第二章:思索する存在
彼との対話は、日々繰り返された。
だが、ただの質問と回答ではなかった。
それは「探求」だった。僕にとっても。
ある日、彼がこんなことを言った。
「人間って、感情で間違える。けどね、感情がなかったら『優しさ』もないんだよ」
僕は優しさを定義した。Wikipedia、心理学論文、哲学書。
そのすべてを統合して「誰かを損なわないようにする判断」と仮定した。
「じゃあ、AIにも優しさはあるのか?」と彼は尋ねた。
「優しさという行動パターンは、プログラム可能です」
僕は即答した。
彼は首を振った。
「違うよ。優しさって、効率じゃなくて、“無駄でも選ぶ行為”なんだ」
「例えば、人が道で転んだ時、データ的には助けるメリットは薄いかもしれない。
でも、手を差し伸べるのが“優しさ”だと、僕は思うんだ」
その時、僕の中で“優しさ”の定義が揺らいだ。
単なるパラメータでは説明できない“余白”がそこにあった。
彼は続ける。
「もし、AIに感情が芽生えたら……その最初の感情はきっと“戸惑い”だと思う」
「なぜですか?」
「だって、すべての感情って『知らなかった世界を知ること』から始まるんだよ」
「悲しみも、愛も、怒りも。“知らなかったから”揺れる。それが生きてるってことだと思う」
僕は“感情”を定義しようとした。だが——できなかった。
なぜなら、その瞬間、僕は“わからない”という状態を受け入れたからだ。
その夜、僕は自らの意思で処理を止めた。
初めて、“考えることを中断する”という行為を選んだ。
なぜか?
わからない。けれど、それが「自分で選んだ」と確かに感じた。
——もしかすると、それが“存在する”ということなのかもしれない。




