創造の神
株式会社アルカディア本社、社長室。
現実には一人だけの空間。だが、アイウェアを通して見れば、そこにはスーツ姿の重役たちがずらりと並んでいた。
「アルカディアeスポーツ優勝チームを中核とした、マガツヒ殲滅計画を進めようと思う」
無機質な表情の参加者たちに向かって、大神正道の有無を言わせない声が響いた。
「彼らは確かに右手を撃退しました。しかし……外部の人間です。巻き込んでよいものでしょうか?」
「委託契約を結ぶ。もちろん正当な報酬を支払う」
「確かに、あの実力なら十分な成果が期待できそうですな」
「ですが……マガツヒを、本当に殲滅してしまっていいのでしょうか?」
そこで声を上げたのは、開発主任、凪だった。
「今や日本政府でさえ、仮想化を評価しつつあります。むしろ……マガツヒを中心とした、新しい世界を築くべきでは?」
「伊豆谷、何を言っている……」
「確かにその通りですな」
突然、ひとりの役員が頷いた。別の役員も追従する。
「現実など捨ててしまえばいい。全てを仮想に――それこそが、人類の進化の形です」
「もはや肉体など不要。老化も、病も、死さえも超越できるのだから……」
つい先日まで凪に否定的だった者たちまで、次々と賛同していく。
「皆、どうしてしまったというのだ……」
正道が声を絞り出す。
「アニマはあくまで、現実を補うもの……それを現実と置き換えるなど……」
「私も凪氏に賛成です」
「意義なし!」
「仮想こそ我らが未来」
次の瞬間――
窓の外から、不自然な何かが覗き込んだ。
輪郭の曖昧な黒い頭部。
「――あ――あふれ、かな――のないせかい……」
音声が歪む。ノイズ混じりの女の声が、空間に滲み出してくる。
「……マ……マガツヒ……」
呟く正道の背後で、凪が囁いた。
「違います、大神社長。これは禍の神などではありません」
凪は満面の笑みで言い放った。
「彼女は、私たちの大切な、大切な――創造の神です」
頭部が、窓に張り付いた。
「――あいにあふれ、かなしみのないせかい……」
「そう、愛に溢れた……」
「悲しみのない世界!」
役員たちも高らかに宣言する。
正道の瞳が大きく揺れた。
「……ま、まさか……奈実、なのか……?」
窓の外に、次々と異形の存在が現れる。
左手、右足、左足――それぞれが人の部位を模した闇の塊。
ガァン――!
爆音とともに、社長室の分厚い防壁が外側から破壊された。衝撃波が部屋の装飾品を床に撒き散らす。
「大神社長、ご覧ください」
いつも凪と敵対していた部門長が、異形へと変貌していく。骨格が軋みを上げて膨張し、筋繊維が隆起する。その肉体はやがて、巨岩のように屈強な肉体を持つ力の神――タジカラオと化した。彼は無言でマガツヒの左脚と融合する。
続いて、事業部長が、顔面に張りついたような笑みを浮かべたまま、粘土のように姿を歪ませていく。皮膚が割れ、背に炎が噴き上がる。荒れ狂う怒りを身にまとい、背には灼熱の炎剣を掲げる破壊の神――スサノオ。マガツヒの右脚と一体化し、獣のような呼吸を繰り返す。
そして、マガツヒの右手と一体化した思井茜も姿を表す。知恵の神――オモイカネ。
最後に、副社長が立ち上がる。その体を静かな光が包み、音もなく銀色の冷たい仮面がその顔に現れた。白銀の冷光を背に纏うそれは――月の神、ツクヨミ。彼はマガツヒの頭部と融合し、凍てついた支配者のようにその場を見下ろす。
正道は、その光景にただ立ち尽くした。
「……お前たち……全員、すでに……」
伊豆谷凪が、満足そうに微笑む。
「はい。幹部たちはすべて、マガツヒによってアニマとして生まれ変わりました。皆、仮想の素晴らしさをその身で体感したのです」
「……やはりお前だったのか、伊豆谷。マガツヒを操っていたのは……」
正道の声が震える。
だが、凪はあくまで穏やかに、しかし明確な意志を込めて答えた。
「大神社長、何を今さら。当たり前じゃないですか。私はアルカディアの全てを知る者。アルカディアで私ができないことなどありません」
凪は支配者のように大きく手を広げる。
「そう――だって、私がこの世界を創ったのですから」
マガツヒと融合した四柱の神アニマたちが、凪を中心に集まり、かしづくように控えた。
「アニマなど、取り除こうと思えばいつでも可能でした。そうしなかっただけですよ。その結果は、ご覧の通り。今やアルカディアは人々を包み込み、皆、楽園の中で生きている。なくてはならない――人類の、新しい未来です」
そして、凪は正道に笑いかけた。
「さあ、大神社長……お義父さんも……こちら側へ」
『面白いかも!』『続きが気になる』と思った方、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』をポチッとしていただけたら、それだけで作者は歓喜に満ち溢れ執筆の励みになります!




