように、期待と興奮で潤んでいる。

 殺伐とした地下室に咲く一輪の花のような、不謹慎なまでの可憐さ。

 彼女は葵翔に向かって、ふわりと柔らかく微笑みかけ、小さく頷いてみせた。それは犯行の合図のようでもあり、大好きな遊び相手を誘う無邪気なサインのようでもあった。

 葵翔はズボンのポケットの中で、指先に絡まる異物の感触を強く確かめた。

 数センチの、硬く、ささくれ立った黒い繊維の束。

 彼は乾いた喉を飲み込み、彼女の信頼に応えるように深く頷き返す。

 だが、危機が去ったわけではない。

 密室トリックの種であった糸は消えた。それはすなわち、「犯人がどうやって外から鍵をかけたのか」という問いに対する物理的な解答が、この空間から消失したことを意味する。

 現状のままでは、ここは説明のつかない密室だ。

 警察が到着するまでの、砂時計の砂が落ちるようなわずかな時間。

 葵翔は、自らの手で生み出してしまったこの論理の空白を埋めるため、警察さえも欺く代わりの真実を、即座に構築しなければならなかった。

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