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密室殺人にスミレは白くうつろふ  作者: 霧島響矢
第三章 密かに香る

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10/21

11:50 ノイズ

「警察に通報した。十分もすれば到着する」

 スマートフォンを耳から離した警備員が、張り詰めた声で叫んだ。

 その言葉は、凍りついていた現場の空気を再び慌ただしくかき混ぜた。

 警察が来る。その響きに、葵翔は我に返った。

 父ではなかった。それなら、自分たちがここに留まる理由はもうない。むしろ、部外者が殺人現場に居座っているのは不自然だ。それに、もし父・厳が捜査の指揮を執るために現れれば、この状況で鉢合わせることになる。

「……すみれ、行こう」

 葵翔は声を潜め、隣に立つ彼女のアイボリー色のコートの袖を、指先で軽く引いた。

 焦燥が喉を焼き、言葉が早口になる。

「警察が来る前に戻ろう。僕たちはただの客だ。事情聴取なんてされたら面倒なことになる」

 背後では警備員が通信機器に向かって怒鳴り続けており、その喧騒が彼らの会話をかき消しているのが幸いだった。

 だが、すみれの足は床に縫い付けられたように動かなかった。

 彼女は作業台の上の遺体と、その周囲に広がる青い惨状から視線を外そうとしない。葵翔が引いた袖の感触だけが、虚しく指先に残る。

 やがて、彼女は自分の袖に触れている葵翔の手首に、ひんやりとした指を添えた。

 拒絶の意思表示として、そっと、しかし明確な力でその手を払いのける。

「だめ」

「え?」

「まだ、見届けなきゃ」

 短く告げた彼女の横顔には、死体に対する生理的な嫌悪や、殺人現場に居合わせることへの恐怖といった感情は見当たらなかった。

 長い睫毛の奥で、茶色の瞳が静かに、そして鋭く光を宿している。

 それは、目の前に広がる不条理な死や、床に広がるラピスラズリが描く不可解な模様の意味を解き明かしたいという、純粋で貪欲な知的好奇心の輝きだった。

 難解なパズルを与えられた子供が、時間を忘れて盤面に没頭するように、彼女はその血と顔料に塗れた惨劇の光景に深く魅入られていた。

「おい、君たち。いつまでそこにいるんだ」

 警備員が苛立ったように声を荒らげた。

 彼は両手を振り回し、葵翔たちや職員を出口へと追い立てる。

「現場保存だ。何も触るな、全員部屋の外へ出ろ。至急だ」

 その剣幕に押され、彼らは出口へと向かわざるを得なかった。

 最後に入室した葵翔は、振り返れば必然的に先頭に立つことになる。

 彼は逃げるようにして、半開きになっている重厚な鉄扉へと向かった。

 出るために、金属製の冷たいレバーハンドルを握りしめた、その時だ。

 人差し指の付け根に、蜘蛛の巣に触れたような、頼りなくも不快な違和感があった。

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