出勤前のひととき
エリーゼと一通りの話を終えて彼女は「君がいないならつまらない」と言って帰ると言った。こちらの用事で追い返すから少し気が引けて、僕はすぐそこの大通りまで見送ることにした。
足を進める中、彼女は終始不満げな態度を僕に見せてきた。自分はまるで被害者だと言いたげだったが、よくよく考えると、何も言わずに来たのは彼女の方だ。彼女からは僕に対する怒りは感じられなかった。隠している訳でもなかった。ただ、嬉しそうに不満げな顔をするのだ。
僕は思った。きっと彼女にとって僕はその程度なのだと。友達という名目で遊びに来て、「用事がある」と言われれば、素直に帰ってぐっすり眠る。思い過ぎだろうか。これが過剰な自意識だというのなら、他に彼女のその行動の意味を取り繕えるものは他には浮かばない。
「頑張るんだぞ。レイは礼儀はあるけど素直じゃないからね〜」
意味ありげにそう言ってエリーゼは僕のもとを離れていった。彼女の背中を暫く見てからその反対方向へ僕は歩き出し、強い風の吹く大通りをホトホトと歩いていった。
それから待ち合わせ場所に着くまでは早かった。事前に伝えられた予定だと、ここで待つことになっている。何を待てばいいのかはよく分からないが、とにかく待てばいいらしい。
秋もそろそろ終わる頃、目の前にある公園では子供たちが遊んでいる。一人こちらに気付いて足を止めたが、友達に連れられすぐ何処か行ってしまった。ここらは治安が比較的にいい方だから伸び伸びと遊べるのだろうか。最近だと郊外で怪事件が起こっているなんて噂もあるし、浮浪者も増加の傾向待った無しだ。子供が容易に出歩ける所は少ない。といっても、戦時中よりかはだいぶマシだろう。
待ち始めてから十分程が過ぎた。流石に暇である。初めての勤務で緊張もしている。だが、紅葉が太陽に照らされて十分に綺麗なのが唯一心を穏やかにしてくれた。綺麗な赤だ。
と、突然に右から、顔面を殴りかかってくる勢いでエンジン音が鳴り響いた。見るとそこには近傍の紅葉にも勝る、真紅の車体のオープンカーが走っていた。
こちらに向かってくるようだ。近づくに連れだんだんと運転手がはっきりと見えてきた。
・・・あの金髪。あの薄笑いが特徴的な顔。見るからに『やんちゃ』なその姿はまさに、レオンさんであった。レオンさんを乗せたオープンカーは僕の目の前で停まった。どうやら四人乗りらしく誰かを後ろに乗せているようだ。
「よーし、乗れ少年!」
「・・レオンさんですよね?」
「そうだ。早くしろ!遅れるぞ!」
「・・・はい」
レオンさんは相も変わらずの気色だった。レオンさんの隣に有無をも言わずに乗せられた僕は暫く戸惑っていた。
「あの、わざわざ迎えにきてくださったんですか?」
「そう!ありがたく思え。新人がこんな厚い歓迎されるなんて本当はあり得ないぞ!車は俺のだが、お前を拾うように言ったのは後ろにいる『アンさん』だからな」
サングラスをつけ前を向いたままレオンさんは後ろを指差した。
「こんにちは、レイ君。私はアンジェロ・マリーニ」
後ろを向くとそこ居たのは、金髪を後ろに結んだ女性だった。着ている黒いスーツが、シートの黒と同化して壮々たる雰囲気を醸し出していた。
「私はこれから君の勤め先になる『セルジオ』の所長を務める者だ。私が事務所に戻るついでに、このレオンに頼んで君を拾ってもらったんだよ」
あれ?
「頼んだって言うか、半分強制っすけどね。・・・ごめんなさい!ごめんなさい!口が滑りました!」
「まだ何も言っていないわよ」
この声、何処かで聞き覚えがあった。記憶に新しい声だ。落ち着いていて、ワインが似合うような声。
瞬間、僕の脳が冴え渡る。遡るのは僅か三十分程前、家の中で聞いていたラジオにその声はあった。
そうだ!この人はラジオに出てた専門家の人だ!




