二人の願い
伝説のプレイヤー、ジャスティン・コード改め大神正道は、真摯に頭を下げた。
「驚かせてしまったことは謝る。できれば、ジャスティン・コードが私であるという事実は公にはしないでほしい。私としては純粋にアルカディアを楽しんでいるだけなのだが、ランキング上位にいるのがサービス関係者と知られるといろいろ面倒でね。もちろん強制はできないが……」
湊の思考が十分に追いつく前に、正道はさらに続ける。
「君たちの活躍は、常に見ていた。eスポーツ大会の会場でマガツヒを撃退し、その後、右手の個体を完全に仕留めている。そして、先の戦いで確信した。君たちは、マガツヒに対抗できる唯一の戦力だ」
正道が一歩踏み出し、再び頭を下げた。
「勝手な願いとは承知している。だが、君たちを中核に据えた対マガツヒの作戦を立てさせてもらえないだろうか」
正道のその熱い言葉を受けて、湊はふと問い返した。
「前から思っていたんですが……アルカディア内の攻撃でマガツヒをどうにかできるのなら、ゲームのパラメータをいじって、全プレイヤーを強化して、マガツヒに対抗することだってできるんじゃないですか?」
その案に対し、正道は静かに首を振った。
「良い提案だ。だが、マガツヒはアルカディアのシステムを熟知しているようで、常に到達可能な最大スペックで出現している。もし安易にシステムを改変してパラメータを強化すれば、マガツヒもまた、それに応じて強くなる恐れがある」
「……なるほど。つまり、制限のあるシステムの上で、どううまく戦うかが対マガツヒで重要なんですね」
「その通りだ。だからこそ、我々は君たちに注目している」
期待を表す正道に、湊は素直に返した。
「あの戦いぶりなら、大神社長も、十分マガツヒに対抗できると思いますよ」
すると正道は調子づくことも謙遜することなく、ただ真剣な表情で答える。
「もちろん、私にできることは何でもやるつもりだ。マガツヒと対峙すれば、差し違えてでも仕留める覚悟はあるし……必要となれば、喜んで君たちの盾になろう」
湊は思わず息を呑んだ。
その言葉には、打算の影すらない、真っ直ぐな覚悟が宿っていた。
「……分かりました。俺たちでよければ、協力します」
「ありがとう。もちろん、相応以上の見返りは用意させてもらうつもりだ。少ないかもしれないが――百億程度なら、出せるだろう」
「ひゃ、百億……!?」
思わず湊の声が裏返った。
「少なすぎたか?」
「い、いえ、桁が違いすぎて、ちょっと思考が止まりました……」
「全人類を守る仕事だ。むしろ、それでも安すぎるくらいだと思っている」
「でも、それ……アルカディア社のお金ですよね? 大丈夫なんですか?」
「心配はいらない。私、個人のポケットマネーだよ」
湊は言葉を失った。
これが、世界的大企業のトップのスケール感か――。
「報酬の話は、また改めてでいいですが……」
湊は少し表情を引き締めた。これだけの力を持つ人物だ。彼の支援があれば、自分たちの活動も大きく前進するに違いない。
「こちらからも、一つお願いがあります。社長の力を借りたいことが……」
そして湊は説明した。マガツヒの力の手がかりになるかもしれない情報と、個人では遂行が難しいこと。
「なるほど。それは確かに、大きな意味を持つ話だ」
正道は一通り話を聞き終えると、ためらうことなく頷いた。
「喜んで協力しよう」
その言葉に、湊は思わず胸を撫で下ろした。肩の力が少し抜ける。
「もう一つ……お聞きしたいことがあります」
わずかな沈黙ののち、湊は先日から気になっていた疑問を口にした。
「なんだね?」
「開発主任――伊豆谷凪さんのことです」
湊は、これまでに起きた出来事を簡潔に伝えていった。
凪の導きによって再会した茜のこと。
彼女が、マガツヒと融合していたこと。
そして、茜の父がアイノリア社の役員だったという事実――
なぜ凪が、その家族と繋がりを持っていたのかという疑問。
正道はしばし沈黙し、それから静かに語り始めた。
「伊豆谷は、もともとアイノリア社のエンジニアだった」
それは湊にとって予想外の答えだった。
「アイウェア開発の中核メンバーだった。彼の技術力に目をつけ、我々がアルカディア社に引き抜いたのだ。だが、それが彼にとって本当に良かったのかは、今でも分からない」
言葉を選ぶように、正道は続ける。
「伊豆谷のアルカディアへの貢献は絶大だ。我が社の次の幹部候補でもある。しかし、あまりにも優秀な者は、時に妬まれるものだ。彼がアイノリア社から鞍替えしたことを槍玉に上げられ、しばしば『裏切り者』などと呼ばれることもある」
湊は、その話を聞いて驚いた。あの飄々とした伊豆谷凪に、そんな一面があったとは――。
「だが、伊豆谷はそんな扱いを気にも留めず、自らの道を歩み続けている」
そう語った正道の目は、どこか遠くを見ていた。
「そこまで凪さんがやりたいことって……?」
湊が問いかけると、正道はゆっくりと頷いた。
「彼には、どうしても叶えたい願いがある。そしてそれは、私自身の願いとも重なっている」
「二人の願い……ですか?」
「それは――故人を、仮想の存在ではなく、完全な形で蘇らせることだ」
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