ライフログに残されたもの
高見聡一郎のライフログ――それは、まさに膨大な記録だった。彼が見たもの、聞いたものの全て。
聡一郎がアイウェアを使い始めてから、約二十年分に及ぶ、日々の記録が詰まっていた。
湊と結日の二人は、ログの冒頭から断続的に時間を飛ばし、映像を辿っていく。
まだ聡一郎がアイノリア日本法人の社長になる前の時代から始まり、家庭の映像、仕事の映像が繰り返される。
そして、幼い結日の姿が映し出されたとき、彼女は思わず目を丸くしたが、何も言わず、ただじっと画面を見つめた。
だが間もなく、二人は一つの問題に気づくことになる。
「……これ、父の研究に関係する情報を探すの、簡単じゃないね」
「このまま順番に見ていったら、二十年かかる。関係ありそうな部分を探すだけでも一苦労だよ」
湊と結日は、情報の膨大さに思わず顔を見合わせた。
「後で、ヤエに頼ってみるか……」
湊はひとまずライフログの最後の時点へとシーンをジャンプさせる。
そこに映し出されたのは――高層ビルの屋上だった。
結日が息を呑み、指先がわずかに震える。
「……ここ、まさか……」
映像の中。聡一郎が立っていたのは、あの日、彼が命を落とした場所だった。
「ユイカ、どうする?」
「大丈夫。見よう」
念のため湊が確認すると、結日は力強く頷いた。
湊はログを少し巻き戻し、再生を始める。
風の音が微かに入り込む屋上。そこに、聡一郎の声が入る。
『ここでいいのか? ……どうすればいい?』
誰かに問いかけるような声。しかし、相手の姿は映っていない。
ライフログに記録されているのは、カメラで捉えた現実世界の映像と音声だけ。アイウェアで誰かと話しているのかもしれないが、アイウェア越しに重ねられた映像や音声は、記録に残らない。
聡一郎は、無言のまま屋上の端へと歩いていった。
『……これは……なんだ?』
視界の中央で、彼の手がゆっくりと持ち上がる。
何もない空間に、指先が浮かぶ。
『演出か……? 違う……これは……』
その手が止まった。
『……触れる。……本当に……触れてる……?』
ライフログの映像には何も映っていない。だが、彼の驚きと興奮が伝わっていた。
『これは……素晴らしい! まだ荒削りだが……可能性がある……素晴らしいよ! まるで仮想の存在が、本当にここにいるみたいだ』
それは、子供が初めて未知の何かを見たときのような、無邪気な反応だった。
だがその瞬間、白光が爆ぜた。
『熱っ……!?』
不意を突かれたような聡一郎の声。視界が激しく揺れ、彼が後ずさるのがわかる。
『なんだ今のは……?』
語尾が終わるよりも早く、再び光が走った。
パチッ、という音と共に、映像が一瞬、白くなる。
『うわっ……うわあああああッ!』
そして視界が、天地を失う。
聡一郎の体が大きく弾かれ、屋上の鉄柵を越えてしまったのだ。
――落ちていた。
落下の映像が五秒ほど続き、ぷつりと途切れる。
沈黙が部屋を支配し、湊と結日は言葉を失っていた。
これは本当に『事故』なのか?
映像だけを見れば、実験中の突発的なトラブルにも見える。
しかし、人影はないし、機材らしきものも見当たらない。
だが――聡一郎は、確かに誰かと話していた。
ライフログには記録されていない、アイウェアの向こうに、誰かがいたのだろうか。
彼は足を滑らせたのか、それとも何かに突き飛ばされたのか。
もし後者だとすれば、目に見えぬ存在が、彼に干渉したということになる。
仮想が、現実に影響を与える――?
湊の胸に、ひとつの名がよぎった。
マガツヒ。
そして、聡一郎が死の直前に残した言葉が、強く頭に残っている。
『まるで仮想の存在が、本当にここにいるみたいだ』
その呟きは、ある人物の言葉と重なった。
『それは――故人を、仮想の存在ではなく、完全な形で蘇らせる……』
それは、正道と凪の願い。
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