エピローグ
「ユイカ、誰にも負けないものを、ちゃんと見つけたね」
アイウェア越しに、穏やかな声が返ってきた。
八重が再現した、結日の父・聡一郎のアニマだ。
「パパの言った通りに頑張ったからだよ」
結日は潤んだ目で照れくさそうに笑った。
「ふふ、それだけじゃないだろう。『言われたからやった』だけの子が出せる成果とはとても思えない」
「……そうかな」
「そうさ。ユイカ、君は自分の頭で考えて、自分の掟を作り、強い意志でそれに従い、成果を出した。私の言葉なんて単なるきっかけに過ぎない」
結日は少しだけ視線を落とした。
「でも……パパの背中をずっと見てきたから。パパの成果を見てきたから……わたしも頑張れたの。パパの娘なんだからって」
アニマの聡一郎がどこか照れくさそうに笑った。
「……ユイカ、私はその言葉だけで十分だ。でも、一つ言わせてもらってもいいか?」
「なに?」
「君は、私のあとを追っている子どもではなく、もう自分の道を歩いている。そして――君の背中を見て歩いている人たちも、たくさんいる」
結日の表現が、まばたきの間に緩む。
「パパが、そんなこと言うなんて……」
「言えるさ。君はもう誰かを導く側なんだ」
結日は目の縁をそっと拭った。
「……ありがとう。パパにそう言ってもらえたら……もう不安はないよ」
聡一郎は、成長した娘をそっと抱きしめるような、深い慈しみの眼差しで結日を見つめた。
「ユイカ。私は、君を誇りに思っているよ」
◇ ◇ ◇
「これは史上稀に見る凶悪犯罪や。極刑は間違いないやろけど、執行までは相当、時間かかるやろな」
八重はアルカディア本社ビルの瓦礫を見ながら呟いた。
凪が拘束された後、武装した同社の衛星群はすべて政府によって破壊された。
当然ながら、ARクラウド・アルカディアもサービス停止を余儀なくされた。
しかし、そのままでは、肉体を消され、アルカディアの中でアニマとなった多くの人々も消えてしまうことになる。
そこで、政府は緊急対策を発表した。
アニマとなった人々を、政府管理のARクラウドに移行し、これまで通り対話できるようにすることだ。
さらに将来的には『再び現実に呼び戻せる肉体の開発を行う』とも発表した。
「武、よかったな。これで消されずにすんだね」
湊が言うと、武は拳を突き上げた。
「おうっ! これで俺の正義の炎はまだ燃え続けられるぜ!」
「政府のARクラウドのユーザーを増やしたい意図が見えるのは正直気に入らんけど……まあ、ここは素直に喜んどこか。せやけど、肉体の開発ってのは、ほんま先の長〜い話やと思うで。うちらが生きてる間に実現したらラッキーや、くらいに思うてる。けど……」
八重が、表情を曇らせて鈴音の方を見た。
「スズネちゃんは独自カスタマイズの召喚アニマやから、今回の政府の措置の対象には入らんみたいなんや……」
鈴音は少しだけ笑って、首を振った。
「あたしはいいんだよ。もともと死んでたんだし。それに『超絶美少女巫女巫女女神』の役は、もうちゃんと果たせたからね」
そう言いながらも、その笑顔はどこか寂しげだった。
「けど、アニマやなくて、AIチャットボットみたいな形なら、鈴音ちゃんのライフログからまた作り直すことはできるで」
湊はしばらく黙り、困ったように視線を落とした。
仕方ないと割り切ることはできる。しかし、これは彼にとって大きな問題だった。
「それだと……この半年間の記憶は、なかったことになるんだろ?」
「……それは、確かに、そうやな」
八重は言葉を濁した。
その時、大神正道が二人のもとへ歩み寄ってきた。
「本当にすまない、ミナト君。命を懸けて戦ってもらったというのに、礼金を払う余裕がなくなりそうなんだ」
アルカディア社は、莫大な被害の補償のために保有資産をすべて手放し、正道自身の私財までも投入していた。
「謝らないでください。ちゃんと約束したことではないですし、俺たちの判断でやったことです。だけど大神社長も大変ですね。完全に凪のとばっちりなのに……」
湊の言葉に、正道は小さく息を吐いた。
「私の仕事は、責任を取ることだ。まして、あいつは義理とはいえ身内だ。言い訳の余地すらない」
声には疲れが滲んでいたが、言い訳は一切ない。
その重さを抱えたまま、正道はふっと表情をゆるめた。
「ただ、支払いができなくなった代わりに……ささやかだが、内緒のお礼をしておいた」
「え?」
「鈴音さんと高見聡一郎さんのアニマのデータを、弊社の技術陣に頼んで書き換えておいた。凪によって仮想化された人々と、見分けがつかないようにな」
「――まさか!」
「そう、これで、政府のARクラウド移行の対象に入るはずだ。ただし、この件はくれぐれも内密に」
湊は深く頭を下げた。それは湊にとって何よりも嬉しい報酬だった。
「大神社長……本当に、ありがとうございます!」
胸の奥で、張り詰めていた何かが緩んでいくのを感じた。
湊にとって、鈴音はただのデータではない。以前はそう思うことに後ろめたさを感じていたが、今は違う。
夕暮れの風が頬を撫でた。
壊れた街の光が、少しずつ元の明るさを取り戻していく。
湊は静かに言った。
「……もう迷わない。仮想でも、大切な存在であることに変わりはない」
本当は死んでいるはずの妹。けれど、彼女がいたから湊はここまで動けた。
武も同じだ。
体を失っても、湊の仲間であることに何も変わりはなかった。
湊はアニマの二人を見てから、ゆっくりと結日と八重のほうへ振り向いた。
「……もちろん、現実も大切だ」
仮想か現実か。もう、そのどちらかで揺れることはない。どちらも同じ重さで、自分の世界を形づくっている。
結日は湊の視線をまっすぐ受け止め、そっと微笑んだ。
「うん。相手が仮想でも、体があっても……どっちも本物なんだよ」
その言葉に、湊は静かに息をついた。
胸の奥で長く止まっていた歯車が、ようやく噛み合ったように。
――それは『喪失』を抱えていた少年が、もう一度、前へ歩き出した瞬間だった。
終焉のアニマ、これにて完結です。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
近い未来に来るかもしれないARの時代でできそうなこと、その一歩先について考えてみた小説になります。
仮想が現実を侵食するかもしれない世界、如何でしたか?
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