伝説のプレイヤー
今やマガツヒは、単なる怪奇現象ではない。
人類を脅かす、世界規模の脅威となっていた。
湊たちが力を尽くし、マガツヒの右手だけはなんとか撃退したものの、残る部位、左手、右足、左足、そして頭部は、それぞれ異なる地域に出現し、街を破壊し、住民をアニマへと変え続けている。
その出現パターンには法則性がなく、湊たちの前には、先の戦いで左手を取り逃がして以降、姿を見せていない。
あの時、左手は結日の友人、思井茜と融合していた。茜は、アルカディア開発主任、伊豆谷凪の指示で、湊たちの前に現れた人物だ。無関係とは思えない。
湊は、そこにどんな関係があったのか、凪本人に問いただした。
「……たまたま彼女と会っただけですよ。彼女がアイノリア社の役員の身内だと知り、協力をお願いしたんです。まさか、マガツヒの一部になっていたなんて、驚きでした」
凪は、いつもの飄々とした調子でそう答えた。
誤魔化しているのか、本当に知らなかったのか、判断はつかない。
湊は凪に対する警戒を強めた。茜がわざわざ凪のもとを訪れたこと自体、不自然だ。
彼女は、何を調べていたのか。なぜ、マガツヒと融合したのか。
湊は頭の中で問いを繰り返す。
そんなとき、アイウェアに着信通知が届いた。
相手は田舎に住む祖母からだった。
どうやらテレビの調子が悪く、映らなくなって困っているという。
湊自身はテレビをほとんど見ない。だが、祖母にとっては今もなお大切な情報源のひとつだ。
湊はリモートアバターを使い、祖母の家の空間に接続した。
再現された和室のリビングが、目の前に現れる。この映像は祖母のアイウェアを介して流れてくるものだが、畳の目まで見えるくらいにリアルだ。
リモートアバターで祖母の家の中を歩き回れば、ちゃんと視点も変わって見える。
問題のテレビは部屋の隅に鎮座しており、確かに映像にはブロックノイズが混じり、不安定だった。
湊のアバターはテレビの背面に回り込み、細かく状況を見ていく。
「……これかな」
アンテナ線が、ソケットから少し抜けていた。
湊がその箇所を指さすと、祖母が不安げな手つきで近づき、線を押し込む。
すると、テレビの画面はきちんと映り始めた。
「さすがミナ君だねぇ。私にはもう何が何だか。ありがとうね」
安心したように笑う祖母の声に、湊もほっとする。
せっかくの機会なので、祖母にもマガツヒの影響について訊いてみた。幸いにも、この地域では、今のところ被害は少ないらしい。
ただ、知人がアニマ化したのを見かけたそうだ。
「なんだか、元気そうだったよ。むしろ若返ったみたいでね。あれも、悪くないかもねえ」
祖母はそう語るが、湊は慎重に言葉を選んで返した。
「何が起きてるのか、まだ誰にも分かっていないんだ。だから……早まったことはしないでね」
湊の声に、祖母は静かに頷いた。
マガツヒの脅威に対し、人々の緊張感が薄い理由のひとつは、襲われて肉体を失っても、アニマとして存在しつづけられるからだ。
その仕組みはまだ解明されていない。にも関わらず、一部の人々はそれをあまり深刻に捉えていない。
だがその裏には、見落とされている何か重大な問題が潜んでいるかもしれない。思井茜のように、アニマとなった後にマガツヒに侵食され、操られていた例もある。
その時、再び湊のアイウェアに着信があった。
また祖母かと思い、軽い気持ちで画面を覗き込む。
だが、そこに表示された名前を見た瞬間、湊の目は釘付けになった。
ジャスティン・コード。
一瞬、呼吸を忘れた。
聞き覚えのあるこの名前は、アルカディア屈指の実力者として知られる、最強クラスのプレイヤーのものだ。
様々なランキングの上位には常にその名を連ねているにもかかわらず、eスポーツの公式大会やイベントには一切姿を見せず、素顔も経歴も一切不明。
その人物は伝説として語られ、いつもジャスティスと叫んでいるあの武の憧れの存在でもある。
もちろんこの着信がジャスティン・コード本人だとは限らない。なりすましやイタズラの可能性も十分にある。
だが、湊もまた、アルカディアのランキング上位者だ。
着信を受ける価値は、ある。
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