伊豆谷奈実の願い
アマテラスの加護を受けた木刀に一閃されたタジカラオの体がひび割れ、無数の光粒となって空へ消えていく。
四柱の神アニマのうち、一柱を撃退。
さらに、強力なアマテラスの防御結界が、迫り来る闇の魔法を遮った。
湊と結日は包囲網の外へ一気に駆け抜ける。
正道は木刀を下ろし、静かに二人へ視線を向けた。
「すまない……ミナト君、ユイカさん。身内の問題に、君たちを巻き込むことになってしまった」
凪がゆっくりとこちらを見た。
「大神社長、ようやく、お出ましですか。うまく本社ビルの下層に隠れていたようですね」
正道は小さく息を吐き、再び木刀を構える。
「そう簡単にはやられんよ。責任を取るのが、私の仕事だからな。すべては――私の監督責任」
憑依した神アニマを失ったマガツヒの左足が寂しそうにゆらめいた。
マガツヒの頭部が、声を発する。
「――あいにあふれ、かなしみのないせかい」
正道は悲しそうにその闇の人型に目を向け、声を吐き出した。
「マガツヒの正体は……おそらく、私の娘――奈実だ」
湊と結日は言葉を失った。
大神奈実。
正道の娘であり、アルカディア社の若き開発者。奈実は凪の高度な技術力に惹かれた。
凪の方にも社長の娘という打算もあり、やがて二人は結婚し――彼女は伊豆谷奈実となった。
奈実はいつも語っていた。
「愛に溢れる、悲しみのない世界を作りたい」
と。
生・老・病・死。
決して人間が避けられない四つの苦しみを、技術で緩和したい。
それを語る奈実の瞳は、いつも真っ直ぐだった。
二人はこの大きな夢をアルカディアでどう叶えるか、語り合った。現実と仮想をどう繋げ、インタラクションをさせるか、凪のこれまでの開発実績と構想に、奈実は興味深く耳を傾けていた。
しかし、ある日。
凪が過去にアイノリア社で開発したインタラクション技術、その仕組みを聞いたとき、奈実は気づいてしまう。
事故とされた、高見聡一郎の謎の死亡事件。
あれは、凪の技術を使えば再現可能ではないかと。
奈実は聡一郎とも面識があった。
人格者であり、尊敬していた人物だった。
だからこそ、真実を確かめずにはいられなかった。
彼女は密かに調査を始める。
やがて、決定的ではないが、疑いを否定できないいくつかの証拠を掴んだ。
その夜、奈実はこの疑惑について凪に問い詰めた。
凪は、全てを否定した。だが、奈実の強い口調と、真っすぐな視線が、彼の中の何かを壊す。
凪の後ろめたさと苛立ちが一気に噴き出したのだ。
「違う、私じゃない!」
そう叫びながら凪は、咄嗟に奈実の肩を突き飛ばした。
奈実の体がよろめき、後ろに倒れる。
背後には、観葉植物を入れた鋳鉄製の植木鉢があった。
転倒した奈実の頭が、その縁に激しくぶつかる。
鈍い音が部屋に響いた。
奈実の体が、そのまま床に崩れ落ちる。
「……奈実?」
返事は、なかった。
鉄の鉢の表面に、赤い線が細く伸びていく。
凪は息を詰め、立ち尽くした。
やがて、冷静な思考が恐怖を覆い隠した。
凪は死体を隠し、痕跡を丁寧に消した。
そして、奈実は失踪として処理された。
しかし、凪の喪失感は消えなかった。彼にとって、奈実は大切な存在だった。
凪は、奈実のライフログにアクセスする。
彼女の映像・音声データを使い、AIとして再現した。
そこに奈実が蘇ったとき、彼は安堵した。
けれど、再現された奈実も、すぐに同じ問いを発した。
「あなたが……聡一郎さんを殺したの?」
凪は恐れ、奈実のAIから聡一郎殺害に関する情報を削除した。だが、それでも彼女はまたすぐに聡一郎の死に辿り着く。
今度は、聡一郎に関するあらゆる情報を削除する。さらに、辻褄を合わせるためにアイノリア社の記録も削除する。
だが、情報の削除によって幼少期から大人までの記憶が不規則に欠け落ち、情報構造が崩れてしまった。
結果、彼女は自我が保てなくなり、言葉も途切れ、ちゃんとした対話も成立しなくなる。
しかし凪は、それでもいいと考えた。
「……まあいいか。君はもう一度、ここから学べばいいんだ」
足りない記憶は、新しい知性で埋めればいい。
そして生まれたのが、アニマ、イザナミ。
凪はイザナミと共に、彼女が願う『悲しみのない世界』を叶えるため、現実を仮想へと書き換える計画を始動させた。
奈実の再現体に、仮想から現実へ影響を及ぼす世紀のインタラクションシステムを結合させ、この世界の救世主とする計画だ。
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