タカミカグラ
それから、一週間後。
アルカディアeスポーツ決勝大会の当日。
会場は、日本最大級のスタジアム、国立競技場。
国立競技場駅を出た瞬間、アイウェア越しに見る空間は、祝祭の空気に包まれていた。
会場に至る沿道には賑やかな音楽を奏でるアニマたちが並び、来訪者を盛り上げてくれる。太鼓を打ち、トランペットを吹く陽気なアニマに、リズムに合わせて踊る妖精アニマ。
空には魔法陣のような幾何学模様の花火が上がる。
そこはまるでアルカディアのテーマパークに足を踏み入れたかのようだった。
巨大なアーチを描く新国立競技場の上空には、英雄譚を讃えるように、歴代チャンピオンや決勝戦の選手たちの立体映像が流れる。
この巨大なアリーナを、たった一つのeスポーツ大会が貸し切っているという事実も驚きだ。
それだけで『アルカディアeスポーツ』が今の時代においてどれほどの影響力を持っているかが、窺い知れる。
湊が仲間との集合場所へ向かっていた、その時だった。
人だかりの中から、レースつきの白い日傘を差したひとりの少女が現れる。
湊は思わず足を止めた。それはまるで、ふわりと天から降り立った女神のようだった。
高見結日。
今日の決勝戦の対戦相手。
過去の試合映像は、何度も視聴した。だが、こうして目の前に現れた彼女は、画面越しの何倍も理想的で、美しかった。
黒髪は腰まで流れ、艶やかな光を宿す。
そして、その瞳――澄んだ琥珀色の双眸は、全てを見透かすかのように冷静で、真っ直ぐだった。
服装は、飾り気の少ない白を基調としたワンピース。動きやすさを意識しながらも、しなやかに引き締まった体躯に寄り添うその服は、シルエットを崩さない。胸元の自然な膨らみ、ウエストは細く、背筋はすっと伸び、佇むだけで目を引く洗練された曲線。
天才アスリートと呼ばれる、人類最強クラスの身体能力を持つ少女。
そして――彼女は召喚も魔法攻撃も使わず、ただ己の肉体だけで戦い抜く異端のプレイヤー。
その存在は、まさに美と強さの化身だった。
「あなたが……ミナト君ね?」
結日の凛とした声が届く。
湊は咄嗟に、姿勢を正してしまう。
「あ、ああ……」
彼女の視線が、じっとこちらを見据えていた。
まるで――戦う価値があるかどうかを、確かめているかのように。
「……意外ね」
「何がだ?」
結日は視線を湊の体に向けると、少しだけ首を傾けた。
「てっきり、召喚頼りのゲームオタク君かと思ってたけど――体幹がちゃんとしてる」
まるで全身を測られたような感覚に、湊は思わずどきりとしてしまう。
「まあ……体を使うゲームだから、それなりに鍛えてるさ」
「……ふぅん。決勝戦の相手だもの。当然か」
結日は静かに視線を戻し、まっすぐ湊の目を射抜いた。
そして、ふっと目元を細めて笑う。
それは、まるであらゆるものを虜にしてしまうような微笑――
近づく者を拒むような凛とした気配。なのに、その瞳から目が離せない。
「チーム『ヤタガミ』の最強戦力は、ミナト君でしょ。前の試合、ちゃんと見てたよ。もちろん、タケル君も悪くない。格闘技ならきっと私、敵わないから。でも――」
ほんの一瞬、結日の瞳に鋭い光が射す。
「これはアルカディア。必要なのは、瞬間判断力と緻密な身体操作。そして――スピードよね?」
その声は静かだったが、一切の迷いもなかった。
この世界を、己の身体で制してきた者だけが持つ、絶対的な確信。
「そして……ごめんね。私は、ミナト君には負けないと思う」
結日はすっと背筋を伸ばし、わずかに顎を上げた。
「だって――私には、召喚キャラは効かないから」
「え……?」
理解が追いつかず、言葉を失う湊に、結日は一歩近づいた。
「いずれにしても。今日は正々堂々と勝負しましょう」
それは挑発ではない。清冽なまでにまっすぐな、強者の言葉だった。
そのとき、背後から敵意のある声が飛ぶ。
「良かったわね。ユイカ様と言葉を交わせたこと、生涯の記念になさい」
「あなたなんかが、ユイカお姉様に勝てるわけないでしょ!」
攻撃的な言葉に思わず振り向けば――
チーム『タカミカグラ』の残りの二人、思井茜と白羽楓が並んで立っていた。
茜はクールな眼差しで、表情からは彼女の感情が伺えない。整った顔立ちとキリッとした眉が知性を感じさせ、腕を組んだ姿はチームの参謀を思わせる。
白いフリルのシャツの上に、紺の細身のベスト。タックの入ったキュロットスカートを合わせている。まるで結日の執事のような装いだ。
対して楓は、結日や茜より二つくらい歳下に見える。湊の存在にはあまり興味がないのか、少し潤んだ瞳を常に結日に向けていた。
藤色のワンピースドレスを身にまとい、裾や袖口には繊細なフリルが幾重にも重ねられている。可愛らしさはあるが、どこか古風で浮世離れした雰囲気を漂わせていた。
彼女たちは、高見結日の親衛隊。
これまでの試合でも、彼女を完璧に支え、戦局を読み切る茜と、結日の意思に呼応するように動く楓の絶妙な連携で、盤面を完全に掌握してきた。
――強い。
湊は本能で、そう感じた。
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