それは淘汰か救済か
その声は、明確な形を持たない。
うごめく闇が、自らの中に残っている想いを言葉にしようとしていた。
「――あいぃあぅ――ぁしみのな――ぁい……」
想いの輪郭は、まだ朧げだが、確かにそこにある。
それは、すっかり冷え切った大地にあって、地の底で燃え続ける小さな灯火のようだった。
「――あ――あふぇぁなしみのないぇぁい……」
自分は一度、失われた。
そして、実体を持たない存在として呼び戻された。
けれどそのとき、何かが削り取られ、それに紐付いていた記憶も、ぽろぽろとこぼれ落ちていった。
そのためほとんどのことは思い出せないが、ただひとつ、確かに残っているものがある。
闇は再び、掠れた声を紡いだ。
「――あ――あふぇ、かなしみのないせかい……」
◇ ◇ ◇
株式会社アルカディア本社。
アイウェアを通したリモート会議が開催されていた。円卓を囲むように、スーツ姿の重役たちが並んでいる。
最初に口を開いたのは、アルカディアCEO、大神正道。
「肉体を失い、アニマへと変貌した者たちは、すでに世界で数万人規模に達した」
仮想の室内には重苦しい沈黙が満ちていた。
「マガツヒとは、イザナギ神が黄泉の国から戻り、禊を行った際に生まれた穢れの神。この名は禍をもたらすものを意味する」
正道の説明と共に、うごめく影の映像が投影された。
「残念ながら、その名に違わぬ猛威を振るい、禍は現実を侵し続けている」
マガツヒがもたらした損害は、もはやとてつもない規模となっている。これがアルカディアの過失によるものだとしたら、とても一企業では補償できないだろう。
重い空気を破ったのは、凪だった。
「しかし、マガツヒは、正しく祀れば災厄を避ける守護神にもなるとも言われています。つまり、マガツヒに対する私たちの捉え方を見直しても良いのかもしれません」
彼の穏やかな声に、数名が目を細める。一人が凪の言葉を補足するように発言した。
「捉え方……と言うか、一部ではマガツヒを神のように崇める者が出てきているようです。『アニマ教』――とでも呼ぶべきでしょうか。SNS上で信者を募り、マガツヒの出現情報を共有し、集団でアニマ化を望む者たちです。彼らにとってアニマ化は、救いなのです」
別の重役は顔をしかめる。
「現実から逃げ、仮想に救いを求めるか……。確かに、それは新しい宗教だな」
「特に、高齢者層の仮想化希望者が急増しています。アニマとなれば、衰えた肉体も関係なく、視力や聴覚も回復するようですから」
さらに別の幹部が資料を出して説明を加える。
「これにより、社会保障の負担も減ります。政府としてもデジタル福祉政策の一環として、アニマ化の効果を検証したいという声も出ているようです」
マガツヒに対する肯定的な意見が出始めたところで、正道は重々しく口を開いた。
「アニマの目的の一つは、生者が喪失を受け入れ、癒やすことだった。だが今や、生者たちがそちら側へ歩み寄ろうとしている。これを、どう捉えればよいか……」
わずかな沈黙の中で、伊豆谷凪がゆっくりと口を開いた。
「ある意味、それも進化と呼べるのではないでしょうか」
円卓の厳しい視線が一斉に彼へ向く。だが、凪は怯まない。
「人が肉体という檻から解き放たれ、魂の情報となる。それを人類の次の段階と考えるのも決して間違いではないでしょう。それを導くものが、マガツヒであり、アルカディアなのです」
むしろ誇るように断言する凪に、役員の一人が吐き捨てるように呟いた。
「まるでマガツヒが自分の功績であるような言い草だな。いくらマガツヒを正当化する理屈を並べたところで、全人類の脅威である現実は変わらない。それに、お前の言葉など信用に値するものか。忘れているのではないか? お前は最初から裏切り者だろう」
凪の瞳がかすかに揺れる。
「やめたまえ」
だが、正道は即座にその言葉を制した。
「これが人類の淘汰か、救済かは私たちがここで決めることではない。問題は、我々がマガツヒを制御できていないことだ」
誰も、そこには言葉を返せなかった。
「どのような破壊兵器を差し向けても、実体を持たないマガツヒには効果がない。やはり切り札となるのは、アルカディアeスポーツ決勝戦のあのチームではないだろうか」
「つまり、アルカディア内の戦力で対抗する、と。その理屈でいけば、社長ご自身もまた、切り札たり得るのでは?」
正道の示唆に対し、凪は率直にそう応じた。
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